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エピローグ ⑧ サリエルside ③
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新魔王とぼくのファーストダンスが終わると。
みなさまがフロアに出てきて、思い思いにダンスに興じる。
ぼくと兄上は、一度階段上に引き上げるが。
玉座に座る兄上や、その隣に腰かけるぼくに、御来賓の方々がお祝いの挨拶にやってくる。
にこにこ顔が引きつるほどにいっぱいの人に挨拶されて、ぼくは疲れてしまいました。ふぅ。
「レオンハルトお兄様、魔王御即位おめでとうございます。パンちゃんも、ご結婚の日取りが決まったこと大変おめでたいことでございます」
シュナイツにエスコートされてやってきたマリーベルが。楚々と挨拶をしてきた。
ベルフェレス公爵となったシュナイツの婚約者という立場に、マリーベルはすっかりとおさまってしまっている。
たぶん、もうコシタンは卒業でしょうね?
「兄上、ご結婚の前に。私たちはサリエル兄上とダンスをしたいのですが。お許しをいただけませんか?」
シュナイツの問いかけに。
レオンハルト兄上は、少し眉間を寄せたが。
「まぁ、いいだろう。一度くらいはコシタンにも飴をくれてやらなければな? ただし、ひとりひとダンス限りだぞ」
「そこは、もう少し魔王の度量の大きさをお示しくださいよ。まぁ、しかし。一度でも素敵な思い出になります」
シュナイツはそう言って。
まずは、レディーファーストだと。マリーベルにダンスの権利を譲った。
ぼくは立ち上がると、彼女の前に膝をついて。
彼女に手を差し伸べる。
「一曲、お相手願えますか?」
「喜んで」
オレンジ色のドレスを着たマリーベルは、ぼくの手を取ると、階段の下に軽やかに降りていくのだった。
そうして楽曲が変わったタイミングで、ふたりで踊り出す。
「ご挨拶がいっぱいで、大変だったので。ダンスに誘っていただいて良かったです」
踊りながら、ぼくはマリーベルに告げた。
今、彼女の手をホールドして踊っていますが。
なんと、彼女の頭がぼくの首元の位置にありますっ。
すっごくしっくりする、男女の、一般的に良い感じの配分ですよ?
なにが? って。背っ、背ですよっ!
ぼくが彼女をちょっと見下ろす感じです。ひぇぇぇぁぁあ! 大興奮っ。
なんだか、感動です。
これなら、マリーベルを自由に踊らせてあげられますからね?
「男性パートを踊るのは久しぶりです。ぼくをダンスに誘ってくれる女性は、昔からマリーベルだけでしたからね?」
一応? ぼくは男性体だから。
女性と踊るための男性パートもマスターしています。
けれど、この頃はもっぱら女性パートばかりを踊っていました。
今日のために、兄上と練習したり。あとは淑女教育で、ダンスの先生と踊ったりね。
「私はいつだって、パンちゃんと踊りたかったのですよ?」
「でもぽっちゃりのときは。ぼくの方が身長が低くて、サマになりませんでしたからねぇ」
苦笑して、言う。
だけどマリーベルは。少し目を潤ませて、言うのだ。
「身長なんて、どうでもよかったのに。私は、どんなパンちゃんでも。パンちゃんだから好きだったのですわ?」
ぼくは彼女の言葉に。胸にこみ上げるものを感じた。
彼女のぼくへの好意は、本物でした。
からかわれてムッキィィとなることも、しばしばでしたけど。
あぁ、ぼくを好きだと…そんなことを言ってくれる女性は。
今も昔も、君だけでしたね?
「ありがとう、マリーベル。コシタンを卒業しても。ぼくは君の、一番の親友だよ?」
「あら? コシタンをやめるなんて言っていませんわよ??」
優雅にクルクルしながらマリーベルは言うのだった。
はぁ? 今、そういう流れではなかったですかぁ?
「まだ三年は、婚約破棄虎視眈々勢だけど。パンちゃんが結婚したら、今度は離婚虎視眈々勢になるのかしらぁ? でもコシタンに変わりはありませんわよぉ? 大丈夫よ、パンちゃん。魔王が浮気をしたら、即刻離縁をなさい? 私が一生面倒を見ますからね? それからぁ…」
やはり鵜の目鷹の目で、マリーベルはぼくと兄上をコシタンするようです。
ひえぇぇええ??
って思っていたら。
マリーベルはキュッとぼくの手を握って。告げたのだ。
「もしも、とっても幸せなのなら。それが一番よ? 私はパンちゃんの笑顔が好きなの。御婦人方のトラブルなどがあったら、私に相談してね? パンちゃんのために、私、ベルフェレス公爵家の女主人の座につく決意をしたのですからね? 婦人会の筆頭として、これからも魔王妃になるパンちゃんを全力で支えていくわ?」
まだ十四歳とは思えない、力強い言葉に。
ぼくは胸がジンとした。
そうだよ? いつだってマリーベルは。ぼくの一番の味方、だったもんね?
「頼りにしているよ。これからもよろしくね? マリーベル」
そこで、ちょうど楽曲が変わり。
今度はシュナイツが手を差し伸べてきた。
ぼくは、続けて。彼とダンスを踊る。
「サリエル兄上。いえ、ぼくはドラベチカから外れたから。これからは、魔王妃サリエル様とお呼びしなければなりませんね?」
「サリエル兄上でいいですよぉ。まだ魔王妃ではありませんし」
男性パートから女性パートにダンスのステップを切り替えて、ぼくは彼のリードに身を任せる。
シュナイツはぼくがちょっと見上げるくらいの身長差だから。
バランスは、まぁ悪くないですよ?
「ではサリエル兄上。私は成人したら、マリーベルと結婚をしますけど。私たちはふたりとも、兄上をとっても、とっても、お慕いしていますから。魔王に無体をされたなら即、私の屋敷にお出でくださいね?」
「シュナイツはぼくがもっちりでなくても、まだコシタンを続ける気なの?」
結婚しても、コシタンを続ける気のようなシュナイツを。
ジト目で、見やります。
「もちろんですよ。サリエル兄上は、私の大切なアドラルを、大手術してよみがえらせてくれた命の恩人ではないですか? 容姿が変わっても。私のぬいぐるみを大事に扱ってくれた、あの兄上の心根は変わっていません。だから、私は。兄上をずっと愛し続けます」
アドラルは、シュナイツが幼少期に大事にしていた。ウサギのぬいぐるみ。
ディエンヌに傷つけられた、彼の腕を。
ぼくは大手術で治したのだった。
ふふ、懐かしいですねぇ。
子供の頃の思い出を大事にするシュナイツの気持ちは、嬉しいのですけれどぉ。
「でも、ぼくよりもマリーベルを大切にしてくださらないとぉ…」
そう、ぼくがつぶやくと。
シュナイツは力強くうなずいた。
「もちろん、マリーベルのことも私は愛していますよ? 彼女は同志で、親友で、利害の一致した悪友。サリエル兄上のお役に立つには、どう動くのが最善か。いつもふたりで話し合っているのです。でもその時間が、一番楽しいのですよ?」
「ぼくをダシにして愛情を育んでいるってこと? なら、まぁいいけど?」
愛情の在り方は、人それぞれだし。いろんな愛の形があるものだけど。
ぼくには、理解できないけど。
まぁ、ふたりがそれでいいのなら。それが一番だよね?
んんっ、よく、わからないけど。
すると、シュナイツは。ぼくの髪に刺さった小さな簪をひとつ取って。それにチュッてキスした。
「これ、戦利品にいただきます。社交界デビューの初ダンス記念に、ね?」
ああぁぁ、シュナイツのぼくコレクション、取られたぁ。
もう、まだ収集癖があったのですかぁ?
ぼくが困り顔をしていたら、楽曲が変わって。
エドガーが、手を差し伸べてきた。
彼はダンスより本を読んだ方が効率的っ。と言い捨てるような人だから。
ちょっと、びっくり。
「ぼくは、コシタン勢というほどではなくて。だから、円卓のご学友としては。あなたがなにかやらかすたびに、いつも出遅れて。何事も、最後になることが多かったけれど。ちゃんとサリエル様のことは、尊敬しておりましたよ?」
性格に見合った正確な三拍子に。
子供のとき、彼と踊った日のことを思い出す。
すごく晴れた日で、空が青かった。
「空が青かった、ですね?」
エドガーも、そう言った。
同時に、あの日のことを思い出していたみたいだね?
「教科書以外から学べるものもあると、あの日言われて。ぼくはその言葉をずっと教訓にしてきました。本に書かれていることだけがすべてじゃないと。あの青い空を思い出すたびに、戒めるのです」
青い空を見るたびに、エドガーがその日のことを思い出してくれたらいいなぁと。
ぼくはあの日。そう思ったのだ。
エドガーが、ぼくの言葉に共感してくれて。
その日の思い出を大事にしてくれていたのだと知ると。
嬉しくて。
なんだか目の奥が熱くなって、涙ぐみそうになった。
「サリエル様にお会いしなかったら。ぼくは頭でっかちで、堅物で、融通の利かない政務官になっていたことでしょう」
「まだまだ、これからだよ? 学園でいろいろ経験をして。卒業して。それから政務官になったら。ぼくや兄上の力になってくださいね? エドガーのことは、心配していないよ? すぐにぼくらのところに来てくれるって、知っているんだからね?」
微笑んで、彼にそう言うと。
エドガーは。ぼくの左手の甲にキスを落とした。
へぇぇぁああ? どした? エドガー。ツンは? ツンはぁぁ?
「当たり前でしょう? いつまでも、あなたやマルチェロ様に任せていたら。政務がワヤワヤのポヤポヤになるに、決まっています。ぼくが政務に携わるようになるまで、宰相にしっかりとお目付け役になってもらいますからねっ?」
ひええぇぇぇ、すみませぇん。
あれ、なんでぼく、怒られているの?
でも安定の、エドガーのツンです。なぜだかホッとします。
その次は、ファウストだった。
もう。これはコシタンのみなさん全員と踊るってことですね? わかりましたぁ。
ぼくは、ファウストと踊るのははじめてだった。
ぽっちゃりのときは、身長差がかなりあったし。
子供会の行事も、ファウストがいたときはそういうのがなかったからなぁ。
ファウストの差し出す手に、ぼくが手を乗せると。
彼は。フと、やんわり笑むのだった。
「サリーちゃんにはじめて会った日。一緒に遊ぶ? って。手を差し出してくださいましたね? 私は、あのとき。柔らかそうなサリーちゃんの手を、握りたかった」
それは子供会で、手つなぎ鬼をしていたときのことだね?
ぼくは彼を隠れ蓑にしてしまったのだ。
だってファウストは、あのときから大きかったから。隠れられそうって思っちゃったんだよねぇ?
「あぁ、プヨプヨで、気持ちが良さそうだから?」
あのときのぼくの手は、もっちりで、プヨプヨでしたぁ…と。ぼくも感慨深く思い出す。
「…それもありますが。あなたが木漏れ日のような温かい心根で、私を誘ってくれたことが。嬉しかったのです。あの日の、あなたの輝く笑顔を。忘れた日はない」
そうして。感激したように。
ファウストは、ぼくの手を握り込むのだった。
「手つなぎ鬼ではないけれど。サリーちゃんと手をつないでダンスをすれば。あの日に戻って。あなたが差し出した手をやっと握れたような。そんな気になります」
ファウストの言葉に、ぼくも、そうだねと思う。
子供の頃に帰ったような気持ちで。ぼくは、ファウストと踊り出した。
すると会場の女性陣から、感嘆のため息が漏れた。
子供の頃は、長い前髪で目元を隠していた、彼だけど。
今は、長い黒髪をビシリと結わえて。キリッとした目元があらわだ。
彼は正式に三大公爵になり、家格も申し分ない、独身男性だし。
漆黒の軍服を身にまとっていて、高身長の偉丈夫なので。
御令嬢たちの人気が高い。
仕事一筋。口数が少なく。女性に見向きもしない硬派なので。
逆に、そんなストイックなところが女性陣は魅力的に感じているみたいだ。
女性がダンスに誘っても、彼は職務を理由にして断るから。
つれない、けれど。
誰のものにもならない。そんな安心感もある。
しかし、そんなファウストが。ぼくと踊っているから、驚いちゃったのかもね?
「サリエル様。私が守護者になることをお口添えいただき、ありがとうございました」
「羽化したときに、お約束しましたから。そのときから、ぼくを守る者はファウストだと決めていましたよ?」
「私はあなたの騎士です。生涯、あなたの後ろで。あなたの笑顔をお守りします」
「だったらぁ、早く学園を卒業してきてください?」
にこりと笑いかけると。
ファウストは久しぶりに、はううぅぅぅっと発作を起こすのだった。
大丈夫? この頃鳴りを潜めていたから、油断していたよ。
「…精進します」
そうして、ファウストもぼくに笑いかけた。
すると会場の御令嬢たちが、ぎゃーあと阿鼻叫喚になったのだった。
え? ファウストの笑顔って、そんなに貴重なのですか?
「サリーちゃんとダンスができたことは。一生の思い出です。もう思い残すことはない…」
なにやら感動して、ファウストがつぶやくけど。
縁起でもないですぅ。
「もう相変わらず、ファウストは固いですねぇ。あと、生きてぇ!」
ぼくがワタワタしていると。またもや楽曲が変わって。
最後は、マルチェロです。
みなさまがフロアに出てきて、思い思いにダンスに興じる。
ぼくと兄上は、一度階段上に引き上げるが。
玉座に座る兄上や、その隣に腰かけるぼくに、御来賓の方々がお祝いの挨拶にやってくる。
にこにこ顔が引きつるほどにいっぱいの人に挨拶されて、ぼくは疲れてしまいました。ふぅ。
「レオンハルトお兄様、魔王御即位おめでとうございます。パンちゃんも、ご結婚の日取りが決まったこと大変おめでたいことでございます」
シュナイツにエスコートされてやってきたマリーベルが。楚々と挨拶をしてきた。
ベルフェレス公爵となったシュナイツの婚約者という立場に、マリーベルはすっかりとおさまってしまっている。
たぶん、もうコシタンは卒業でしょうね?
「兄上、ご結婚の前に。私たちはサリエル兄上とダンスをしたいのですが。お許しをいただけませんか?」
シュナイツの問いかけに。
レオンハルト兄上は、少し眉間を寄せたが。
「まぁ、いいだろう。一度くらいはコシタンにも飴をくれてやらなければな? ただし、ひとりひとダンス限りだぞ」
「そこは、もう少し魔王の度量の大きさをお示しくださいよ。まぁ、しかし。一度でも素敵な思い出になります」
シュナイツはそう言って。
まずは、レディーファーストだと。マリーベルにダンスの権利を譲った。
ぼくは立ち上がると、彼女の前に膝をついて。
彼女に手を差し伸べる。
「一曲、お相手願えますか?」
「喜んで」
オレンジ色のドレスを着たマリーベルは、ぼくの手を取ると、階段の下に軽やかに降りていくのだった。
そうして楽曲が変わったタイミングで、ふたりで踊り出す。
「ご挨拶がいっぱいで、大変だったので。ダンスに誘っていただいて良かったです」
踊りながら、ぼくはマリーベルに告げた。
今、彼女の手をホールドして踊っていますが。
なんと、彼女の頭がぼくの首元の位置にありますっ。
すっごくしっくりする、男女の、一般的に良い感じの配分ですよ?
なにが? って。背っ、背ですよっ!
ぼくが彼女をちょっと見下ろす感じです。ひぇぇぇぁぁあ! 大興奮っ。
なんだか、感動です。
これなら、マリーベルを自由に踊らせてあげられますからね?
「男性パートを踊るのは久しぶりです。ぼくをダンスに誘ってくれる女性は、昔からマリーベルだけでしたからね?」
一応? ぼくは男性体だから。
女性と踊るための男性パートもマスターしています。
けれど、この頃はもっぱら女性パートばかりを踊っていました。
今日のために、兄上と練習したり。あとは淑女教育で、ダンスの先生と踊ったりね。
「私はいつだって、パンちゃんと踊りたかったのですよ?」
「でもぽっちゃりのときは。ぼくの方が身長が低くて、サマになりませんでしたからねぇ」
苦笑して、言う。
だけどマリーベルは。少し目を潤ませて、言うのだ。
「身長なんて、どうでもよかったのに。私は、どんなパンちゃんでも。パンちゃんだから好きだったのですわ?」
ぼくは彼女の言葉に。胸にこみ上げるものを感じた。
彼女のぼくへの好意は、本物でした。
からかわれてムッキィィとなることも、しばしばでしたけど。
あぁ、ぼくを好きだと…そんなことを言ってくれる女性は。
今も昔も、君だけでしたね?
「ありがとう、マリーベル。コシタンを卒業しても。ぼくは君の、一番の親友だよ?」
「あら? コシタンをやめるなんて言っていませんわよ??」
優雅にクルクルしながらマリーベルは言うのだった。
はぁ? 今、そういう流れではなかったですかぁ?
「まだ三年は、婚約破棄虎視眈々勢だけど。パンちゃんが結婚したら、今度は離婚虎視眈々勢になるのかしらぁ? でもコシタンに変わりはありませんわよぉ? 大丈夫よ、パンちゃん。魔王が浮気をしたら、即刻離縁をなさい? 私が一生面倒を見ますからね? それからぁ…」
やはり鵜の目鷹の目で、マリーベルはぼくと兄上をコシタンするようです。
ひえぇぇええ??
って思っていたら。
マリーベルはキュッとぼくの手を握って。告げたのだ。
「もしも、とっても幸せなのなら。それが一番よ? 私はパンちゃんの笑顔が好きなの。御婦人方のトラブルなどがあったら、私に相談してね? パンちゃんのために、私、ベルフェレス公爵家の女主人の座につく決意をしたのですからね? 婦人会の筆頭として、これからも魔王妃になるパンちゃんを全力で支えていくわ?」
まだ十四歳とは思えない、力強い言葉に。
ぼくは胸がジンとした。
そうだよ? いつだってマリーベルは。ぼくの一番の味方、だったもんね?
「頼りにしているよ。これからもよろしくね? マリーベル」
そこで、ちょうど楽曲が変わり。
今度はシュナイツが手を差し伸べてきた。
ぼくは、続けて。彼とダンスを踊る。
「サリエル兄上。いえ、ぼくはドラベチカから外れたから。これからは、魔王妃サリエル様とお呼びしなければなりませんね?」
「サリエル兄上でいいですよぉ。まだ魔王妃ではありませんし」
男性パートから女性パートにダンスのステップを切り替えて、ぼくは彼のリードに身を任せる。
シュナイツはぼくがちょっと見上げるくらいの身長差だから。
バランスは、まぁ悪くないですよ?
「ではサリエル兄上。私は成人したら、マリーベルと結婚をしますけど。私たちはふたりとも、兄上をとっても、とっても、お慕いしていますから。魔王に無体をされたなら即、私の屋敷にお出でくださいね?」
「シュナイツはぼくがもっちりでなくても、まだコシタンを続ける気なの?」
結婚しても、コシタンを続ける気のようなシュナイツを。
ジト目で、見やります。
「もちろんですよ。サリエル兄上は、私の大切なアドラルを、大手術してよみがえらせてくれた命の恩人ではないですか? 容姿が変わっても。私のぬいぐるみを大事に扱ってくれた、あの兄上の心根は変わっていません。だから、私は。兄上をずっと愛し続けます」
アドラルは、シュナイツが幼少期に大事にしていた。ウサギのぬいぐるみ。
ディエンヌに傷つけられた、彼の腕を。
ぼくは大手術で治したのだった。
ふふ、懐かしいですねぇ。
子供の頃の思い出を大事にするシュナイツの気持ちは、嬉しいのですけれどぉ。
「でも、ぼくよりもマリーベルを大切にしてくださらないとぉ…」
そう、ぼくがつぶやくと。
シュナイツは力強くうなずいた。
「もちろん、マリーベルのことも私は愛していますよ? 彼女は同志で、親友で、利害の一致した悪友。サリエル兄上のお役に立つには、どう動くのが最善か。いつもふたりで話し合っているのです。でもその時間が、一番楽しいのですよ?」
「ぼくをダシにして愛情を育んでいるってこと? なら、まぁいいけど?」
愛情の在り方は、人それぞれだし。いろんな愛の形があるものだけど。
ぼくには、理解できないけど。
まぁ、ふたりがそれでいいのなら。それが一番だよね?
んんっ、よく、わからないけど。
すると、シュナイツは。ぼくの髪に刺さった小さな簪をひとつ取って。それにチュッてキスした。
「これ、戦利品にいただきます。社交界デビューの初ダンス記念に、ね?」
ああぁぁ、シュナイツのぼくコレクション、取られたぁ。
もう、まだ収集癖があったのですかぁ?
ぼくが困り顔をしていたら、楽曲が変わって。
エドガーが、手を差し伸べてきた。
彼はダンスより本を読んだ方が効率的っ。と言い捨てるような人だから。
ちょっと、びっくり。
「ぼくは、コシタン勢というほどではなくて。だから、円卓のご学友としては。あなたがなにかやらかすたびに、いつも出遅れて。何事も、最後になることが多かったけれど。ちゃんとサリエル様のことは、尊敬しておりましたよ?」
性格に見合った正確な三拍子に。
子供のとき、彼と踊った日のことを思い出す。
すごく晴れた日で、空が青かった。
「空が青かった、ですね?」
エドガーも、そう言った。
同時に、あの日のことを思い出していたみたいだね?
「教科書以外から学べるものもあると、あの日言われて。ぼくはその言葉をずっと教訓にしてきました。本に書かれていることだけがすべてじゃないと。あの青い空を思い出すたびに、戒めるのです」
青い空を見るたびに、エドガーがその日のことを思い出してくれたらいいなぁと。
ぼくはあの日。そう思ったのだ。
エドガーが、ぼくの言葉に共感してくれて。
その日の思い出を大事にしてくれていたのだと知ると。
嬉しくて。
なんだか目の奥が熱くなって、涙ぐみそうになった。
「サリエル様にお会いしなかったら。ぼくは頭でっかちで、堅物で、融通の利かない政務官になっていたことでしょう」
「まだまだ、これからだよ? 学園でいろいろ経験をして。卒業して。それから政務官になったら。ぼくや兄上の力になってくださいね? エドガーのことは、心配していないよ? すぐにぼくらのところに来てくれるって、知っているんだからね?」
微笑んで、彼にそう言うと。
エドガーは。ぼくの左手の甲にキスを落とした。
へぇぇぁああ? どした? エドガー。ツンは? ツンはぁぁ?
「当たり前でしょう? いつまでも、あなたやマルチェロ様に任せていたら。政務がワヤワヤのポヤポヤになるに、決まっています。ぼくが政務に携わるようになるまで、宰相にしっかりとお目付け役になってもらいますからねっ?」
ひええぇぇぇ、すみませぇん。
あれ、なんでぼく、怒られているの?
でも安定の、エドガーのツンです。なぜだかホッとします。
その次は、ファウストだった。
もう。これはコシタンのみなさん全員と踊るってことですね? わかりましたぁ。
ぼくは、ファウストと踊るのははじめてだった。
ぽっちゃりのときは、身長差がかなりあったし。
子供会の行事も、ファウストがいたときはそういうのがなかったからなぁ。
ファウストの差し出す手に、ぼくが手を乗せると。
彼は。フと、やんわり笑むのだった。
「サリーちゃんにはじめて会った日。一緒に遊ぶ? って。手を差し出してくださいましたね? 私は、あのとき。柔らかそうなサリーちゃんの手を、握りたかった」
それは子供会で、手つなぎ鬼をしていたときのことだね?
ぼくは彼を隠れ蓑にしてしまったのだ。
だってファウストは、あのときから大きかったから。隠れられそうって思っちゃったんだよねぇ?
「あぁ、プヨプヨで、気持ちが良さそうだから?」
あのときのぼくの手は、もっちりで、プヨプヨでしたぁ…と。ぼくも感慨深く思い出す。
「…それもありますが。あなたが木漏れ日のような温かい心根で、私を誘ってくれたことが。嬉しかったのです。あの日の、あなたの輝く笑顔を。忘れた日はない」
そうして。感激したように。
ファウストは、ぼくの手を握り込むのだった。
「手つなぎ鬼ではないけれど。サリーちゃんと手をつないでダンスをすれば。あの日に戻って。あなたが差し出した手をやっと握れたような。そんな気になります」
ファウストの言葉に、ぼくも、そうだねと思う。
子供の頃に帰ったような気持ちで。ぼくは、ファウストと踊り出した。
すると会場の女性陣から、感嘆のため息が漏れた。
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逆に、そんなストイックなところが女性陣は魅力的に感じているみたいだ。
女性がダンスに誘っても、彼は職務を理由にして断るから。
つれない、けれど。
誰のものにもならない。そんな安心感もある。
しかし、そんなファウストが。ぼくと踊っているから、驚いちゃったのかもね?
「サリエル様。私が守護者になることをお口添えいただき、ありがとうございました」
「羽化したときに、お約束しましたから。そのときから、ぼくを守る者はファウストだと決めていましたよ?」
「私はあなたの騎士です。生涯、あなたの後ろで。あなたの笑顔をお守りします」
「だったらぁ、早く学園を卒業してきてください?」
にこりと笑いかけると。
ファウストは久しぶりに、はううぅぅぅっと発作を起こすのだった。
大丈夫? この頃鳴りを潜めていたから、油断していたよ。
「…精進します」
そうして、ファウストもぼくに笑いかけた。
すると会場の御令嬢たちが、ぎゃーあと阿鼻叫喚になったのだった。
え? ファウストの笑顔って、そんなに貴重なのですか?
「サリーちゃんとダンスができたことは。一生の思い出です。もう思い残すことはない…」
なにやら感動して、ファウストがつぶやくけど。
縁起でもないですぅ。
「もう相変わらず、ファウストは固いですねぇ。あと、生きてぇ!」
ぼくがワタワタしていると。またもや楽曲が変わって。
最後は、マルチェロです。
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