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君と一緒に物語を~席が遠い君に私は声を届けたいと思う~

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【登場人物】
飯島みおり……高校2年生。好きなパンはミルクフランスパンな女の子。

大空あすか……高校2年生。主要モブのような立ち位置の女の子。

塙山かな……高校2年生。眼鏡を掛けた女の子。声が可愛い。




 その瞳に写るなら、どんなかたちでもいいと思う。
 なにか天変地異でも起きない限り、あの人はきっと、私を見ない。
 私、飯島(いいじま)みおり は少し離れた席に座るその人を見つめた。

「……」

 真面目そうなお堅いレンズの向こう側に、いったい何が見えているんだろう。
 私らしくもないけど、そんなことを考えてしまう。

「みおりー、学食行くでしょ?」
「うん、行かない」
「えっ、行かないの?」

 うん、という肯定の言葉とは真逆の意見を返す私に、親友である大空(おおぞら)あすか はコントのようにずっこけた。

「だって混んでるしうるさいし、良いことないもん」
「学校生活の中で出来立てで美味しい定食が食べられるのとかかなり贅沢だと思うんだけど」
「うーん……」

 そう言われてみれば、たしかに幸せなことなんだろう。一生懸命授業を受けた後、温かなご飯が食べられるということは、きっと。

「私はメロンパンが食べたいから」

 でも、今の私にその幸福を実感することは難しかった。だって当たり前にあるんだもん。
 今日はメロンパンの気分だ。明日はきっと、ミルクフランスを口にする。
それで飽きたら、学食に行こう。

「はぁ、じゃあ私もパンにするかぁ」
「購買?」
「そだね、ちょっと買ってくる」
「瓶牛乳お願い」
「ねーよ」

 ちぇ、ないのか。

「いってらっしゃい」
「はいよー」

 別にあすかは学食行けばいいのに。私に遠慮なんかしてもいいことはないだろう。
 まぁ、あの混んでいる学食、一人で定食を食べるというのはなかなかハードルが高いだろうが。
ふと、あの人の方を向けば。私たちがミニ漫才をしている間に、一人で黙々とお弁当を食べている。

「……なに食べてるんだろ」

 色の地味なお弁当箱は見えても、中身までは見えてこない。あぁ、席が遠い。
 塙山(はなやま)かな。それが、彼女の名前。

 彼女のことを少しでも知りたい。情報がほしい。
 けれど誰に聞いたって、口を揃えてみんな言う。
"あんまり話したことないから分からない"と。

 心を閉ざすというのはきっとああいうのを言うんだろう。どれだけ話しかけられても、必要以上に喋らないし近付かない。それは決して、愛想が悪いと言い切れるものでもなくて。

「話してみたいなぁ……」

 きっかけがほしい。
 特に話したいこともない。あの人と言葉を交わしたいだけだ。何かの班で一緒になることもなく、何かを借りたり、拾ってもらうこともない。早く席替えがしたい。
 ただ単純に興味があるってだけのこと。なのに私は、彼女と話したいと思ってから10日経っても挨拶すらまともにできず、ただ目で追うばかりの日々を送っていた。
 友達をつくるのは苦手じゃない。友達というのは気付いたらなっているものだ。
 話がしたいと思って意識しだすなんて、初めてだから分からない。

「瓶牛乳……あったわ」
「さすが」

 メロンパンを頬張りながら悶々と考える私に、疲労困憊のあすかは瓶牛乳を差し出した。ナイス、ちょうど今飲みたかった。

「なに見てたの?」
「んー、青空」
「窓際、ちょっと羨ましいよね」

 彼女のことをこんなに見つめていても、その声を聞くことはほとんどない。ミステリアスだとかクールだとか、そんな代名詞もない。ただ、誰にも話しかけないし、誰も話しかけない。
 それだけだ。

「あ、明日は何日だっけ」
「21日だよ」

 唯一聞けるとしたら彼女の出席番号が日付と重なる日。それを私は楽しみにしている。

「うん、美味しい!」
「声でかいよ、みおり」

 振り向いてくれないかな。
 今日何度目かの期待を寄せた大声は、いつものごとく、届くことはなかった。


 
 
 
 やりすぎなくらいに明るい声が耳に響く。

「声、大きいな……」

 やっぱり、あの人は適任ではないと思う。私、塙山かなはそう感じざるを得ない。

「どうしてもあの人じゃないとダメ?」

 わずかな期待を寄せて送ったメッセージに、返事はすぐに返ってきた。

『あの人がいいの! お願い!』

 またため息が出る。あの人に私が話しかけなきゃいけないのか。候補に上げた時点で、私が現況な訳だけど。
 同じクラスのたしか……いとうさん、だっけ?
 名前もよく知らないあの人を、どう誘ったものか。

「はあぁ……」

 今日1番のため息は、きっと誰も聞いていないんだろうな。




つづく
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