28 / 38
第14話※
しおりを挟むおそらく、そういった理由でグザヴィエには知らされていなかったのだ。
セザール様は隠密にことを運びつつ、俺を動かそうとしている。
俺はあくまで軍とは関係ない立場で、モニークの味方として、そしてクレドルー一帯を総括する伯爵家の後継者として動くことが求められているのだろう。
セザール様やセザール様の上司のことだ。
すでに落とし所は決まっているはず。
そのシナリオのなかに、おそらく俺の動きも含まれているのだろう。
そして同時に、グザヴィエが動かないことも。
セザール様はあれで非常に恐ろしいかただ。
もし彼のシナリオを邪魔しようものなら、味方だろうと背後から刺されかねない。
軍にいた頃、不用意にセザール様の扱う事件に手を出したら、謎の感染症にかかった疑いがあるとして突然拘束され、一カ月間隔離されたことがある。
セザール様の差し金だとはっきり言われた訳ではないが、解放された後、本人からほのめかすような発言をされた。
今回も、もし俺たちがセザール様の妨げになるような行動をすれば、同じようなことが起こるだろう。
僕が知らないって時点で、僕は動いちゃダメってことでしょー?
グザヴィエの瞳がそう言っている。
完全に納得はしていない顔だが、彼もセザール様の恐ろしさはよく分かっている。
そして、その恐ろしさと相反する寛容さも。
邪魔する者には容赦しないが、最終的に悪いようにはしないだろうと信頼もしているのだ。
「‥‥っていうか、ダヴィドも僕の性格分かってるでしょ?もー、頼むよー。驚かせないで。」
グザヴィエがふてくされたようにぐだっと力を抜いた。
「いや、そう言うと思って。分かってるからこそ、だろ。お前に話を通しておかないと、後で暴れるだろうしな。」
「そりゃそうだよー。」
これはグザヴィエのためでもある。
俺の口から伝えずになにかの拍子にモニークの兄の問題を知ってしまったとしたら。
先にセザール様の扱う一件だと知らせておけば、勢いに任せてパルクスのところへ突撃することはないだろう。
完全に置いてきぼりの状態になってしまっているモニークたち兄妹。
グザヴィエはぱっと表情を明るくして、怪訝そうな顔のモニークを見た。
「あ、ごめんね。こっちの話。」
「じゃあ、言うことは言ったし。」と腰を上げて、グザヴィエは退室していった。
明るい男がいなくなると、突然部屋が静かになる。
モニークたち兄妹は、身体を固くして口を閉ざしていた。
お互いを見ようともしない。
コホン、と咳払いをして
「モニークのことだが。」
と二人の注意を集めた。
モニークの兄はなにやらもじもじして、俺とモニークを交互に見比べた。
モニークは、その視線をはねのけるかのようなとげとげしい声で、
「わたしと父さんと母さんがいまどこにいるのか、知らないでしょう?姉さんのところよ。」
話の内容は俺が話そうとしていたことと同じなので、それを見守ることにした。
「ああそれならよかった、って思う?いい訳ないでしょう。突然パルクスに追い出されて、姉さんのところでどれだけ肩身の狭い思いをしているか。兄さん、こうなることが分かっていて、どうしてなにも言わなかったのよ!」
モニークの声が、静かな声から、段々と熱くなってきた。
モニークは兄を睨みつけ、彼を責める。
モニークの口から彼女がパルクスに狙われたことを聞いた兄が「大丈夫か!?」と言うと、モニークは「大丈夫か、ですって?そんなことより先に、言うことがあるんじゃないの?」と返した。
「ごめん‥‥。」
彼から謝罪の言葉を引き出しても、モニークは満足しなかった。
しゅんと肩を落として一方的に責められるモニークの兄の様子に、彼の自業自得のことながら、少し同情心が湧いてしまう。
しかし、こういうときの女性は感情を吐き出しきるまで止まらないことを母と妹のことからよく分かっているので、俺は黙っていた。
モニークも、これまで溜まっていたものが噴出したのだろう。
俺やセザール様にはもちろん、両親や姉夫婦にも、これまで不満を口に出来なかったに違いない。
感情を押し殺すのにも限界がある。
感情のはけ口となる相手が、弱音を吐ける場所が、彼女には必要だったのだ。
それにしても、モニークたちが彼女の姉の屋敷でここまでひどい扱いを受けているとは知らなかった。
家財道具を取り戻して売ろうとしている時点で、あまり余裕のある生活はしていないだろうとは思っていたが、食事に困るほどだとは。
それに、部屋から出ることを禁じることは、精神的に追い詰める行為だ。
他に行くあてのない者に対して、あまりに冷淡な態度ではないか。
まして、自分の家族に対して。
責められているモニークの兄はまるで消え入りそうなありさまで。
モニークは涙を流し、責めているはずが、逆に傷つけられているような様相をしている。
二人とも満身創痍だった。
これ以上続けても、二人とも余計に傷つくだけで益はないと判断して、おれはモニークにハンカチを差し出して話を中断させた。
モニークは涙を拭いて、自分を落ち着かせようとするかのように深呼吸を繰り返した。
そうして顔を上げたモニークは、冷静さを取り戻しているように見えた。
改めてモニークが兄に目を向けたときに、その瞳に少し動揺が見えた。
責めている最中は興奮して気付いていなかったが、自分の言葉がどれだけ兄を打ちのめしたかに気付いたのだろう。
モニークはまぶたを伏せて、肩を落とした。
俺は彼女を元気付けたくて、未来志向の言葉にかえた。
「彼女はわたしが保護している。だからきみは、自分のできることをするんだ。問題を解決しない限り、心配はつきまとう。正しいことを行え。」
モニークの兄がこの状態からすぐに立ち直って行動を起こせるとは思えないが、それでも。
今でなくても、また後日、落ち着いたときにこの言葉を思い出してくれればいい。
なんにせよ、彼にはパルクスと話をしてもらわなければならない。
次回俺がここを訪れるまでに、この言葉を考えておいてもらおう。
ポツリ、と隣から
「もう帰りたいわ。」
と声が上がった。
俺ももうそろそろ帰ろうかと思っていたところだったので、タイミングがいい。
「そうだな。」
そう返すと、帰りたいと言った本人が、驚いたような目でこちらを見た。
モニークがここまで激しく兄を責めたのは、俺にも原因の一端がある。
パルクスのことで何日も前から神経をすり減らしていただろうに、それをモニークがほっと息をつく時間を挟まずに、狩りの館からそのままここへ連れてきてしまった。
休息の時間をとってあげればよかったのに。
ささくれ立った気持ちのまま兄と対面させてしまったのは、俺の配慮のなさに原因がある。
俺は安心させるように口角を少し上げて、頷いた。
「もともと今日の今日で話が聞けるとは思っていなかったから、構わない。」
本当のことだったが、モニークはあまり信じていない様子だった。
モニークとともに部屋を出るとき、モニークの兄はぎこちない笑顔を作った。
ほほえもうとしているのに、それに失敗しているようで。
眉尻は下がっていて、上げようとしている唇の端がひくひくと震えている。
モニークがそんな兄の様子を見て、一瞬なにかを堪えるような表情になった。
彼女は兄になにか声をかけようと口を開きかけたが、言葉が出なかったようで、みるみるうちに口が閉じていった。
その落ち込んだ様子がかわいそうで、後で二人になったときになぐさめの言葉をかけてあげようと心に決めた。
1
お気に入りに追加
1,245
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる