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エピローグ ⑨ サリエルside ④

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 マルチェロはいつもの麗しいお顔で、優しく微笑みかけてきます。
 ハニーイエローの髪がサラサラで、清潔な印象の短髪だけど、前髪がサラサラ。
 どの角度から見ても完璧な王子様なのです。公爵だけど。
 今日のお衣装は、赤地に金の刺繍がなされた盛装で。
 いつもよりもさらにきらびやかです。

「さぁ、姫。一曲お願いいたします」
「姫じゃないですぅ。まだ姫を守る騎士ごっこを続けているのですかぁ?」
 そう言いながらも。ぼくはマルチェロの手を取って、踊り出した。
「あぁ、それね。なんか懐かしいなぁ」

 ぼくとマルチェロがはじめて出会ったときのことだ。
 マルチェロは『いつも守られる側だったから。騎士のように、姫を守るのにあこがれていたんだよなぁ…』と言って。ぼくのお友達になったのだ。
 あの頃は、ぼくはぽっちゃりで。姫ポジションは恐れ多かったけどね?
 でも、いつも判で押したような同じ笑顔が多かったマルチェロが。
 今はもう、自然な笑みを見せるから。
 心を開いてくれているみたいで。それがぼくは、とても嬉しいのです。

「こうして、社交界デビューの日にサリーと踊れるのは、感慨深いねぇ」
 ぼくが、羽化したての二年前。
 マルチェロはぼくよりちょっと高いくらいの身長で。着られる服がなくなったぼくは、体形が近い彼から洋服をいっぱい提供してもらったりしたのだけど。

 今はもう、ぼくより頭半分分背が高くなっています。

 成長期ですか? グヌヌ。
 ぼくはぼくの能力で、いろいろカスタマイズできるはずなのに。
 なんで身長を伸ばすことができないのですか? 解せぬ。

「私はこの公の舞台で、ディエンヌに足ダンされる覚悟をしていたけれどね? せっかくよける練習をしたのに。華麗にスルーする、あの足さばきを披露できないのは残念なことだ」
 なんて、マルチェロが言う。
 子供会に行っていた頃、ディエンヌがダンスパートナーの足を踏む、足ダンブームだったから。
 みんなで、彼女の足ダンをよける練習をしたのでした。
 思えばあの頃の彼女のやらかしは、まだ可愛いものだったのですね?

 そんなことを思い出しつつも。
 ぼくはいたずら心を出して、ペムッと足を踏んでみるのだった。
 でもやはり、華麗によけられてしまった。

「むむっ、やりますね? マルチェロ」
「ダンスは、スリリングでサスペンスで、エレガントなものだよ?」
 そうしてマルチェロは、ぼくをくるくると回して振り回す。

 ですが。淑女教育でダンスは満点評価だった、ぼくですっ。
 軽やかにステップを踏みながら、マルチェロの足を踏むべく、ぼくはペムッと足を出す。
 でも、どうしてもよけられちゃう。むぅ。

 ワルツの三拍子なのに、高速ターンで会場を縦断し。
 それでも誰にもぶつかることのない、高等テクニック。
 さらに足を踏もうとするから、変則ステップになっているにもかかわらず、流麗なダンスに仕上げてくる、この巧みな技。
 さすがです、マルチェロっ。

 つか、ワルツなのに、ぴょんぴょこ跳ねていたら、なんだか楽しくなってきちゃって。
 あはは、うふふ、と。
 バカみたいに笑いながら、ダンスしてしまった。
 これは紳士淑女にあるまじきですね? へへっ。

「グルグルで、目が回りそうですぅ」
「でも楽しいね。このままずっと、君と踊っていたいなぁ…」

 そう、マルチェロはつぶやくけれど。
 足ダンの攻防をしていたら、あっという間にダンスは終わってしまったのだった。

 ふぅ、ダンスし過ぎで、のどが渇きました。
 礼をして、ふたりで壇上に下がろうとしたら。

「サリー…」

 マルチェロが呼んで。ぼくの手首を引き寄せた。
 ふわりと、マルチェロと距離が近づいて。
 彼が、耳元で囁く。

「愛してる、サリー。私の心は未来永劫、君のものだ」
 ぼくは、びっくりして。
 目を丸くして、彼の顔をみつめる。 

「…なんてね?」
 ぼくが目に写したマルチェロは。
 いつもの、友達の顔をした、彼だった。

 だけど。ぼくだって。
 そんなに、バカみたいにニブいわけではないのですよ、マルチェロ。
 さすがに、君の気持ちは。ぼくにしっかりと伝わった。
 でも、最後の茶化すような言葉は。
 これからの、長い、長い、時間。友達として、そばにある。
 そういう意味の、彼の宣誓なのだ。

 だから、ぼくは。
 彼の気持ちに気づかぬふりで。告げる。
「もうっ、ビ、ビ、ビビルじゃないですかぁ。マルチェロはすぐに、ぼくをからかうのだからぁ」
「サリーをからかうのは、楽しいなぁ。いっぱい踊って、疲れただろう? 飲み物を持ってきてあげるから。上で待ってて」

 マルチェロは涼しい顔で、飲食の並ぶテーブルへ歩いて行き。
 ぼくのそばには、すかさずアリスティアが寄ってきた。

「サリエル様、大丈夫ですか?」
 その言葉で、ぼくは。壇上の兄上の方を見る。
 心配そうな、怒っているような、顔をしているから。
 マルチェロとの近しい距離が、不快だったのだろう。

 アリスは兄上の心情を察して。ぼくに事前に寄ってきたというわけだ。
 従者として、細かい気遣いができています。有能ですよ? アリスぅ。

「なにもないよ。ダンスしすぎて、足がよろけただけぇ」
 その言い訳なら良し、とばかりに。アリスは微笑んで。
 ダンスで乱れたぼくの髪を、そっと直してくれた。

 アリスは、ぼくの護衛兼従者兼侍女として、すでに魔王城に勤めている。
 学園にも行っているから、二足のわらじだね?
 わらじ…えぇ、もうわかっています。日本語ですね?

 侍女長は、エリンなのだけど。
 エリンは貴族じゃないから。
 こういう公の集まりのときは、ぼくのそばで仕えられない。
 そういうときに、侯爵令嬢であるアリスが御側仕おそばづかえになるのだ。

 従者として控えめに。アリスは紺色のドレスを身につけている。
 スタンドカラーで、肌の露出もおさえているのだけれど。
 まだ十五歳なのだから。若々しく、明るいドレスを着てもいいのにぃ。
 まぁ青髪のアリスに、紺のドレスは。シックで、よく似合ってはいるけれど。

「アリスも、ぼくと踊る?」
「いいえ、私のダンスの単位がヤバいことは知っているでしょう? こんな大勢の前で、恥をかきたくないわっ。サリエルの中に入っていたときにさんざん見てきたっていうのに。知っている、と出来る、は別物」

 人前では上品ぶって、サリエル様なんて言うけど。
 アリスはすぐに素に戻って。コソコソと言う。
 彼女は前世では、ソシアルダンスをする環境がなかったようだし。
 アリスティア本体も、心の引きこもりでダンスなどしたことがないから。
 今、苦労しているみたいだね?

「でしょう? だから言ったでしょう? 知っていることを活用できてこそ、だって」

 インナーがぼくの中で目覚めた、ほんのはじめのときの話だ。
 瞬間記憶能力を持つぼくを、インナーはうらやましがったけど。
 たとえ、ぼくが叡智の箱であっても。
 知識を取り出して活用できなければ、ただの箱。ってことなんだよね?

 一時期、スキルがゼロになり、刺繍の腕を磨き直したぼくに言えることは。
「反復、あるのみ。経験こそ、力! ですっ」
 それに尽きます。

 そうしてぼくは、アリスとともに魔王の玉座のある階段の上に登って行った。
 先ほどアリスに言った言い訳を、兄上にしたら。

「私としていたダンスより、楽しそうに踊っていたではないか?」
 なんて。ギロと睨んで言うのですから。

 バリバリドッカーン注意報、発令ですっ。
 ほらぁ、そのように凶悪な魔力を垂れ流したら、来客の方たちが腰を抜かしますよ?
「兄上とのダンスは、緊張しますよ。万が一にも、兄上に恥はかかせられません。でも…」
 そう言って、ぼくは兄上の耳元に手を添えて、こっそり囁きました。

「兄上とのダンスが、一番ドキドキいたしましたぁ」

 すると、兄上は。
 うっそり、笑って。
 機嫌を直してくれました。ホッ。
 バリバリドッカーンは、回避されました。

 それにしても、兄上は心配性ですねぇ?
 こんなぽっちゃり…今はもう、ぽっちゃりではないけど。
 ツノなし魔力なし、は変わらないのですから。
 そんなに戦々恐々とするほどのものは、ぼくにはないのですけどねぇ?

「ラーディンは、サリエルと踊らなくていいのか?」
 挨拶の列もひとまず落ち着いて。
 気楽になったところで。兄上が、自称コシタン筆頭のラーディンに聞いた。

「今日は、兄上…魔王様の守護者としての、初任務ですから。兄上のそばを離れるわけにはいきません」
「へぇ、珍しくいいことを言うではありませんかぁ? ラーディン兄上」

 ラーディンの話に茶々を入れる、アリスティア。
 するとラーディンは。牙をむき出して、怒った。

「おまえの兄上じゃねぇわ。つか、珍しいとか言うな。不敬な奴め」
 まぁね、魔王家を守護する立場は同じだけど。
 アリスは、家格としては下だからねぇ。不敬と言われても仕方がないのだけど。

 でも、アリスは。インナーとして、ぼくの中でラーディンのことを子供のときから見てきたから。
 なんだか、ツンデレの兄上が気にかかる…というか。
 ツッコみたくてたまらないみたいなのだ。
 アリスの毒舌攻撃の矛先が、ラーディンに向けられてしまいました。
 ラーディン兄上、逃げてぇ。

「おふたりとも、無駄口をたたかない。ファウスト様を見習うように」
 そうしたら、ミケージャが口をはさんでくれました。ナイスです。
 でも彼に怒られて、ラーディンとアリスは首をすくめる。
 リアクションが同じっ。

 ミケージャは、ぼくの後ろに黙って付き従うファウストを見習えって言うけど。
 彼は単に、口をはさめなかっただけだと思いますよ?
 ファウストは、人付き合いが苦手なのですから。
 でもその寡黙なところが、彼の良いところですからね? うむ。

 そこに、ぼくに飲み物を持ってきてくれたマルチェロがやってきて。
 兄上に、足蹴りされたりしていましたが。

 シュナイツとマリーベル、エドガーも寄ってきて。
 すっかりいつもの、和気あいあいです。

 そんな感じで、兄上の魔王即位の儀式は。
 身内のほのぼのムードの中で、無事終わったのだった。

     ★★★★★

 そして、ぼくが十八歳になった日。
 三月三日に。
 予定通り、レオンハルト兄上とぼくの結婚式が執り行われましたよぉ。

 クリスタルが輝く謁見の間にて。
 魔王然とした、漆黒の礼装を身につける兄上と。
 銀の刺繍がふんだんになされた、結婚衣装で着飾った、ぼくは。 
 腕を組んでバージンロードを歩いていきます。
 もっちりのときは、兄上の腕にぶら下がっている光景しか思い浮かばなかったけれど。

 兄上と腕を組んでも、並んで歩けるくらいに身長が伸びて。本当に良かったっ!

 みなさん、とても喜んでくれて。
 ぼくと兄上は大勢の人たちにお祝いされて。
 盛大なお式と相成りました。

 指輪交換の儀では。
 いつも、ぼくは。兄上に両手を預けて、片手をペッて捨てられていました。
 だってぇ、どこの指にはめるか、わからないではないですかぁ?
 婚約のつもりで右手を差し出して。そんな重い気持ちはなかったですぅ、みたいに。違う指にはめられたら。恥ずかしいしぃ。
 だから、いつも。兄上に手を差し出されたら、両手を乗っけていたのですけど。

 でも。今回はちゃんと左手を差し出しました。

 今回は絶対に、結婚指輪で間違いないのですからねっ。
 なので、アクシデントはなく。兄上はぼくの左手薬指に、指輪をはめたのでした。
 すごくシンプルな。銀の輪っか。

 そうです、それでぇす!

 公で婚約したときは、すっごいお高そうな指輪を贈られて。
 兄上のお気持ちは、とても嬉しいのですがぁ。
 そんなの、普段からつけていられません。無理無理ィ。
 結局、宝石箱の中にずっと眠っていますもん。それって、もったいないよ。

 だから事前に、兄上に。宝石はいりませんとお願いしておいたのです。
 普段使い出来るやつが、欲しいのです。

「サリュは謙虚で、物欲がないからなぁ。いつも贈り物に悩んでしまうよ」
 なんて、兄上に言われてしまいましたが。

 そんなわけで、シンプルな結婚指輪になりました。
 だけどこれなら、仕事をしていても家事をしていても、いつでも兄上を身近に感じられます。
 ぼくはそれが嬉しいのです。えへへ。

 ということで、とても良いお式になったのでした。
 婚約破棄虎視眈々勢のみなさんも、ひとまずこれにて解散。ということになりまして。
 えぇ、それは良かったのですがぁ。

 新たに『離婚した魔王妃を慰める、その日を虎視眈々と待ち望む会』略して『コシタン改』なる、謎の組織が発足されまして。
 ひええぇぇぇえ? な、なんですか? それはっ。

「みなさん、悪ふざけしすぎですぅ」
 と。ぼくは笑顔で申しましたが。
 みなさん、にこりと、良い笑顔を浮かべるのですがぁ。
 目が笑っていないんですけどぉ?

 ひええぇぇぇえ? ガクブルガクブル。

 まぁ、そんなこともありましたが。時は平和に行き過ぎていきました。

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