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第14話※

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おそらく、そういった理由でグザヴィエには知らされていなかったのだ。
セザール様は隠密にことを運びつつ、俺を動かそうとしている。
俺はあくまで軍とは関係ない立場で、モニークの味方として、そしてクレドルー一帯を総括する伯爵家の後継者として動くことが求められているのだろう。

セザール様やセザール様の上司のことだ。
すでに落とし所は決まっているはず。
そのシナリオのなかに、おそらく俺の動きも含まれているのだろう。
そして同時に、グザヴィエが動かないことも。

セザール様はあれで非常に恐ろしいかただ。
もし彼のシナリオを邪魔しようものなら、味方だろうと背後から刺されかねない。

軍にいた頃、不用意にセザール様の扱う事件に手を出したら、謎の感染症にかかった疑いがあるとして突然拘束され、一カ月間隔離されたことがある。
セザール様の差し金だとはっきり言われた訳ではないが、解放された後、本人からほのめかすような発言をされた。
今回も、もし俺たちがセザール様の妨げになるような行動をすれば、同じようなことが起こるだろう。

僕が知らないって時点で、僕は動いちゃダメってことでしょー?

グザヴィエの瞳がそう言っている。
完全に納得はしていない顔だが、彼もセザール様の恐ろしさはよく分かっている。
そして、その恐ろしさと相反する寛容さも。
邪魔する者には容赦しないが、最終的に悪いようにはしないだろうと信頼もしているのだ。

「‥‥っていうか、ダヴィドも僕の性格分かってるでしょ?もー、頼むよー。驚かせないで。」

グザヴィエがふてくされたようにぐだっと力を抜いた。

「いや、そう言うと思って。分かってるからこそ、だろ。お前に話を通しておかないと、後で暴れるだろうしな。」

「そりゃそうだよー。」

これはグザヴィエのためでもある。
俺の口から伝えずになにかの拍子にモニークの兄の問題を知ってしまったとしたら。
先にセザール様の扱う一件だと知らせておけば、勢いに任せてパルクスのところへ突撃することはないだろう。


完全に置いてきぼりの状態になってしまっているモニークたち兄妹。
グザヴィエはぱっと表情を明るくして、怪訝そうな顔のモニークを見た。
「あ、ごめんね。こっちの話。」

「じゃあ、言うことは言ったし。」と腰を上げて、グザヴィエは退室していった。

明るい男がいなくなると、突然部屋が静かになる。
モニークたち兄妹は、身体を固くして口を閉ざしていた。
お互いを見ようともしない。

コホン、と咳払いをして
「モニークのことだが。」
と二人の注意を集めた。

モニークの兄はなにやらもじもじして、俺とモニークを交互に見比べた。
モニークは、その視線をはねのけるかのようなとげとげしい声で、
「わたしと父さんと母さんがいまどこにいるのか、知らないでしょう?姉さんのところよ。」

話の内容は俺が話そうとしていたことと同じなので、それを見守ることにした。

「ああそれならよかった、って思う?いい訳ないでしょう。突然パルクスに追い出されて、姉さんのところでどれだけ肩身の狭い思いをしているか。兄さん、こうなることが分かっていて、どうしてなにも言わなかったのよ!」

モニークの声が、静かな声から、段々と熱くなってきた。
モニークは兄を睨みつけ、彼を責める。

モニークの口から彼女がパルクスに狙われたことを聞いた兄が「大丈夫か!?」と言うと、モニークは「大丈夫か、ですって?そんなことより先に、言うことがあるんじゃないの?」と返した。

「ごめん‥‥。」

彼から謝罪の言葉を引き出しても、モニークは満足しなかった。
しゅんと肩を落として一方的に責められるモニークの兄の様子に、彼の自業自得のことながら、少し同情心が湧いてしまう。
しかし、こういうときの女性は感情を吐き出しきるまで止まらないことを母と妹のことからよく分かっているので、俺は黙っていた。

モニークも、これまで溜まっていたものが噴出したのだろう。
俺やセザール様にはもちろん、両親や姉夫婦にも、これまで不満を口に出来なかったに違いない。
感情を押し殺すのにも限界がある。
感情のはけ口となる相手が、弱音を吐ける場所が、彼女には必要だったのだ。

それにしても、モニークたちが彼女の姉の屋敷でここまでひどい扱いを受けているとは知らなかった。
家財道具を取り戻して売ろうとしている時点で、あまり余裕のある生活はしていないだろうとは思っていたが、食事に困るほどだとは。
それに、部屋から出ることを禁じることは、精神的に追い詰める行為だ。
他に行くあてのない者に対して、あまりに冷淡な態度ではないか。
まして、自分の家族に対して。

責められているモニークの兄はまるで消え入りそうなありさまで。
モニークは涙を流し、責めているはずが、逆に傷つけられているような様相をしている。
二人とも満身創痍だった。
これ以上続けても、二人とも余計に傷つくだけで益はないと判断して、おれはモニークにハンカチを差し出して話を中断させた。

モニークは涙を拭いて、自分を落ち着かせようとするかのように深呼吸を繰り返した。
そうして顔を上げたモニークは、冷静さを取り戻しているように見えた。

改めてモニークが兄に目を向けたときに、その瞳に少し動揺が見えた。
責めている最中は興奮して気付いていなかったが、自分の言葉がどれだけ兄を打ちのめしたかに気付いたのだろう。
モニークはまぶたを伏せて、肩を落とした。

俺は彼女を元気付けたくて、未来志向の言葉にかえた。
「彼女はわたしが保護している。だからきみは、自分のできることをするんだ。問題を解決しない限り、心配はつきまとう。正しいことを行え。」
モニークの兄がこの状態からすぐに立ち直って行動を起こせるとは思えないが、それでも。
今でなくても、また後日、落ち着いたときにこの言葉を思い出してくれればいい。

なんにせよ、彼にはパルクスと話をしてもらわなければならない。
次回俺がここを訪れるまでに、この言葉を考えておいてもらおう。

ポツリ、と隣から
「もう帰りたいわ。」
と声が上がった。

俺ももうそろそろ帰ろうかと思っていたところだったので、タイミングがいい。
「そうだな。」
そう返すと、帰りたいと言った本人が、驚いたような目でこちらを見た。

モニークがここまで激しく兄を責めたのは、俺にも原因の一端がある。
パルクスのことで何日も前から神経をすり減らしていただろうに、それをモニークがほっと息をつく時間を挟まずに、狩りの館からそのままここへ連れてきてしまった。
休息の時間をとってあげればよかったのに。
ささくれ立った気持ちのまま兄と対面させてしまったのは、俺の配慮のなさに原因がある。

俺は安心させるように口角を少し上げて、頷いた。
「もともと今日の今日で話が聞けるとは思っていなかったから、構わない。」
本当のことだったが、モニークはあまり信じていない様子だった。

モニークとともに部屋を出るとき、モニークの兄はぎこちない笑顔を作った。
ほほえもうとしているのに、それに失敗しているようで。
眉尻は下がっていて、上げようとしている唇の端がひくひくと震えている。

モニークがそんな兄の様子を見て、一瞬なにかを堪えるような表情になった。
彼女は兄になにか声をかけようと口を開きかけたが、言葉が出なかったようで、みるみるうちに口が閉じていった。

その落ち込んだ様子がかわいそうで、後で二人になったときになぐさめの言葉をかけてあげようと心に決めた。


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