魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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エピローグ ⑥ レオンハルトside ②

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 スズメガズスらしき、茶色くて丸い刺繍がなされたハンカチを。
 私はサッと懐にしまう。
「ありがとう、サリュ。手作りのものをプレゼントされたのは、はじめてだから。とても嬉しいよ?」
 感謝を述べると。
 サリュは、頬をじんわりと染めて。にこりとする。
 あの、春の太陽のような麗らかな微笑みは、健在だ。

「そうだ。指輪のサイズ直しが出来たよ」
 私は、手を上向きに出すが。
 サリュはまた、以前のように両手を乗せてきたので。
 左手を、ペッとどかして。右の薬指にそれをはめた。

 金の、幅広な指輪だ。細くなった指にぴったりはまる。
 この指輪は、サリュが七歳のときに、婚約の証に贈ったのだが。
 十三歳になるまで、サイズ直しは何回も行っている。

 サイズダウンは、はじめてだが。

 当時サリュは、お子様で。遊びも激しいし。いずれ学園に通うようにもなるだろう、と思って。
 宝石をつけない、目立たない、邪魔にならない、つけてるのを忘れるくらいのデザインにしたのだ。
 しかし、本当の婚約のお披露目のときには。
 豪勢な宝石がついた、指輪を用意しようと思っている。
 きらびやかな天使のサリュの輝きを、さらに際立たせるような宝石を探しているところだ。

「サリュ? これからのことだけど。お茶会のときに、魔王の即位を一年後くらいにしようと言っていただろう?」
 指輪をはめた手の甲をぺんぺんと叩きながら、私は話を進める。

「だが。キリが良く、公爵候補の者が十全に魔力を引き上げるのを見計らい。私が二十歳のときを目途に行おうと思い直したのだ。そのときにサリエルとの婚約も、皆にも、民にも、大々的に発表するつもりだ。少し早いが、そのときにサリエルの社交界デビューも行う」

 そう告げたら、サリエルの赤い瞳がキラキラァと輝いた。
「ぼくの社交界デビュー、ですか? 十五歳でもいいのですか?」
「あぁ。そのときまでに、学園も飛び級で卒業してもらい。マルチェロとともに、サリュにも私の右腕として働いてもらうよ? 魔王城に出仕していれば、年齢が若くとも、人脈を広げる名目で社交界デューはできるからな?」

 まぁ、正式な手順ではないが。
 私は夜会に、今現在あまり出ていない。
 忙しいというのもあるが。パートナーなしで夜会に出たくないという理由の方が、大きい。
 それを知る者は、サリエルのデビューを待ち望んでいる。
 なので次期魔王を己の夜会に招待したい、貴族連中からは。反対意見は出ないだろう。

「うわぁ。ぼくは、ずっと兄上のお役に立ちたいって、そういう夢を持ってまいりました。ようやくそのときが来たのですねぇ?」

 だが、サリエルは。社交界デビューよりも、私の右腕になることの方が魅力的なようだ。

「もうちょっと先だがな? あと一年は学園生活を楽しむといいよ、サリュ」
「来年は忙しくなりそうですね? 卒業へ向けて、単位を消化していかなければっ。あっ、兄上とダンスをするのにダイエット…は、もういいんだった」
 サリュは自分の体を見下ろして、言う。
 まだ、もっちり気分が抜けていないときがあるな?

「今度は、もっちりに戻らないように気をつけなくてはなりませんね? そういえば兄上はいつから、ぼくが天使だと知っていたのですか? 前に、ぼくのもっちりはシューーッってなるよと、言っていましたが。ぼくがこのような体になることも、御存じだったのですか?」

 サリエルは、いまだ自分の体の変化を不思議に思っているようだ。
 原理は、わかっていても。
 気持ちが、ついていっていない感じかな?

「ぽっちゃりは、イモムシ状態なのだと思っていたよ」
「イモムシ、ですかぁ?」
 サリュはそう言ったら怒るだろうと思っていたけど。
 案の定、眉間をムニュムニュさせる、微妙な顔つきになった。
 わかりやすいね?

「イモムシは、サナギになる前に体に栄養を蓄えるだろう? そのような状態のことだよ」
 サリュは、ふーんとうなずきながらも。
 やはり不満そうな顔つきで、私の話を聞いた。
 そんなに嫌かい? イモムシは。

「サリュは覚えていないだろうが。四歳のときに、サリュのいにしえの記憶のような者から、啓示を受け取った。そこから、創世神である大天使サリエルの再来なのだろうと、推測していたのだ。だから努力をしても、ぽっちゃりのままなのは。神気を蓄えている最中なのだろうと。ならば無理にやせることはないのだろうと、考えていたのだ」

「早く言ってくださいませぇ。ぼくはなにをしてもやせないから。社交界デビューのときまでに、兄上とダンスをするにはどうしたらよいのかと。とても悩んだのですからね?」
 サリュは、口をへの字にして言うけれど。
 怒っていても可愛いから、困る。

「そうなのかい? 私はいざとなったら。私が抱っこしながらダンスしても良かったのだけどね?」
 ふふ、と笑いながら。私はそうなっていたときの想像をする。
 私の腕にしがみついてグルグル回される、もっちりなサリュ。
 遠心力で、短い足が外側に伸びて、ブーンとなるサリュ。
 はい、可愛い。

「…だけど。それよりもなによりも。私はサリュを普通の子供として育てたかったのだ」

 謙虚なサリュは、己が天使と知っても、おごることはなかったとは思うけれど。
 どちらかというと、魔族ではないことに悲しんだり。
 性質の違う自分が、この場にいてもいいのかと悩んだり。しそうではないか?
 そのような些末なことに苦しんでほしくなかったし。
 サリュは魔族の子として。
 私の家族として。
 愛されて、すこやかに育って欲しかった。

 そのような気持ちでサリュをみつめると。
 私の眼差しを受けて。サリュは、のぼせているみたいにうつろな瞳で、ぽやーんと私をみつめ返すのだった。

「もう、もう、兄上は。魅惑の流し目でぼくをドキドキさせるのですからぁ」
「そのようなつもりはないが。ふふ、でも。子供のサリュに。おまえは天使だから、いつか羽化する。なんて言っても。信じられなかっただろう? はぁ? 兄上、御冗談をぉ…って言っただろう?」

 ちょっと睨んで。額を額にコツンとぶつけて、追い詰めると。
 サリュもオロオロした。

「うぅ、それはそうだと思いますけどぉ。でも、でも。結果的に、兄上のおかげで神気を蓄えられ、羽化にも成功したので。ま、いいでしょう。この身長なら兄上とダンスも踊れますしぃ。兄上の御子も産めますしね? たぶん」
 そう言って、照れ照れ、頬を染め。
 もじもじと、抱えたぬいぐるみをこねくり回す。
 ふふ。可愛い仕草が微笑ましいな。
 サリュは美人になったけれど。基本、可愛いところに変わりなしだね?

「だけど、兄上。お茶会のとき、ぼくは。ラーディン兄上に。勇者が敵になったらポイします、なんて言いましたが。この地上で、ぼくはこの力をなるべく行使したくないのです。ぼくは万能すぎて。思うままに力を使ったら、この世界のことわりを乱してしまう恐れがあります。もしも兄上が、不当に脅かされたりすれば。この力を使ってでも、ぼくは兄上をお守りするでしょう。御子をもうけることも、自然の摂理ですので、問題はないと思います。でも。たとえば寿命を引き延ばすとか。そういう、天命に逆らうことは…」

 少し、眉をしかめた、苦しげな表情で言う。サリュの唇を。
 私は人差し指で、おさえて止めた。
 サリュに、つらい言葉は言わせない。

「サリュ。私は、サリュが天使だから好きになったわけではないんだ。サリュの特別な力が欲しくて、プロポーズしたわけでもない」
 そして、私は。サリエルへの想いを打ち明けた。

「私は、次期魔王として生まれ。その魔力量の多さに、誰もが私を恐れ、崇め、敬う。それは子供のときから、ずっとだった。だが、そんな私をサリュだけが恐れもせず。崇めることもなく。必要以上に敬うこともなかった。サリュの前でだけ、私はただのレオンハルトとして振舞うことができるのだ」

 それが、私にとってどれだけ重要なことだったか。
 誰もそばに寄れず。ひとり、孤独で。
 そのような日々が続いたのなら。
 私は、この世界の破壊を望んだかもしれない。
 でもサリエルがいたから、そうはならなかった。

「だから、サリュにそばにいてもらいたいのだよ? 創世神として覚醒したサリュも。これからは、崇められる存在になってしまうかもしれないが。ありのままの私と。ありのままのサリュが。自然体で、ともにれたら。それが私たちの幸せだと思うのだが。どうだ?」
「はい。そのように思います」

 サリエルは、とても聡明な凛とした目の色で。しっかりとうなずいた。
 力の強い者は、それゆえに孤独になりがちだけど。
 ふたりでいれば、つらくもさみしくもない。

「天命に逆らうことはない。なぜなら、サリュは。私の魂の輪廻りんねにまでも付き合ってくれるみたいだからな? すべて、サリュの判断に任せる。それがすなわち、天命なのだ」
「兄上ぇ…」

 涙ぐむ、サリュ。
 私を見殺しにするような気分になっているのだろうか?
 そうではないのに。
 私は充分に。サリュから…充分すぎるくらいの恩恵を、すでにもらっているのだ。
 そう。あの日、サリュに出会えたこと。
 それこそが。私の、最大の幸運である。

 だから、泣かないで。
 死が、ふたりを分かつときも。
 また会いましょうと言ってくれたら。それでいい。

 どちらにしても、それは何百年も先の話になるけれどな?
 魔族の寿命は、およそ三百年ほどもある。

「愛している、サリエル。私の愛し子」
 サリエルの指輪のはまった右の薬指に。私はおごそかにくちづけを落とす。

 愛に満ちた、長い長い旅路は。今、はじまったばかりだ。

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