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カンパニュラ
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翌朝の目覚めは、思っていたほど酷いものではなかった。毎日のルーティンを崩さず、洗面所へと向かう。顔を洗って、歯を磨いて、化粧を施す。落ち着いたところで、お湯を沸かし、ホテルに備え付けてあったドリップコーヒーをコップにセットして、お湯を注いだ。香ばしい香りが部屋中に、充満する。
あれだけ泣いて、迷惑をかけておきながらこんなに普通でいられるなんて。
母も兄も他人の人生を変えてしまうくらいに迷惑をかけても、いつも通り笑っていられる人種だ。
どんなに抵抗しても、結局私の中に流れている血は、同じなのだと言われている気がする。
いくら最悪な気分でも、こうしてコーヒーの香りを嗅げば、いつも通りの私になってしまえる。
嘆息して、コップを口に運ぶ。舌がピリっとした。甘みは感じられず、胃が痛くなりそうなくらい苦い。
三浦が淹れてくれたコーヒーとは、全然違うなと思う。彼女のコーヒーは、いつもマイルドで、じわりと染み渡っていく。寄り添ってくれるような優しさがあった。
今頃どうしているのだろう。
溜息が漏れる。会いたいなと思う。
もしも、三浦がここにいてくれたら何と声をかけてくれただろう。そこまで考えて首を振る。
そんな風にまた甘えそうになるなんて、本当にどうかしている。自分を戒めるために、カップの中のコーヒーを一気に飲み干す。あまりの苦さに、胃がキリキリと痛んだ。
時刻は、午前六時。
隣の部屋の分厚いドアの前に立った。ノックしようとした手を肩まで上げて、握る。
出会ったその時から、ずっと貴方のことが好きでした。
湊の声が響いて、考えないようにしていた気持ちが、ずっしり手に重くのしかかってきた。
このあと、どんな顔をすればいいのだろう。何と返せばいいのだろう。湊がくれた言葉は、驚きと苦しさが一度にやってきたような衝撃だった。
湊はどこまでも優しい。だからこそ、不憫な境遇を知った彼の私への同情が、あの言葉に繋がったのだということは、想像に難くない。
彼はいつでも私を引き上げてくれるような言葉をくれる。わかっていた。わかっていたからこそ、言ってはいけなかったのに。できなかった。
そんな私は、やっぱり狡い。
意を決してノックする。
返事はなかった。いつもならば、静かすぎる空気を醸し出しているときは、完全熟睡のパターン。しかし、昨日の今日だ。もしかしたら、身支度を整えて、部屋を出てしまっているかもしれない可能性の方が高いのではないだろうか。
本来ならば、気遣うべきは私の方だというのに。完全に立場が逆になってしまっているではないか。本当に不甲斐ない。
溜息をついて、鍵でドアを開けた。確認は必要だ。
ドアを入ってすぐにあるベッドを見やる。目を見張った。いつも通り、こんもりしている。
「湊さん」
いつものように熟睡している湊が、そこにいた。
「んー……」
あまりにいつも通りの湊の姿で、戸惑いと安堵が混ざり合って、どうしたらいいのかわからない自分がいるのに、自然と笑みにすり替わってしまう。
本当に、私はどうしようもない。
湊の靭やかな黒髪が揺れて、目を細める。
「湊さん、起きてください」
昨晩のような綺麗で真っ直ぐな瞳は、まだ半分しか開かれていないが、思わず顔を背けてしまう。私を元気づけるための励ましの言葉だとわかってはいるのに。一度深呼吸して、口調はいつも通りを心がける。
「おはようございます。今朝は六時半からロビーへ全員集まることになっているので、そろそろ起きないと、朝ごはん抜きになっちゃいますよ」
「はぁ……」
あくびと返事が一緒になって返ってくる。
いつも通りの湊だ。ならば、今は、昨日のことはわざわざ蒸し返さない方がいいのかもしれない。でも、散々迷惑をかけたのだから、スルーしてしまうのは恩を仇で返すようなものだ。そんなことしたら自分が許せない。どこかのタイミングで、しっかり謝罪すべきだ。
でも、時間のない今は、迷惑になりそうだ。仕事が終わって、ほっとしたころで切り出すのが一番だろうか。しかし、せっかくリラックスしている時に、昨日のことを思い出させてしまうのも申し訳ない気がする。
やはり、一層のこと今さらっと謝罪して、仕事中が終わったあとも、スッキリしていられる方がいいのでは? でも。しかし。いや、やっぱり……湊へ背を向け、ひたすら逡巡していると
「何、百面相してるんですか」
耳元で声がして、うわ! と声が出た。横を見れば至近距離に湊の顔があって、慌てて後ろへ飛び退く。 いつの間にベッドから這い出て、いたのか。心臓がバクバクいって、血が顔に集中する。物凄く暑い。熱を冷ますために手でパタパタ顔へ風を送っている私をみて、あははと、お腹を抱えて笑っている湊は、やはりいつも通りで私もつられてしまう。
「いたずらが過ぎますよ!」
「何度か声かけたのに、反応がなかったから」
そう言われて、物思いにふけりすぎていたことを反省する。小さく息を吐いて、吸い込み、拳を握る。
タイミングは今かもしれない。
「あ、あの……!」
「昨日の謝罪なんて、いらないですよ」
思い切って開いた口を遮るように、被せてくる。この先の私の言動は湊に全部見透かされていて、続けようとした言葉を飲み込むしかなかった。でも、やっぱり口の中に何かが残っていて、気持ち悪い。その切れ端が、口をつく。
「でも……私は……」
言いかけた私の唇へ、湊の人差し指が触れていた。目を丸くするしかない私は、ただ湊を見つめ返すことしかできなくなってしまう。私が発言を諦めたと判断した湊は、人さし指をそっと外す。
「紅羽さんが本当のことを打ち明けてくれて、僕は、嬉しかったんです。だから、謝らないでください。それでも、どうしても謝りたいというんだったら、どうぞ。今日一日僕の仕事に支障が出ますけど……それでよければ、聞きますよ?」
いたずらっぽく口の端を上げてくる湊を恨めしく思う。仕事を人質にとられては、もう何も言えなくなってしまうではないか。唇を引き結ぶしかなかった。
湊はふっと笑って、洗面所へと向かってしまう。
きゅっと蛇口をひねる音と共に、水の散らばる気配がする。その時間はほんの数秒。すぐにタオルで顔を拭きながら、出てきていた。
朝支度の早い湊は、それだけで仕事のスイッチが入る。キリッとした目元、さっきまでの気の抜けた瞳はそこには、もうない。湊の周りには、すでに星がきらめいている。その顔で、湊ははっきりいった。
「紅羽さんは、僕が同情であんなこと口走ったと思っていると思われているかもしれませんが、それは誤解です。昨日言ったことは、ずっと前から思っていたことで、思いつきではありませんからね。ということで、この話の続きは、また今度させてください」
湊の真っ直ぐな気持ちが、昨日の痛みを呼びさます。
昨日流した涙の跡が、ヒリヒリする。それが心臓に伝染して、ズキズキ痛む。
どうしてこんな風になってしまうのか。
本当は、昨日気づいてしまいそうだったけれど、涙が邪魔をして、明確な答えまで辿り着くことはなかった。でも、今考えてしまえば、あっさりとこの感情の名前の答えが出てしまう。
私は、慌てて思考をとめて、急いで穴を掘りながら、壁にかけてある時計を見やる。
「湊さん、そろそろ行かないと。食堂混んじゃいます。私は、後から追いかけますから、先に行ってください」
笑顔で湊を急かして、この感情を穴の中へ埋めた。
湊の仕事のスイッチを押してしまえば、私から明確な返答がなかったことはすぐに消えてしまうことは、わかっていた。湊は、そういう人だ。真っすぐで、誠実だからこそ、仕事は真面目。そこを出せば、すぐに頭は切り替わる。そして、その思惑通りに湊は、蓮の顔に変わっていた。
「そうですね。じゃあ、先に行ってます」
またあとでと、私へ笑顔を向けて部屋を出た。
きっちり埋めたはずの感情が、暴れ回って飛び出してきそうになるのを、必死に堪える。その反動とばかりに、じわっと涙が溢れていた。
しっかりしろと、言い聞かせる。波立つ感情を何とか押さえつけて、気持ちを整える。
もう大丈夫。確認して、仕事モードのスイッチを入れて、湊の部屋から出る。
そのまま長い廊下を歩いていく。分厚いカーペットにヒールの先が埋まる。そのせいでバランスを崩しそうになった。その時、よろめく私を誰かが支えてくれた。どこからとも現れたその手は、酷く肩を冷たかった。
背筋にゾワッと鳥肌が立つが、助けてくれた相手だ。すかさず頭を下げる。
「ありがとうございます」
長い脚が見えた。
もしかして。丁寧にお辞儀をした身体を元に戻し、相手を確認する。それは、意外な人。リコだった。
「どういたしまして」
無表情で動かす唇は口紅を塗っているせいか、やけに赤かった。白い肌に、浮いて見えて、少し歪に見える。目元もアイラインをきっちり入れているせいで、以前会った時以上に尖っていた。
背が高いリコは、私のことをじっと見下ろしてくる。何か話すでもなく、ただただじっと私を見下ろしてくる。
威圧感がすごい。ゴクリと唾をのみながら、気まずい空気を柔らかくする方法を考える。
「リコさんも、これから朝食ですか?」
にこやかに、当たり障りない話題を提供したつもりだった。しかし、リコには逆効果だったようだ。更に、眼光が鋭くなったように見える。口を開く気もなさそうだ。
「食事会場は混みそうなので、行きましょうか」
廊下のど真ん中で立ち止まってしまっているお互いの足を動かすための口実を作って、エレベーターホールへとつま先を向け、リコに背を向けた。一歩踏み出すその足に、彼女の声が絡みついた。
「そうね。カゲ」
頭に直接、高圧電流が流れたような衝撃が走った。思考回路のどこかがショートし、ずっと流れてきた時間は急激に巻き戻る。
あれだけ泣いて、迷惑をかけておきながらこんなに普通でいられるなんて。
母も兄も他人の人生を変えてしまうくらいに迷惑をかけても、いつも通り笑っていられる人種だ。
どんなに抵抗しても、結局私の中に流れている血は、同じなのだと言われている気がする。
いくら最悪な気分でも、こうしてコーヒーの香りを嗅げば、いつも通りの私になってしまえる。
嘆息して、コップを口に運ぶ。舌がピリっとした。甘みは感じられず、胃が痛くなりそうなくらい苦い。
三浦が淹れてくれたコーヒーとは、全然違うなと思う。彼女のコーヒーは、いつもマイルドで、じわりと染み渡っていく。寄り添ってくれるような優しさがあった。
今頃どうしているのだろう。
溜息が漏れる。会いたいなと思う。
もしも、三浦がここにいてくれたら何と声をかけてくれただろう。そこまで考えて首を振る。
そんな風にまた甘えそうになるなんて、本当にどうかしている。自分を戒めるために、カップの中のコーヒーを一気に飲み干す。あまりの苦さに、胃がキリキリと痛んだ。
時刻は、午前六時。
隣の部屋の分厚いドアの前に立った。ノックしようとした手を肩まで上げて、握る。
出会ったその時から、ずっと貴方のことが好きでした。
湊の声が響いて、考えないようにしていた気持ちが、ずっしり手に重くのしかかってきた。
このあと、どんな顔をすればいいのだろう。何と返せばいいのだろう。湊がくれた言葉は、驚きと苦しさが一度にやってきたような衝撃だった。
湊はどこまでも優しい。だからこそ、不憫な境遇を知った彼の私への同情が、あの言葉に繋がったのだということは、想像に難くない。
彼はいつでも私を引き上げてくれるような言葉をくれる。わかっていた。わかっていたからこそ、言ってはいけなかったのに。できなかった。
そんな私は、やっぱり狡い。
意を決してノックする。
返事はなかった。いつもならば、静かすぎる空気を醸し出しているときは、完全熟睡のパターン。しかし、昨日の今日だ。もしかしたら、身支度を整えて、部屋を出てしまっているかもしれない可能性の方が高いのではないだろうか。
本来ならば、気遣うべきは私の方だというのに。完全に立場が逆になってしまっているではないか。本当に不甲斐ない。
溜息をついて、鍵でドアを開けた。確認は必要だ。
ドアを入ってすぐにあるベッドを見やる。目を見張った。いつも通り、こんもりしている。
「湊さん」
いつものように熟睡している湊が、そこにいた。
「んー……」
あまりにいつも通りの湊の姿で、戸惑いと安堵が混ざり合って、どうしたらいいのかわからない自分がいるのに、自然と笑みにすり替わってしまう。
本当に、私はどうしようもない。
湊の靭やかな黒髪が揺れて、目を細める。
「湊さん、起きてください」
昨晩のような綺麗で真っ直ぐな瞳は、まだ半分しか開かれていないが、思わず顔を背けてしまう。私を元気づけるための励ましの言葉だとわかってはいるのに。一度深呼吸して、口調はいつも通りを心がける。
「おはようございます。今朝は六時半からロビーへ全員集まることになっているので、そろそろ起きないと、朝ごはん抜きになっちゃいますよ」
「はぁ……」
あくびと返事が一緒になって返ってくる。
いつも通りの湊だ。ならば、今は、昨日のことはわざわざ蒸し返さない方がいいのかもしれない。でも、散々迷惑をかけたのだから、スルーしてしまうのは恩を仇で返すようなものだ。そんなことしたら自分が許せない。どこかのタイミングで、しっかり謝罪すべきだ。
でも、時間のない今は、迷惑になりそうだ。仕事が終わって、ほっとしたころで切り出すのが一番だろうか。しかし、せっかくリラックスしている時に、昨日のことを思い出させてしまうのも申し訳ない気がする。
やはり、一層のこと今さらっと謝罪して、仕事中が終わったあとも、スッキリしていられる方がいいのでは? でも。しかし。いや、やっぱり……湊へ背を向け、ひたすら逡巡していると
「何、百面相してるんですか」
耳元で声がして、うわ! と声が出た。横を見れば至近距離に湊の顔があって、慌てて後ろへ飛び退く。 いつの間にベッドから這い出て、いたのか。心臓がバクバクいって、血が顔に集中する。物凄く暑い。熱を冷ますために手でパタパタ顔へ風を送っている私をみて、あははと、お腹を抱えて笑っている湊は、やはりいつも通りで私もつられてしまう。
「いたずらが過ぎますよ!」
「何度か声かけたのに、反応がなかったから」
そう言われて、物思いにふけりすぎていたことを反省する。小さく息を吐いて、吸い込み、拳を握る。
タイミングは今かもしれない。
「あ、あの……!」
「昨日の謝罪なんて、いらないですよ」
思い切って開いた口を遮るように、被せてくる。この先の私の言動は湊に全部見透かされていて、続けようとした言葉を飲み込むしかなかった。でも、やっぱり口の中に何かが残っていて、気持ち悪い。その切れ端が、口をつく。
「でも……私は……」
言いかけた私の唇へ、湊の人差し指が触れていた。目を丸くするしかない私は、ただ湊を見つめ返すことしかできなくなってしまう。私が発言を諦めたと判断した湊は、人さし指をそっと外す。
「紅羽さんが本当のことを打ち明けてくれて、僕は、嬉しかったんです。だから、謝らないでください。それでも、どうしても謝りたいというんだったら、どうぞ。今日一日僕の仕事に支障が出ますけど……それでよければ、聞きますよ?」
いたずらっぽく口の端を上げてくる湊を恨めしく思う。仕事を人質にとられては、もう何も言えなくなってしまうではないか。唇を引き結ぶしかなかった。
湊はふっと笑って、洗面所へと向かってしまう。
きゅっと蛇口をひねる音と共に、水の散らばる気配がする。その時間はほんの数秒。すぐにタオルで顔を拭きながら、出てきていた。
朝支度の早い湊は、それだけで仕事のスイッチが入る。キリッとした目元、さっきまでの気の抜けた瞳はそこには、もうない。湊の周りには、すでに星がきらめいている。その顔で、湊ははっきりいった。
「紅羽さんは、僕が同情であんなこと口走ったと思っていると思われているかもしれませんが、それは誤解です。昨日言ったことは、ずっと前から思っていたことで、思いつきではありませんからね。ということで、この話の続きは、また今度させてください」
湊の真っ直ぐな気持ちが、昨日の痛みを呼びさます。
昨日流した涙の跡が、ヒリヒリする。それが心臓に伝染して、ズキズキ痛む。
どうしてこんな風になってしまうのか。
本当は、昨日気づいてしまいそうだったけれど、涙が邪魔をして、明確な答えまで辿り着くことはなかった。でも、今考えてしまえば、あっさりとこの感情の名前の答えが出てしまう。
私は、慌てて思考をとめて、急いで穴を掘りながら、壁にかけてある時計を見やる。
「湊さん、そろそろ行かないと。食堂混んじゃいます。私は、後から追いかけますから、先に行ってください」
笑顔で湊を急かして、この感情を穴の中へ埋めた。
湊の仕事のスイッチを押してしまえば、私から明確な返答がなかったことはすぐに消えてしまうことは、わかっていた。湊は、そういう人だ。真っすぐで、誠実だからこそ、仕事は真面目。そこを出せば、すぐに頭は切り替わる。そして、その思惑通りに湊は、蓮の顔に変わっていた。
「そうですね。じゃあ、先に行ってます」
またあとでと、私へ笑顔を向けて部屋を出た。
きっちり埋めたはずの感情が、暴れ回って飛び出してきそうになるのを、必死に堪える。その反動とばかりに、じわっと涙が溢れていた。
しっかりしろと、言い聞かせる。波立つ感情を何とか押さえつけて、気持ちを整える。
もう大丈夫。確認して、仕事モードのスイッチを入れて、湊の部屋から出る。
そのまま長い廊下を歩いていく。分厚いカーペットにヒールの先が埋まる。そのせいでバランスを崩しそうになった。その時、よろめく私を誰かが支えてくれた。どこからとも現れたその手は、酷く肩を冷たかった。
背筋にゾワッと鳥肌が立つが、助けてくれた相手だ。すかさず頭を下げる。
「ありがとうございます」
長い脚が見えた。
もしかして。丁寧にお辞儀をした身体を元に戻し、相手を確認する。それは、意外な人。リコだった。
「どういたしまして」
無表情で動かす唇は口紅を塗っているせいか、やけに赤かった。白い肌に、浮いて見えて、少し歪に見える。目元もアイラインをきっちり入れているせいで、以前会った時以上に尖っていた。
背が高いリコは、私のことをじっと見下ろしてくる。何か話すでもなく、ただただじっと私を見下ろしてくる。
威圧感がすごい。ゴクリと唾をのみながら、気まずい空気を柔らかくする方法を考える。
「リコさんも、これから朝食ですか?」
にこやかに、当たり障りない話題を提供したつもりだった。しかし、リコには逆効果だったようだ。更に、眼光が鋭くなったように見える。口を開く気もなさそうだ。
「食事会場は混みそうなので、行きましょうか」
廊下のど真ん中で立ち止まってしまっているお互いの足を動かすための口実を作って、エレベーターホールへとつま先を向け、リコに背を向けた。一歩踏み出すその足に、彼女の声が絡みついた。
「そうね。カゲ」
頭に直接、高圧電流が流れたような衝撃が走った。思考回路のどこかがショートし、ずっと流れてきた時間は急激に巻き戻る。
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