魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

文字の大きさ
上 下
145 / 184

107 勇者があなたを殺すのよ

しおりを挟む
     ◆勇者があなたを殺すのよ

 ディエンヌの暗示を受けて、操られた衛兵がぼくに剣を向ける。
 でも、ぼくには。兄上が持たせてくれた防御の宝玉がありますっ。
 たぶん斬りつけられることにはならない、はずです。
 …試す勇気はないですが。

「ぼくに、物理攻撃はきかないですけど?」
 ディエンヌにそう言う。でも。彼女は終始、強気なのだ。

「そうね。でもその対策は、ちゃんと考えてあるわよ? ひとりで勇者と対峙するのは、サリエルも心細いわよねぇ? だから。ゲストを用意してあげたわ」
 そうして彼女がパチンと指を鳴らすと。
 先ほどの使者さんが、謁見の間の扉を開けて。誰かを部屋に入れた。

 あの青い髪は。アリスティアです。
「さ、サリエルぅ、無事ぃ?」
 アリスは赤い絨毯の上を走って、駆け寄ってくるが。
 無事ぃぃぃ? じゃ、ありませんっ。

「アリスっ、なんで来ちゃうんですかっ? 罠でしょ? 思いっきり、悪役令嬢的イベでしょ?」
 ぼくの言葉に、アリスは美少女の顔をふにゃけさせて、言う。
 美少女なのに、もったいないっ。
「まぁ、玉座にディエンヌが座っていたから、そうだったんだなって思ったけど。普通に、魔王に呼び出されたら、魔国の民的には断れないでしょ??」
「まぁ、そうだけどぉ…」

 そうなのです。魔王の命令は、絶対です。魔国の民は逆らえません。
 自分も、魔王に呼び出されたからここに来たわけで。
 アリスのことを責められませんけどぉ。

 そうして、ふたりで身を寄せ合って。
 玉座に座る、ラスボスと化したディエンヌを見上げた。

「つか、なんで私、呼ばれたのかしら? ディエンヌぅ、私、レオンハルト様とは結婚しないし。あんたはもう学園にもいないのだから。私がどんだけ美しかろうが、あんたに関係なくなーい?」
「それはそうだけど。私より美しいって言われている女が、この世にいるのが、もう腹立たしいじゃなぁい? だからサリエルともども、勇者にやっつけてもらおうと思ったのぉ」
 あはは、おほほと。ふたりは笑顔で言い合うが。
 話の内容が殺伐すぎますっ。

「勇者? なんで勇者が、私たちを殺すの? もう、まどろっこしいから。私とあなた、マンツーマンでり合いましょうよ?」
 拳をバシバシ叩いて、アリスはディエンヌを挑発します。
 ひえぇぇぇ、アリスは主人公ゆえに、負ける気がしないのだろうけど。
 彼女を煽らないでくださぁい。
 でも、ディエンヌは。アリスの言には乗らなかった。

「いやぁよぉ。めんどくさぁい。まぁね? 今あなたたちふたりを、ここでっちゃうのは超簡単よ? だけど私があなたたちを手に掛けたら。お兄様が地の果てまで追いかけてきそうじゃない? それってめちゃくちゃ怖いし、めんどくさいじゃなぁい? だからね? サリエルを殺すのは、私じゃないの。勇者があなたを殺すのよ?」
 彼女に言われ、ぼくもアリスも息をのんだ。

 ディエンヌは…自分で手を汚さずに、ぼくを殺す手段を身につけたっ。

「サリエルが死んでも、それは私のせいじゃなくて勇者のせいだから。お兄様は私を怒れないでしょう? 名案だと思わなぁい?」
 まぁ、名案ですけど。なんか、うなずきたくありません。

「というわけで、サリエル。ここに座ってちょうだい」
 ディエンヌは優雅に立ち上がり。魔王の玉座を指差した。

「サリエル、衛兵を傷つけてもいいなら、私が全員魔法で吹き飛ばしてやるけど…」
 頼もしく、アリスがそう言ってくれましたが。
 ディエンヌに操られている衛兵を傷つけるのは。どうなのかと、逡巡してしまう。

 口をへの字にして、むぅとしていると。
「アリス? 余計なことはしない方が良いわよ? 私が操っているのは、ここにいる五人の衛兵だけではないの。魔王城にいるみんな、催眠状態よ? ここに誰も駆けつけないのが、良い証拠」
 魔王城に勤める者は、みんな、それなりに魔力量の多い者たちなのに。それを操ってしまうなんて。
 今ディエンヌは、どれだけ能力を強めているのだろうかっ。

「それに。サリエル、あなたがここに座らないのなら。今すぐお父様を殺すわ? 魔王と言えど、深い眠りに落ちているお父様を殺すのは、簡単。お父様の生気を私が全部取り込んで、魔王に成り代わっても良いわね?」
「あんたが魔王を殺す前に。私がディエンヌを殺してあげてもいいけど?」
 アリスが、ディエンヌの計画の穴を突いてみせるけど。

「あら、それもあるわね? でも良いのかしらぁ? 催眠状態は、私しか解除できないけど。私を殺したら、魔王は一生目覚めないかもよ?」
 すぐに論破されて。アリスは悔しそうに、クッとうめいた。
 目覚めないというのは、ディエンヌのはったりかもしれないけど。
 可能性があることを無視して、強行はできない。

「やめろっ。父上に手を出すな。ぼくがっ、勇者とお話すればいいのでしょう? やりますよ」

 ぼくは、折れました。
 まぁ、仕事はしないし、好色だし、親としてもダメダメな、ちょっと困ったちゃんな父上ですが。
 それでも、魔国を統べる大事な魔王様だ。
 彼がいることで、血の気の多い魔族の者たちを制することもできているので。
 魔王様は、いなくてはならない存在です。
 魔王様を…父上を…死なせるわけにはいきません。

 はぁ、もうディエンヌの尻拭いをする気はなかったのに。
 最後の最後まで、ぼくは。悪役令嬢の兄(尻拭い)なのですね?

 ぼくと、アリスは。階段を登って行って。
 最上段にある、魔王の大きなお椅子に。チョコリンと腰かけたのだった。
 アリスは心配そうに、玉座の横に付き添ってくれる。

「お願いを聞いてくれて、ありがとう。勇者がどんな力を持っているか、わからないから。会いたくなかったのぉ。もしかしたら強大な魔力量があっても、私の魔法が全然きかないような得体のしれないものが、勇者にはあるかもしれないじゃなぁい? でもサリエルが死んでも、なにも影響がないから。助かるわぁ? じゃあ頑張って。勇者のお相手をしてちょうだいねぇ?」
 そう言って、ディエンヌはシャナリシャナリとドレスを引いて、謁見の間を出て行こうとした。
 が、一度振り返って言う。

「そうだ、サリエルがこの部屋を出たら、お父様を即殺すから。あんたの動向はわかるからねっ? でも、落ちこぼれの魔王の三男が玉座で死ねるのだもの? 本望よねぇ??」
 おーほっほっと高笑いしたディエンヌは。衛兵たちも、床に倒れていた影たちも。人形のように、ギクシャクと操って。
 今度は本当に、みんなで部屋を出て行った。

 そうして、真っ白くてだだっ広い謁見の間には。
 ぼくとアリスの、ふたりだけに。

「これから、どうなっちゃうのですぅ?」
 寒々しい部屋の様子と、心細さに。ぼくは身を震わせ、つぶやくと。
「そんなの…勇者が来るだけよ」
 と、アリスは。正論を口にする。

 そうですよねぇ? やっぱり、勇者が来ちゃいますよねぇ?
 そうして、ぼくたちは。ジト目で、スンとするのだった。
 いえ、糸目で、ジト目なのは、わからないでしょうがぁ。

しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...