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エーデルワイス3
しおりを挟む稽古場のドアが開き、ぞろぞろ人が出てくる。邪魔にならない場所で、湊を待っていても、なかなか見つからなかった。もしかして、見過ごしてしまっただろうか。そわそわし始めたところに、川島が元気に手を振って私のところへやってきていた。
「お疲れ様です」
声をかけると、川島は気のいい笑顔を見せてくれる。
「蓮の奴は、監督につかまってるよ。あいつは、大抵誰かしらに掴まるから、のんびり待っておけば大丈夫だぜ」
「わざわざ、ありがとうございます」
頭を下げて腕時計を確認する。次はドラマの現場へ行く予定で、ここから送迎が出る。
まだ、時間があるから焦ることはないだろう。そこに、また電話がかかってきた。
「じゃあ、俺先に車に行ってるわ」
「はい! また、よろしくお願いします!」
電話に出てから、そう時間はかからず、湊が出てきた。しかし、電話の相手がなかなか切ってくれない。電話しながら頭だけ下げると、湊がそのまま行きましょうと合図をしてくれて、車に乗り込む。ワゴン車の後部座席にすでに川島はが座っていて、その隣に湊、私はドアから一番近い席に座る。
電話の拘束から解放されたのは、だいぶ時間が経ってからのことだった。ふうっと息をついて、湊と川島は仲良さそうに会話しているのを耳の端でききながら、忘れないように聞いたことをメモしていく。そこに、後ろから、まつりさんと、声が飛んできて、振り返る。
「電話、全部真面目に対応しなくても、時々スルーして大丈夫ですよ」
「蓮の言う通りだ。この業界はみんな強引だから、全部聞いてたらきりがない。社長なんて、かかってくる電話の半分以上は無視してもんな?」
川島がいうと、湊はそうだという、相槌をうつ。
「あまり根つめてると、身体もちませんよ?」
二人とは全く違う立場の私に、気遣われて申し訳なくなってしまうが、とても有難い。
「お二人とも、お気遣いただき、ありがとうございます」
その後も、楽しそうな二人の会話が車内に響く。湊が静で、川島が動。そんな感じだ。それなのに、息がぴったりで、二人の会話を聞いているだけで、つられて笑ってしまう。
「本当に仲良しなんですね」
感想を漏らすと、川島が首をふっていた。
「……そりゃあ、上部だけだな。俺は、常日頃蓮を妬みまくってるんだ」
川島がぶすっとした顔をすると、湊は微妙な顔をしていた。
「ここは、競争社会そのものだ。そこに飛び込む奴らは、みんな自分が一番になりたいと思ってやってきている奴が多い。俺もそのうちの一人。でも、蓮はそういうタイプじゃない。それなのに、ドラマも、映画も、CMもだから、どこもかしこも、蓮ばかり求める。だから、俺はいつもムカついているんだよ」
肩を小突かれてる湊は、やはり複雑な表情を浮かべる。それを睨む川島は、苦々しく口を開いていた。
「なんで、こんなのほほんとした奴に勝てねぇのか、わかんねぇ。理解できないが、いい奴だから恨むこともできない。そんな中途半端な立ち位置にいる俺だから、ダメなんだろうな。もう湊の背中さえ遠すぎて見えねえ。俺って、本当に情けねぇ人間に成り下がっちまったよなぁって、思うよ」
本音をさらりといえてしまう川島のどこが情けないのだろう。私には、疑問しかなかった。
「どこが、情けないのでしょうか?」
声に出ていたことに気付いたのは、目を瞬かせている二人の視線が、私に集まってからだった。
しまった、という後悔が脳裏を掠めたが、止まらなかった。
「……人は、なるべく強く見せようとする生きです。虚勢を張って、態度を大きく見せて、どうにかして自分は強い人間だと周囲に見せつけたがる。……少なくとも私の周りでは、そんな人が大半で、必死になっている人たちばかりでした。そして、絶対に自分の弱さを認めようとしない。それを指摘しようものならば、激怒していました。そういう方々の方が、よっぽど情けないと、私は思うんです」
そういう人間は、例外なく周囲に傲慢な態度を取っていた。どうして、そんなことをするのかと言えば、本当は自分は小心者で、情けない人間だと知られたくないからだ。母や兄はその典型だ。
「川島さまは、そうじゃありません。自分の弱さを認めて、弱音を吐ける。それって、なかなか出きるものではない。そして、そういう方こそ、この先伸び代しかないとのだと、思います。だから、全然情けなくなんか、ないです」
二人の瞳が更に目が丸くなっていると気付いたのは、力説してしまった後だった。
二人の唖然とした空気から、一気に現実に引き戻される。急激な羞恥心と申し訳なさが噴水のように吹き上がっていた。
「ごめんなさい! ……私はなんて、偉そうなことを!」
叫んだと同時に、車は目的地へ到着して車のドアは開いていた。外から新鮮な空気が吹き込む。
「お疲れ様です!」
現場で待ち構えていたスタッフから、威勢のいい声がかかって、一番ドアから近いところに座っていた私が最初に降りる。
地面に降り立った頭の中は、何て失礼なことをいってしまったのだろうという、後悔と焦りでぐるぐる回っていた。
しかし、川島は思いの外上機嫌。
感謝の言葉と頭を撫で回されていた。束ねた髪が乱れる。怒ってなかったと、ホッとする。
その後、降りてきた湊は、私の顔をみると、何か言いかけて口を閉じる。やっぱり、でしゃばりすぎたことを怒っているのかもしれない。微かな不安が過ったところで、湊は気を取り直したように言う。
「それでは、行ってきます」
「はい! 蓮さん、行ってらっしゃい」
笑顔で送り出す。湊は、これまで何度かみたことのある少し困ったような笑顔を浮かべていた。撮影場所は、閑静な住宅街。よく晴れていて、清々しい柔らかな太陽が、降り注ぐその中を一直線に進んで、待ち構えているスタッフたちへ挨拶しに行く。
そこに、湊をみたいと待ち構えていた人たちから、キャーっと歓声が上がっていた。手を上げて応える湊は正に、太陽よりも輝きを放つスターそのものだった。眩しくて、目を細める。いくら憧れても、手を伸ばしても絶対に届かないものをずっと遠くから眺めているような感覚になる。
ぼんやりと湊を眺めていると、また手の中のスマホが震えていた。
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