混血の陰陽師

紅月 牙

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第二章

13.休養の一週間と側仕え(3)

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 次の日、緋李が起きたのは太陽が頂点に差し掛かろうとしている時だった。
周りを見てみると黒鋼は何故か半獣化した状態で眠っているようで、座ったままの体制のせいか頭がグラグラと揺れている。緋李を挟んだ反対の位置には紅葉と漆が狐の姿でまとまって眠っていた。
沙羅と雪の見当たらないので気配を探ってみれば、台所の辺りにいるので義母の手伝いでもしているのだろう。全員の位置を確認した所で黒鋼に声を掛ける。

「…黒鋼、起きて下さい。黒鋼」
『…んぁ?あー…起きたか?身体の調子はどうだ?どっかダルいとか違和感とかあるか?』

 緋李の声に反応した黒鋼は欠伸を零すと身体の調子を聞いてくる。緋李はそれにクスリと笑いを零しながら「大丈夫」と返すが、ふと自身が汗をかいていることに気づき風呂を要求する。

「お風呂が入りたいです。汗が気持ち悪いです」
『はいよ。沙羅達に声掛けながら確認してくる。紅葉と漆、少しの間よろしくな』
『あい、分かった』
『分かりました!緋李様、お風呂に入られるのでしたらおぐしの方手伝います!』

 黒鋼から頼まれた二匹はいつの間に起きていたのか、漆は襖の前に、紅葉は緋李のそばに移動する。それを確認した黒鋼は部屋から出て行った。
緋李は黒鋼が出て行ったのを横目に見ながら紅葉の頭を撫でる。

「それは助かります。ありがとうございます、紅葉。…漆も一緒に入りますか?」
『……緋李様、いくら人型になった時に俺の顔がメス顔でも俺はオスです。遠慮させていただきます。沙羅様や雪とお入り下さい』
「ふふ、冗談ですよ。あとで黒鋼とでも入って来て下さい」
『緋李様のは冗談に聞こえませんから。あとで黒鋼殿と入って来ます』
『えー、漆様も一緒に入りましょうよ!メスに化ければ大丈夫ですよ!』
『…紅葉、あとで雪に説教してもらうから』
『えぇ?!なんでですか?!』
『自業自得だ』

 漆と紅葉のやり取りをしばらく見ていると廊下の方からいくつかの気配が近づいてくるが、いずれも知っているものなのでそのまま二匹を見ていることにする。
すぐに襖が開かれて黒鋼を先頭に沙羅、雪が入ってくる。それぞれに手にお盆を持っていて、そこからはいい匂いが漂ってくる。つい緋李の鼻もひくりと反応する。

『おぬしら廊下まで声が聞こえておったぞ、静かにせんか』
『ムッ、それは申し訳ない』
『すみませんでした!』

 沙羅に注意された漆と紅葉は、気まずそうにすぐさま謝った。それを見て緋李はまたクスクスと笑う。ここで沙羅は緋李に目を向けるとしばらく観察してなんともなさそうなのを見て、手に持っていたお盆を緋李に渡す。

『もう大丈夫そうじゃな』
「はい。この通り、耳と尾もちゃんと隠せますし大丈夫です」
『よかったな。ほれ、漆、雪。お前たちも飯だ』

 沙羅からお盆を受け取った緋李は耳と尾を出し入れしてみせる。それを見た沙羅はやれやれと息を吐くと緋李の後ろに回って寝乱れた緋李の髪をゆるい三つ編みにまとめていく。
黒鋼も沙羅の言葉と緋李の行動に安心しながら自身の持っていたお盆と雪の持っていたお盆を漆と紅葉の前に持って行く。皿の上にはいなり寿司が置かれており、それを目にした二匹は目を輝かせながらそれぞれ皿に手を伸ばす。
ふと気づいた緋李は黒鋼に声を掛ける。

「黒鋼、あなた達の昼餉は?」
『あぁ、向こうに行った時に食ってきた。俺はこれから風呂の確認してくる』
『我らも食べたから緋李は気にせず食べるといい。雪、すまんが緋李の風呂の準備をしてもらえるか?』
『あい、ただいま』

 こうして緋李が昼餉を食べている間に着々と風呂の準備が進められていくのは、もはや日常とかしている。別に緋李は一人で準備が出来ないわけではないのだが、緋李が何かしている間に沙羅や黒鋼を始めとするその日に喚ばれている式神達が率先してやるため最初は断っていた緋李も諦めて、したいようにさせているのだ。


*****


 昼餉の後、風呂に入ってゆっくりと疲れをとった緋李は今、中庭に面した廊下で黒鋼と沙羅によって髪をタオルドライしてもらっていた。ちなみに雪、紅葉、漆は風呂を上がった後に召喚を解いてあちら側の世界に戻した。
特に会話をすることもなくしばらくの間タオルドライをしてもらっている(緋李の髪は腰の近くまである)と、晴明はるあきが現れた。

『緋李、もう熱は下がったのですか?』
「晴明様、お久しぶりですね。この通り元気ですよ」
『ふふふ、それは何より』

 緋李はお昼にも似たようなやり取りをしたなと思いながら耳と尾を出し入れすると晴明がクスリと笑い、後ろから見ていた沙羅と黒鋼もおかしそうに笑いながら緋李の髪を拭き続ける。

「ところで晴明様。今日は何か用があって来たのではないのですか?」
『?…あぁ、今日は特に用があって来たのではなく貴女の様子を見に来たついでにここの敷地に血筋の者以外が入ってきたので少し見に来ていました。アレは今時珍しい完全なる天然物ですね。おかげで敷地の外が少し騒ついてました』
「それは、貴重ですね。式でも付けた方が良いでしょうか?」
『いえ、それについては既に康頼が管狐くだきつねを付けていたので大丈夫でしょう。それでは私は帰りますね。友人に貸していた本がやっと戻ってきたものですから、これから帰って読むんです』
「良かったですね。気をつけてお帰りくださいね」
『はい、気をつけて帰ります』

 緋李の別れの挨拶におかしそうに返した晴明は一度後ろを向くも『そうそう』ともう一度緋李を振り返る。

「晴明様?」
『言い忘れてましたが。緋李、貴女が気にかけていた娘ですが、ここで保護・・することになったみたいですよ』
「っ…?!」
『詳しいことは康頼から聞いた方が良いでしょう。学校が終わった後、双子と一緒にここへ来るそうです』
「そ、うですか。教えてくださってありがとうございます。後でお義父とう様に聞いてきます」
『いえいえ、それでは』

 言いたいことは言ったのか晴明はにっこりと笑った後、その場でくるりと回転すると緋李が瞬きをした一瞬のうちに消えていた。
 緋李の髪も晴明と話している間に乾ききり、沙羅と黒鋼によってせっせと編み込まれている。

「さてと、まずはお養父様の所に行ってきますね」
『待て緋李。さすがに部屋着その格好ではだめじゃ。せめて作務衣にせよ』
「…忘れてました。ありがとうございます、沙羅」

 沙羅の指摘に慌てた緋李は、部屋に戻って着替えると未だに暑いと言って半裸のままの黒鋼に上着を被せて康頼の執務部屋に向かう。その途中で身内の者やそれぞれに仕えている式神達に会い、心配の声を掛けられるが笑顔で大丈夫だと言って別れる。そうやって何人かとすれ違っているうちに執務部屋に辿り着いた。

 がしかし、今日はいつもの執務部屋とは少し違っていた。
いつもは書類が飛ばないためにとほとんど締め切られている襖が全て全開にされ、康頼の式神達が慌ただしく出入りしている。よく見れば半泣きの者もいれば、遠い目をした者もちらほらいる。
 そんな中で一匹だけ他よりも小さい子供姿の式神が居心地悪そうに廊下に座っていた。
最近康頼が契約した地狐で、怪我をして弱っていたところを康頼が拾ってきたのだ。いつもは先輩式神について色々教えてもらっているようだが、今日の様子を見るに教えている時間はないのか廊下に一人だ。

柚子ゆず、ぼんやりするでない。誰かにぶつかるぞ』
『っ?!』

 いきなり沙羅が声を掛けたせいか驚いた柚子の耳と尾の毛が逆立ったかと思うと、次の瞬間には怯えたように丸まった。

『(さ、沙羅様?!あ、緋李様に黒鋼様も?!も、申し訳ありません!康頼様に御用ですか?!い、今知らせに)』
「柚子、まずは落ち着いてください。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
『(あ、は、はいぃ!…うぅ、また失敗しましたぁ)』

 柚子は生まれつき声が出ないため会話をする時は念話でする。しかし、幼いせいか会話以外の考え事などの声もだだ漏れなため、何を考えているかはすごく分かりやすい。本人もその事に気づいてないのか直る気配がない。周りの者もまだ幼いからと直させる気はないようだが。

『(あ、あの、康頼様に御用があって来たのですよね?)』
「えぇ、まぁそうなのですが、いつもより忙しそうなのでまた後で来ようかと」
『(それでしたら大丈夫です!緋李様が来たら通すように言付かっていますので!どうぞ、中にお入りください!…皆さん、今日も綺麗だなぁ)』
「ふふふ、ありがとうございます、柚子。沙羅と黒鋼はここで待っていてください。この分だと中に全員が入るのは無理ですし、この距離なら十分会話も聞こえますよね?」
『うむ、問題ないぞ。さぁ柚子、我らと少し話をしよう。お主の役に立つはずじゃ』
『(え、あ、あの?!)』
『おー、待ってる待ってる。でもあんまり長くなるなよ?今日くらいは新入りの前でもきちんとした格好をしないといけないんだからな』
「分かってます!…お養父様、緋李です。入ってもよろしいですか?」
「緋李、入ってきなさい」

 柚子を抱っこしていった沙羅の後を追いながらさらりと釘を刺していく黒鋼に、緋李はムッとしながら返す。そして執務部屋に向き直ると、いくら襖が全開状態でも一応、と声を掛ける。すぐさま返事が返ってきて、中にいた人物達が目に入る。
そこには、秋葉と秋葉の部下と思われる男がいた。

「失礼します。あ、秋葉さんと新人さんもご一緒でしたか。これは失礼しました。何かお養父様に御用でしたか?」
「やぁ、我が家のお姫様。いや、特にこれといった用事はないよ。こっちに来た時に大体終わらせてあるからね。それより体調は良くなったみたいだね」
「はい、この通りです。心配をお掛けしました。…貴方が秋葉さんの部下の方ですか?」
「え、あ、はい」
「初めまして、安倍家が当主、安倍康頼の養女むすめの安倍緋李です。こんな格好で申し訳ありません、体調不良とは別で右腕が本調子ではないもので」
「い、いえ!お、自分は綾野先輩の部下の神田慧介けいすけです!よろしくね!緋李ちゃん!イデッ!」
「こぉら、うちのお姫様にむやみに触ろうとするんじゃない!しばくぞ!」
「しばくってなんスか?!ただ握手しようとしただけじゃないですか!」

 緋李と握手しようと出した手を秋葉によって勢いよく叩き落とされた神田は、涙目になりながら秋葉を恨めしそうに睨みつける。

「言ったでしょ、我が家のお姫様って。それにお前はまだ彼女に触れる段階じゃない。他の子ならいざ知らず、その子だけはまだ触っちゃダメ。緋李ちゃんは特別なんだから」
「はぁ?なんなんですか、そのまだ触れる段階じゃないってのは」

 よほど秋葉に叩かれた所が痛かったのか手をさすりながら神田は首を傾げる。それを見て緋李は苦笑を漏らすと秋葉の後を引き継ぐように話し出す。

「すみません、神田さん。詳しいことは多分、今夜、夕食の席で話すと思いますので」
「…なら、いいけど。でも、もうちょっと何か分かるように言ってもらいたいんですけど」
「今は、そうですね…黒鋼!ちょっと入口の方にそのままで来てもらえますか?」

 渋々といった様子の神田に、神田以外の三人が苦笑いを浮かべる。緋李は少し考えた後、黒鋼を呼ぶ。

『あー?分かった、今行く。悪りぃな柚子、俺の話はまた今度な。……それで?何で俺?沙羅の方が分かりやすくないか?』
「それはそうですが、近くで見たことある方が分かりやすいと思ったので」
『そう』
「はい。…神田さん、彼が貴方がこの前見た猫又です。黒鋼と申します」
『どーも』

 なにやら柚子とやり取りをした後に執務部屋の入口の所に半獣化したままの黒鋼が現れると、緋李は神田に黒鋼を紹介する。黒鋼も一応とばかりに挨拶をするが、挨拶された神田はぽかんとしたまま固まっている。それを見た秋葉はやれやれとばかりに肩をすくめると、ベシッと神田の肩を叩いた。

「おい神田、しっかりしろ!恥ずかしい奴だな」
「痛っ!…てことは夢じゃない!!ほ、本物の猫又?!あれ?でも人間の姿…?」
『秋葉、コイツ大丈夫か?それとも人型の妖に会ったことがないだけか?』
「…頭の回転は速いはずだけど。話を聞いた限りじゃあ亡くなった人や動物系の妖の類は視えているはずだけど。そうだったよな?神田」
「は、はい、そうです。……もしかして、妖怪って人間の姿にもなれるんですか?!」

 黒鋼の神田を可哀想な目で見る様子に秋葉は確認のために神田に問うが、問われた神田も初めて知った事実に驚いている。

『なんだ、知らなかったのか?変化するのは何も狐や狸だけじゃねぇ。虫に植物、他の動物系の妖だってそれなりの年月生きていれば人型に化けられる。気がついてないようだから言うけどよ、さっきからこの部屋を出入りしているのは皆人間じゃなくて康頼と契約した妖狐だぞ』
「えぇ?!」

 黒鋼の言葉に驚いていれば、さらに驚くことを言われ慌てて周りを見れば、確かに平日のお昼を過ぎたこの時間にいるにはおかしい小さな子供や少年少女、青年までいる。こちらの話を聞いていたのか全員いつの間にか耳と尾を出してニヤニヤと神田を見ながら笑っている。その間も手と足は休みなく動いているが。
そんな彼らが目に入った瞬間、神田の叫び声が辺りに広がり、次の瞬間には神田以外の笑い声が爆発した。

「え、え、えーーーー?!!」
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