3 / 4
長野君は情けない
しおりを挟む
「長野、唯が好きだったんでしょ? 卒業前に降り積もった思いの丈を吐き出して全部すっきりしてから卒業したいでしょ? なら、今すぐ唯に当たって、砕けてきて!」
突然あさみが押し掛けてきて、そんなことを喚き始めて俺は目をむいた。
確かに、水島のことは高校入学当初から気になっていた。けれど、いつも宮川がいて近づこうにもその隙さえも見つけることができず、現に卒業を迎えようとしている。卒業前に告白はしようと思っていた。だが、砕ける前提なのは正直気に食わないと思いながらあさみに問い返す。
「……なんで、俺? 俺みたいなの他にもいるだろ」
俺のように水島に近付こうにも近付けない輩は多い。
「校内で宮川に太刀打ちできる優秀男子は長野しかいない」
あさみは、びしっと俺を指さした。その横にいた秋田は「そこは、俺だろ」と不満を漏らしていたがあさみは完全に無視していった。
「長野が動けば、宮川の煮え切らない導火線にもさすがに火が付くと思うのよ。長野だったら、唯も心変わりするかもしれないってさ」
「なるほどね。じゃあ、俺が撒き餌になれって?」
「この作戦に乗ってくれたら、長野にはケーキ奢ってあげる! あんた、甘いもの好きでしょ?」
「ちなみに俺は強制ストレートパーマ代がバイト代」
秋田の報酬を聞いて、ふと思う。
「……俺のほうが安くないか?」
「気のせい。気のせい」
あさみは悪びれる様子もない。俺は深いため息を吐いて「いらない」とその申し出を断ると、あさみは焦って報酬上乗せを提案してきた。それも全部断り、俺は言い切った。
「お遊びで告白するなんて冗談じゃない。宮川から奪う気で、水島にぶつかってやる」
ぐっとこぶしを握った俺を見て、あさみは「それはそれで、おもしろそうね」と笑みを浮かべていた。
ピンクと群青が滲んだ夕焼け空を背にして立つ水島は、怯んでしまうほど美しかった。だが、あさみに豪語したんだ。今更逃げるわけにもいかない。勇気をこの手に渾身の思いをぶつけるべく俺は頭を下げた。
「水島さん。入学当初からずっと好きでした。付き合ってください」
ゆっくりと顔を上げて伺うように唯を見つめると、明らかに困った顔とぶつかった。
「……その気持ちに、私は答えられません。本当にごめんなさい」
ほぼ即答だった。せめて、もう少しもったいぶってくれたら、救いがあるのにと思いながら、俺はため息を吐く。
水島はぎゅっと目を瞑って、俺につけてしまった傷を少しでも自分自身に刻み付けるように下唇を噛んでいるようにみえた。困らせてしまっている水島を見たら、一瞬で熱は冷めて気持ちが折れていた。
「頭を上げてよ。どうせ俺はフラれることはわかっていたんだ。だけど、この気持ちをどうにかしたくて。次に進むための第一歩としての俺の自己満足だっただけだから、気にしないでよ」
「……ごめんなさい」
更に謝る唯の後頭部に困り果てながら、やはりあさみの真意に沿うべきか思い悩む。だけど、宮川の手助けをするなんて冗談じゃない。
「……水島さんは、宮川と付き合うの?」
そう問えば、唯の肩がびくりと跳ね上がって顔を上げた。そして、その問いの答えを探しだすために頭を捻らせているようだった。だが、なかなか見つからない水島の瞳はゆらゆらと揺れるばかり。そんな不安定な思いにさせているのは宮川だと思ったら、怒りがわいてくる。
「本当に、宮川が羨ましいよ。俺が水島さんの幼馴染だったらよかったのにっていつも思ってた。そうしたら、俺が水島さんの隣に無条件でいられたのにって。そんな風に水島さんを悩ませるようなことだって、させなかったのに」
本心が口をつく。何度も思ってきたことだった。あの立ち位置が俺だったら。宮川なんかじゃなく俺だったら。今とは違った今があったんじゃないか。そのきれいな瞳は俺に向けられていたんじゃないか。そう思えて仕方がなかった。どす黒い感情に飲まれそうになった時、水島のきれいな声が割って入ってきた。
「私たちは別に幼馴染みだから、一緒にいるわけじゃないんです。亮が亮だから今の位置にいるだけで幼馴染みだからとか、そういうのは関係ありません」
「だったら尚更、どうしていつも一緒にいるんだ? 幼馴染みは関係ない。そういうのなら、君たちの間はどんな感情で繋がっている? ただの友情? だったら、他のやつと付き合ったって問題ないだろう? なのに、宮川も水島さんもそうしようとしない。どうして?」
勢い余った声はよく空に響いて、情けなくなるほどだった。この思いは届くはずがないとわかっているのに。言葉が止まらない。
「それができないのは、やっぱり水島さんの中の宮川の存在がとても大きいという裏返しってことなんだろ? ……ごめん。責めるつもりはないんだ。俺さ、本当は平気なふりはしているけれど、これでも結構傷ついているんだぜ?」
本当に傷ついていたんだ。俺は本当に水島のことが好きだったから。
だけど、通じない思いをどこに追いやればわからない。この思いを跡形もなく粉々にしてしまいたいのに。どうしても水島が宮川を思い悩ましい顔をしていると、縋り付こうとする諦めきれない思いが膨らんでいきそうになる。もうこれ以上醜態を晒したくないし、女々しい自分からも解放されたい。もう終わりにしたいんだ。
「……俺の水島さんのことを思う気持ちは受け入れられないことは、もうとっくの昔からわかっている。だけどさ、ダメだとわかってぶつかった俺の勇気だけは貰ってくれないかな? お互い逃げるのはやめていい加減決着つけてくれよ」
置き土産のようにそう言い置いて、俺は水島に背を向けた。
完全に負け犬だと思う。だけど、せめて最後 くらいカッコよく去らさせてくれ。
そして、ふと思い浮かぶのは、これを仕掛けたあさみの顔。遠慮なく奢ってもらうからな。一切れなんかじゃ足りない。ワンホールだ。俺は情けなく、そう思った。
突然あさみが押し掛けてきて、そんなことを喚き始めて俺は目をむいた。
確かに、水島のことは高校入学当初から気になっていた。けれど、いつも宮川がいて近づこうにもその隙さえも見つけることができず、現に卒業を迎えようとしている。卒業前に告白はしようと思っていた。だが、砕ける前提なのは正直気に食わないと思いながらあさみに問い返す。
「……なんで、俺? 俺みたいなの他にもいるだろ」
俺のように水島に近付こうにも近付けない輩は多い。
「校内で宮川に太刀打ちできる優秀男子は長野しかいない」
あさみは、びしっと俺を指さした。その横にいた秋田は「そこは、俺だろ」と不満を漏らしていたがあさみは完全に無視していった。
「長野が動けば、宮川の煮え切らない導火線にもさすがに火が付くと思うのよ。長野だったら、唯も心変わりするかもしれないってさ」
「なるほどね。じゃあ、俺が撒き餌になれって?」
「この作戦に乗ってくれたら、長野にはケーキ奢ってあげる! あんた、甘いもの好きでしょ?」
「ちなみに俺は強制ストレートパーマ代がバイト代」
秋田の報酬を聞いて、ふと思う。
「……俺のほうが安くないか?」
「気のせい。気のせい」
あさみは悪びれる様子もない。俺は深いため息を吐いて「いらない」とその申し出を断ると、あさみは焦って報酬上乗せを提案してきた。それも全部断り、俺は言い切った。
「お遊びで告白するなんて冗談じゃない。宮川から奪う気で、水島にぶつかってやる」
ぐっとこぶしを握った俺を見て、あさみは「それはそれで、おもしろそうね」と笑みを浮かべていた。
ピンクと群青が滲んだ夕焼け空を背にして立つ水島は、怯んでしまうほど美しかった。だが、あさみに豪語したんだ。今更逃げるわけにもいかない。勇気をこの手に渾身の思いをぶつけるべく俺は頭を下げた。
「水島さん。入学当初からずっと好きでした。付き合ってください」
ゆっくりと顔を上げて伺うように唯を見つめると、明らかに困った顔とぶつかった。
「……その気持ちに、私は答えられません。本当にごめんなさい」
ほぼ即答だった。せめて、もう少しもったいぶってくれたら、救いがあるのにと思いながら、俺はため息を吐く。
水島はぎゅっと目を瞑って、俺につけてしまった傷を少しでも自分自身に刻み付けるように下唇を噛んでいるようにみえた。困らせてしまっている水島を見たら、一瞬で熱は冷めて気持ちが折れていた。
「頭を上げてよ。どうせ俺はフラれることはわかっていたんだ。だけど、この気持ちをどうにかしたくて。次に進むための第一歩としての俺の自己満足だっただけだから、気にしないでよ」
「……ごめんなさい」
更に謝る唯の後頭部に困り果てながら、やはりあさみの真意に沿うべきか思い悩む。だけど、宮川の手助けをするなんて冗談じゃない。
「……水島さんは、宮川と付き合うの?」
そう問えば、唯の肩がびくりと跳ね上がって顔を上げた。そして、その問いの答えを探しだすために頭を捻らせているようだった。だが、なかなか見つからない水島の瞳はゆらゆらと揺れるばかり。そんな不安定な思いにさせているのは宮川だと思ったら、怒りがわいてくる。
「本当に、宮川が羨ましいよ。俺が水島さんの幼馴染だったらよかったのにっていつも思ってた。そうしたら、俺が水島さんの隣に無条件でいられたのにって。そんな風に水島さんを悩ませるようなことだって、させなかったのに」
本心が口をつく。何度も思ってきたことだった。あの立ち位置が俺だったら。宮川なんかじゃなく俺だったら。今とは違った今があったんじゃないか。そのきれいな瞳は俺に向けられていたんじゃないか。そう思えて仕方がなかった。どす黒い感情に飲まれそうになった時、水島のきれいな声が割って入ってきた。
「私たちは別に幼馴染みだから、一緒にいるわけじゃないんです。亮が亮だから今の位置にいるだけで幼馴染みだからとか、そういうのは関係ありません」
「だったら尚更、どうしていつも一緒にいるんだ? 幼馴染みは関係ない。そういうのなら、君たちの間はどんな感情で繋がっている? ただの友情? だったら、他のやつと付き合ったって問題ないだろう? なのに、宮川も水島さんもそうしようとしない。どうして?」
勢い余った声はよく空に響いて、情けなくなるほどだった。この思いは届くはずがないとわかっているのに。言葉が止まらない。
「それができないのは、やっぱり水島さんの中の宮川の存在がとても大きいという裏返しってことなんだろ? ……ごめん。責めるつもりはないんだ。俺さ、本当は平気なふりはしているけれど、これでも結構傷ついているんだぜ?」
本当に傷ついていたんだ。俺は本当に水島のことが好きだったから。
だけど、通じない思いをどこに追いやればわからない。この思いを跡形もなく粉々にしてしまいたいのに。どうしても水島が宮川を思い悩ましい顔をしていると、縋り付こうとする諦めきれない思いが膨らんでいきそうになる。もうこれ以上醜態を晒したくないし、女々しい自分からも解放されたい。もう終わりにしたいんだ。
「……俺の水島さんのことを思う気持ちは受け入れられないことは、もうとっくの昔からわかっている。だけどさ、ダメだとわかってぶつかった俺の勇気だけは貰ってくれないかな? お互い逃げるのはやめていい加減決着つけてくれよ」
置き土産のようにそう言い置いて、俺は水島に背を向けた。
完全に負け犬だと思う。だけど、せめて最後 くらいカッコよく去らさせてくれ。
そして、ふと思い浮かぶのは、これを仕掛けたあさみの顔。遠慮なく奢ってもらうからな。一切れなんかじゃ足りない。ワンホールだ。俺は情けなく、そう思った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】可愛くない、私ですので。
たまこ
恋愛
華やかな装いを苦手としているアニエスは、周りから陰口を叩かれようと着飾ることはしなかった。地味なアニエスを疎ましく思っている様子の婚約者リシャールの隣には、アニエスではない別の女性が立つようになっていて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる