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118 ぼくの家族になってくださいませ

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     ◆ぼくの家族になってくださいませ

 干からび事件の実行犯として、母のエレオノラと妹のディエンヌが勇者に引き渡されることになった。
 魔国にも被害が出ているが。
 魔国と人族の国エクバランとの間に、遺恨を残さないために。
 そして、人族と魔族の戦争を回避するためにも。
 ふたりを人族の国に引き渡すことで、双方が丸くおさまるのであった。

「オッケー、俺の用事はこれで済んだ。仲間を起こして退散するよ」
 そう言った勇者は。
 おのおのの場所で気絶していた仲間を起こしにかかった。
 それはレオンハルト兄上が。
 ぼくが剣士に刺されちゃって。オコになったが。
 でも、ぼくの邪眼で動けなかったせいで。魔力を暴走させちゃってぇ。
 それで勇者の仲間を、吹き飛ばしちゃっていたのだけど。
 うちの兄上が、すみませぇん。

 魔法使いの少女や、ヒーラーさんらしき勇者御一行の仲間は。
 勇者が犯人の引き渡しが済んだから帰るぞ、という言葉に。納得したようだったけど。
 剣士を起こしたときに。もう一騒動ありました。

「話が済んだとか、知るかぁ!! 俺は魔王殺しの勇者になるんだぁっ!!」
 そうして剣を振りかぶって、階段を駆け上がってくるから。
 そして玉座に魔王が座っているのに。兄上の方へ、向かって行くから。
 いけませぇぇんっ!

「邪眼!!」

 ぼくは剣士を指差して、彼だけに邪眼を発動します。
 もう、コントロールできますっ。
 なんか、目のあたりがクルクルっと回って。虹彩の花模様が、クルクルしているの。感覚でわかりますっ。
 なんか、我ながらキモっ。

 そしてファウストが、固まった剣士を階段の下に蹴り落した。
 動けなくなって、階段の下に倒れる剣士に。勇者のおじさんが怒りました。

「バカヤロメ。なんでまだ、魔王を狙ってんだよ? つか、空気読めっ」
「俺は魔王を倒して、名をあげるんだぁ。それに王に。魔王を殺せと命じられている。つか、なんであんたは、勇者のくせに魔王を退治しないんだっ」

「バカヤロメ。おまえが気絶している間に、話はまぁるくおさまっていたんだよっ。今回は事件の犯人がおさえられたら、それで良かった。あの王様は、簡単に魔王を殺せなどと言うが。魔王を傷つけて余計な戦争を起こしたら、今よりも大勢の死人が出るんだぞ? 町や村も荒廃する。人族が死に絶えることも、あるかもしれねぇ。そういうの、全部考えて。それでもおまえは、王の命令に従うのか? 有名になりたいって理由だけで魔王を倒すのか? そんなヒーロー願望は、クソなんだよっ」

 勇者の正論に、ぐうの音も出ない剣士は。
 悔しそうに歯をきしらせる。

「それに魔王の周りにいるやつらは、そろいもそろって魔力が桁違けたちがいだぞ。そんなこともわからないで、よく魔王に剣を振り上げられるな? おまえの出世欲の為に、俺は死ぬ気はねぇよ。パーティーを危険にさらす剣士なんか、いらねぇ。やるんならひとりでやれ」

 勇者に冷たい目を向けられ。剣士は、さすがにひるんだ。
「いらねぇんなら、殺していい?」
 ラーディンが階段下に降りて、そう言うのに。
 勇者はうなずくから。

「いいいいけませぇん。むやみな殺生は、駄目でぇす。もう、魔族はすぐ、殺そうとするぅ」
 そう言って、ぼくは。ラーディン兄上と勇者のところに、フワワンと飛んでいく。

「ぼくが遠いところに、ポイします」
 告げると、剣士は。消えた。
「サリエル、今なにをしたんだ?」
 ラーディンの問いかけに、ぼくは答えます。
 つか、この兄上は。未知の事柄を目にしても、全然物怖じしませんね?

「魔王城の真裏の位置に、捨てました。この星の中で、ここから一番遠い場所です。少なくとも三年ほどは魔国やエクバランの地まで到達できないでしょう。兄上を襲おうとした、罰です」

 ぼくはこれでも、オコなのです。
 一度ならず、二度までも。ぼくの愛する兄上に剣を向けようとするなんて。
 剣士は、嫌いですっ。

「すまなかったな? サリエルちゃん。剣士を制止できなかったのは。俺の未熟ゆえだ。仲間の吟味も王様任せにはできないって悟ったよ。まさか、剣士に魔王暗殺を依頼していたとはなぁ…これからは、信頼できる仲間は自分で探すことにするよ」
「エクバランの王様は癖強くせつよなのですねぇ? 勇者さんは命令無視で、怒られたりしませんか? とはいえ、魔王様や兄上に手出しはさせませんけどぉ…」
 勇者は謝ってくれたので。一応、気を使ってみる。
 すると、勇者は。またまた軽いテイストで肩をすくめるのだった。

「ま、なんとかなるなる。今世の魔王は強力過ぎで、手が出ないって言っとくし。つか、癖ツヨ? まさか、サリエルちゃんも転生者なのかぁ?」

 ぼくの言葉遣いに。勇者は、目をみはるけど。
 そこは流して。ぼくはコソリと言った。
「アリスは転生者なので。たまには彼女のところに遊びに行って、日本のお話をしてあげてください?」

「勇者よ、先ほどの剣士の非礼は、サリエルに免じて許してやる」
 レオンハルト兄上が、階段の中ほどまで降りてきて。勇者に告げた。
 ぼくはフワワンと飛んで、兄上のお隣に戻りました。
 もっちりのときは、ブブブっと羽音が鳴るくらい一生懸命羽ばたかないと、飛べないって思っていたけど。
 案外、軽やかに飛べるものですね?

「エレオノラとディエンヌの処罰は、人族の法にならって行うがよい。ディエンヌは十二歳である。人族は子供を殺すのは忍びないと考えることもあるだろうが。五百人も死に至らしめた魔族であることを、忘れないように。だが。もしも人族に許されて、更生する機会があったのならば。そのときは人族として生きるがよい。生気を吸えず、魔力を貯められなくなれば。ディエンヌは魔族ではなく、ただの人になるだろう。学び、働き、地道に生活して、一生罪を償う。そうできるのなら、私たちの知らない場所で生きていけばよい」

 レオンハルト兄上は瞳を揺らすこともなく、淡々と、ふたりに向けて告げた。

「エレオノラ。おまえが魔王と交流できたのは。サリエルを身ごもったからだった。サリエルは高位生命体であったから。一時的におまえの魔力耐性が引き上げられたにすぎない。それは、サリエルの恩恵であった」
 兄上の言葉に。母は、はぁ? なにそれ? よくわからない。という顔をした。

「そして、ディエンヌ。サリエルが産まれなければ、母の魔力耐性はなく。おまえはこの世に生まれ出でることもなかった。おまえたちふたりは、充分にサリエルからのギフトを受け取っていたのだ」
 兄上の言葉に。妹はそれでも、ぼくなんか認めないという。悔しそうな顔をした。

「それにもかかわらず。おまえたちはサリエルを無下に扱い。手ひどい仕打ちを続けてきた。私はそれを許さない。エレオノラとディエンヌは。この先魔国の地に足を踏み入れることを、禁ずる」
 兄上の厳命。それが、魔国の。彼女たちへの裁きであった。

 次期魔王の鋭い視線で、指示を受けた衛兵が。
 母と妹を立ち上がらせ。謁見の間を出て行く。
 エレオノラ母上は、嫌よ嫌よと叫びを上げ続けたが。
 ディエンヌは唇を引き結んで。黙って、去って行った。

 その後ろに、勇者御一行がついていく。

「サリエルちゃん、またね? たまにはパパのところに飛んできておくれ?」
「おまえは父ではなーい」
 勇者のサヨナラの挨拶に、律儀にツッコミを入れる兄上。お優しいぃぃ…?

「はは、次期魔王は親しみやすそうなやつだな? では、な?」
 勇者は軽く手を振って。他の仲間は、ペコペコ会釈して。謁見の間を出て行ったのだった。

「うーん、よくわからんが。まぁ、一件落着したな? 腹が減ったから私室に戻るぞ?」
 魔王様が玉座を立ち上がったのを見て。
 兄上は、ぼそりと。
 マジで世代交代を突きつけてやろうかなぁ、と。
 こめかみをヒクつかせながら言うのだった。まぁまぁ。

「サリュ、大丈夫か? 心を痛めてはいないか?」
 ぼくを心配して、兄上が気遣う言葉をかけてくださいます。
 本当にお優しくて。
 ぼくは、本当にメロメロになってしまいますよぉ?

「はい。ぼくには兄上がいます。ぼくの家族は兄上なのだと。ぼくは、ようやく理解いたしました」
 そして、ぼくは。
 母とディエンヌに対する、この苦々しい想いの正体を。口にしたのだ。

「人々の間には、血のつながりや親子の絆など。目に見えないものだというのに、なんでか心を縛りつけられたり、絞めつけたりするものが。あるのですね? 円満な仲ならば、それは。生きるのに心強い支えになるでしょう。でも、寄りかかられたり、甘えて胡坐あぐらをかいたりされると。とても重たい、呪いになります。母上と妹は。ぼくには重すぎる呪いだった」

 離れて暮らしていて、普段は自分には関係ない人だと思って。生活をしていた。
 だけど、たまに顔を合わせれば。いつも重苦しい気分にさせられる。
 関係ない人、ではない。
 そんな簡単に、切り離せるものではない。
 親だから。妹だから。
 そういう意識が。どうしても抜けなくて…。
 ぼくと同じような苦しみに傷ついている人は。形は違えど、多くいるのではないでしょうか?

「ぼくは高位生命体だから。元々、血のつながった人物はどこにもいません。今回のことは、このように親兄弟に苦しめられているだろう、人の心を理解するのに。必要な学びだったのかもしれませんね?」
 まぁ、とてもつらいものではございましたが。
 親のない天使のぼくが、親兄弟の固い鎖に苦しめられた経験は。負の感情を知る、勉強になりました。
 人というモノの中には、誰にも。善も悪も、陰も陽も、必ずあるものなのですからね?
 まぁ、出来れば。苦の経験は、少ない方がいいのですけど?

「ぼくに、血族はいない。それはちょっと、悲しく感じますけど。でも悲しくなる必要は、ないのですね? だって。血のつながりはなくたって。兄上はぼくを家族にしてくれたのだから」
 
 母上だと思ってきた人に、捨てられてしまった過去を持つ、ぼくにとって。
 家族というものは、遠い、遠いところにある、幸せの形。だと…つい最近まで、そのように思っていました。
 でも、兄上は。ずいぶん前からぼくに。
 その幸せ形を、手に乗せて差し出してくれていたのです。

「ぼくを傷つける身内より。ぼくを愛してくれる人たちを、ぼくは大事にしたい。だから、ぼくは。ぼくを愛してくれる人たちを、愛します。産んだから、家族なのではない。ぼくを愛してくれる人が、ぼくの家族なのです」

 十一歳のときに、そのことを考えたときは。まだ、ピンとこなかった。
 でも、今は。もう、わかります。

「人がつながり合うのには、ただ、愛があればいいのですね? ぼくを愛してくれる人を、ぼくは愛する。それこそが、幸せなのですね?」

 兄上が差し出す、その宝物を。
 その、輝く未来を。
 いつか自分の手でつかみたいと、思った。
 愛する人と築く。家族というものを。

 それを、ぼくは。今、つかみ取るのです。

 ぼくは、しっかりと兄上をみつめて。告げました。
「兄上は、家族というあたたかい幸せの形を。ずっとぼくに差し出してくれていた。だから、今こそ。ぼくはそれをつかみ取ります。兄上。ぼくと結婚して。ぼくの家族になってくださいませ」

 兄上の返事を聞くまでは。
 緊張して、ぼくは手をギュッと握りしめます。
 もう、丸い手ではない。細くて長い指で作る拳は、なんだかとても小さいけれど。
 不安で。目まで、ウリュッとうるみますけどぉ。

 だけど、兄上は。そんな真剣なぼくを見て。苦笑するのだ。
「ふふ、結婚しなくても。ずっと、ずーっと。サリュは、私の家族だったよ。ま、結婚はするがな?」

 柔らかく微笑んで、うなずく兄上に。
 ぼくは。笑顔でフワワンと寄っていき。
 長くなった腕で、兄上をしっかり抱きしめた。
 兄上も、きつくぼくを抱きしめてくれて。

 そっと、くちづけを交わしたのだった。

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