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エピローグ ⑦ サリエルside ②
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◆エピローグ サリエルside ②
その後の、ぼくのお話をしましょう。
十四歳になったぼくは、その年、一年をかけて学園を卒業できる資格を得ました。
チートになったぼくは、魔法学科もクリアしたのですよぉ?
厳密に言うと、魔力の魔法ではないからズルかもしれないけどぉ。
でも、剣術は…駄目だったですぅ。
チートと言っても、ぼくの運動神経の悪さは筋金入りでした。
もっちり時代の…いえ、天使時代から、どんくさいのは変わらないみたいです。
そういえば、月につまずいてこの地に落とされたのだった。
あれは運動神経がなかったせいなのですね?
ダンスはモチィと背をそらして、軽やかに踊れるのにぃ。
とにもかくにも、座学はばっちりでしたので。
三年間の学園生活を満喫したあと、マルチェロとともに、いち早く卒業いたしました。
そして現在は。魔王城に出仕し、兄上の右腕として働いています。
念願の、兄上のお役に立てる地位でございますぅ。うっふっふ。
他のみなさんは、急がず慌てずで学園生活を謳歌するようですよ?
ファウストはぼくと一緒に卒業して、ずっとぼくの後ろについていたかったみたいなのだけど。
なんといっても、剣術に特化しているファウストは。
座学が、アレなのでね?
学園は、座学の方が単位が多いので。
ある程度単位をクリアしないと、卒業できないわけです。
普通に授業を受けていれば、出席日数でクリアはできますけど。
だから、ぼくなどは。
剣術がダメでも、他の単位を消化して。試験もいっぱい合格点を出したから、卒業できたわけですが。
ファウストは、剣術以外の単位をクリアできなかったというわけです。残念!
まぁ、ぼくとマルチェロは元々。
ディエンヌがいなければ、ロンディウヌス学園に入る必要はなかったくらいに。入学前に学業は修めていましたからね?
初期の人生プランに戻っただけなのですよ。
ぼくたちは、兄上の右腕になるという崇高な夢を持つ者同士でしたからね?
兄上の右腕を巡っての、同志であり、ライバルみたいな? カッコイイ!
そしてぼくは十五歳になり。
二十歳になった兄上が、魔王に即位する日がやってきました。
その日は、魔国中の民がこぞってお祝いをする特別な日で。
どこもかしこも、大賑わいです。
そんな中、魔王城の中にある一番大きな会場で。即位式は行われました。
三大公爵を従えた、前魔王である父上が。
兄上の頭に冠を乗せる、戴冠式。
黒色ながら、きらびやかに見える豪華な衣装を身にまとい。
襟元を黒いファーで縁取る、分厚い黒いマントをひるがえす兄上は。
もう、素敵です。
備考欄ではないけれど。もう、最高に格好良いっ! ってやつです。
語彙力崩壊レベルです。
引き結んだ唇。厳しい視線。アメジストの瞳は、高貴さを際立たせます。
威厳のある魔王の姿が、そこにあります。
ぼくはその光景を。壇上の端から見守っております。
瞬きするたびに、キラキラァと光の粒子が飛び散るかのように。ぼくのお目目に、兄上のきらびやかな姿が輝きます。ま、まぶしいっ。
ちなみに、ぼくの今日の装いですけど。
安定の、兄上とおそろいです。
ちょっとだけ違うのは。兄上はマントで。ぼくはポンチョ、というところ?
それも、いつもながらではございますが。でも。今回のポンチョはちょっと形が変わっています。
Aラインで、スリットがいっぱい入っていて。
腿の辺りまでの長さがある裾が、ひらひらしていてスカートのよう。
ダンスをしたら、すごく映えそう。
でも、おそろいと言っても。
威厳を醸す兄上と並んだら。どうしても、ぼくはチマッとしてしまいますね?
ぽっちゃりなチビ丸鶏は、卒業したはずなのに。
これは兄上が、美々しいゴージャスだから仕方がないのです。むぅ。
髪型は。エリンが頑張って、すっごく綺麗に結わえてくれました。
横の毛を細めのみつあみにして、何本も作って。ゆるやかに垂らしつつ。耳の近くで巻いて巻いて。
なんか、どうなっているのかよくわからないけど。
とにかく、まとめて結い上げます。
後ろ髪は、ぼくが、まっすぐになぁれのおまじないをしながらブラッシングして。腰の下まで垂らしております。
そして細かい宝石が数珠つなぎになっている髪飾りで、ヘアスタイルを固定。
なんか、でっかい簪みたいなものをズビシッと髪に刺して。完成っ。
エリン、渾身の出来栄えでございます。
ぼくのことは、ともかく。
今、壇上では。
冠を授けた父上が、兄上と握手をしているところです。
父上は、魔王の座を辞するのを嫌がるかなぁと思ったのだが。
「えぇ? 面倒なこと、全部レオンハルトがやってくれるんだろ? やるやる、魔王の座などくれてやる」
という、なんともあっさりな反応でございました。
つい四年程前に『未熟なおまえには、まだまだ、魔王の玉座は早い』などと兄上を叱っておりましたのに。
まぁ、その魔王即位を打診した頃の兄上は。
四本の御ツノが、しっかり定着して。
見た目も、魔力量も。父上を優に凌駕していたので。
父上も、他の三大公爵も、文句なしの全会一致の支持を得られたのだった。
というわけで二十歳になった兄上は、つつがなく魔王に即位したのでした。
兄上を補佐する三大公爵には。
ベルフェレス家の後継になった、シュナイツ・ベルフェレス。
ルーフェン家の、マルチェロ・ルーフェン。
バッキャス家の、ファウスト・バッキャス。
という前公爵の子息が、順当におさまった。
しかし、彼らは。
世が世なら、魔王になれたであろうと噂されているよ?
今代の三大公爵は、歴代と比べても甚大なる魔力量を誇る、最強の布陣だ。ともっぱら評判だ。
そうなんだ。みんな、とっても強くなったんだよぉ??
お粉のせいばかりではないと思うんだ。
彼らには、素晴らしいポテンシャルが元々備わっていたんだよね?
あとね。ラーディン兄上は、王弟の地位をキープしつつ。
魔王軍の長となり、魔王の守護者として兄上をお助けする役目に就くことになった。
魔王妃となるぼくの守護者には、ファウストがなる。
三大公爵の地位でありながら、守護者として従事するのは。前例のないことなのだが。
優秀な騎士を輩出する、バッキャスの新当主として。
魔王妃の守護者というのは、魔王の一番大切な者を守る最高の栄誉である。ということで。
ファウストの強い要望があり。そうなることになりました。
まぁ、学園を卒業したらの話ですけど。
それでそれで、肝心のぼくのことですが。
「サリエル、こちらへ」
手を差し伸べられ、ぼくは魔王の冠を乗せた兄上の横に立ち並ぶ。
壇上に立ったぼくの肩に、手を回し。
兄上は、この即位式の場で。
御来場のみなさまの前で、高らかに告げました。
「私の婚約者であるサリエル・ドラベチカだ。彼は養子であるが。そばで常に私の身を支え。献身的に尽くしてくれた大事な弟であり。大切な婚約者であった。義理とはいえ、兄弟であったことから、今まで秘匿されてきたが。ここで、ここにいる者、そして魔国の民にも大々的に宣言する。サリエルは私の婚約者である、と」
兄上は、秘匿とはいえ、全然隠していなかったから。
知っている人は知っていて。
だけど、知る人ぞ知る兄上との婚約が。
とうとう公にっ。白日の下にさらされましたぁ!!
みなさまが、あたたかい拍手を送ってくれます。
もっちりのままだったら。ここで、胸を張るつもりで腹が出たのでしょうが。
今は、兄上の横にソッと寄り添って。にこりと微笑みます。
あぁ、目がぱっちりって、最高ですね?
だけど、ひそやかに聞こえてくるのは。
もっちりじゃない、ぽっちゃりじゃない、ニワトリじゃない…という声。
うふふ、失礼ですねぇ?
でも晴れの日なので、怒ったりしませんよぉ? うふふ。
「そして三年後の三月三日。サリエルが十八歳の誕生日に、結婚式を執り行う。そのときはまた、みんなに盛大に祝ってもらいたい」
おおぉと。来客のみなさんが驚きと喜びの感嘆を漏らす。
つか、ええぇぇ? その話は、ぼくは初耳なのですけど?
驚いて兄上を見上げたら。
兄上は、こっそり言いました。
「一日も待てないからな?」
そうしてぼくの前に跪き。
右の薬指にはまる、金の指輪を抜き取って。
新たな指輪をはめた。
それはぼくの髪色と同じ、緋色のダイヤモンド。
つか、でかっ。重いぃぃ??
でもこれは。兄上の、新たなる婚約の証なのでしょうね?
謹んで、お受けしなければなりません。
えぇ…値段などは、考えてはいけませんよ、ぼくっ。
それに兄上のお気持ちは、ぼくも一緒です。
「はい。一日も、待てませんね?」
微笑んで告げたら。
兄上は立ち上がって。
み、み、みんなの前だというのに。
く、く、唇に、ちゅうぅぅしてきたぁぁ??
ひえぇぇ、は、恥ずかしいぃぃぃ。
だけど、嬉しい方が先に立って。
唇をついばむ兄上のキスがくすぐったいから。うふふ、と。なんだか笑ってしまいました。
もっちりのときは、美麗な兄上といちゃつく丸鶏、誰得? なんて思ったときもありましたが。
今はスレンダー美少年ですから。
たぶん、お目汚しにはならないでしょう。たぶん…。
そうして兄上は、魔王の玉座につき。
顔が真っ赤なままのぼくは。その隣に備えられた魔王妃の座についたのだった。
厳密には、ぼくはまだ魔王妃ではないけど。
兄上の仕事のお手伝いもしているので。実質、魔王を支える魔王妃でいいのですって。
玉座の両脇には、ラーディンとミケージャが立ち。
魔王妃の椅子の両脇には、ファウストと。
ぼくの従者兼侍女兼護衛の地位についた、アリスティアが並ぶ。
階段を一段降りた、左右に。
三大公爵となったシュナイツとマルチェロが。ぼくらを守るように立ち。
その下の段に。
宰相と、その補佐であるエドガー。
さらに兄上をお支えする、政務に携わる者たちがずらりと立ち並ぶ。
新たな魔王体制が。この日、みなさまの前で披露されました。
新、魔王と…まだ婚約者であるけど、魔王妃の周りに。
歴代最強と名高い三大公爵。
さらにそれに準じる、強大な魔力量を保持する者たちが集結しており。
魔国の安泰と盤石を感じさせる、そうそうたる顔ぶれに。
来客たちは、大きな拍手と賛辞を贈るのだった。
以前玉座に座ったときは、あまりの場違い感に、膝がしらをモジモジさせていましたが。
みなさまが本当にカッコいいので。
今日はぼくも、凛としなければなりませんねっ。キリリっ。
「サリュはへの字口のキリリより、にこにこの方が可愛いと思うぞ?」
ぼそりと隣の兄上に言われました。
なんですってぇ??
「ぼくはキリリで、イケてるボーイになったはずなのに…」
つぶやいたら。兄上が苦笑した。むぅ。
★★★★★
即位式のあとは、馬車に乗って王都の中をパレードします。
屋根を外したお披露目用の馬車だから、いわゆる素通しのやつです。
そこに兄上とぼくが座り、沿道のみなさまに手を振ります。
あ、兄上は。もう冠は取っているのです。
あれは、とても重いし。宝石もいっぱいついているのでね? いつまでも頭に乗ってけていられませんよぉ。
えぇ、儀式用のアイテムでございます。
出番が一瞬なのは、もったいないですけどね?
道の脇には、新しい魔王をひと目見ようと。たくさんの魔国民が集まっています。
みなさんのお祝いの気持ちが、ひしひしと伝わる大きな歓声。
花びらや紙吹雪もいっぱいなのですが。
なんとなく。もっちりじゃない。ぽっちゃりじゃない。という声が。ちらほら耳に入ります。
うふふ、失礼ですねぇ。会心の笑顔。
でも晴れの日ですから。ぼくはそのようなことでは、怒りませんよぉ?
きっと。魔王の婚約者はぽっちゃり。という噂が、街中に残っていたのでしょうね?
えぇ、ぽっちゃりは二年前に卒業しましたけど、なにか?
そして魔国民へのお披露目も済んで。魔王城に戻ってきました。
それからは、お祝いの舞踏会。
ファーストダンスは、兄上とぼくが踊るのですよぉ?
待ちに待った、みなさまの前で踊る兄上とのダンス。
幼い頃からこの日を夢見てきたのです。
「サリュ? 顔が怖いぞ? 固まって、変な顔になっている」
顔…ぼくは今、どのような顔をしているか、わかりませんっ。
「あぁ、どんどん顔面崩壊が進んで行く」
兄上に指摘され、ぼくは笑ってみたり、唇を引き結んでみたり。いろいろするが。
やればやるほど、変な顔になっていく自信がありますっ。
「いつものようにすればいいのだ。私と何度も練習しただろう?」
「そうなのですが。練習と本番は、違いますしぃ。緊張します」
ぼくは。気持ちを落ち着けるように、ほっぺを手で揉むのですが。
あの肉がないと。ぼくは気が静まりませんっ。
ほっぺ肉は、取り戻したいかもしれません。
「なにも恐れることなどない。サリュは淑女教育で、ダンスは満点で卒業したのだからな?」
それは、そうなのですがぁ。
兄上も、公の場で踊るのははじめてなのです。
その相手が、ぼくでいいのか。なんて今更なことが頭によぎります。
これは昔のぼくの、ネガネガな嫌な部分です。
そうしたら兄上が。ぼくのおでこにおでこをコツンとしてくれました。
「いつもの、のどかな笑顔で。私の愛し子」
あぁ、そうだ。
兄上が愛するのは、ぼくだけなのですね?
兄上が、今まで誰ともダンスをしなかったのも。
幼いぼくが社交界デューするのを待っていてくれたから。
だから兄上のお相手は、ぼくだけなのだ。
そう思ったら気持ちが軽くなって。足取りも軽くなった。
ダンスの先生が、軽やかなステップで妖精が踊っているようですよぉと褒めてくれた。
あのダンスを、兄上と踊るのだ。
みなさまが見守る中、ダンスフロアの真ん中で、兄上と笑顔でダンスした。
社交界デビューっっ、ですっ。
もっちりだった、ぼくは。
もしかしたら兄上に抱っこされながら踊らなければならないかもと思ったけれど。
羽化が社交界デビューの前に起きて、良かったです。
やっぱり兄上とダンスをするなら、今の手足の長いのがしっくりきますもんね?
大柄な兄上に、しっかりとホールドされれば。安心の安定感。
いくらでもクルクル回れそう。
ポンチョの裾が広がって、ドレスで踊っているみたいにも見えるね?
どんなに激しく踊っても、見上げる先には微笑む兄上のお顔があるから。
兄上は、しっかりとリードしてくれるから。
レオンハルトだけをみつめていれば、それでいいのだ。
その後の、ぼくのお話をしましょう。
十四歳になったぼくは、その年、一年をかけて学園を卒業できる資格を得ました。
チートになったぼくは、魔法学科もクリアしたのですよぉ?
厳密に言うと、魔力の魔法ではないからズルかもしれないけどぉ。
でも、剣術は…駄目だったですぅ。
チートと言っても、ぼくの運動神経の悪さは筋金入りでした。
もっちり時代の…いえ、天使時代から、どんくさいのは変わらないみたいです。
そういえば、月につまずいてこの地に落とされたのだった。
あれは運動神経がなかったせいなのですね?
ダンスはモチィと背をそらして、軽やかに踊れるのにぃ。
とにもかくにも、座学はばっちりでしたので。
三年間の学園生活を満喫したあと、マルチェロとともに、いち早く卒業いたしました。
そして現在は。魔王城に出仕し、兄上の右腕として働いています。
念願の、兄上のお役に立てる地位でございますぅ。うっふっふ。
他のみなさんは、急がず慌てずで学園生活を謳歌するようですよ?
ファウストはぼくと一緒に卒業して、ずっとぼくの後ろについていたかったみたいなのだけど。
なんといっても、剣術に特化しているファウストは。
座学が、アレなのでね?
学園は、座学の方が単位が多いので。
ある程度単位をクリアしないと、卒業できないわけです。
普通に授業を受けていれば、出席日数でクリアはできますけど。
だから、ぼくなどは。
剣術がダメでも、他の単位を消化して。試験もいっぱい合格点を出したから、卒業できたわけですが。
ファウストは、剣術以外の単位をクリアできなかったというわけです。残念!
まぁ、ぼくとマルチェロは元々。
ディエンヌがいなければ、ロンディウヌス学園に入る必要はなかったくらいに。入学前に学業は修めていましたからね?
初期の人生プランに戻っただけなのですよ。
ぼくたちは、兄上の右腕になるという崇高な夢を持つ者同士でしたからね?
兄上の右腕を巡っての、同志であり、ライバルみたいな? カッコイイ!
そしてぼくは十五歳になり。
二十歳になった兄上が、魔王に即位する日がやってきました。
その日は、魔国中の民がこぞってお祝いをする特別な日で。
どこもかしこも、大賑わいです。
そんな中、魔王城の中にある一番大きな会場で。即位式は行われました。
三大公爵を従えた、前魔王である父上が。
兄上の頭に冠を乗せる、戴冠式。
黒色ながら、きらびやかに見える豪華な衣装を身にまとい。
襟元を黒いファーで縁取る、分厚い黒いマントをひるがえす兄上は。
もう、素敵です。
備考欄ではないけれど。もう、最高に格好良いっ! ってやつです。
語彙力崩壊レベルです。
引き結んだ唇。厳しい視線。アメジストの瞳は、高貴さを際立たせます。
威厳のある魔王の姿が、そこにあります。
ぼくはその光景を。壇上の端から見守っております。
瞬きするたびに、キラキラァと光の粒子が飛び散るかのように。ぼくのお目目に、兄上のきらびやかな姿が輝きます。ま、まぶしいっ。
ちなみに、ぼくの今日の装いですけど。
安定の、兄上とおそろいです。
ちょっとだけ違うのは。兄上はマントで。ぼくはポンチョ、というところ?
それも、いつもながらではございますが。でも。今回のポンチョはちょっと形が変わっています。
Aラインで、スリットがいっぱい入っていて。
腿の辺りまでの長さがある裾が、ひらひらしていてスカートのよう。
ダンスをしたら、すごく映えそう。
でも、おそろいと言っても。
威厳を醸す兄上と並んだら。どうしても、ぼくはチマッとしてしまいますね?
ぽっちゃりなチビ丸鶏は、卒業したはずなのに。
これは兄上が、美々しいゴージャスだから仕方がないのです。むぅ。
髪型は。エリンが頑張って、すっごく綺麗に結わえてくれました。
横の毛を細めのみつあみにして、何本も作って。ゆるやかに垂らしつつ。耳の近くで巻いて巻いて。
なんか、どうなっているのかよくわからないけど。
とにかく、まとめて結い上げます。
後ろ髪は、ぼくが、まっすぐになぁれのおまじないをしながらブラッシングして。腰の下まで垂らしております。
そして細かい宝石が数珠つなぎになっている髪飾りで、ヘアスタイルを固定。
なんか、でっかい簪みたいなものをズビシッと髪に刺して。完成っ。
エリン、渾身の出来栄えでございます。
ぼくのことは、ともかく。
今、壇上では。
冠を授けた父上が、兄上と握手をしているところです。
父上は、魔王の座を辞するのを嫌がるかなぁと思ったのだが。
「えぇ? 面倒なこと、全部レオンハルトがやってくれるんだろ? やるやる、魔王の座などくれてやる」
という、なんともあっさりな反応でございました。
つい四年程前に『未熟なおまえには、まだまだ、魔王の玉座は早い』などと兄上を叱っておりましたのに。
まぁ、その魔王即位を打診した頃の兄上は。
四本の御ツノが、しっかり定着して。
見た目も、魔力量も。父上を優に凌駕していたので。
父上も、他の三大公爵も、文句なしの全会一致の支持を得られたのだった。
というわけで二十歳になった兄上は、つつがなく魔王に即位したのでした。
兄上を補佐する三大公爵には。
ベルフェレス家の後継になった、シュナイツ・ベルフェレス。
ルーフェン家の、マルチェロ・ルーフェン。
バッキャス家の、ファウスト・バッキャス。
という前公爵の子息が、順当におさまった。
しかし、彼らは。
世が世なら、魔王になれたであろうと噂されているよ?
今代の三大公爵は、歴代と比べても甚大なる魔力量を誇る、最強の布陣だ。ともっぱら評判だ。
そうなんだ。みんな、とっても強くなったんだよぉ??
お粉のせいばかりではないと思うんだ。
彼らには、素晴らしいポテンシャルが元々備わっていたんだよね?
あとね。ラーディン兄上は、王弟の地位をキープしつつ。
魔王軍の長となり、魔王の守護者として兄上をお助けする役目に就くことになった。
魔王妃となるぼくの守護者には、ファウストがなる。
三大公爵の地位でありながら、守護者として従事するのは。前例のないことなのだが。
優秀な騎士を輩出する、バッキャスの新当主として。
魔王妃の守護者というのは、魔王の一番大切な者を守る最高の栄誉である。ということで。
ファウストの強い要望があり。そうなることになりました。
まぁ、学園を卒業したらの話ですけど。
それでそれで、肝心のぼくのことですが。
「サリエル、こちらへ」
手を差し伸べられ、ぼくは魔王の冠を乗せた兄上の横に立ち並ぶ。
壇上に立ったぼくの肩に、手を回し。
兄上は、この即位式の場で。
御来場のみなさまの前で、高らかに告げました。
「私の婚約者であるサリエル・ドラベチカだ。彼は養子であるが。そばで常に私の身を支え。献身的に尽くしてくれた大事な弟であり。大切な婚約者であった。義理とはいえ、兄弟であったことから、今まで秘匿されてきたが。ここで、ここにいる者、そして魔国の民にも大々的に宣言する。サリエルは私の婚約者である、と」
兄上は、秘匿とはいえ、全然隠していなかったから。
知っている人は知っていて。
だけど、知る人ぞ知る兄上との婚約が。
とうとう公にっ。白日の下にさらされましたぁ!!
みなさまが、あたたかい拍手を送ってくれます。
もっちりのままだったら。ここで、胸を張るつもりで腹が出たのでしょうが。
今は、兄上の横にソッと寄り添って。にこりと微笑みます。
あぁ、目がぱっちりって、最高ですね?
だけど、ひそやかに聞こえてくるのは。
もっちりじゃない、ぽっちゃりじゃない、ニワトリじゃない…という声。
うふふ、失礼ですねぇ?
でも晴れの日なので、怒ったりしませんよぉ? うふふ。
「そして三年後の三月三日。サリエルが十八歳の誕生日に、結婚式を執り行う。そのときはまた、みんなに盛大に祝ってもらいたい」
おおぉと。来客のみなさんが驚きと喜びの感嘆を漏らす。
つか、ええぇぇ? その話は、ぼくは初耳なのですけど?
驚いて兄上を見上げたら。
兄上は、こっそり言いました。
「一日も待てないからな?」
そうしてぼくの前に跪き。
右の薬指にはまる、金の指輪を抜き取って。
新たな指輪をはめた。
それはぼくの髪色と同じ、緋色のダイヤモンド。
つか、でかっ。重いぃぃ??
でもこれは。兄上の、新たなる婚約の証なのでしょうね?
謹んで、お受けしなければなりません。
えぇ…値段などは、考えてはいけませんよ、ぼくっ。
それに兄上のお気持ちは、ぼくも一緒です。
「はい。一日も、待てませんね?」
微笑んで告げたら。
兄上は立ち上がって。
み、み、みんなの前だというのに。
く、く、唇に、ちゅうぅぅしてきたぁぁ??
ひえぇぇ、は、恥ずかしいぃぃぃ。
だけど、嬉しい方が先に立って。
唇をついばむ兄上のキスがくすぐったいから。うふふ、と。なんだか笑ってしまいました。
もっちりのときは、美麗な兄上といちゃつく丸鶏、誰得? なんて思ったときもありましたが。
今はスレンダー美少年ですから。
たぶん、お目汚しにはならないでしょう。たぶん…。
そうして兄上は、魔王の玉座につき。
顔が真っ赤なままのぼくは。その隣に備えられた魔王妃の座についたのだった。
厳密には、ぼくはまだ魔王妃ではないけど。
兄上の仕事のお手伝いもしているので。実質、魔王を支える魔王妃でいいのですって。
玉座の両脇には、ラーディンとミケージャが立ち。
魔王妃の椅子の両脇には、ファウストと。
ぼくの従者兼侍女兼護衛の地位についた、アリスティアが並ぶ。
階段を一段降りた、左右に。
三大公爵となったシュナイツとマルチェロが。ぼくらを守るように立ち。
その下の段に。
宰相と、その補佐であるエドガー。
さらに兄上をお支えする、政務に携わる者たちがずらりと立ち並ぶ。
新たな魔王体制が。この日、みなさまの前で披露されました。
新、魔王と…まだ婚約者であるけど、魔王妃の周りに。
歴代最強と名高い三大公爵。
さらにそれに準じる、強大な魔力量を保持する者たちが集結しており。
魔国の安泰と盤石を感じさせる、そうそうたる顔ぶれに。
来客たちは、大きな拍手と賛辞を贈るのだった。
以前玉座に座ったときは、あまりの場違い感に、膝がしらをモジモジさせていましたが。
みなさまが本当にカッコいいので。
今日はぼくも、凛としなければなりませんねっ。キリリっ。
「サリュはへの字口のキリリより、にこにこの方が可愛いと思うぞ?」
ぼそりと隣の兄上に言われました。
なんですってぇ??
「ぼくはキリリで、イケてるボーイになったはずなのに…」
つぶやいたら。兄上が苦笑した。むぅ。
★★★★★
即位式のあとは、馬車に乗って王都の中をパレードします。
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そこに兄上とぼくが座り、沿道のみなさまに手を振ります。
あ、兄上は。もう冠は取っているのです。
あれは、とても重いし。宝石もいっぱいついているのでね? いつまでも頭に乗ってけていられませんよぉ。
えぇ、儀式用のアイテムでございます。
出番が一瞬なのは、もったいないですけどね?
道の脇には、新しい魔王をひと目見ようと。たくさんの魔国民が集まっています。
みなさんのお祝いの気持ちが、ひしひしと伝わる大きな歓声。
花びらや紙吹雪もいっぱいなのですが。
なんとなく。もっちりじゃない。ぽっちゃりじゃない。という声が。ちらほら耳に入ります。
うふふ、失礼ですねぇ。会心の笑顔。
でも晴れの日ですから。ぼくはそのようなことでは、怒りませんよぉ?
きっと。魔王の婚約者はぽっちゃり。という噂が、街中に残っていたのでしょうね?
えぇ、ぽっちゃりは二年前に卒業しましたけど、なにか?
そして魔国民へのお披露目も済んで。魔王城に戻ってきました。
それからは、お祝いの舞踏会。
ファーストダンスは、兄上とぼくが踊るのですよぉ?
待ちに待った、みなさまの前で踊る兄上とのダンス。
幼い頃からこの日を夢見てきたのです。
「サリュ? 顔が怖いぞ? 固まって、変な顔になっている」
顔…ぼくは今、どのような顔をしているか、わかりませんっ。
「あぁ、どんどん顔面崩壊が進んで行く」
兄上に指摘され、ぼくは笑ってみたり、唇を引き結んでみたり。いろいろするが。
やればやるほど、変な顔になっていく自信がありますっ。
「いつものようにすればいいのだ。私と何度も練習しただろう?」
「そうなのですが。練習と本番は、違いますしぃ。緊張します」
ぼくは。気持ちを落ち着けるように、ほっぺを手で揉むのですが。
あの肉がないと。ぼくは気が静まりませんっ。
ほっぺ肉は、取り戻したいかもしれません。
「なにも恐れることなどない。サリュは淑女教育で、ダンスは満点で卒業したのだからな?」
それは、そうなのですがぁ。
兄上も、公の場で踊るのははじめてなのです。
その相手が、ぼくでいいのか。なんて今更なことが頭によぎります。
これは昔のぼくの、ネガネガな嫌な部分です。
そうしたら兄上が。ぼくのおでこにおでこをコツンとしてくれました。
「いつもの、のどかな笑顔で。私の愛し子」
あぁ、そうだ。
兄上が愛するのは、ぼくだけなのですね?
兄上が、今まで誰ともダンスをしなかったのも。
幼いぼくが社交界デューするのを待っていてくれたから。
だから兄上のお相手は、ぼくだけなのだ。
そう思ったら気持ちが軽くなって。足取りも軽くなった。
ダンスの先生が、軽やかなステップで妖精が踊っているようですよぉと褒めてくれた。
あのダンスを、兄上と踊るのだ。
みなさまが見守る中、ダンスフロアの真ん中で、兄上と笑顔でダンスした。
社交界デビューっっ、ですっ。
もっちりだった、ぼくは。
もしかしたら兄上に抱っこされながら踊らなければならないかもと思ったけれど。
羽化が社交界デビューの前に起きて、良かったです。
やっぱり兄上とダンスをするなら、今の手足の長いのがしっくりきますもんね?
大柄な兄上に、しっかりとホールドされれば。安心の安定感。
いくらでもクルクル回れそう。
ポンチョの裾が広がって、ドレスで踊っているみたいにも見えるね?
どんなに激しく踊っても、見上げる先には微笑む兄上のお顔があるから。
兄上は、しっかりとリードしてくれるから。
レオンハルトだけをみつめていれば、それでいいのだ。
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心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。



【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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