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勘弁してください。
しおりを挟む召喚されたわけでもなく、目的をもって送り出されたわけでもなく。
ただ、人数調整のためにだけに異世界に送られたのだと知ってから。
贅沢三昧しなけりゃ割に合わん!と、わたしはぐうたらごろごろ暴飲暴食し始めた。
魔王様はそんなわたしに凍てつく視線を向けてきたが、むしろ心地よくすら感じた。
利用されるなんてまっぴら。
少しは困ればいいのだ。
それに、迷惑そうなその視線にしびれる。
喉元すぎればなんとやら。
はじめは恐かった魔王様も、トイレの花柄タオルなど、妙に所帯じみたところがたくさんあり、それに気付くたびに、なんだか親近感がわいてくるのだった。
むしろ魔王様ラブ。
あのお綺麗な顔が嫌悪に歪むところなど、震えるほどに快感である。
そう。
わたしは、イヤイヤ言われると、余計にやりたくなる天邪鬼なのだ。
わたしは現在、魔王様と同じ部屋で暮らしている。
自称部屋付メイドとなった。
いまだ部屋の外に出る気が起きない(ゾンビこわい)ので、なんとしてでもしがみつく気だ。
「別室を用意してある。」
「クローゼットがいいです。」
「もし望むなら、城下に屋敷を用意してもいい。」
「クローゼットがいいです。」
死んだ目で繰り返すわたしに、魔王様が折れた。
さすがにクローゼットではなく、魔王様のベッドの隣に、簡易ベッドを作ってくれた。
目下、わたしの最大の関心ごとは、魔王様の夜のテクニックである。
なにせ、エロゲの魔王様。
つまり、エロの帝王であり、超絶テクニックの持ち主であるはず。
いまは能ある鷹は爪を隠すでその片鱗すら見せていないが、わたしのニオイがクサくなくなったら、それをみせてくれるのではないかと期待している。
あぁ、暴飲暴食しているから、ニオイがなくなるのはまだしばらくかかるか。
いまは半径1メートル以内に近付いてこない。
もし魔王様にガツンガツンやられることになったら、ほんとに「嫌なのにぃっ、腰が勝手にぃんっ、ああんっ」ってなるのかな。
ドキドキ。
それにしても、魔王様の生活、あっ、性活は意外と地味だ。
さぞ酒池肉林だろうと期待して観察していたが、朝部屋を出てから、たいてい夜に戻ってきて、着替えてから風呂に入り、夕食を共にする。そして、部屋でワインを飲みながら読書をして眠る。
女の子とのあはんうふん(ひぎぃ、かもしれない)は、いつしているのだろう。
もしかして真っ昼間から行っているのだろうか。
それとももっぱらお風呂場か。
あぁ、気になる。
それとなく、夕食のテーブルで話をふってみたことがある。
「このお肉おいしいですね!あ、お肉といえば、肉奴隷ですよね!もー、魔王様ったら、お元気なんですから!」
こふ、と魔王様が小さくむせた。
怪訝そうに片眉を上げていらっしゃったので、口で言ってもわからない焦らし屋の魔王様のために、手元の皿にあったプチトマト二個を横に並べ、その真ん中にアスパラを一本、縦に置いた。
「もちろん、魔王様がアスパラ並だなんて申し上げませんがね!」
キランと歯を光らせて魔王様を見ると、明らかに引いている。
魔王様は、片手で自身の目元を覆い、はぁと疲れたようなため息をついた。
魔王様の朝のお着替え(わたしのお楽しみタイム)が終わった頃、部屋をノックする音が聞こえた。
「入れ。」
すると、ツインテールの気の強そうな美少女が入ってきた。
これぞメイド服、というミニスカートに、エプロン、ウエストをきゅっと引き締めて、胸を強調している。それに、カチューシャに白のニーソ。完璧だ。
ピンときた。
そうか、魔王様は百合プレイをご所望であるか!!
やっと魔王様らしくなってきたな。
わくわくしたわたしに、ちらりと冷たい視線を向けた後、魔王様は「あとはこの者に任せた。」と言って部屋から出ていった。
あれ?
見ていかないんですか?
魔王様が出ていった扉とメイド美少女を交互に見ていたら、美少女が「失礼します」といってわたしの身体に腕を回した。
えぇ、ほんとにするのっ?
動揺して思わずのけぞるわたしに、美少女は「動かないでください」と言った。その手には、メジャーがある。
採寸?
なぜ、と首を傾げると、美少女が答えてくれた。
「魔王様から、お着替えを用意するよう申し付かっております。それに、日々のことのお世話をするように、とも。以後、よろしくお願いします。」
なんとこの子、自称部屋付メイドであるわたしの、さらにメイドなのだという。
「どのようなドレスがよろしいでしょうか。」
「えっと、あなたとおんなじ服がいいな。」
「申し訳ございません。これは使用人の服でございますので、同じものはご用意できません。」
通り一辺倒な返答が帰ってきた。
なんとなく、魔王様の狙いが分かってきたような気がする。
わたしはめんどくさいので一日中、起きてるときも寝るときもムームーでいるのだが、魔王様に散々着替えろと言われていた。
さらに、食べ物をベッドの上で食べるなとも(わたしの簡易ベッドよりも魔王様のベッドのほうがスプリングがいいので、よく魔王様のベッドの上でお菓子を食べながら本を読んでいた)。
それに対して「わかりました」と返事をするだけで、一向に改善しようとしないわたしに、ついに堪忍袋の緒が切れ、監視役をつけることにしたのではないか。
魔王様の狙い通りになるのは業腹だったが、幼い頃から散々母に(怒鳴られながら)教育されてきた身としては、見られている状況でごろごろぐうたらできるほど面の皮は厚くない。
いちおう、人の視線は気になるのだ。
それがかわいい年下の女の子だというなら、なおさら。
ドレスも着るようになったし、昼間からベッドの上でぐうたらすることもなくなったけど、そうなると今度は、することがなくなってしまった。
このシンプルな部屋のなかでできることなんて、なんかある?
メイド美少女をじっと見つめる。
ツインテールメイドなんて、魔王様の趣味って……。
あんなにしかつめらしい顔しているのに、やっぱりこっちの趣味なんじゃないか。
「なんでしょうか。」
「いえ、いえ。なんでもないです。」
しかし、この子は小柄だなぁ。
身長はわたしとそんなに変わらないんだけど、顔がちっちゃいし、全体的に、こう、すらっと細いというか……。
魔王城で働いているってことは、やっぱり犯され要員の一人なのだろうか。
あの牛さんはもちろん、魔王様でさえ、ちょっと体格差があるんじゃないかなぁ、と思えるんだけど。
よくよく考えてみると、人間意外との性行為って大丈夫なのかな。
牛さんはまだ哺乳類だけど、昆虫だなんて……。
だって、犬猫でさえ、キスはダメって言われてるのに。動物はそれぞれその生物特有の菌がいて、それが人間には有害なことがある、とか。
同じ空気を吸って同じ水を飲んでいるペットでもそう言われるなら、魔界の昆虫なんて論外じゃないか。
夜になって魔王様が帰ってきたので、気になっていることを聞いてみた。
ちなみに、メイド美少女は魔王様が帰っていくのと同時に退去する。
しかし、どうやって聞けばいいのだ。
わたしがそういう嗜好だと思われるのは嫌なので、オブラートに包んで包んで、さりげなく聞いてみた。
「子どもって、どうやってできるんですか?」
「なんだ、おしべとめしべの話でもしてほしいか。」
前から思っていたことだが、魔王様の返事はいちいち意外性がない。
どっかで聞いたことのあるような、しかも、いままで日本で生きてきたなかで聞いたことのあるような返事をするのだ。
「地獄の沼から生まれるんだよ」とか「瘴気がこごって発生するのだ」とか、もっと魔王様っぽい返事をしてくれるといいのに。
つまらないので、話を変えてみた。
「ところで、わたしの交換になったっていう、女神が気に入った人って、どんな人だったんですか?」
魔王様は「お前、自分から聞いておいて」とため息をつきながらも、律儀に答えてくれた。
「わたしの弟だ。」
弟!
「それって、同じ腹から生まれてきたってことですか!女性から生まれてくるんですか!?」
「そうだ。わたしたちの種は人間と変わらんのでな。男女の性交で受精し、母親の腹の中で育つ。」
「へー。へー。えっと、それで、お、お父さんは?」
思わず前のめりになってしまった。
魔王様がじと目でわたしを見る。
「なにが聞きたいのかは知らんが、父も同じだ。同種の男。」
わたしは魔王様から視線を外して、魔王様の肩のあたりを見ながら質問した。
「えっと、違う種類の……例えば、うーん、二本足で立つ、顔が牛の種族の男の人と、魔王様と同じ種族の女の人でも、子どもって生まれるんですかね?」
「あぁ、それなら。」
魔王様はなにごとか納得したような顔をした。
「魔族の中でも、人間の女を孕ませるような奴はいるが、それ以外については、そもそも性交自体が難しい。」
案外普通に答えてくれるな、と思っていたら、次の言葉に時が止まった。
「いろいろな組み合わせを試してみたが、うまくいかなかったからな。」
え?
「人間の世界に、その手の話があるだろう。お前も知っているか?話の中で、異種族の交尾、妊娠、出産に成功している。架空の話だとされているが『人間が想像できることは創造できる』というではないか。あながち不可能だとも言い切れないと思ってな。実際にやらせてみた。城に乗り込んできた人間がいたので、交配できるかどうか試したのだ。それにその時期、人間の女も多く献上されてな。使いどころがなくて困っていたのだ。ちょうどいいのでそれも試させたが、どれも失敗だった。」
使いどころのない、人間の女。
いますけど、目の前に。
さぁ、っと血の気が引いた。
「そ、それで、その女の人たちは……。」
怖かったが、聞かずにはいられなかった。
魔王様は静かな瞳でわたしを見下ろし「壊れた。」とだけ答えた。
固まるわたしの頬を、乾いた、温かい人差し指の背が、つつ、と下からなぞる。
「お前の世界はおもしろいな。現実で善く生きることを追求していながら、同時に仮想の中で猟奇的な部分が手放せないのだから。光を求めるのと同じふり幅で闇がなければ、調和を保てないのか。」
それとも、と人差し指が折り返し、顎へとおりていく。
「自らを戒めるルールを作り、社会を作り……そして、同時に、反社会的な考えや破戒的な行動で、社会を、自らを試しているのかもしれないな。」
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