魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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116 君との婚約を破棄するっ

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     ◆君との婚約を破棄するっ。

 話によるとディエンヌは、目覚めた魔王様に難なく制圧された。
 生気を奪われるとディエンヌの言うことを聞きたくなってしまう、そんな効果があったようだが。
 その暗示も、魔王様の魔力で綺麗さっぱり跳ねのけられてしまったのだ。

 えぇ? そんなことできるなら早くやってくださいよぉ、父上。

 そうして。魔王城にはびこる暗示の渦も取り払われて。職員たちも、正気を取り戻し。
 ディエンヌは、意のままに操れる味方を失った。

 今、彼女は。衛兵に木の棒で押さえつけられて。階段の下で項垂うなだれている。

 しかし顔を上げると。そこにマルチェロの姿を見たようだ。
 光明を見出したのか。ディエンヌは涙で目をウルウルさせて、懇願した。

「マルチェロ、助けて? 私はマルチェロの、公爵家子息の婚約者よ? このような扱いは許されないわ?」

 父上の言により、魔王の娘ではなくなったが。
 公爵子息マルチェロの婚約者として、その地位を利用し。ディエンヌは罪をまぬがれようとした。

 マルチェロは、その姿を目に留めると。
 サッと階段を降りていき。
 体をおさえつける衛兵に下がるように命じ、彼女の前で床に膝をついた。

 ディエンヌは、彼が助けてくれるのだと思って。笑みを浮かべる。

「あぁ、可哀想だなぁ? 私の婚約者殿?」
 マルチェロはそう言って、彼女の頬を手で包み込む…ような、動きを見せた。

「でもね。君との婚約を破棄するっ」

 一転、地を這う声音でマルチェロは言い放ち。
 ディエンヌの首になにかを取り付けた。

 ディエンヌは、その首輪のようなものを。手錠をかけられた不自由な手でつかんで。苦しげに呻いた。
「う、うぅ、苦しいわ? これ、なぁに? マルチェロ?」
 困惑の表情で、ディエンヌはマルチェロを見やるが。
 マルチェロは立ち上がり。ディエンヌを無情に見下ろすのだった。

「はぁっ、とうとう言ってやった。本当は学園の全校生徒の前とかで、大々的におまえに言い渡して。地位も名誉もプライドも、おまえのすべてをおとしめてやりたかったが。魔王様の御前という舞台であるし。まぁ、良いだろう。それにね? 本当は。君との婚約なんかすでに公爵家は破棄しているから。今更ではあるけどね?」

 マルチェロは冷たく吐き捨てて。
 そして、にこりと。
 いつもの、麗しい王子様の笑顔プリンススマイルを見せるのだった。

「なぜなの? 私はマルチェロのこと、お慕いしていたのに…」
 弱い淑女のような顔で、ディエンヌはマルチェロに訴えるが。
 彼は。彼女のそんな演技に、誤魔化される相手ではない。

「君は、私を好きなわけではないよね? 見栄えのいい男の隣で笑っていたいだけ。宝石ほどの価値もなかったんじゃないかい? そもそも君は、私以外の男性とすでに浮名を流しているね? それも、複数だ。尻の軽い女性を妻にするほど、私は酔狂ではないし。公爵家としても。願い下げだ」

 マルチェロは、ディエンヌの罪を一つ一つ暴露していく。
 それは、インナーが。
 ゲームの中で悪役令嬢に対して行われるイベントだと言っていた。断罪というやつだった。

「浮気なんかしていないわ? 私は、生気を吸っただけよ」
「君がどのような行為をしていたかは、知らない。男と女がふたりきりの部屋に。聞き耳を立てるような、無粋な真似は出来ないからね? でも。学園の男子寮の部屋に入り込んで、生気を、吸おうが吸うまいが。もうそれで充分、尻の軽い女と言えるのでは?」

 ディエンヌは彼のその言葉に。唇をかむ。
 婚約者がいる身で、他の男性と適切な距離を取らないことが、もう駄目なのだ。
 それはマーシャ母上からも指導されていたはずだから。聞いていない、知らなかったは通用しない。

「君は、生気を魔力に変換できるようだが。だからと言って君の魔力量の資質が上がったわけではない。君自身は、弱いままなのさ。魔王の娘? いやいや、全然魔力レベルが低いよ? 君との間に生まれた子は、とてもではないが公爵家を継がせられないだろうなぁ? 今まで学園を騒がせてきた悪さを含めて。私は、君と結婚する意義を全く見出せないんだよ。困ったねぇ?」

 全く困った様子もなく。マルチェロは断罪を続けていく。
 学園の下校中に、ぼくの危機を察して、急遽魔王城へ寄ってくれたから。彼は制服を着ているのだけど。
 その白き衣と相まって。気品と美貌。そして、その容赦のなさは。
 さながら奸賊かんぞく天誅てんちゅうをくだす、正義の上級天使のようですぅ。…魔族だけど。

「君を指導していた家庭教師はねぇ。実は、私の腹違いの姉なんだよ。彼女はとても清廉な人物で。君が彼女に影響されて、少しでも更生してくれたらと思っていたんだけどねぇ。まさか私の姉を、殺そうとするとはね?」
「そんな…私、知らなかったわ? 彼女があなたのお姉さまだなんて」

「知らないとか、関係ないんだよ? 普通に、人に殺意を持ったら駄目なんだよ? そんなこともわからないのかい? そして彼女が、私の姉でなくても。公爵家から派遣された者を殺そうとするのは、駄目だよね? それは公爵家に泥を塗るものなんだ。普通に考えればわかることなんだけどねぇ? 父上も、とってもがっかりしてねぇ。あのときにもう。実は、君と公爵家との婚約話は白紙になっていたんだよ」

 衝撃の、初耳の話に。ディエンヌは驚愕し、目を見開く。
「どうして? 学園では私の婚約者として振舞ってくれたじゃない? 火事の後も、優しくしてくれたわぁ?」
「決まっているよ。今までなにも言わずに、優しい婚約者のフリをしてきたのは。君の悪行あくぎょうの材料を集めて、君を完膚かんぷなきまでに叩き潰すため。そしてサリエルを守るためさ」

 ディエンヌの疑問に、マルチェロは笑顔で答える。
 でも、ディエンヌは。
 ぼくの名前が出た瞬間に、醜く顔をゆがめたのだった。

「君の悪行の中で、私が一番許せないのは。私の親友であるサリエルを、無下に扱ってきたことだよ。君とはじめて出会った日から。君のサリエルへの非道を、私は一番近くで目にしてきた。そんな私が、君を好きになるなんて。天地がひっくり返ってもありえないことだと思わないかい?」
「やっぱり、サリエルがっ。どうしていつも、私の邪魔をするのぉ、サリエルぅぅぅ!!」

 憤怒の形相でぼくを睨みつけるディエンヌは。
 しかし、次の瞬間。首輪を手で押さえて。もがき苦しむのだった。

「な、なんなの? これ。マルチェロ、苦しい。これを、外して…」
「それはね? 生気を吸えなくする魔道具だよ? 気をつけた方が良いな? 生気を吸おうと思うだけで、首がしまって。実際に生気を吸ったら首がねじ切れるからね? まぁ、魔道具だから? 以前のように。魔力のない人間が解体したら、外せるかもしれないけど。人族を何人も干からびさせた君に味方してくれる人間がいるかなぁ?」

 とぼけた様子で、マルチェロは首をひねる。
 ディエンヌは、さすがに涙目になった。
「なんで、こんなことをするの?」

「なんで? 以前化学室で。生気を吸うのは、サキュバスには食事だから。魔力制御ではおさえられないと言っていただろう? だから今度は。生気を吸えなくする魔道具を作ったんだよ」
 ディエンヌは、ヒッと悲鳴をのみ込む。
 生きるための手段を奪われたと思ったようだ。
 しかし、マルチェロは。優雅にやんわり首を振る。

「大丈夫、普通の食事はできるよ? 私も鬼畜ではないから。さすがに飢え死にさせるような物は作らないよ。ただ、生気を吸えないだけ。でも生気が取り込めないと、魔力を作り出せないね? 生気は甘くて美味しい。生気の味を知ったら生気なしでいられない。なんて、サリエルに自慢していた君には。最高のお仕置きだ。なぁ、そう思うだろぉ?」

 爽やかに笑みを浮かべる、マルチェロの解説を聞き。
 ディエンヌはとうとう、金切り声で泣き叫んだ。
「いやあぁぁぁああ、マルチェロ? 助けて? 許してぇ? なんで? なんでなのぉ?」

「また、なんでかい? 全く察しが悪いねぇ? 君が、私の大切なものを壊そうとばかりするからだよ。でも、これだけ言えばわかるよね? ルーフェン公爵家の残忍な当主と、その子息が、どれだけ君への怒りをつのらせているのかって。公爵家を裏切った者の末路は、本来は絞首刑だよ? でも、それは。サリエルに免じて許してあげる。その代わり。生きる方がつらいと思う罰を。与えるけどね」

 そう言って。マルチェロは。ぼくが見た中で一番恐ろしい顔をして…笑った。

「君は未成年だから、人族の法では容赦されるかもしれないが。まぁ一生、生気を吸わずに更生することができたなら。それはそれで、良いんじゃない? でも。私とサリエルの前に現れたら。マジで殺す」

 彼はもう笑みを浮かべず。冷たいエメラルドの瞳でディエンヌを一瞥いちべつしたあと。
 背を向けて、階段を登ったのだった。

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