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第一章
10.それ相応の罰は受けてもらいます。
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一瞬の間があいた次の瞬間には教師陣や緋李以外の見学していた七組の生徒数人からも口々に静止の声が上がり、防御結界が得意な生徒同士で二組の生徒を真ん中に円陣を組んで印を結び始めている。
二組の生徒は何が起こっているのか分からず不安そうにしている。
そして詠唱を始めた男子生徒は唱える事に集中していて周りの声が聞こえないのか次々と印を結んでいく。
「『ハァッ!!』」
ここでようやく緋李達の術が完成し、それぞれ近くにいた一組の生徒が失神して倒れていく。
緋李は自身の周りに倒れている数名を回収しやすいように脇に避ける。
「四人とも急いで生徒を集めて結界を張ってください!!抵抗するのであればすぐに気絶させて構いません!私はアレの解呪をします!!」
『『『いけません!緋李様!』』』
『止めるのじゃ緋李!!今からでは危険じゃ!』
「やって下さい!!たとえ間に合わなくとも最小で抑えてみせます!!」
「安倍っ?!」
沙羅達に指示を出して走り出す緋李を引き留めようと沙羅達が叫ぶも、再度指示を出して緋李は中心へと走っていく。その様子を見ていた芦屋が緋李の名前を呼ぶが、緋李は振り返ることはない。
「クッソ!無視かよ!!おい!気絶した奴らを回収して安倍の式神の所に集まれ!」
「お、おい、どういう事だよ!芦屋!」
「いいから早くしろ!死にたいのか?!」
自身の呼び掛けを無視した緋李に悪態をつくも、芦屋はすぐに切り替えて近くに倒れていた一人を肩に担ぎながらクラスメイトを催促する。
最初は戸惑っていた彼らも芦屋の言った死という言葉に素早く行動をする。
「…間に合えよ」
もう一度だけ緋李を見た芦屋はポツリと呟くと近くにいた沙羅のもとへ急いで向かう。
一方、緋李や芦屋の反対側では相模達が生徒に指示を出しながら最悪の場合に備えて医療室へと連絡を取ったり、校長へ式神を走らせていた。
「クソッ!最悪だろ!お前生徒にあんなの教えたのかよ?!」
「ンなわけあるか!広範囲攻撃術がある事は教えたけど殲滅術は教えてねぇよ!」
「お前ら早く結界張れ!!すぐに落ちるぞ!!」
そうしている内に緋李が男子生徒の所に辿り着くのと男子生徒の術が完成したのは同時だった。
辺りには静電気が放電され始め、術が発動されるのを今か今かと待ち構えている。
「ーーー今我が敵の上に降り注げ!″雷雨″!!」
「っ、解っ!!しまっ~~~っっ!けはっ!」
ドーンッ!バリバリバリィ!
バチャリッ、ビチャチャッ!ドサッ…
轟音と目を潰す程の光が辺りには響き渡り、後を追うように緋李の焦った声が解呪の術を発動させる。
しかし、その一瞬のズレに緋李は顔を顰めるも身体が動いてしまってはどうしようもない。緋李が強制的に術を解呪した事によってその反動が男子生徒へ降りかかろうとするも、男子生徒は解呪された驚きで呆然としており防御も避ける事もしない。男子生徒が我に返った時には、緋李に突き飛ばされて地面に倒れると同時に赤い線を引きながら″何か″が目の前を通り過ぎた後で、少し遅れてその顔に生暖かい赤い水の飛沫が降りかかる。
そして男子生徒が自身が立っていた場所を見るとそこには緋李がゆっくりと広がる赤い水溜りの中に倒れていた。
それに驚いたのもつかの間、次の瞬間には男子生徒の心の中では歓喜が湧いた。
「…や、やった、やったぞ!僕のか」
『『緋李!!』』
男子生徒が歓喜の声をあげようとすると我に返った沙羅と見学組に混じっていた黒鋼が同時に悲鳴をあげた事でようやく周りも動き出す。
「っ、北岡はあの生徒を急いで回収して拘束しろ!安達は急いで医療室の奴を呼んでこい!まだ誰も結界の中から出るんじゃねぇぞ!!……安倍?大丈夫か?…安倍?」
相模が第一の担任二人に素早く指示を出し、それぞれ結界の中に避難していた生徒達に動かないように言って緋李に声を掛けるが緋李からは反応が返ってこない。
それに眉を寄せた相模はもう一度声を掛けようと緋李へ近づこうと一歩を踏み出す。
その瞬間、相模は全身で殺気を感じて頭で考えるより先に本能に従って身体を動かして後ろに飛び退くと元いた場所まで戻る。恐る恐る先程までいた場所に目をやれば、そこには抉られたような深い溝が出来ており、もしも少しでも反応するのが遅かった場合を想像すると相模はゾッとして顔を引き攣らせる。
『そのままそこにおれ、小僧。無闇に近づくから攻撃されるのじゃ』
後ろから厳しい声を掛けられ、相模が後ろを振り返るといつの間にか沙羅と黒鋼、更に緋李が召喚した式神三匹もいた。それぞれに真剣な表情や心配そうな表情をしており、耳や尾が落ち着きなく動いている。
『緋李は今手負いの獣も同然よ。アレだけの怪我を負えば、我とて少しくらい理性も飛ぶ。まずは落ち着けて、理性を戻させるのじゃ。我も風の刃はくらいとうはないからな』
『沙羅、緋李が起きたぞ…っ?!』
『…ちとばかし、血を流し過ぎじゃな』
沙羅達が話している間に緋李が立ち上がっており、その姿を見た演習場にいた全員が息を呑んだ。
倒れていて見えなかったが、緋李の右半身は今も出続ける血によって赤黒く染まり、右腕は二の腕から下がなくなっており脇腹もろっ骨が見えるくらい肉が抉り取られていた。
さらに、常に笑顔を絶やさない緋李だが、今は怪我のせいで苦痛に顔を歪ませながらも目だけは異様にギラギラと殺気を滲ませて北岡に拘束されている男子生徒を見ていた。
沙羅はそれを見てため息を吐くとゆっくりと移動しながら緋李の視線に入るように立つ。そして沙羅の思惑通りに緋李の視線が沙羅に移り、威嚇するように唸り声をあげる。
その唸り声に第一の生徒達は数人は身を震わせらて不安そうに緋李を見ている。
そんな緋李の唸り声を無視して沙羅は口を開く。
『緋李、緋李落ち着くのじゃ。我が誰で、お主が何者か、ここが何処か、何をしているのか言うてみよ』
「……さ、ら。貴女は、私が、主従契約をした…式神で、天狐の沙羅。…わ、たしは、安倍緋李。…安倍家の、養女で、…天狐と人間の混血で、……ここは、…ここは陰陽高の第一演習場で、今は合同授業中。……ごめんなさい。少しトんでしまったようです。相模先生もすみませんでした」
話しているうちに正気を取り戻した緋李は深呼吸をすると沙羅と相模に謝る。それを見た沙羅と相模はホッと息を吐き、謝罪を受け入れる。
「いや、こっちも悪かったな。予定外の事が起こった上に全部対処させちまって。今治療師を呼んでるから止血してもらったら今日はもう帰っていいぞ。どうせお前の家の方が技術は上だからな。その程度なら一週間くらいで完治するはずだ。それまで休みだ。っと、来たな。じゃあ俺は他の奴ら見てくるから、一週間後に登校しろよ。お疲れ!」
緋李から謝罪は受け入れた相模だが、やはり今回の事は色々と無理をさせたのは自覚がある。
緋李に休むように言い渡すと治療師を連れてきた安達を伴って他の生徒達を見るため去っていった。
相模を見送った緋李は大人しく治療師に応急処置と止血をしてもらっていたのだが、他の生徒達を見て回っている相模と安達とは反対の方向が騒がしくなっている。
緋李が何かとそちらを見ると件の男子生徒と担任である北岡が言い争っていた。先程の術の件で北岡が注意をしているらしいのだが、男子生徒の方は反省した様子もなく屁理屈を捏ねているようだ。
「ーーいい加減にしろ!!三場!お前が使ったのは敵味方関係なく殺す広域殲滅術だったんだぞ?!!お前は同級生を殺すつもりだったのかっ!!」
「別にそういうつもりはありませんでした。それにアイツ以外に怪我をした人もいませんし、アイツも死んでもいませんよね?だったら別にいいじゃないですか」
「そういう問題じゃない!おまけに術を解呪されても反応しないとかお前は死にたいのか!」
「もちろん死にたくはありませんよ。それに僕が頼んでもいないのにアイツが勝手に動いて勝手に怪我しただけでしょう?僕には関係ありません」
「三場、お前なぁ!!ーーー」
あまりにも子供染みた言い分に聴いていた緋李は笑いが込み上げてくる。もちろん、男子生徒の、三場の言い分が不愉快過ぎて、だ。
そんな緋李の心情を察した緋李の式神達は苦笑を漏らす。
しかし沙羅と黒鋼に至っては『彼奴やりおった。我は知らん』『はっはっは!』と目を明後日の方向に向けていた。緋李の治療をしていた治療師は緋李が不穏な空気を発しているのに気づき、顔を引き攣らせている。
緋李は止血がきちんとされているのを確認すると治療師に礼を言って怠そうに立ち上がり、未だ騒いでいる中心へと歩き出す。
「本当にお前いい加減にしろよ!!っと、安倍。悪かったな、コイツのせいでそんなんなっちまって。後で親御さんには連絡しておくよ」
「…北岡先生から謝罪を貰うような事はされていないので謝罪は受け入れません。本人に腕の代償は払ってもらいます」
「は?いや、それはちょっと…いや、悪い。それもそうだな。何事も自然に逆らっちゃダメか。良いだろう。ただし!ちゃんと等しくするんだぞ」
「もちろん分かってます」
意味深な担任と緋李の会話に間に挟まれていた三場は怪訝そうにしていたが、自身を見て話し出した緋李の言葉に顔を青くする。
「さて、貴方には反省の様子が全く見られないので、懲罰室へ行く前に腕の代償を頂こうかと思います。元はといえば貴方が受けるべきものですからね。大丈夫です、死にはしません。ただ陰陽師としての生命が絶たれるだけです。クラスメイトの命も危険に晒したのだから安いものでしょう?」
なんてことはないと、ニッコリ笑って腕を差し出せと言う緋李を三場は唖然となりながら見る。
そんな三場に笑ったまま緋李が近づいていくとそこへ後ろから「待った」と声を掛けられる。それに表情を消した緋李が億劫そうに振り返ると、そこには芦屋が立っていた。
「待てよ。いくら何でもそれはやり過ぎだろ?!もちろん三場のせいで俺達は一歩間違えば死んでたかもしれないけど、でも何もそこまでする事はないだろ!それにお前ら混血や先祖返りは怪我しても再生するから別にソレくらいいいだろ!!俺達人間にとっては」
「うるっさいなぁ」
「え…?」
芦屋の言葉に、ギリギリで保たれていた緋李の人としての面が崩れ、妖としての面が表に出てくる。
いつも穏やかな笑みを浮かべている緋李は今、可哀想なものを見るような目で芦屋を見ていた。そこに慈愛の色はなく、蔑むような、ひたすらに冷たい色だけがあった。
「ギャーギャー、ギャーギャー喚くな、人間風情が。こっちが大人しくしていたら調子に乗って、何様のつもり?それになんて言った?私達は怪我をしても再生するからどれだけ怪我をしても、傷ついても良いと?ふざけるな!矮小な人間よ!!いくら私達が再生するからといって、誰が自ら危険な真似をする?!貴様らのような考えを持った人間と誰が背を、命を預けるという?良いか脆弱な人間よ。いくら混血や先祖返りであろうと私達が本気を出せば貴様らなど一瞬で潰せる!こちらが加減しているのが分からんとは、なんと憐れなことよな?貴様ら人間は物事をよく理解せずにものを言うがな、何事にも理由や代償がある。目には目を、歯には歯をという言葉もあるくらいだ。何故助かったのに礼ではなく、悪意が返ってくる?せっかく学校からの罰だけで終わらそうと思っておったのに。自業自得よ。…それとも、コヤツの代わりに貴様が腕を差し出すか?芦屋。無理であろう?所詮人は己の身が一番可愛いからな。よほどの情がない限り無理であろう?…それでは三場、貴様の腕はここで奪わせてもらうわ」
緋李の言葉はあまりにも正論で、何も言い返せずに悔しそうな芦屋を尻目に緋李は三場に向き合うとすぐに自身の千切れてしまった右腕と同じ二の腕から風の刃でスッパリと切り落とし、止血のために切断面を狐火で焼いた後切り落とした右腕も同じく狐火で塵も残さずに燃やし尽くす。
「…それでは、北岡先生、芦屋君、私はこれで失礼します」
北岡と芦屋に別れを告げると緋李は演習場の出入り口へと向かって歩き出す。その後ろをいつの間に回収したのか氷の中に閉じ込めた緋李の千切れた右腕を持った沙羅を先頭に黒鋼、雪、紅葉、漆が続いて去っていく。
その場には気絶した三場を回収する北岡と悔しそうにしている芦屋、混乱している生徒、演習場の中心には緋李の血を消す為に放たれた浄化の焔が燃え続けていた。
二組の生徒は何が起こっているのか分からず不安そうにしている。
そして詠唱を始めた男子生徒は唱える事に集中していて周りの声が聞こえないのか次々と印を結んでいく。
「『ハァッ!!』」
ここでようやく緋李達の術が完成し、それぞれ近くにいた一組の生徒が失神して倒れていく。
緋李は自身の周りに倒れている数名を回収しやすいように脇に避ける。
「四人とも急いで生徒を集めて結界を張ってください!!抵抗するのであればすぐに気絶させて構いません!私はアレの解呪をします!!」
『『『いけません!緋李様!』』』
『止めるのじゃ緋李!!今からでは危険じゃ!』
「やって下さい!!たとえ間に合わなくとも最小で抑えてみせます!!」
「安倍っ?!」
沙羅達に指示を出して走り出す緋李を引き留めようと沙羅達が叫ぶも、再度指示を出して緋李は中心へと走っていく。その様子を見ていた芦屋が緋李の名前を呼ぶが、緋李は振り返ることはない。
「クッソ!無視かよ!!おい!気絶した奴らを回収して安倍の式神の所に集まれ!」
「お、おい、どういう事だよ!芦屋!」
「いいから早くしろ!死にたいのか?!」
自身の呼び掛けを無視した緋李に悪態をつくも、芦屋はすぐに切り替えて近くに倒れていた一人を肩に担ぎながらクラスメイトを催促する。
最初は戸惑っていた彼らも芦屋の言った死という言葉に素早く行動をする。
「…間に合えよ」
もう一度だけ緋李を見た芦屋はポツリと呟くと近くにいた沙羅のもとへ急いで向かう。
一方、緋李や芦屋の反対側では相模達が生徒に指示を出しながら最悪の場合に備えて医療室へと連絡を取ったり、校長へ式神を走らせていた。
「クソッ!最悪だろ!お前生徒にあんなの教えたのかよ?!」
「ンなわけあるか!広範囲攻撃術がある事は教えたけど殲滅術は教えてねぇよ!」
「お前ら早く結界張れ!!すぐに落ちるぞ!!」
そうしている内に緋李が男子生徒の所に辿り着くのと男子生徒の術が完成したのは同時だった。
辺りには静電気が放電され始め、術が発動されるのを今か今かと待ち構えている。
「ーーー今我が敵の上に降り注げ!″雷雨″!!」
「っ、解っ!!しまっ~~~っっ!けはっ!」
ドーンッ!バリバリバリィ!
バチャリッ、ビチャチャッ!ドサッ…
轟音と目を潰す程の光が辺りには響き渡り、後を追うように緋李の焦った声が解呪の術を発動させる。
しかし、その一瞬のズレに緋李は顔を顰めるも身体が動いてしまってはどうしようもない。緋李が強制的に術を解呪した事によってその反動が男子生徒へ降りかかろうとするも、男子生徒は解呪された驚きで呆然としており防御も避ける事もしない。男子生徒が我に返った時には、緋李に突き飛ばされて地面に倒れると同時に赤い線を引きながら″何か″が目の前を通り過ぎた後で、少し遅れてその顔に生暖かい赤い水の飛沫が降りかかる。
そして男子生徒が自身が立っていた場所を見るとそこには緋李がゆっくりと広がる赤い水溜りの中に倒れていた。
それに驚いたのもつかの間、次の瞬間には男子生徒の心の中では歓喜が湧いた。
「…や、やった、やったぞ!僕のか」
『『緋李!!』』
男子生徒が歓喜の声をあげようとすると我に返った沙羅と見学組に混じっていた黒鋼が同時に悲鳴をあげた事でようやく周りも動き出す。
「っ、北岡はあの生徒を急いで回収して拘束しろ!安達は急いで医療室の奴を呼んでこい!まだ誰も結界の中から出るんじゃねぇぞ!!……安倍?大丈夫か?…安倍?」
相模が第一の担任二人に素早く指示を出し、それぞれ結界の中に避難していた生徒達に動かないように言って緋李に声を掛けるが緋李からは反応が返ってこない。
それに眉を寄せた相模はもう一度声を掛けようと緋李へ近づこうと一歩を踏み出す。
その瞬間、相模は全身で殺気を感じて頭で考えるより先に本能に従って身体を動かして後ろに飛び退くと元いた場所まで戻る。恐る恐る先程までいた場所に目をやれば、そこには抉られたような深い溝が出来ており、もしも少しでも反応するのが遅かった場合を想像すると相模はゾッとして顔を引き攣らせる。
『そのままそこにおれ、小僧。無闇に近づくから攻撃されるのじゃ』
後ろから厳しい声を掛けられ、相模が後ろを振り返るといつの間にか沙羅と黒鋼、更に緋李が召喚した式神三匹もいた。それぞれに真剣な表情や心配そうな表情をしており、耳や尾が落ち着きなく動いている。
『緋李は今手負いの獣も同然よ。アレだけの怪我を負えば、我とて少しくらい理性も飛ぶ。まずは落ち着けて、理性を戻させるのじゃ。我も風の刃はくらいとうはないからな』
『沙羅、緋李が起きたぞ…っ?!』
『…ちとばかし、血を流し過ぎじゃな』
沙羅達が話している間に緋李が立ち上がっており、その姿を見た演習場にいた全員が息を呑んだ。
倒れていて見えなかったが、緋李の右半身は今も出続ける血によって赤黒く染まり、右腕は二の腕から下がなくなっており脇腹もろっ骨が見えるくらい肉が抉り取られていた。
さらに、常に笑顔を絶やさない緋李だが、今は怪我のせいで苦痛に顔を歪ませながらも目だけは異様にギラギラと殺気を滲ませて北岡に拘束されている男子生徒を見ていた。
沙羅はそれを見てため息を吐くとゆっくりと移動しながら緋李の視線に入るように立つ。そして沙羅の思惑通りに緋李の視線が沙羅に移り、威嚇するように唸り声をあげる。
その唸り声に第一の生徒達は数人は身を震わせらて不安そうに緋李を見ている。
そんな緋李の唸り声を無視して沙羅は口を開く。
『緋李、緋李落ち着くのじゃ。我が誰で、お主が何者か、ここが何処か、何をしているのか言うてみよ』
「……さ、ら。貴女は、私が、主従契約をした…式神で、天狐の沙羅。…わ、たしは、安倍緋李。…安倍家の、養女で、…天狐と人間の混血で、……ここは、…ここは陰陽高の第一演習場で、今は合同授業中。……ごめんなさい。少しトんでしまったようです。相模先生もすみませんでした」
話しているうちに正気を取り戻した緋李は深呼吸をすると沙羅と相模に謝る。それを見た沙羅と相模はホッと息を吐き、謝罪を受け入れる。
「いや、こっちも悪かったな。予定外の事が起こった上に全部対処させちまって。今治療師を呼んでるから止血してもらったら今日はもう帰っていいぞ。どうせお前の家の方が技術は上だからな。その程度なら一週間くらいで完治するはずだ。それまで休みだ。っと、来たな。じゃあ俺は他の奴ら見てくるから、一週間後に登校しろよ。お疲れ!」
緋李から謝罪は受け入れた相模だが、やはり今回の事は色々と無理をさせたのは自覚がある。
緋李に休むように言い渡すと治療師を連れてきた安達を伴って他の生徒達を見るため去っていった。
相模を見送った緋李は大人しく治療師に応急処置と止血をしてもらっていたのだが、他の生徒達を見て回っている相模と安達とは反対の方向が騒がしくなっている。
緋李が何かとそちらを見ると件の男子生徒と担任である北岡が言い争っていた。先程の術の件で北岡が注意をしているらしいのだが、男子生徒の方は反省した様子もなく屁理屈を捏ねているようだ。
「ーーいい加減にしろ!!三場!お前が使ったのは敵味方関係なく殺す広域殲滅術だったんだぞ?!!お前は同級生を殺すつもりだったのかっ!!」
「別にそういうつもりはありませんでした。それにアイツ以外に怪我をした人もいませんし、アイツも死んでもいませんよね?だったら別にいいじゃないですか」
「そういう問題じゃない!おまけに術を解呪されても反応しないとかお前は死にたいのか!」
「もちろん死にたくはありませんよ。それに僕が頼んでもいないのにアイツが勝手に動いて勝手に怪我しただけでしょう?僕には関係ありません」
「三場、お前なぁ!!ーーー」
あまりにも子供染みた言い分に聴いていた緋李は笑いが込み上げてくる。もちろん、男子生徒の、三場の言い分が不愉快過ぎて、だ。
そんな緋李の心情を察した緋李の式神達は苦笑を漏らす。
しかし沙羅と黒鋼に至っては『彼奴やりおった。我は知らん』『はっはっは!』と目を明後日の方向に向けていた。緋李の治療をしていた治療師は緋李が不穏な空気を発しているのに気づき、顔を引き攣らせている。
緋李は止血がきちんとされているのを確認すると治療師に礼を言って怠そうに立ち上がり、未だ騒いでいる中心へと歩き出す。
「本当にお前いい加減にしろよ!!っと、安倍。悪かったな、コイツのせいでそんなんなっちまって。後で親御さんには連絡しておくよ」
「…北岡先生から謝罪を貰うような事はされていないので謝罪は受け入れません。本人に腕の代償は払ってもらいます」
「は?いや、それはちょっと…いや、悪い。それもそうだな。何事も自然に逆らっちゃダメか。良いだろう。ただし!ちゃんと等しくするんだぞ」
「もちろん分かってます」
意味深な担任と緋李の会話に間に挟まれていた三場は怪訝そうにしていたが、自身を見て話し出した緋李の言葉に顔を青くする。
「さて、貴方には反省の様子が全く見られないので、懲罰室へ行く前に腕の代償を頂こうかと思います。元はといえば貴方が受けるべきものですからね。大丈夫です、死にはしません。ただ陰陽師としての生命が絶たれるだけです。クラスメイトの命も危険に晒したのだから安いものでしょう?」
なんてことはないと、ニッコリ笑って腕を差し出せと言う緋李を三場は唖然となりながら見る。
そんな三場に笑ったまま緋李が近づいていくとそこへ後ろから「待った」と声を掛けられる。それに表情を消した緋李が億劫そうに振り返ると、そこには芦屋が立っていた。
「待てよ。いくら何でもそれはやり過ぎだろ?!もちろん三場のせいで俺達は一歩間違えば死んでたかもしれないけど、でも何もそこまでする事はないだろ!それにお前ら混血や先祖返りは怪我しても再生するから別にソレくらいいいだろ!!俺達人間にとっては」
「うるっさいなぁ」
「え…?」
芦屋の言葉に、ギリギリで保たれていた緋李の人としての面が崩れ、妖としての面が表に出てくる。
いつも穏やかな笑みを浮かべている緋李は今、可哀想なものを見るような目で芦屋を見ていた。そこに慈愛の色はなく、蔑むような、ひたすらに冷たい色だけがあった。
「ギャーギャー、ギャーギャー喚くな、人間風情が。こっちが大人しくしていたら調子に乗って、何様のつもり?それになんて言った?私達は怪我をしても再生するからどれだけ怪我をしても、傷ついても良いと?ふざけるな!矮小な人間よ!!いくら私達が再生するからといって、誰が自ら危険な真似をする?!貴様らのような考えを持った人間と誰が背を、命を預けるという?良いか脆弱な人間よ。いくら混血や先祖返りであろうと私達が本気を出せば貴様らなど一瞬で潰せる!こちらが加減しているのが分からんとは、なんと憐れなことよな?貴様ら人間は物事をよく理解せずにものを言うがな、何事にも理由や代償がある。目には目を、歯には歯をという言葉もあるくらいだ。何故助かったのに礼ではなく、悪意が返ってくる?せっかく学校からの罰だけで終わらそうと思っておったのに。自業自得よ。…それとも、コヤツの代わりに貴様が腕を差し出すか?芦屋。無理であろう?所詮人は己の身が一番可愛いからな。よほどの情がない限り無理であろう?…それでは三場、貴様の腕はここで奪わせてもらうわ」
緋李の言葉はあまりにも正論で、何も言い返せずに悔しそうな芦屋を尻目に緋李は三場に向き合うとすぐに自身の千切れてしまった右腕と同じ二の腕から風の刃でスッパリと切り落とし、止血のために切断面を狐火で焼いた後切り落とした右腕も同じく狐火で塵も残さずに燃やし尽くす。
「…それでは、北岡先生、芦屋君、私はこれで失礼します」
北岡と芦屋に別れを告げると緋李は演習場の出入り口へと向かって歩き出す。その後ろをいつの間に回収したのか氷の中に閉じ込めた緋李の千切れた右腕を持った沙羅を先頭に黒鋼、雪、紅葉、漆が続いて去っていく。
その場には気絶した三場を回収する北岡と悔しそうにしている芦屋、混乱している生徒、演習場の中心には緋李の血を消す為に放たれた浄化の焔が燃え続けていた。
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