魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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117 まぁるく、おさめてきたけれど

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     ◆まぁるく、おさめてきたけれど

 唯一の味方になりそうだった、マルチェロにも見捨てられ。
 ディエンヌは罪の首輪をかけられて。意気消沈し。
 そのディエンヌとマルチェロのやり取りを聞いていた、母上は。
 階段の上にいるぼくを見上げて。手を合わせた。

「あぁ、サリエル。なんて美しくなったのかしらぁ。あなたはやっぱり、私の子だわぁ? お願いサリエル、なんとかしてちょうだい? あなたはディエンヌが大変なことをやらかしても、いつも丸くおさめてくれたじゃない?」
 
 相変わらず、容姿の賛美から入るエレオノラ母上に。
 ぼくは、呆れてしまいますが。
 なんだか。諦念もしてしまうのです。
 あきらめというよりも、道理を悟る、方のやつですかね?
 つまり。母の本質は。変わらないのだなという…。

「ごめんなさい。ぼく、どうやらあなた方とは血がつながっていないみたいなので。手助けする理由、なくないですか?」
 ぼくは心を鬼にして、言います。
 もう情けをかけて、どうこうできる展開ではありません。
 それは母上も、わかることでしょう? という気持ちで。階下を見下ろします。

「そんなことないわ。だってその赤い髪は、私の髪に生き写しだもの。間違いなく私の子だわぁ? 私の可愛いサリエルよ?」
 なんか、今更そんな風に言われても。

 気持ちが悪いだけですね?

 ずっと、母に言われたい言葉、だったような気もするのですが。
 気持ちがそこにないことが。もう、はっきり見えてしまっているから。
 気持ちが悪く感じるのでしょうね?

「あぁ、それは。血がつながっていなくても、ちゃんと育ててもらえるように。外観を親に似せて生まれてくるという仕組みであって。似てはいますが、あなたの遺伝子が作用したわけではないのです。あれです。赤ちゃんはどんなものでも、小さくて丸い。その形態は、誰もが保護欲をそそるようなフォルム。育ててあげなければ可哀想、と思わせる。万物のくわだてなのです。まぁ、そういうわけで。ぼくを産んでくれたことは、感謝します。でも…それだけでしたね? あなたが育てる気になるように、あなたに似せて生まれたけれど。それでもあなたは、ぼくを育てることはなかった」

 だけど。目にするたび、暴言を吐くほどに嫌いだったぼくにすがってでも。この場から逃れたい、その彼女たちの気持ちは。
 憐れに思う。

「そ、そんなことはないわぁ? 私、あなたが赤ん坊の頃は、それは熱心に世話をしたのよぉ? あなたが覚えていないだけよ。私の大事な大事な赤ちゃんを、レオンハルトが奪っていったのよ? だから私、悔しくて。つい、悪口を言ってしまったけど。本気じゃないしぃ。あなたへの悪口でもないのよぉ?」

 苦しい言い訳ですね。
 つか、すべて嘘です。
 なんだか、がっかりですね?
 母上はぼくを育てていないから。
 ぼくが生まれたときからの記憶を有していることを、知らないのです。

 もう、それだけで。ぼくを育てていないことは明白なのですが…。

「ぼくはあなたの産道を通って、生まれ落ちた。だからあなたは。ぼくの母なのでしょう」
「そうよ。私は、あなたの母だから。早く、助けて!」

「でも、あなたは『気持ち悪い。早くどこかに捨ててきて』と使用人に命じて、まだ赤ん坊のぼくを屋敷の外に捨てさせたでしょう? ぼくを捨てるときでさえ、あなたはぼくに触りもしなかった。あのときあなたは、ぼくを捨てたが。あなたは、ぼくの母親の権利も捨てたのです」

 まるで見てきたかのように、当時の様子を詳細に語るぼくを。
 母は、いぶかしくみつめるが。
 それでも、まだあがいてみせる。

「そ、それは、レオンハルトがそう言ったのでしょう? それは彼の嘘よ」
「いいえ。兄上に言われたのではありません。ぼくが、聞いて、覚えているだけです。あのとき、ぼくは。ぼくの意思で屋敷を出て行き。歩いて、歩いて…そして、レオンハルト兄上に保護されたのです」
「そんな。子供が。そんなこと覚えているはずがないわ? まだ、歩き始めたばかりの子がっ」
「そうです。歩き始めたばかりだった。あなたは、それを覚えているのですね?」

 捨てた日のことを、そう言うのは。
 捨てた覚えがあるからに、他ありません。

「その後も、あなたは。顔を見れば暴言を吐き。放置し。魔王様が出してくれた養育費も、兄上に渡さず懐に入れていた。あなたはぼくに、親らしいなにかをしたことがありますか?」

 ぼくの問いかけに、なにも答えられなくなり。母は悔しげに口をゆがめる。

「ディエンヌも、邪魔だからという理由で、ぼくをいつも殺そうとしていた」
「そんな軽い理由じゃないわよ。サリエルのポストは、本来私のものだって。お母様が言うからっ」
 ぼくの言葉に、ディエンヌはいつもと変わらずに、かみついてきた。
 猫なで声で許しを請われるよりは、マシかな?

「やめてちょうだい、ディエンヌ。私のせいにしないでよ。もう少しで助かりそうなのに」
「いつも醜いって言っていたサリエルに、泣きついて、助けてもらおうなんて。お母様はプライドがなさすぎよ?」
「うるさい、黙ってろっ、役立たず!!」
 ディエンヌと母上が。醜い言い争いをしています。
 醜い、というのは。こういうことなのでしょうね。
 仲の良かった親子なのに。窮地に、互いを優しくかばい合うこともできない。貧しい心根のことです。

「ディエンヌ。それは、ぼくが邪魔だということでしょう? ぼくの命を常に狙っていた妹を、ぼくが助ける道理は、もうないのではありませんか?」

 妹はどうしても、ぼくへの態度が変えられず。フンと、鼻息をつく。

「ぼくには君の未来が見えていました。ここへ至る道筋を、なんとか回避してあげたいと。今まで尻拭いをしてきたけれど。なんとか、まぁるく、おさめてきたけれど。残念だね? 人族に迷惑をかけた分は、自分で尻拭いをしてきなさい。母上も大人として。ディエンヌの母として。責任を果たしてください」

「母や妹を見捨てるなんて、なんて人の心がないのだろうっ。人でなしっ。おまえはやっぱり、醜い化け物よ。赤ん坊のときの記憶があるとか、普通じゃないもの。私の代わりにあんたが死ねばいいのよっ」

 胸に、苦しい気持ちを抱えていた。
 母である人に、引導を渡すのは。とてもつらいことだ。
 でも、干からびて死んだ人の中にも。親も子もいて。
 残された者は、とても悲しい思いをしているはず。

 その罪を。ふたりは償わなければならないのだ。

 それに、母の心無い言葉を聞いて。
 逆に、綺麗さっぱり、胸苦しい想いは消え去った。

 彼女たちは。ぼくの家族ではない。

「良いのかい? サリエルちゃん。君は、天使なんだろ? 慈悲の心でなにもかもを許すような存在なんじゃないのかい?」
 勇者がそう言うけれど。
 それは、思い違いです。

「勇者さん、その解釈は間違いです。神という存在も。天使という生き物も。なにもかもを許すような、善のかたまりなどではない。むしろ、神や天使というのは。悪に鉄槌をくだす、厳格で凄烈な者の名なのです」
 そう。神や天使は、決して清廉潔白なモノではない。
 ただの、意志を持ったエネルギー体である。

「かといって、善悪の定義がしっかりしているわけでもないし。すべてを見通したり。すべての悪に制裁を加えたり。そのような万能なものでもないのです。ただ、通りすがりに。それ、良くないね? というくらいの。ささやかなもの。だから神や天使に祈っても。大した恩恵はないのですよ?」
「なるほどねぇ? 確かに。人の祈りが、みんな叶うわけじゃないもんな?」
 たまに、気まぐれにアドバイスしたり、願いを叶えたりすることも、あるけどね?

「特に、ぼくは死神天使なんて異名もありましてねぇ…まぁ、この話は別の機会に…」 
 ぼくが話を引き上げると。勇者はフンと息をついて。腰に手を当てた。

「オッケー。俺の用事はこれで済んだ。仲間を起こして、退散するよ」

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