2 / 7
それぞれの世界
1話[灰色の世界]
しおりを挟むため息をつくと幸せが逃げてしまうという。実にその通りだと思うと同時に別に減っても構わないとも思った。
どうやらこの世界では
葛城(かつらぎ)つらら の悩みは贅沢な方のようで。
「言うだけ野暮ね」
そう自己完結しておいた。人は嫌いじゃないし、生きるのも苦ではない。誰からも愛されていないだなんて、もちろん思ったりしてないけれど、どうしても心が薄暗くなる。世界に色味がなくてつまらない。いつものように呟いた。
「お嬢さま、1人の時に笑顔でいろとは言いませんがいささか暗すぎるのでは」
「清水。いたのね」
一緒の車に乗っているのだから当然ではないか。そんな当たり前のこと、今更いっても仕方がないからと清水は口を閉じた。
代々、葛城家に仕える使用人の清水一家。清水の父は清水をつららと同じ高校に通わせメイドとしてサポートさせている。清水とつららは同い年であるためその方が修行にもなって良いとのことだった。今日も車の窓の外を見ながらつららはため息をつく。そんな主人を見ていられなくて、清水は静かに下を見た。
「今日の授業は何かしら」
「1時限目に体育、2時限目に国語、その後数学、社会。午後からは学年合同で特別講義があります」
「眠くなりそうね」
「体育はバレーボールです」
「なら、おもしろそうだわ」
つららは少し微笑んだ。どうやらバレーは好きらしい。いつかドッジボールだったときは何とも言えない悲壮感を漂わせていたから、主人の好きなものが未だに清水はよく分からない。
笑えばこんなに可愛いのに、1人の時はまるで敵意を丸出しにしている動物のような目をしている。敵なんていないのに、少し諦めたような目をしているんだ。
清水はその目がどうしても苦手だった。
「清水は体育、大丈夫そう?」
「お嬢さまの後ろにいますので」
「それあなた、あたしを盾にしているだけじゃない」
「人を倒すのは得意なんですが、ボールだと苦手で……人間よりもろいですし」
「さらっと怖いこと言わないでくれる?」
昔から主人を守るための格闘術は一通り学んできた清水であったが手加減の具合を知らないまま高校生になってしまい、ドッジボールをすればけが人を続出させバレボールやサッカーをすればもれなく触れるボールは全て壊した。そのため体育は見学か主人の後ろに隠れるのが主流になっていた。
「たまには清水を敵にしてプレーしたいものだわ」
「お嬢さまも壊れてしまいます」
「いや壊れるってなによ」
清水が葛城家のボディーガードなどの誰よりも強いことは知っていたがその強さを未だにその目で見たことはない。ただ、中学のときに荒れていた先輩たちを何人か病院へ送ってしまったと聞いたが。せっかく同い年の近しい存在だ。
ライバルとして闘い、やるじゃねぇか。へへっお前こそ。な展開に持って行きたいのに。
そしたら、少しは。
「まぁ、いいわ」
どうしたって灰色になって、曇りきってしまった自分の世界は戻りそうにない。期待するだけ無駄なんだ。
「雨、降ってきたわね」
「本当ですね…空は明るいですが」
さっきまで晴れていたのだと思っていたのに。外を見るとさっきとは打って変わってザーザーと雨が降っていた。
天気雨というものだろうか。よく知らないし、興味もないけれど。つららは再び景色へと目を向けた。
「あれ、うちの学園の生徒でしょうか」
「うん?」
清水が静かに外を指差した。つららがのぞいてみるとそこには、自分と同じ制服を着て笑顔で雨の中を走る女の子がいた。
「何あの子」
「雨さんありがとう、お日さまありがとうと叫んでいますね」
「よく分かるわね清水」
いや、問題はそこじゃないのだけど。この雨の中傘もささずに何をしているんだろう。
見れば傘を差し出す人や乗せて行こうかと提案する人もいる。それなのに。
「わたし、着替え持ってるのでと言ってます」
「いや着替えも濡れちゃってるでしょあれ」
知らない人から物を借りないことや知らない人の車に乗らないことは正しいことかもしれないと思う。しかし嬉々として雨に打たれる女子高生を見れば心配になってしまうのは当然だろう。
「清水、引き返すからあの子を連れてきて」
「引き返さなくても連れてきますよ?」
「それじゃ清水まで濡れちゃうでしょ」
家の方へ予備の制服を持ってくるよう連絡し、あの少女の元へと急ぐよう運転手へと伝える。なんだか無駄に疲れてしまったような気もするが。
「……お嬢さま」
「なに?」
「……いえ、なにも」
何年も連れそった清水にだけ分かってしまうような、小さな笑み。楽しそうだと、口元が語っている。
「笑うととても可愛らしいですよお嬢さま」
「笑ってなんているかしら」
灰色に染まってしまった主人の笑顔。
雨の中を笑顔で走るあの少女なら、色をつけてくれるかもしれない。
主人の、自分には隠しきれてない笑みを見ながら清水はそんなことを思っていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、青春学園物語。
ほんのりと百合の香るお話です。
ごく稀に男子が出てくることもありますが、男女の恋愛に発展することは一切ありませんのでご安心ください。
イラストはtojo様。「リアルなDカップ」を始め、たくさんの要望にパーフェクトにお応えいただきました。
★Kindle情報★
1巻:第1話~第12話、番外編『帰宅部活動』、書き下ろしを収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:第13話~第19話に、書き下ろしを2本、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:第20話~第28話、番外編『チェアリング』、書き下ろしを4本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:第29話~第40話、番外編『芝居』、書き下ろし2本、挿絵と1P漫画を収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:第41話~第49話、番外編2本、書き下ろし2本、イラスト2枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:第50話~第55話、番外編2本、書き下ろし1本、イラスト1枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
Chit-Chat!1:1話25本のネタを30話750本と、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
★第1話『アイス』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
★番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
★Chit-Chat!1★
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
この世界で 生きていく
坂津眞矢子
青春
とある地方都市、空の宮市の中高一貫の女子校『星花女子学園』に通う、高等部二年生、四方田恵(しほうだめぐみ)は、中高一貫の学園から転入した言わば外様組の一人。一年間で大分慣れたこの学園で、何でもない日常を謳歌していた。
ある日、十京(つなしみやこ)という、少し変わった少女と出会い、二人の物語は動き出す。
世界観共有百合企画、星花女子プロジェクトセカンドシーズン参加作品です。前作参加の皆様方の作品を目に通していただければより楽しめると思います!
※登美司つかささんの、星花女子プロジェクト第二弾参加作品です。
※十京さんは、壊れ始めたラジオさんからのキャラクターです。
※諸事情により活動場所を此方へ移しました
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる