背中越しの恋人 before

雨宮 瑞樹

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長野君は情けない

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「長野、唯が好きだったんでしょ? 卒業前に降り積もった思いの丈を吐き出して全部すっきりしてから卒業したいでしょ? なら、今すぐ唯に当たって、砕けてきて!」
 突然あさみが押し掛けてきて、そんなことを喚き始めて俺は目をむいた。
 確かに、水島のことは高校入学当初から気になっていた。けれど、いつも宮川がいて近づこうにもその隙さえも見つけることができず、現に卒業を迎えようとしている。卒業前に告白はしようと思っていた。だが、砕ける前提なのは正直気に食わないと思いながらあさみに問い返す。
「……なんで、俺? 俺みたいなの他にもいるだろ」
 俺のように水島に近付こうにも近付けない輩は多い。
「校内で宮川に太刀打ちできる優秀男子は長野しかいない」
 あさみは、びしっと俺を指さした。その横にいた秋田は「そこは、俺だろ」と不満を漏らしていたがあさみは完全に無視していった。
「長野が動けば、宮川の煮え切らない導火線にもさすがに火が付くと思うのよ。長野だったら、唯も心変わりするかもしれないってさ」
「なるほどね。じゃあ、俺が撒き餌になれって?」
「この作戦に乗ってくれたら、長野にはケーキ奢ってあげる! あんた、甘いもの好きでしょ?」
「ちなみに俺は強制ストレートパーマ代がバイト代」
 秋田の報酬を聞いて、ふと思う。
「……俺のほうが安くないか?」
「気のせい。気のせい」
 あさみは悪びれる様子もない。俺は深いため息を吐いて「いらない」とその申し出を断ると、あさみは焦って報酬上乗せを提案してきた。それも全部断り、俺は言い切った。
「お遊びで告白するなんて冗談じゃない。宮川から奪う気で、水島にぶつかってやる」
 ぐっとこぶしを握った俺を見て、あさみは「それはそれで、おもしろそうね」と笑みを浮かべていた。


 ピンクと群青が滲んだ夕焼け空を背にして立つ水島は、怯んでしまうほど美しかった。だが、あさみに豪語したんだ。今更逃げるわけにもいかない。勇気をこの手に渾身の思いをぶつけるべく俺は頭を下げた。

「水島さん。入学当初からずっと好きでした。付き合ってください」
 ゆっくりと顔を上げて伺うように唯を見つめると、明らかに困った顔とぶつかった。
「……その気持ちに、私は答えられません。本当にごめんなさい」
 ほぼ即答だった。せめて、もう少しもったいぶってくれたら、救いがあるのにと思いながら、俺はため息を吐く。
 水島はぎゅっと目を瞑って、俺につけてしまった傷を少しでも自分自身に刻み付けるように下唇を噛んでいるようにみえた。困らせてしまっている水島を見たら、一瞬で熱は冷めて気持ちが折れていた。

「頭を上げてよ。どうせ俺はフラれることはわかっていたんだ。だけど、この気持ちをどうにかしたくて。次に進むための第一歩としての俺の自己満足だっただけだから、気にしないでよ」
「……ごめんなさい」

 更に謝る唯の後頭部に困り果てながら、やはりあさみの真意に沿うべきか思い悩む。だけど、宮川の手助けをするなんて冗談じゃない。
「……水島さんは、宮川と付き合うの?」
 そう問えば、唯の肩がびくりと跳ね上がって顔を上げた。そして、その問いの答えを探しだすために頭を捻らせているようだった。だが、なかなか見つからない水島の瞳はゆらゆらと揺れるばかり。そんな不安定な思いにさせているのは宮川だと思ったら、怒りがわいてくる。
「本当に、宮川が羨ましいよ。俺が水島さんの幼馴染だったらよかったのにっていつも思ってた。そうしたら、俺が水島さんの隣に無条件でいられたのにって。そんな風に水島さんを悩ませるようなことだって、させなかったのに」
 本心が口をつく。何度も思ってきたことだった。あの立ち位置が俺だったら。宮川なんかじゃなく俺だったら。今とは違った今があったんじゃないか。そのきれいな瞳は俺に向けられていたんじゃないか。そう思えて仕方がなかった。どす黒い感情に飲まれそうになった時、水島のきれいな声が割って入ってきた。
「私たちは別に幼馴染みだから、一緒にいるわけじゃないんです。亮が亮だから今の位置にいるだけで幼馴染みだからとか、そういうのは関係ありません」
「だったら尚更、どうしていつも一緒にいるんだ? 幼馴染みは関係ない。そういうのなら、君たちの間はどんな感情で繋がっている? ただの友情? だったら、他のやつと付き合ったって問題ないだろう? なのに、宮川も水島さんもそうしようとしない。どうして?」
 勢い余った声はよく空に響いて、情けなくなるほどだった。この思いは届くはずがないとわかっているのに。言葉が止まらない。
「それができないのは、やっぱり水島さんの中の宮川の存在がとても大きいという裏返しってことなんだろ? ……ごめん。責めるつもりはないんだ。俺さ、本当は平気なふりはしているけれど、これでも結構傷ついているんだぜ?」 
 本当に傷ついていたんだ。俺は本当に水島のことが好きだったから。
 だけど、通じない思いをどこに追いやればわからない。この思いを跡形もなく粉々にしてしまいたいのに。どうしても水島が宮川を思い悩ましい顔をしていると、縋り付こうとする諦めきれない思いが膨らんでいきそうになる。もうこれ以上醜態を晒したくないし、女々しい自分からも解放されたい。もう終わりにしたいんだ。
「……俺の水島さんのことを思う気持ちは受け入れられないことは、もうとっくの昔からわかっている。だけどさ、ダメだとわかってぶつかった俺の勇気だけは貰ってくれないかな? お互い逃げるのはやめていい加減決着つけてくれよ」
 置き土産のようにそう言い置いて、俺は水島に背を向けた。
 完全に負け犬だと思う。だけど、せめて最後 くらいカッコよく去らさせてくれ。
 そして、ふと思い浮かぶのは、これを仕掛けたあさみの顔。遠慮なく奢ってもらうからな。一切れなんかじゃ足りない。ワンホールだ。俺は情けなく、そう思った。

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