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106 魔王の玉座に座る、……。

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     ◆魔王の玉座に座る、……。

 魔王様に呼び出され、謁見の間に向かう、ぼく。
 兄上は、隣の領にディエンヌを捜索しに向かって、留守です。
 そんな中だったので。とっても心細くはありますが。
 至急の用だと言われれば。魔王様の配下であるぼくは、出向かなければなりません。

 使者の人が、ぼくを謁見の間の中に入れて、扉を閉める。
 一番大きな謁見の間は、壁も床も、白い白いお部屋で。柱は透明なクリスタル。光り輝いています。
 白いお部屋の真ん中に、赤い絨毯が、長く、長く、一本、敷かれている。
 それは魔王へ続く、謁見の道だった。
 まだ姿を見せていない、魔王様が座る玉座は。階段の上にある。
 ぼくは赤い道を通って、階段の下で止まり。両膝をついてかしこまる。
 頭を下げて、魔王様の登場を待った。

 本当は、片膝をつけばいいのだけど。ぼくは太ももがもっちりなので。なんか。バランスが悪いんだよねぇ?

 それはともかく。
 しばらくすると魔王様が入ってきた気配がして。ドサリと、椅子に腰かける。
「顔を上げなさぁい」
 甲高い、その声を聞いて。
 ぼくはっ。言われなくても、という気分で顔を上げた。
 だって、この声は。魔王様なんかじゃなくて。

「っ、ディエンヌぅぅぅっ!!」

 きらびやかな赤いドレスに身を包み、蛍光レッドの髪が鮮やかで目にまぶしい、ぼくの妹がっ。
 なんでか、階段の上にいます。
 魔王の玉座に座る、……。ディエンヌぅぅぅっ???

 驚きのあまり、かしこまっていたぼくはっ、その場に立ちあがる。
 そして彼女を指さした。
「な、ななな、なんで、ディエンヌがここに? つか、衛兵は? 影は?」

 ぼくの声に、ふらぁと出てきたのは。目がうつろな衛兵が五人。
 そして、バタバタと倒れ込んだのは。ぼくのために兄上が配置していた、影の三名だ。
「も、申し訳ありません。サリエル様…」

 床にうつ伏せて、苦しげにうめく、影のみなさん。これは、いったい?

 そう思っていたら。
 ディエンヌが、ほーっほっほっと。いかにもな悪役令嬢笑いをした。

「無駄よ? サリエル。魔王城のみんなも。あんたの影も。私が生気をちょーっと吸うだけで。私の言うことを聞いちゃうんだからぁ。ま、影は。私にあらがってるけど。あらがっているうちは、体は動かないからねぇ?」
 それで影のみなさんは。
 自我を保って、彼女に反発しているから、床でウゴウゴしているみたいなのです。
 魔獣狩りのときに生徒を操った、あの能力ですね?
 生徒たちの証言はありましたが。生気を奪った者を操れることが、ディエンヌの言で明らかになり。
 これで今までの事件は、ディエンヌの仕業で確定です。
 しかし、なんという厄介な能力なのでしょう?

「ディエンヌ、魔王様は? まさか父上を手に掛けたり…?」
 ぼくが階段上のディエンヌを見上げて、聞く。
 なぜこの場に、魔王様がいないのですか?
 そしてディエンヌが玉座につくことを、魔王様は許したのですか?

 そんな疑問の面持ちで、みつめると。
 彼女は長い足を組み替えて。告げた。

「生きてるわよぉ? お父様とお母様は、私を愛してくれるのだから。そう簡単に殺したりしないわぁ。今はね。ふたりは、とっても幸せな夢の中よ。サキュバスの能力で、お父様とお母様は夢の中で、目くるめく快楽の宴を楽しんでいるところなの」

 寝ている? 魔王様が?
 母上もいて、それでサキュバスの能力で、良い夢を見ているということですか?
 それは…ありえないです。
「最強の魔王様が。サキュバスの能力に溺れたりはしないだろう?」

 サキュバスは、下級悪魔である。魔族の中でも、魔力量は少ない方です。
 魔王級の力があれば、サキュバスによる催眠なんかにかかるわけもない。はずです。

「普通はね? でも私が、お母様に力を貸しているのだもの。お父様の生気を取り込んだ私が、お母様と一緒にサキュバスの催眠をかけたら。ころり。魔王は深ーい眠りの底へと、簡単に落ちていったのよ?」

「なんて大それたことを。魔王様に能力を使うなんて…さすがに、娘に甘い魔王でも。自分が魔法をかけられたなどと知ったら、プライドを傷つけられて、烈火に怒り狂うに決まっている。魔国が荒れ狂ってしまうかもしれないぞ?」
 ぼくが忠告をしても。ま、この妹は、昔から聞きゃあしないけどね?

「そうかしらぁ? 愛する娘が自分以上の能力を持つと知ったら。この魔王の玉座も、すぐに明け渡してくれるかもしれないじゃなぁい?」
 そう言って、ディエンヌは。玉座の肘置きをぺんぺん叩くのだった。

「ディエンヌ、君には指名手配がかかっている。ぼくの殺害未遂と一緒に、クレスタ領を壊滅させた罪にも問われているよ? 本当に、君が村人の生気を吸って、干からびさせたのか? それに、この厳重な警備の中で、どうやって魔王城に侵入できた? なぜ魔王様に魔法をかけることができたんだ?」
 疑問が、あとからあとから、湧いてきて。
 ぼくはディエンヌに、矢継ぎ早に聞いてしまった。

 彼女は、そんなぼくを嘲笑するけど。
「あんた、ホントにバカねぇ。私は、生気を吸った人物を操れるの。魔王城に入るのなんか、簡単よ。あと、なんだっけ? クレスタ? 私の魔力向上のために、村人には犠牲になってもらったわよ? それが、なぁに? まだまだ全然足りないわよ? 生気を魔力に変えちゃうと、実質二分の一になっちゃうからね。魔王に魔法をかけるためには、もっと多くの魔力がいるもの。だからクレスタは手始めよ。今は…そうねぇ。五百人くらい取り込んだかしらぁ?」

 得意げな顔で、五百人の生気を取り込んだと言われ。
 ぼくは、声を失う。
 彼女は全然、悪びれていなくて。人の命を奪うことに、なんの咎めも感じていないようだった。
 そしてぼくの憶測通り、やはりディエンヌは。生気を魔力に変換できるようだね。
 魔道具で制御されていない、彼女が。思うさまに生気を取り込み、すべてを魔力に変換していったら。
 魔王をしのぐ魔力量に、なるのだろうか?

「お父様は美しい娘の私が大好きでしょう? だから油断して。すぐにサキュバスの夢の中に入り込んでくれたわぁ? これも簡単ね。魔王なんて、大したことなくなーい?」
 キャラキャラ彼女は笑うが。
 全然、笑い事ではありません。

「まぁ、それはともかく。面倒なことになったのよぉ、サリエルぅ」
 なんか甘ったるい声を出して、ディエンヌが言ってきた。キモっ。
 インナーが甘ったるい声を出してくるくらいに、キモっ。

「これからね? 勇者がここにやってくるのですって? 人族を干からびさせた件で、話があるとか? なんとか? でもぉ勇者って、魔王を打ち倒せるくらいに強いって噂じゃなぁい? そんな人、私、相手にできなぁい」
 え、勇者が来るの? こんな大変なときに。
 空気、読んでくださぁい。
 でも人族的には、民が魔族に襲われていると思っているのかも。
 そりゃ文句のひとつも言いに来るってなもんですね?

「父上を起こせばいいじゃないか」
「今、起こしたら。怒られるって。サリエルが言ったんでしょ? もうちょっと生気を吸って、弱体化させないと。私が滅却されちゃうわぁ」
 自業自得とは思いつつ。
 まぁ、そうなるだろうなとも思う。

「だからぁ、サリエルがここに座って。勇者とお話してくださらなぁい? ちょっと話をして。納得して、お引き取り願えばいいんじゃなぁい?」
「人族を干からびさせて、殺したのは。君だろう? 自分の尻拭いは自分でしなさい」

 今まで、ぼくは。彼女の尻拭いをいろいろ。いろいろいろいろ、してきたけれど。
 ぼくは、もうオコです。
 ディエンヌの悪行を、もう見過ごせません。

 でもディエンヌは。鼻でフンと笑うのだ。
「サリエルぅ。これはお願いじゃなくて。命令なの。ここに座って、あなたが勇者と対峙するの」

 そう言うと。うつろな目をした衛兵が。ぼくに剣を向けた。

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