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エピローグ ④ マルチェロside
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◆エピローグ マルチェロside
サリエルが羽化した場面を、私はこの目で見た。
それは本当に、神秘的な光景だった。
邪眼の影響で、みんなが指一本動かせない中で。サリエルは背中から、ゆっくりと羽を広げた。
本当に、サナギから蝶が生まれ出でる瞬間のようだったのだ。
その羽は極彩色に輝いて。細めの楕円形だったから。
妖精になるのかと思った。
だけど。
サリエルだったものから出てきたのは。
なんとも表現しようもないが。
美しく、まばゆく、透き通る、はかなげな。少女のような、少年のような。
この世のものではないような。
そんな、優美な人だった。
彼は金色に輝く粒子を体にまとわせて。
白い肌も赤い髪も、神々しく光らせた。
だけど、それは。
その美しすぎる生物は。
紛うことなきサリエルだった。
アリスとののんきな会話がそれを物語っていた。
邪眼を解かれて、体が動くようになったら。
レオンハルトをはじめ、みんながサリエルのそばに駆けつけたが。
私は近くで見ても。
その美少年がサリエルとは思えなくて。
本当に、放心するように。ただただサリエルに見惚れたのだ。
完全に。二度目の恋に落ちた。
見た目が麗しい者は、魔国の中にはいっぱいいる。
魔国では、魔力量の多さ、ツノの大きさ、容姿の美しさが奨励される。
だから美を誇る者も多く。
私は魔力量が多いので、そういう美に特化した者が集まってきやすい。
ゆえに、大抵の美女も美男も、見慣れていたし。
サリエルに会って、人の優秀さや心の美しさは容姿の美醜とは無関係で。
もっちりでも。私は充分にサリエルの人間性に魅かれて、恋をしたが。
それで美しくなっちゃうのは、反則です。
もう、欠点がまるでなくなってしまって。
好きになる要素しかないではないか。反則だっ。
羽化したサリエルは、触れるのをためらうほどの神秘性があり。
顔立ちは、瞳が大きくて真ん丸で。
瞳の中にひまわりが咲いていて。
白い肌にスッと通った鼻梁、控えめな小さい口。
そのすべてが、可愛らしいとか、愛らしいとか、いじらしいとか、いたいけとか。そのような、どちらかと言うと守りたいと思わせる系の容貌だった。
ディエンヌのような、ギラギラしいきらびやかな妖艶さでもなく。
アリスティアのような、シャープで端正、凛とした美麗でもなく。
サリエルは、タンポポのような柔らかい空気が心地よい可憐さなのだ。
とにかく、一言。めちゃくちゃ可愛い。
まぁそのあとも、いろいろあったが。
不快な事柄の件を差し挟むとすると。
なんの悪気もなく嘘を吐けるあの娘が。私を慕っていたと言ったのは。
おそらく、本当だろう。
ディエンヌに深くかかわる前に、私はサリエルと仲良くなって。
サリエルを目の敵にする、あの娘が。最初から嫌いだったけれど。
婚約者となって、顔合わせのお茶会をはじめてしたとき。
あの娘は、あまり言葉を紡げなかった。
私の質問に対する、答えとか。そのぐらいか。
意識していたのだろうと思う。
私への恋心が、サリエルを敵視するその抑止になれば良かったのだが。
それでも、私の友であり、彼女の実の兄であるサリエルへの攻撃をやめないから。
やはり、私はあの娘を好きにはなれなかった。
さらには姉を害されたことで、もう決定的になってしまったが。
彼女が私に刃を向けたことは、魔獣狩りまではなかったように思う。
私は、姉やサリエルの件で、あの娘に一矢報いたくてたまらなかったが。
生気を吸えなくなる魔道具を作成していたときは、心躍ったが。
いざ、彼女に復讐を実行すると。
とにかく、むなしいと思った。
私の意に沿わないことを、あれほどやらかした娘であるのに。そんな風に思うのは。
サリーに感化されて、私の魂も少し清らかになっているのかもね?
あの娘は、純粋な悪だった。
なぜ人に悪意を持ってはいけないのか。
なぜ人を殺してはいけないのか。
おそらく本当にわからなかったのだろう。
残忍であると評判の、公爵の者であり。暗殺スキルも身につけている私なので。
人を殺したことがない、などという綺麗ごとは言えない。
だから。なぜ人を殺してはいけないのか? 私は、その答えを知らないが。
私には、害されたくない大切なものがあって。
他の誰かにも、害されたくないものがある。
だから、なるべく殺生はしない。その程度の認識である。
あとサリーに『マルチェロぉ、殺さないでぇ…』と言われるのが。
単純に、弱いね?
私の心情は…そのような感じなのだが。
彼女の場合。
自分が嫌なら。
それを排除する。
それが彼女の正義だった。
彼女は心底、それが正しいのだと思っていたから。
だから、私に。
何度も、なんで? どうして? と繰り返したのだろう。
しかし彼女の排除の対象が、私の大事な者たちだったから。
彼女の正義を私は許せなかった。ということなのだ。
★★★★★
不快な話はここら辺にして。
本筋に戻るけれど。
サリエルは急に大きくなってしまった。
身長は、150センチもなかったかと思うのだが。
今は私よりちょっと小さいくらい。
うーん。170あるかないか、くらいかな?
そして、念願のオヤセになった。
しかしそのせいで。下着からなにから、すべてサリエルが着られるものがなくなってしまったのだ。
レオンハルトの屋敷には。サリエルの衣装の他は、200センチ越えの、大柄なレオンハルトの衣装しかない。
というわけで。私の出番だね? ほくほく。
私は乗ってきた馬車の御者に、大急ぎで、私が袖を通していない新品の私サイズの衣装を、全部持ってこーいと指示した。
ちなみに。
私が魔王城に駆けつけたのは。エリンに救援を乞われたからだ。
オオカミの特性を出して、全速力で走ってきた彼女は。
帰宅途中だった私が乗る馬車に追いついて、私を止めた。
本来は、いちメイドが公爵家の馬車を止めるなど。不敬も甚だしいのだが。
彼女は手打ちにされても構わないと思うほどに、必死だったのだ。
事情を聞くと。
レオンハルトの留守中に、サリーが魔王に呼ばれてしまった。けれど、なにやら妙な気配があり。
しかし自分の身分では、サリーについていけない…。とのことで。
それで私は魔王城へ向かった。
エリンはファウストにも助けを求めると言って、行ってしまった。
しかし魔王城へ向かう途中、サリーの安否を知らせる赤い宝石の指輪が光ったので。
一刻の猶予もならないと判断した私は。
馬車から飛び降り、翼を出して彼の元に駆けつけた…という経緯がある。
たぶん、ファウストも。同じ感じだと思う。
エリンはお手柄だったよ? いや、グッジョブです。
おかげでサリーの羽化に私は立ち会うことができたのだ。
エリンに最高の贈り物をプレゼントしたい気分だった。
それはともかく。
そんなわけで、魔王城に公爵家の馬車が到着していたので。衣装の件を頼んだわけだ。
しばらくして、御者は馬車に詰めるだけ衣装を詰めて持ってきた。
私は公爵子息なのでね? 予備の衣装とか。作ったけれど着ていない衣装とか。山のようにあるのだよ。
それで、それを。レオンハルトの屋敷にお届けしたよ?
あ、学園の制服もあるね?
これなら学園にも、すぐに行けるね?
レオンハルトは、サリーの衣装は自分で全部用意したかったみたいで。
眉間に、深い、深い、シワを刻んだが。
仕方がないよね? 私が一番、サリーの体形に近かったのだしぃ?
サリーに一晩、なにも着せずに風邪をひかせるつもりぃ? ふっふーん。
というわけで。羽化直後から二日ほどは、サリーは私が手配した衣装を身につけていた、というわけだ。
ふふふ、優越感だぁ。
レオンハルト、悔しかったらとっとと素敵な衣装を仕立てることだなぁ!!
しかし。それから一週間後。
サリーの衣装は。もう、全部レオンハルトがそろえた衣装に切り替わっているようだった。
クッソぅ、独占欲が強すぎだろう? 他人の贈り物を身につけさせない気だな?
狭量な次期魔王め。
そんなこともありながら。
今、私たちは。街中にいる。
ディエンヌの脅威がなくなり、サリーの厳戒態勢も解かれたので。
学園からの帰り道、サリーを誘って久しぶりのショッピング。である。
「なんか、みんなに見られているような気がしますね?」
放課後の寄り道なので。私たちはロンディウヌス学園の白い制服を着ているわけだが。
今日のサリエルの髪型は、フワワンとした髪の毛先をゆるくみつあみにして、前に垂らしている。
緋色の髪が制服の白に映えていて。
うん。特に工夫を凝らした髪型ではなくても。なにもかもがピカピカに輝くほど、綺麗だよ?
まぁ、それに。サリーはもう凄烈な美貌だからね?
「そりゃあ、サリーが絶世の美少年になったからだよ」
町を行き交う人たちが、みんなサリーを二度見する。
それくらいの、誰もがうなずく美しさだ。
「容姿でこんなに人の目が変わるなんて。なんだか、怖いですね?」
私などは、人の目を集めることが幼少期からあったことだから。どれだけ見られていても、スルー出来るけど。サリーはもっちり歴が長いから。
人の反応が、手のひらを返したように見えるのだろうね?
ちょっと不安そうな顔をしている。
目をオドオド、ウルウルさせて。
あぁ、なにものからも守ってあげたくなるな?
「まぁね、ぽっちゃりよりはスレンダー美人の方が目を引くよね? でも私は、サリーの中身が好…」
「あぁっ、ビッグイカキング、売ってるぅ!!」
サリーは、私の話を途中でぶった切って。
イカの屋台に向かった。おじさんに、イカの足の串焼きを二本もらっている。
そういう、大事なところを聞き逃すところ…変わっていないね?
「ん? なにか言いましたか? マルチェロ」
そう言って、サリーは私に、当然のようにイカの足を差し出す。
そんな、友達想いなところも変わらない。
「いや? イカキング美味しそうだね?」
「えぇ、これです。磯の香りぃ」
イカの足の匂いを嗅いで、にっこり笑うその顔は。
誰もを魅了する、美しい顔。
でも、私は。
あの三角口をにっぱりさせて、磯の香りぃとつぶやく。もっちりな彼を見ているから。
なんとなく、切なくなる。
あの彼は、どこに行ってしまったのかな? って。
このビッグイカキングの足を見て。サリーの腕の丸焼きだと思っていた。
彼の、モチィとした腕を思い出して。
私は哀愁の面持ちでイカをひとかじりするのだった。
うーん、磯の香り…知らんけど。
だけど、顔が美麗でも。
イカキングを町で堂々と食べ歩く、君は。
確かに、君なんだね?
レオンハルトが。彼は創世神であり、天使のサリエル…などと説明していたが。
でも私にはイマイチ、ピンと来なくて。
確かに、目の覚める美人に変容はしたけれど。
そのような恐れ多い存在ではなくて。
私にとってサリーは、サリー。なのだよな?
「君の中身が変わっていなくて。嬉しいよ、サリー」
私がそう言うと。不思議顔を、こちらに向ける。
サリーは糸目で三角口だから、あまり表情は変わらなかったけれど。
羽化後、瞳の色が見えるようになると。彼の表情は実に素直だった。
「当たり前じゃないですかぁ? ただ脱皮しただけですよ?」
「そこは、羽化でいいんじゃないかな?」
サリーは、自分の変容を美化しない。
脱皮と言うと、蛇が出てくるイメージだけど。
あの、美しすぎる羽化の現場をつぶさに見た私としては。
もっと美しく表現して欲しいものだが。
「マルチェロ? あの、お粉をのんだあとの体の調子はどうですか? ぼくの皮で恐縮ですけどぉ」
「皮とか言わないでっ! のんだんだからぁ」
森羅万象を育みし聖衣、とか言っていた癖にぃ。
サリーはちょっとデリカシーに欠けるよね?
「まぁ、体は大丈夫だよ。少し魔力コントロールが難しくなってきたが、それは日々の鍛錬を怠らないようにしないとならないね? でも感覚的に、今の魔王に匹敵するくらいの魔力まで引き上げられると思うよ? レオンハルトが魔王になる時代は、魔力強者が多いから安泰だな?」
「争わない?」
ふと、不安そうにサリーが聞いた。
でもそれは、杞憂だ。
「君がいるから、争いにはならないよ?」
「そうなのですか?」
サリーはまだ、ぽっちゃり意識が抜けていないみたいで。
自分の価値にも無頓着だ。
そんな、おニブなところも。可愛くて好きなのだけどね?
魔王に匹敵する力を持ったら、己の力を顕示したくなるのではないかと。サリーは心配しているのだ。
たとえば、レオンハルトと敵対して魔王の座を争うとか?
でもね、あの粉をのんだ者は。みんなサリーが好きで…。
「みんな。サリーに嫌われたくないんだからね? 以前、言ったけど。君は私たちの太陽だ。君を中心に、私たちはクルクル回っているのだから。君がいる限り、争いになんかなるわけないよ」
「太陽だなんて、大袈裟な。でも、あぁぁ、もしかしてぇ。さすがのマルチェロも、ぼくの見かけによろよろのメロメロになっちゃったのですね?」
そんなこと、ありはしない。
サリーはそんな気持ちで、私をからかうように言うけど。
それでは全然、からかえていないよ?
だって、実際…。
「そうだよ? チョーーメロメロのよろよろだよぉ? ふふふ」
「うっそーー。マルチェロは、実はもっちりなぼくが好きだったのでしょう? ぬいぐるみを御所望したのですから、誤魔化せませんよぉぉ? あはは」
放課後、町に寄り道してイカキングを食べ歩きながら。
友達のように、私たちは笑い合う。
だけどね?
魔王をかけての争いは、しないけれど。
まだ君をあきらめるところまでは、行かないよね?
だって、心根が清らかなままに、このように美しくなった君を。
あきらめることなんか出来ないよ。
ワンチャン、万能になった君と私の間に、子供など…望んでしまうのは。夢、見過ぎかな?
婚約破棄虎視眈々勢は卒業しなければならないけれど。
君を愛する気持ちは、失えない。
だって、君は。私の太陽なのだもの。
サリエルが羽化した場面を、私はこの目で見た。
それは本当に、神秘的な光景だった。
邪眼の影響で、みんなが指一本動かせない中で。サリエルは背中から、ゆっくりと羽を広げた。
本当に、サナギから蝶が生まれ出でる瞬間のようだったのだ。
その羽は極彩色に輝いて。細めの楕円形だったから。
妖精になるのかと思った。
だけど。
サリエルだったものから出てきたのは。
なんとも表現しようもないが。
美しく、まばゆく、透き通る、はかなげな。少女のような、少年のような。
この世のものではないような。
そんな、優美な人だった。
彼は金色に輝く粒子を体にまとわせて。
白い肌も赤い髪も、神々しく光らせた。
だけど、それは。
その美しすぎる生物は。
紛うことなきサリエルだった。
アリスとののんきな会話がそれを物語っていた。
邪眼を解かれて、体が動くようになったら。
レオンハルトをはじめ、みんながサリエルのそばに駆けつけたが。
私は近くで見ても。
その美少年がサリエルとは思えなくて。
本当に、放心するように。ただただサリエルに見惚れたのだ。
完全に。二度目の恋に落ちた。
見た目が麗しい者は、魔国の中にはいっぱいいる。
魔国では、魔力量の多さ、ツノの大きさ、容姿の美しさが奨励される。
だから美を誇る者も多く。
私は魔力量が多いので、そういう美に特化した者が集まってきやすい。
ゆえに、大抵の美女も美男も、見慣れていたし。
サリエルに会って、人の優秀さや心の美しさは容姿の美醜とは無関係で。
もっちりでも。私は充分にサリエルの人間性に魅かれて、恋をしたが。
それで美しくなっちゃうのは、反則です。
もう、欠点がまるでなくなってしまって。
好きになる要素しかないではないか。反則だっ。
羽化したサリエルは、触れるのをためらうほどの神秘性があり。
顔立ちは、瞳が大きくて真ん丸で。
瞳の中にひまわりが咲いていて。
白い肌にスッと通った鼻梁、控えめな小さい口。
そのすべてが、可愛らしいとか、愛らしいとか、いじらしいとか、いたいけとか。そのような、どちらかと言うと守りたいと思わせる系の容貌だった。
ディエンヌのような、ギラギラしいきらびやかな妖艶さでもなく。
アリスティアのような、シャープで端正、凛とした美麗でもなく。
サリエルは、タンポポのような柔らかい空気が心地よい可憐さなのだ。
とにかく、一言。めちゃくちゃ可愛い。
まぁそのあとも、いろいろあったが。
不快な事柄の件を差し挟むとすると。
なんの悪気もなく嘘を吐けるあの娘が。私を慕っていたと言ったのは。
おそらく、本当だろう。
ディエンヌに深くかかわる前に、私はサリエルと仲良くなって。
サリエルを目の敵にする、あの娘が。最初から嫌いだったけれど。
婚約者となって、顔合わせのお茶会をはじめてしたとき。
あの娘は、あまり言葉を紡げなかった。
私の質問に対する、答えとか。そのぐらいか。
意識していたのだろうと思う。
私への恋心が、サリエルを敵視するその抑止になれば良かったのだが。
それでも、私の友であり、彼女の実の兄であるサリエルへの攻撃をやめないから。
やはり、私はあの娘を好きにはなれなかった。
さらには姉を害されたことで、もう決定的になってしまったが。
彼女が私に刃を向けたことは、魔獣狩りまではなかったように思う。
私は、姉やサリエルの件で、あの娘に一矢報いたくてたまらなかったが。
生気を吸えなくなる魔道具を作成していたときは、心躍ったが。
いざ、彼女に復讐を実行すると。
とにかく、むなしいと思った。
私の意に沿わないことを、あれほどやらかした娘であるのに。そんな風に思うのは。
サリーに感化されて、私の魂も少し清らかになっているのかもね?
あの娘は、純粋な悪だった。
なぜ人に悪意を持ってはいけないのか。
なぜ人を殺してはいけないのか。
おそらく本当にわからなかったのだろう。
残忍であると評判の、公爵の者であり。暗殺スキルも身につけている私なので。
人を殺したことがない、などという綺麗ごとは言えない。
だから。なぜ人を殺してはいけないのか? 私は、その答えを知らないが。
私には、害されたくない大切なものがあって。
他の誰かにも、害されたくないものがある。
だから、なるべく殺生はしない。その程度の認識である。
あとサリーに『マルチェロぉ、殺さないでぇ…』と言われるのが。
単純に、弱いね?
私の心情は…そのような感じなのだが。
彼女の場合。
自分が嫌なら。
それを排除する。
それが彼女の正義だった。
彼女は心底、それが正しいのだと思っていたから。
だから、私に。
何度も、なんで? どうして? と繰り返したのだろう。
しかし彼女の排除の対象が、私の大事な者たちだったから。
彼女の正義を私は許せなかった。ということなのだ。
★★★★★
不快な話はここら辺にして。
本筋に戻るけれど。
サリエルは急に大きくなってしまった。
身長は、150センチもなかったかと思うのだが。
今は私よりちょっと小さいくらい。
うーん。170あるかないか、くらいかな?
そして、念願のオヤセになった。
しかしそのせいで。下着からなにから、すべてサリエルが着られるものがなくなってしまったのだ。
レオンハルトの屋敷には。サリエルの衣装の他は、200センチ越えの、大柄なレオンハルトの衣装しかない。
というわけで。私の出番だね? ほくほく。
私は乗ってきた馬車の御者に、大急ぎで、私が袖を通していない新品の私サイズの衣装を、全部持ってこーいと指示した。
ちなみに。
私が魔王城に駆けつけたのは。エリンに救援を乞われたからだ。
オオカミの特性を出して、全速力で走ってきた彼女は。
帰宅途中だった私が乗る馬車に追いついて、私を止めた。
本来は、いちメイドが公爵家の馬車を止めるなど。不敬も甚だしいのだが。
彼女は手打ちにされても構わないと思うほどに、必死だったのだ。
事情を聞くと。
レオンハルトの留守中に、サリーが魔王に呼ばれてしまった。けれど、なにやら妙な気配があり。
しかし自分の身分では、サリーについていけない…。とのことで。
それで私は魔王城へ向かった。
エリンはファウストにも助けを求めると言って、行ってしまった。
しかし魔王城へ向かう途中、サリーの安否を知らせる赤い宝石の指輪が光ったので。
一刻の猶予もならないと判断した私は。
馬車から飛び降り、翼を出して彼の元に駆けつけた…という経緯がある。
たぶん、ファウストも。同じ感じだと思う。
エリンはお手柄だったよ? いや、グッジョブです。
おかげでサリーの羽化に私は立ち会うことができたのだ。
エリンに最高の贈り物をプレゼントしたい気分だった。
それはともかく。
そんなわけで、魔王城に公爵家の馬車が到着していたので。衣装の件を頼んだわけだ。
しばらくして、御者は馬車に詰めるだけ衣装を詰めて持ってきた。
私は公爵子息なのでね? 予備の衣装とか。作ったけれど着ていない衣装とか。山のようにあるのだよ。
それで、それを。レオンハルトの屋敷にお届けしたよ?
あ、学園の制服もあるね?
これなら学園にも、すぐに行けるね?
レオンハルトは、サリーの衣装は自分で全部用意したかったみたいで。
眉間に、深い、深い、シワを刻んだが。
仕方がないよね? 私が一番、サリーの体形に近かったのだしぃ?
サリーに一晩、なにも着せずに風邪をひかせるつもりぃ? ふっふーん。
というわけで。羽化直後から二日ほどは、サリーは私が手配した衣装を身につけていた、というわけだ。
ふふふ、優越感だぁ。
レオンハルト、悔しかったらとっとと素敵な衣装を仕立てることだなぁ!!
しかし。それから一週間後。
サリーの衣装は。もう、全部レオンハルトがそろえた衣装に切り替わっているようだった。
クッソぅ、独占欲が強すぎだろう? 他人の贈り物を身につけさせない気だな?
狭量な次期魔王め。
そんなこともありながら。
今、私たちは。街中にいる。
ディエンヌの脅威がなくなり、サリーの厳戒態勢も解かれたので。
学園からの帰り道、サリーを誘って久しぶりのショッピング。である。
「なんか、みんなに見られているような気がしますね?」
放課後の寄り道なので。私たちはロンディウヌス学園の白い制服を着ているわけだが。
今日のサリエルの髪型は、フワワンとした髪の毛先をゆるくみつあみにして、前に垂らしている。
緋色の髪が制服の白に映えていて。
うん。特に工夫を凝らした髪型ではなくても。なにもかもがピカピカに輝くほど、綺麗だよ?
まぁ、それに。サリーはもう凄烈な美貌だからね?
「そりゃあ、サリーが絶世の美少年になったからだよ」
町を行き交う人たちが、みんなサリーを二度見する。
それくらいの、誰もがうなずく美しさだ。
「容姿でこんなに人の目が変わるなんて。なんだか、怖いですね?」
私などは、人の目を集めることが幼少期からあったことだから。どれだけ見られていても、スルー出来るけど。サリーはもっちり歴が長いから。
人の反応が、手のひらを返したように見えるのだろうね?
ちょっと不安そうな顔をしている。
目をオドオド、ウルウルさせて。
あぁ、なにものからも守ってあげたくなるな?
「まぁね、ぽっちゃりよりはスレンダー美人の方が目を引くよね? でも私は、サリーの中身が好…」
「あぁっ、ビッグイカキング、売ってるぅ!!」
サリーは、私の話を途中でぶった切って。
イカの屋台に向かった。おじさんに、イカの足の串焼きを二本もらっている。
そういう、大事なところを聞き逃すところ…変わっていないね?
「ん? なにか言いましたか? マルチェロ」
そう言って、サリーは私に、当然のようにイカの足を差し出す。
そんな、友達想いなところも変わらない。
「いや? イカキング美味しそうだね?」
「えぇ、これです。磯の香りぃ」
イカの足の匂いを嗅いで、にっこり笑うその顔は。
誰もを魅了する、美しい顔。
でも、私は。
あの三角口をにっぱりさせて、磯の香りぃとつぶやく。もっちりな彼を見ているから。
なんとなく、切なくなる。
あの彼は、どこに行ってしまったのかな? って。
このビッグイカキングの足を見て。サリーの腕の丸焼きだと思っていた。
彼の、モチィとした腕を思い出して。
私は哀愁の面持ちでイカをひとかじりするのだった。
うーん、磯の香り…知らんけど。
だけど、顔が美麗でも。
イカキングを町で堂々と食べ歩く、君は。
確かに、君なんだね?
レオンハルトが。彼は創世神であり、天使のサリエル…などと説明していたが。
でも私にはイマイチ、ピンと来なくて。
確かに、目の覚める美人に変容はしたけれど。
そのような恐れ多い存在ではなくて。
私にとってサリーは、サリー。なのだよな?
「君の中身が変わっていなくて。嬉しいよ、サリー」
私がそう言うと。不思議顔を、こちらに向ける。
サリーは糸目で三角口だから、あまり表情は変わらなかったけれど。
羽化後、瞳の色が見えるようになると。彼の表情は実に素直だった。
「当たり前じゃないですかぁ? ただ脱皮しただけですよ?」
「そこは、羽化でいいんじゃないかな?」
サリーは、自分の変容を美化しない。
脱皮と言うと、蛇が出てくるイメージだけど。
あの、美しすぎる羽化の現場をつぶさに見た私としては。
もっと美しく表現して欲しいものだが。
「マルチェロ? あの、お粉をのんだあとの体の調子はどうですか? ぼくの皮で恐縮ですけどぉ」
「皮とか言わないでっ! のんだんだからぁ」
森羅万象を育みし聖衣、とか言っていた癖にぃ。
サリーはちょっとデリカシーに欠けるよね?
「まぁ、体は大丈夫だよ。少し魔力コントロールが難しくなってきたが、それは日々の鍛錬を怠らないようにしないとならないね? でも感覚的に、今の魔王に匹敵するくらいの魔力まで引き上げられると思うよ? レオンハルトが魔王になる時代は、魔力強者が多いから安泰だな?」
「争わない?」
ふと、不安そうにサリーが聞いた。
でもそれは、杞憂だ。
「君がいるから、争いにはならないよ?」
「そうなのですか?」
サリーはまだ、ぽっちゃり意識が抜けていないみたいで。
自分の価値にも無頓着だ。
そんな、おニブなところも。可愛くて好きなのだけどね?
魔王に匹敵する力を持ったら、己の力を顕示したくなるのではないかと。サリーは心配しているのだ。
たとえば、レオンハルトと敵対して魔王の座を争うとか?
でもね、あの粉をのんだ者は。みんなサリーが好きで…。
「みんな。サリーに嫌われたくないんだからね? 以前、言ったけど。君は私たちの太陽だ。君を中心に、私たちはクルクル回っているのだから。君がいる限り、争いになんかなるわけないよ」
「太陽だなんて、大袈裟な。でも、あぁぁ、もしかしてぇ。さすがのマルチェロも、ぼくの見かけによろよろのメロメロになっちゃったのですね?」
そんなこと、ありはしない。
サリーはそんな気持ちで、私をからかうように言うけど。
それでは全然、からかえていないよ?
だって、実際…。
「そうだよ? チョーーメロメロのよろよろだよぉ? ふふふ」
「うっそーー。マルチェロは、実はもっちりなぼくが好きだったのでしょう? ぬいぐるみを御所望したのですから、誤魔化せませんよぉぉ? あはは」
放課後、町に寄り道してイカキングを食べ歩きながら。
友達のように、私たちは笑い合う。
だけどね?
魔王をかけての争いは、しないけれど。
まだ君をあきらめるところまでは、行かないよね?
だって、心根が清らかなままに、このように美しくなった君を。
あきらめることなんか出来ないよ。
ワンチャン、万能になった君と私の間に、子供など…望んでしまうのは。夢、見過ぎかな?
婚約破棄虎視眈々勢は卒業しなければならないけれど。
君を愛する気持ちは、失えない。
だって、君は。私の太陽なのだもの。
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「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
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侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
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初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
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婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした
Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち
その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話
:注意:
作者は素人です
傍観者視点の話
人(?)×人
安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)
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第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
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