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GWおまけ ディエンヌ紅茶ビッシャー期
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◆ディエンヌ紅茶ビッシャー期
ぼくはサリエル・ドラベチカ、十歳。もっちりぽっちゃり我が儘ボディの魔王の三男でございます。
相変わらずのツノなし魔力なしの落ちこぼれながら、今日も元気いっぱい張り切っています。
季節は十一月になりまして、ぼくは兄上とおそろいの冬服衣装をビシリと身につけ、宴もたけなわないつもの子供会に参加しているところです。
先日、新しいお仲間が増えたのですよぉ。ファウストです。
彼は兄上と同じくらい大きな体だから。ぼくはファウストのことを、兄上みたいに大きくてたくましくて頼もしくて素敵だなぁって思っているのです。
えぇ、むっちりでチビ助で手も足も短いぼくですから。
内心、ハンカチを噛んでむぎーっと、なっている。なんてこともありますがっ。
嫉妬心は、ほんのちょびっとでございますよ。
だってぼくはっ、もうすぐ手も足もピョーーって伸びるしぃ。
だってぼくはっ、成長期なのです。絶対、身長も伸びますっ。これは決定事項ですからぁぁ。
それはともかく。
ぼくは御友達のみなさまに、大切なお知らせをしなければなりません。
えぇ、恐ろしいお知らせです。
いつものサロンの円卓で優雅にお茶を飲んでいる、高位貴族のお子様たち。
魔王の四男、シュナイツ。公爵子息のマルチェロとマリーベル兄妹。同じくファウスト。宰相の子息であるエドガーは本を片手にお茶会です。
そのみなさまに向かって、ぼくは高らかに告げました。
「みなさん、大変です。ディエンヌに、紅茶ビッシャー期が到来しました」
ぼくの声に。円卓に座るお友達のみなさんは、目を丸くしてこちらを見ました。
そ、そんなに、ちゅ、注目されると、ちょっと照れます。
ほっぺを揉みましょう。
「サリー、なんだい? 紅茶ビッシャー期って。ま、想像はつくけど」
いつも冷静なマルチェロが、ハニーイエローの前髪をさらりと揺らして聞いてきます。
ぼくは視線をキリリとさせて、神妙に答えます。
いえ、糸目でキリリは伝わっていないでしょうがっ。
「マルチェロ、たぶん想像の通りです。ディエンヌは貴族の御子息の素敵なお衣装に紅茶をぶっかける遊びにはまっているようです。えぇ、ぼくは犠牲者を、もう二人も目撃いたしました」
あ、ディエンヌというのはぼくの妹で、ぼくは兄としてディエンヌのやらかしの尻拭いをいたしておるのです。
よくわからないけど、なんとなく説明してみました。
説明ついでに、さらに説明しますと。
来年学園に入学するファウストは十一歳。
ぼくと同じ年のマルチェロは十歳。
その一個下のシュナイツとマリーベル、エドガーは九歳でございます。はい。
「というわけで、今日はディエンヌ紅茶ビッシャーから逃げる練習をいたしますっ」
「サリーちゃん、もし紅茶ビッシャーされたら、ディエンヌを燃やしてもいいのではないですか?」
そう、ファウストに問われましたが。
も、燃やす?
と、ぼくは驚きの表情を向けます。糸目なのであまり変わり映えはしませんけど。
「そうだよねぇ、私も常々そうしたいって思っていたところだよ。ファウスト、私たちは気が合うねぇ」
マルチェロまでそう言い出した。
新しいお友達と仲良くなることは良いことですが。
そのような物騒なことで意気投合しないでいただきたい。
でも、仕方がないのかもしれませんね。ここは魔族が住まう国、アストリアーナ魔王国なのですから。
「いいえ、燃やすのはいけません。ディエンヌは腐っても魔王の娘なのです。魔王が目に入れても痛くないらしい娘なのです。燃やしたらきっと、ファウストも魔王に燃やされてしまいますよ?」
そうです。たぶん、怒られます。
なので、燃やしてはいけません。たぶん。
ファウストとマルチェロは、ディエンヌを燃やせないことに残念そうにはしながら、庭に出て行き。
マリーベルは面白そうだと言って、スカートをルンルンで揺らし。
シュナイツとエドガーは若干面倒くさそうに部屋を出て行くのだった。
そしてぼくは芝生の庭に立ち、ティーカップと水の入った紅茶ポットを両手に持ちますっ。
水の入ったカップを持ち、ブブブと震わせるぼくを、みんなは囲んで身構えます。
むふーん、みなさん、油断していないようですね、いいですよ、いいですよぉ。
「こちらは水ですので、無色透明で熱くもないですが。ディエンヌの紅茶は、アッツアツで渋みがかった色がついていますからね? かかったら、その衣装は死ですよ、死っ!!」
そしてぼくは振り返りながら、カップを差し出す。
「そこぉぉっ」
ビッシャーの最初の餌食は、マリーベルでした。
ぼくのカップの水をよけられずに、ピンクのスカートが濡れてしまいましたぁ。
「ひ、ひどいわぁ、パンちゃぁぁぁん」
マリーベルの緑の瞳がうりゅっと潤んで。
ぼ、ぼ、ぼくは。あ、あ、慌ててしまいました。
まさか、ぼくが女の子を泣かせてしまうなんてぇ。
「ま、マリーベル、ごめんね? でもこれはすぐに乾くからね? ね?」
マリーをなだめようとしていたら。なにやら頭に水がかけられ。ぼくのトレードマークの赤い髪が、ぺショッとなってしまいました。
こ、これはぁぁ?
「パンちゃんも気をつけなくては駄目よぉ? ディエンヌはパンちゃんには、きっとマグマのようにあっつい紅茶を用意してくるはずですものぉ??」
そういうマリーベルは後ろ手にティーカップを持っていたみたい?
ぼくはマリーベルのビッシャー攻撃を受けてしまいました。
「これは、やられました。マリーベルにはかないませんねぇ…」
はっはっは、と笑いつつも。そこぉぉ!! と、カップを差し出す。
そこにはファウストがいて。水を頭からもろかぶりです。
続けてぼくは、そこぉぉ、そこぉお!! と続けてもっちりした体をイナバウアーのごとくモチィとひねりながら水をまき散らかしていく。
イナバウアー…これはインナー用語ですね
そして、マルチェロとシュナイツもビッシャーになるのだった。
ファウストは、水がかかった前髪を手でかきあげる。
すると、水も滴るイケメンが現れるではあぁりませんかぁ??
そしてさらにさらに、マルチェロもシュナイツも、髪をかきあげるのだった。
「もう、サリーのせいで濡れちゃったじゃないかぁ」
顔に水の雫をきらめかせながら、麗しい笑みを浮かべないでください。
もっちり相手にやっても、イケメンの無駄遣いです。
それにこれは真剣な、逃げる練習ですよ?
なのに、彼らは逃げることをしないで、なんでかぼくの後ろについてくるのだった。
「な、な、なんでぇ? 来ないでぇ」
ぼくは短い足でざっざかざっざか芝生の上を走り、そうしてイケメン軍団から逃げつつ。
最後の獲物であるエドガーを追いかける。
エドガーは本を片手に面倒くさそうにぼくから逃げた。
ぼくは紅茶ポットからカップに水をそそいじゃ、投げ、そそいじゃ、投げ、を繰り返す。
「エドガー、いい加減、ビッシャーされなさぁい」
「嫌ですよ、本が濡れるじゃないですか」
そう言って、ぼくのビッシャー攻撃を長い足で巧みによけるのだった。
ううぅぬぅ、勉強漬けで一番運動神経がなさそうなのに、エドガーはなにげに足が速いのだ。
「そ、そのような、本を片手にしてますけど、読んでいないでしょ? ぼくをよけるのに全集中でしょ?」
「なんのことですかぁ? 無駄な時間なのでぼくは本を読んでいるのです」
きぃぃ、エドガーめ、ツンツンめっ。
『ぼくよ、知らぬ間にビッシャー攻撃を受けているぞ? ちゃんとダイエットしないから、足が遅くてびっちゃびちゃになるんだっつーの』
心の中で、インナーがぼくに言うが。
なんですってぇ??
ぼくが振り返ると、そこでは紅茶ポットとカップを持って、ファウストとマルチェロとシュナイツが、本気の水かけごっこを繰り広げているのだった。
カップから放たれた水は弧を描いて、太陽の輝きにプリズムを反射する。
なんて、綺麗に言ってみたけど。
マルチェロの攻撃をファウストがよけた、その水がぼくの尻にかかり。あぁあ。
ファウストの攻撃をシュナイツがよけた、その水がくるりと回ったぼくの顔にかかり。あぁあ、あぁあ。
そうしてぼくは、いつの間にかびしょびしょにぃぃぃ?
「むむぅ、やりましたねぇ。ぼくはオコです!」
そうしてカップに水をそそいでマルチェロにビシャー、シュナイツとファウストにもビシャーするけど。全然当たらないよぉ。
「あぁ、サリーちゃん、逃げてぇ」
ファウストに注意されるけど。マルチェロの水がぼくに降りかかり。
「へええぇぇぇぇぁあぁああ?」
「あはは、サリー。ちゃんとよけて、あはは」
マルチェロは笑いながらぼくにビッシャー攻撃し続けるのだった。
「やめてぇ、あはは、やめてぇ、マルチェロぉ」
「サリーちゃんをいじめるなぁ」
そうして、ぼくは芝生の上をニワトリのごとく逃げ惑い。
それをマルチェロが追い、ぼくをかばうためにファウストがマルチェロを追う。
という、いつものわちゃわちゃがぁ??
つか、彼らの攻撃ばかりが、なぜぼくに降りかかるのですかぁ?
これはみなさまがディエンヌのビッシャーから逃げる練習のはずなのに、なんでぇ??
はっ、しかしこれはっ…ただの水遊びではぁ??
「サリエル様、これはいったい??」
さすがに黙っていられなくなったミケージャと、子息たちの従者が。ぼくを睨みます。
ズモモという迫力に押されて。ぼくはっ。
「す、すすす、すみませぇぇぇええん」
と情けない叫びを上げるのだった。
エドガーは本を死守して、無傷だが。
それ以外の者も、ちょっと濡れた程度で。
なんでかぼくだけ、びっしょりんぬなんですけど? どういうこと?
「あ、サリエル兄上、そのポットとカップはぼくが片付けておきますよ」
ぼへぇ、と立ち尽くすぼくから。シュナイツがティーカップをいそいそ回収する。
ありがとう、と言いながらも。なにやらゾクリとするのはなんででしょう?
風邪? びちょって、風邪?
いいえ。十一月ですけど、魔国の冬は寒くないので、まだ風邪をひく季節ではありませんし。ぼくはなにげに強いので病気知らずです。
ゾクリは…まぁ、いいです。
つか。その日の子供会はミケージャのお説教で半分潰れました。むっきーーーっ。
ちなみに、ディエンヌ紅茶ビッシャー期は。
普通に、被害にあわれた子息の親からクレームが入り。
怒り心頭のレオンハルト兄上がエレオノラ母上に支給される生活費二ヶ月分で弁償し。
生活費を削られた母上が、兄上に文句たらたら言ったら。兄上がバリバリどっかーーん、程ではないが。ドーンと怒って。
それで母上が失神して、てんやわんやで。
ディエンヌもお小遣いがカットされたから、もうめんどくさーいってなって。
無事に紅茶ビッシャー期は終了したのだった。
ディエンヌには、やらかす前に、これをしたらどうなるのかっていう想像力を働かせていただきたいものです。
しかしなにはともあれ、今回の尻拭いも無事ミッションコンプリートしたのだった。
ぼく、ただびちょって遊んだだけで、特に…なにもやっていませんけど。
いいのですっ。
被害が大きくならないうちにおさまって良かった良かった。むっふーん。
ぼくはサリエル・ドラベチカ、十歳。もっちりぽっちゃり我が儘ボディの魔王の三男でございます。
相変わらずのツノなし魔力なしの落ちこぼれながら、今日も元気いっぱい張り切っています。
季節は十一月になりまして、ぼくは兄上とおそろいの冬服衣装をビシリと身につけ、宴もたけなわないつもの子供会に参加しているところです。
先日、新しいお仲間が増えたのですよぉ。ファウストです。
彼は兄上と同じくらい大きな体だから。ぼくはファウストのことを、兄上みたいに大きくてたくましくて頼もしくて素敵だなぁって思っているのです。
えぇ、むっちりでチビ助で手も足も短いぼくですから。
内心、ハンカチを噛んでむぎーっと、なっている。なんてこともありますがっ。
嫉妬心は、ほんのちょびっとでございますよ。
だってぼくはっ、もうすぐ手も足もピョーーって伸びるしぃ。
だってぼくはっ、成長期なのです。絶対、身長も伸びますっ。これは決定事項ですからぁぁ。
それはともかく。
ぼくは御友達のみなさまに、大切なお知らせをしなければなりません。
えぇ、恐ろしいお知らせです。
いつものサロンの円卓で優雅にお茶を飲んでいる、高位貴族のお子様たち。
魔王の四男、シュナイツ。公爵子息のマルチェロとマリーベル兄妹。同じくファウスト。宰相の子息であるエドガーは本を片手にお茶会です。
そのみなさまに向かって、ぼくは高らかに告げました。
「みなさん、大変です。ディエンヌに、紅茶ビッシャー期が到来しました」
ぼくの声に。円卓に座るお友達のみなさんは、目を丸くしてこちらを見ました。
そ、そんなに、ちゅ、注目されると、ちょっと照れます。
ほっぺを揉みましょう。
「サリー、なんだい? 紅茶ビッシャー期って。ま、想像はつくけど」
いつも冷静なマルチェロが、ハニーイエローの前髪をさらりと揺らして聞いてきます。
ぼくは視線をキリリとさせて、神妙に答えます。
いえ、糸目でキリリは伝わっていないでしょうがっ。
「マルチェロ、たぶん想像の通りです。ディエンヌは貴族の御子息の素敵なお衣装に紅茶をぶっかける遊びにはまっているようです。えぇ、ぼくは犠牲者を、もう二人も目撃いたしました」
あ、ディエンヌというのはぼくの妹で、ぼくは兄としてディエンヌのやらかしの尻拭いをいたしておるのです。
よくわからないけど、なんとなく説明してみました。
説明ついでに、さらに説明しますと。
来年学園に入学するファウストは十一歳。
ぼくと同じ年のマルチェロは十歳。
その一個下のシュナイツとマリーベル、エドガーは九歳でございます。はい。
「というわけで、今日はディエンヌ紅茶ビッシャーから逃げる練習をいたしますっ」
「サリーちゃん、もし紅茶ビッシャーされたら、ディエンヌを燃やしてもいいのではないですか?」
そう、ファウストに問われましたが。
も、燃やす?
と、ぼくは驚きの表情を向けます。糸目なのであまり変わり映えはしませんけど。
「そうだよねぇ、私も常々そうしたいって思っていたところだよ。ファウスト、私たちは気が合うねぇ」
マルチェロまでそう言い出した。
新しいお友達と仲良くなることは良いことですが。
そのような物騒なことで意気投合しないでいただきたい。
でも、仕方がないのかもしれませんね。ここは魔族が住まう国、アストリアーナ魔王国なのですから。
「いいえ、燃やすのはいけません。ディエンヌは腐っても魔王の娘なのです。魔王が目に入れても痛くないらしい娘なのです。燃やしたらきっと、ファウストも魔王に燃やされてしまいますよ?」
そうです。たぶん、怒られます。
なので、燃やしてはいけません。たぶん。
ファウストとマルチェロは、ディエンヌを燃やせないことに残念そうにはしながら、庭に出て行き。
マリーベルは面白そうだと言って、スカートをルンルンで揺らし。
シュナイツとエドガーは若干面倒くさそうに部屋を出て行くのだった。
そしてぼくは芝生の庭に立ち、ティーカップと水の入った紅茶ポットを両手に持ちますっ。
水の入ったカップを持ち、ブブブと震わせるぼくを、みんなは囲んで身構えます。
むふーん、みなさん、油断していないようですね、いいですよ、いいですよぉ。
「こちらは水ですので、無色透明で熱くもないですが。ディエンヌの紅茶は、アッツアツで渋みがかった色がついていますからね? かかったら、その衣装は死ですよ、死っ!!」
そしてぼくは振り返りながら、カップを差し出す。
「そこぉぉっ」
ビッシャーの最初の餌食は、マリーベルでした。
ぼくのカップの水をよけられずに、ピンクのスカートが濡れてしまいましたぁ。
「ひ、ひどいわぁ、パンちゃぁぁぁん」
マリーベルの緑の瞳がうりゅっと潤んで。
ぼ、ぼ、ぼくは。あ、あ、慌ててしまいました。
まさか、ぼくが女の子を泣かせてしまうなんてぇ。
「ま、マリーベル、ごめんね? でもこれはすぐに乾くからね? ね?」
マリーをなだめようとしていたら。なにやら頭に水がかけられ。ぼくのトレードマークの赤い髪が、ぺショッとなってしまいました。
こ、これはぁぁ?
「パンちゃんも気をつけなくては駄目よぉ? ディエンヌはパンちゃんには、きっとマグマのようにあっつい紅茶を用意してくるはずですものぉ??」
そういうマリーベルは後ろ手にティーカップを持っていたみたい?
ぼくはマリーベルのビッシャー攻撃を受けてしまいました。
「これは、やられました。マリーベルにはかないませんねぇ…」
はっはっは、と笑いつつも。そこぉぉ!! と、カップを差し出す。
そこにはファウストがいて。水を頭からもろかぶりです。
続けてぼくは、そこぉぉ、そこぉお!! と続けてもっちりした体をイナバウアーのごとくモチィとひねりながら水をまき散らかしていく。
イナバウアー…これはインナー用語ですね
そして、マルチェロとシュナイツもビッシャーになるのだった。
ファウストは、水がかかった前髪を手でかきあげる。
すると、水も滴るイケメンが現れるではあぁりませんかぁ??
そしてさらにさらに、マルチェロもシュナイツも、髪をかきあげるのだった。
「もう、サリーのせいで濡れちゃったじゃないかぁ」
顔に水の雫をきらめかせながら、麗しい笑みを浮かべないでください。
もっちり相手にやっても、イケメンの無駄遣いです。
それにこれは真剣な、逃げる練習ですよ?
なのに、彼らは逃げることをしないで、なんでかぼくの後ろについてくるのだった。
「な、な、なんでぇ? 来ないでぇ」
ぼくは短い足でざっざかざっざか芝生の上を走り、そうしてイケメン軍団から逃げつつ。
最後の獲物であるエドガーを追いかける。
エドガーは本を片手に面倒くさそうにぼくから逃げた。
ぼくは紅茶ポットからカップに水をそそいじゃ、投げ、そそいじゃ、投げ、を繰り返す。
「エドガー、いい加減、ビッシャーされなさぁい」
「嫌ですよ、本が濡れるじゃないですか」
そう言って、ぼくのビッシャー攻撃を長い足で巧みによけるのだった。
ううぅぬぅ、勉強漬けで一番運動神経がなさそうなのに、エドガーはなにげに足が速いのだ。
「そ、そのような、本を片手にしてますけど、読んでいないでしょ? ぼくをよけるのに全集中でしょ?」
「なんのことですかぁ? 無駄な時間なのでぼくは本を読んでいるのです」
きぃぃ、エドガーめ、ツンツンめっ。
『ぼくよ、知らぬ間にビッシャー攻撃を受けているぞ? ちゃんとダイエットしないから、足が遅くてびっちゃびちゃになるんだっつーの』
心の中で、インナーがぼくに言うが。
なんですってぇ??
ぼくが振り返ると、そこでは紅茶ポットとカップを持って、ファウストとマルチェロとシュナイツが、本気の水かけごっこを繰り広げているのだった。
カップから放たれた水は弧を描いて、太陽の輝きにプリズムを反射する。
なんて、綺麗に言ってみたけど。
マルチェロの攻撃をファウストがよけた、その水がぼくの尻にかかり。あぁあ。
ファウストの攻撃をシュナイツがよけた、その水がくるりと回ったぼくの顔にかかり。あぁあ、あぁあ。
そうしてぼくは、いつの間にかびしょびしょにぃぃぃ?
「むむぅ、やりましたねぇ。ぼくはオコです!」
そうしてカップに水をそそいでマルチェロにビシャー、シュナイツとファウストにもビシャーするけど。全然当たらないよぉ。
「あぁ、サリーちゃん、逃げてぇ」
ファウストに注意されるけど。マルチェロの水がぼくに降りかかり。
「へええぇぇぇぇぁあぁああ?」
「あはは、サリー。ちゃんとよけて、あはは」
マルチェロは笑いながらぼくにビッシャー攻撃し続けるのだった。
「やめてぇ、あはは、やめてぇ、マルチェロぉ」
「サリーちゃんをいじめるなぁ」
そうして、ぼくは芝生の上をニワトリのごとく逃げ惑い。
それをマルチェロが追い、ぼくをかばうためにファウストがマルチェロを追う。
という、いつものわちゃわちゃがぁ??
つか、彼らの攻撃ばかりが、なぜぼくに降りかかるのですかぁ?
これはみなさまがディエンヌのビッシャーから逃げる練習のはずなのに、なんでぇ??
はっ、しかしこれはっ…ただの水遊びではぁ??
「サリエル様、これはいったい??」
さすがに黙っていられなくなったミケージャと、子息たちの従者が。ぼくを睨みます。
ズモモという迫力に押されて。ぼくはっ。
「す、すすす、すみませぇぇぇええん」
と情けない叫びを上げるのだった。
エドガーは本を死守して、無傷だが。
それ以外の者も、ちょっと濡れた程度で。
なんでかぼくだけ、びっしょりんぬなんですけど? どういうこと?
「あ、サリエル兄上、そのポットとカップはぼくが片付けておきますよ」
ぼへぇ、と立ち尽くすぼくから。シュナイツがティーカップをいそいそ回収する。
ありがとう、と言いながらも。なにやらゾクリとするのはなんででしょう?
風邪? びちょって、風邪?
いいえ。十一月ですけど、魔国の冬は寒くないので、まだ風邪をひく季節ではありませんし。ぼくはなにげに強いので病気知らずです。
ゾクリは…まぁ、いいです。
つか。その日の子供会はミケージャのお説教で半分潰れました。むっきーーーっ。
ちなみに、ディエンヌ紅茶ビッシャー期は。
普通に、被害にあわれた子息の親からクレームが入り。
怒り心頭のレオンハルト兄上がエレオノラ母上に支給される生活費二ヶ月分で弁償し。
生活費を削られた母上が、兄上に文句たらたら言ったら。兄上がバリバリどっかーーん、程ではないが。ドーンと怒って。
それで母上が失神して、てんやわんやで。
ディエンヌもお小遣いがカットされたから、もうめんどくさーいってなって。
無事に紅茶ビッシャー期は終了したのだった。
ディエンヌには、やらかす前に、これをしたらどうなるのかっていう想像力を働かせていただきたいものです。
しかしなにはともあれ、今回の尻拭いも無事ミッションコンプリートしたのだった。
ぼく、ただびちょって遊んだだけで、特に…なにもやっていませんけど。
いいのですっ。
被害が大きくならないうちにおさまって良かった良かった。むっふーん。
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俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
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【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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