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107 勇者があなたを殺すのよ

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     ◆勇者があなたを殺すのよ

 ディエンヌの暗示を受けて、操られた衛兵がぼくに剣を向ける。
 でも、ぼくには。兄上が持たせてくれた防御の宝玉がありますっ。
 たぶん斬りつけられることにはならない、はずです。
 …試す勇気はないですが。

「ぼくに、物理攻撃はきかないですけど?」
 ディエンヌにそう言う。でも。彼女は終始、強気なのだ。

「そうね。でもその対策は、ちゃんと考えてあるわよ? ひとりで勇者と対峙するのは、サリエルも心細いわよねぇ? だから。ゲストを用意してあげたわ」
 そうして彼女がパチンと指を鳴らすと。
 先ほどの使者さんが、謁見の間の扉を開けて。誰かを部屋に入れた。

 あの青い髪は。アリスティアです。
「さ、サリエルぅ、無事ぃ?」
 アリスは赤い絨毯の上を走って、駆け寄ってくるが。
 無事ぃぃぃ? じゃ、ありませんっ。

「アリスっ、なんで来ちゃうんですかっ? 罠でしょ? 思いっきり、悪役令嬢的イベでしょ?」
 ぼくの言葉に、アリスは美少女の顔をふにゃけさせて、言う。
 美少女なのに、もったいないっ。
「まぁ、玉座にディエンヌが座っていたから、そうだったんだなって思ったけど。普通に、魔王に呼び出されたら、魔国の民的には断れないでしょ??」
「まぁ、そうだけどぉ…」

 そうなのです。魔王の命令は、絶対です。魔国の民は逆らえません。
 自分も、魔王に呼び出されたからここに来たわけで。
 アリスのことを責められませんけどぉ。

 そうして、ふたりで身を寄せ合って。
 玉座に座る、ラスボスと化したディエンヌを見上げた。

「つか、なんで私、呼ばれたのかしら? ディエンヌぅ、私、レオンハルト様とは結婚しないし。あんたはもう学園にもいないのだから。私がどんだけ美しかろうが、あんたに関係なくなーい?」
「それはそうだけど。私より美しいって言われている女が、この世にいるのが、もう腹立たしいじゃなぁい? だからサリエルともども、勇者にやっつけてもらおうと思ったのぉ」
 あはは、おほほと。ふたりは笑顔で言い合うが。
 話の内容が殺伐すぎますっ。

「勇者? なんで勇者が、私たちを殺すの? もう、まどろっこしいから。私とあなた、マンツーマンでり合いましょうよ?」
 拳をバシバシ叩いて、アリスはディエンヌを挑発します。
 ひえぇぇぇ、アリスは主人公ゆえに、負ける気がしないのだろうけど。
 彼女を煽らないでくださぁい。
 でも、ディエンヌは。アリスの言には乗らなかった。

「いやぁよぉ。めんどくさぁい。まぁね? 今あなたたちふたりを、ここでっちゃうのは超簡単よ? だけど私があなたたちを手に掛けたら。お兄様が地の果てまで追いかけてきそうじゃない? それってめちゃくちゃ怖いし、めんどくさいじゃなぁい? だからね? サリエルを殺すのは、私じゃないの。勇者があなたを殺すのよ?」
 彼女に言われ、ぼくもアリスも息をのんだ。

 ディエンヌは…自分で手を汚さずに、ぼくを殺す手段を身につけたっ。

「サリエルが死んでも、それは私のせいじゃなくて勇者のせいだから。お兄様は私を怒れないでしょう? 名案だと思わなぁい?」
 まぁ、名案ですけど。なんか、うなずきたくありません。

「というわけで、サリエル。ここに座ってちょうだい」
 ディエンヌは優雅に立ち上がり。魔王の玉座を指差した。

「サリエル、衛兵を傷つけてもいいなら、私が全員魔法で吹き飛ばしてやるけど…」
 頼もしく、アリスがそう言ってくれましたが。
 ディエンヌに操られている衛兵を傷つけるのは。どうなのかと、逡巡してしまう。

 口をへの字にして、むぅとしていると。
「アリス? 余計なことはしない方が良いわよ? 私が操っているのは、ここにいる五人の衛兵だけではないの。魔王城にいるみんな、催眠状態よ? ここに誰も駆けつけないのが、良い証拠」
 魔王城に勤める者は、みんな、それなりに魔力量の多い者たちなのに。それを操ってしまうなんて。
 今ディエンヌは、どれだけ能力を強めているのだろうかっ。

「それに。サリエル、あなたがここに座らないのなら。今すぐお父様を殺すわ? 魔王と言えど、深い眠りに落ちているお父様を殺すのは、簡単。お父様の生気を私が全部取り込んで、魔王に成り代わっても良いわね?」
「あんたが魔王を殺す前に。私がディエンヌを殺してあげてもいいけど?」
 アリスが、ディエンヌの計画の穴を突いてみせるけど。

「あら、それもあるわね? でも良いのかしらぁ? 催眠状態は、私しか解除できないけど。私を殺したら、魔王は一生目覚めないかもよ?」
 すぐに論破されて。アリスは悔しそうに、クッとうめいた。
 目覚めないというのは、ディエンヌのはったりかもしれないけど。
 可能性があることを無視して、強行はできない。

「やめろっ。父上に手を出すな。ぼくがっ、勇者とお話すればいいのでしょう? やりますよ」

 ぼくは、折れました。
 まぁ、仕事はしないし、好色だし、親としてもダメダメな、ちょっと困ったちゃんな父上ですが。
 それでも、魔国を統べる大事な魔王様だ。
 彼がいることで、血の気の多い魔族の者たちを制することもできているので。
 魔王様は、いなくてはならない存在です。
 魔王様を…父上を…死なせるわけにはいきません。

 はぁ、もうディエンヌの尻拭いをする気はなかったのに。
 最後の最後まで、ぼくは。悪役令嬢の兄(尻拭い)なのですね?

 ぼくと、アリスは。階段を登って行って。
 最上段にある、魔王の大きなお椅子に。チョコリンと腰かけたのだった。
 アリスは心配そうに、玉座の横に付き添ってくれる。

「お願いを聞いてくれて、ありがとう。勇者がどんな力を持っているか、わからないから。会いたくなかったのぉ。もしかしたら強大な魔力量があっても、私の魔法が全然きかないような得体のしれないものが、勇者にはあるかもしれないじゃなぁい? でもサリエルが死んでも、なにも影響がないから。助かるわぁ? じゃあ頑張って。勇者のお相手をしてちょうだいねぇ?」
 そう言って、ディエンヌはシャナリシャナリとドレスを引いて、謁見の間を出て行こうとした。
 が、一度振り返って言う。

「そうだ、サリエルがこの部屋を出たら、お父様を即殺すから。あんたの動向はわかるからねっ? でも、落ちこぼれの魔王の三男が玉座で死ねるのだもの? 本望よねぇ??」
 おーほっほっと高笑いしたディエンヌは。衛兵たちも、床に倒れていた影たちも。人形のように、ギクシャクと操って。
 今度は本当に、みんなで部屋を出て行った。

 そうして、真っ白くてだだっ広い謁見の間には。
 ぼくとアリスの、ふたりだけに。

「これから、どうなっちゃうのですぅ?」
 寒々しい部屋の様子と、心細さに。ぼくは身を震わせ、つぶやくと。
「そんなの…勇者が来るだけよ」
 と、アリスは。正論を口にする。

 そうですよねぇ? やっぱり、勇者が来ちゃいますよねぇ?
 そうして、ぼくたちは。ジト目で、スンとするのだった。
 いえ、糸目で、ジト目なのは、わからないでしょうがぁ。

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