魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 レオンハルトの胸中 ⑬

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     ◆レオンハルトの胸中 ⑬

 私の気持ちは、幾分すっきりしていた。
 ディエンヌが、とうとう子供がかんしゃくを起こすがごとく、サリエルに手をあげたのだ。
 学園生活が相当嫌だったのか? 寮生活が窮屈だったのか? 知らぬが。
 悪意のかたまりであるあの娘の考えなど、私には到底、理解できない。理解するつもりもないのだが。
 とにかく。大っぴらに、ディエンヌはサリエルと、サリエルのお友達の命を狙った攻撃を仕掛けてきた。
 私にも啖呵を切ったくらいだ。言い逃れようもない、現行犯である。
 これでようやく、私はあの腹立たしくて仕方がなかった娘に、堂々と罰をくだすことができるのだ。

 サリエルも魔王も、ディエンヌ捕縛に、もういなは告げられないだろう。
 私は。目の前でちらちらしていた目障めざわりなを、ようやく駆除できる。気分爽快だ。
 いや、まだ捕縛していないから。気は抜けないが、な。

 妹を逮捕したら。サリエルは、母が魔王城から退しりぞいたときのように。少しは胸を痛めるだろうが。
 私がそばにいて、その穴は埋めてやろう。
 決してサリュに、さみしい思いなどさせぬ。

 魔王城の上階にある私の執務室に。マルチェロとファウスト。そして、アリスティア嬢がいる。
 これからの動きについて、相談するため来てもらったのだ。
 みんな魔獣狩りイベント時に着用していたビリビリの体操着から、学園の白い制服に着替えている。
 私も、背中ビリビリでは威厳もなにもないので。着替えた。
 全く、余計な手間をかけさせて…怒りの矛先は、もちろんディエンヌである。

 それはともかく。
 まず、アリスティア嬢が。私の前で制服のスカートをチョンと摘まみ上げ、挨拶した。
「レオンハルト様、先ほどは初対面の挨拶もできず、無礼をいたしました。サリエル様の友人にしていただいております、アリスティア・フランチェスカと申します」
「いや、私も。サリエルからよく話を聞いているので。アリスティア嬢とは初対面のような気がしていなかった。サリエルと、これからも仲の良い友達でいてくれ」

 深く頭を下げる、この御令嬢は。見目が繊細で、とても美しいが。
 先ほどサリエルとやり取りをしていたときは。とても素朴な娘で、裏表がないように見えた。
 というよりも、遠慮のない相手というか。

 不敬、一歩手前というか…。

 しかし、彼女のそんな気安いところが。魔王の三男で、遠巻きにされがちなサリエルにとって、かけがえのない友人のひとりとなっているのだろう。
 サリュは、友達に恵まれているな?
 そのことは、私は嬉しく思う。

 そしてなにより。彼女の良いところは。サリュが、結婚相手として見られないと言っているところだ。
 アリスティア嬢のくだけすぎた性格によるもの、らしいが。
 まぁ言葉遣いは、ちょっと荒いのかな? でも。
 彼女は、公爵家子息と同等の魔力量を秘めていて。もう少し鍛錬したら、護衛としても申し分なくなる。
 家柄も仲の良さも、サリュのそばに置く人物としては、完璧である。
 ぜひ、末永くサリュのお友達でいてもらいたいものだ。

 と、いうわけで。本題である。
 私は小さな赤い石の指輪を、三人の前に置く。
「これは、サリエルの防御魔法が施されている宝玉と、連動した石だ。防御が発動したら、石が光るようになっている。ディエンヌが逃走中の今、サリエルの身になにがあるかわからぬから。石が光ったら、サリエルの元へ駆けつけてほしい。もちろん私と、ラーディン、シュナイツにも持たせているが。とにかくディエンヌからサリエルを守ってくれ」

 すぐにも、ディエンヌを捕まえられたらいいのだが。
 彼女が投獄されないうちは、サリエルの身が気が気でない。
 ディエンヌは人を操る術にけているようだから。その点も、心配だ。
 魔王城の中にも、ディエンヌの暗示にかかった者がいるかもしれないからな?
 しかし、屈指の魔力量を誇る彼らなら。そう簡単に暗示にかかることはないだろう。

「教師陣の事情聴取によると、生徒に掛けられた暗示は、その日のうちに解けたようだ。大人数の暗示は、それほど強く作用しないようだな? しかしながら、以前サリエルに毒を盛ろうとして退学になった生徒や。チンピラどもは、ディエンヌの関与を口にしなかった。より深い暗示をかけられたのだろう…」

 私の言葉に、マルチェロが聞いてくる。
「吸血鬼系の魔族が、血を吸った者を眷属にするときは。一生モノの忠誠がかかります。しかし暗示が強力ゆえに、眷属にできる人数は、多くて二人ほどだ。ディエンヌの資質は、それとは違うようですね?」

「ディエンヌはサキュバスの能力で生気を喰らうことができ。魔王の能力で、普通のサキュバス以上のポテンシャル、かつ、変異も加えられているのだろうな? 考えられるのは、サリエルが言ったように。取り込んだ生気を魔力に変換できること。生気を吸った者を一時的に支配下におさめ、暗示をかけて操れる…というところか?」

 そこにファウストが、口をはさんできた。
「侮ってはなりません。ディエンヌにどのような能力があるのかわからないうちは。魔王級の力があると見込んで、慎重に対応するべきだと思います」

 魔国において、魔力の強大さは絶対の権力を持つ。
 大きな力の前で、魔族は本能的にひざまずくのだが。
 公爵家に匹敵する魔力を、一瞬でも繰り出したディエンヌは。

 もしかしたら、私の上に立てる人物なのかもしれない。

 しかし崖の上に立ち、こちらを見下ろしていたディエンヌに。
 私は。ひれ伏したい、という気持ちにはならなかった。それは…。
 能力が一時的なものだからか。
 常に、その魔力を保持できないからか。

 とにかく。彼女は。まだ私の上に立つ者ではない。
 私の上に、立てるのは。
 私が、跪きたいと思ってしまうのは。

 今は、サリエルしかいない。

「ファウストの言うとおりだな。ディエンヌを捕縛するまでは、油断しないよう取り計らおう。すでに騎士団が王都をくまなく捜索している。今回の暗示は、大人数ゆえに薄かったらしく。生徒たちはみんな、ディエンヌの仕業であることをはっきり覚えていた。この件を魔王に報告したら、渋々ながらもディエンヌの指名手配にうなずいたよ。もう、かばえる段階ではない」

 ひとつ息をついて、私はマルチェロに目を向けた。
「魔王の娘が不祥事を起こし。婚約者として受け入れていたルーフェン公爵家にも、泥を塗る事態となった。魔王はさすがに。そのことについては憂いている。マルチェロ。君の思惑もあったと思うが? ディエンヌの捜索は、魔王軍が行う。良いか?」

 マルチェロやルーフェン家は。先日の火事の件で、手配した家庭教師が傷つけられた点から。
 もうすでに、ディエンヌには見切りをつけている。
 おそらく証拠集めがそろった時点で、彼女を断罪することを目論んでいたはずだ。

 公にはしていないが。火事の折に負傷した家庭教師は、ルーフェン卿の御落胤ごらくいん。公爵の怒りも、すさまじいと推察している。
 しかし今回の事件で、ディエンヌが逃走し。振り上げた拳をおろせなくなって。歯がゆい思いをしているのではないだろうか?

 ルーフェン主導で、捕縛し、罰したい気持ちがあるのではないかと察するが。
 ディエンヌの逃走ルートがわからないうちは、軍を使って、広範囲で捜索するのが得策だ。
 なので一応、断りを入れておく。

「結構ですよ? 沙汰の折に公爵家の意向をお伝えいたします」
 しかし。マルチェロは、ディエンヌの罪が決定づけられる場にいられればいい、ということらしい。
 公爵側も、なにか考えがあるのだろう。
 それなら、良い。

 私がひとつうなずくと。ファウストが言った。
「マルチェロはディエンヌのことなど、もうどうでもいいのでは? サリーちゃんにチュウしていましたよ?」

 なんだとぉ?
 ファウストの言葉に、私は。額のツノが熱くなるのを感じた。

「バカっ、チクるんじゃねぇ。それに、額にチュウだし」
「抜け駆け厳禁です。私だってアリスティア嬢ではなく、サリーちゃんを抱っこしたかったのに。たまたま位置が、マルチェロに近かっただけで。サリーちゃんにチュウは、ズルいぞ!!」

 そのファウストの言には、アリスティアがジト目で告げた。
「サリーちゃんでなく、私ですみませぇん。おまけで助けてもらい、ありがとうございまぁす」
 するとファウストは、しどろもどろ言い訳をする。
「そ、そういうつもりではなかったが…つ、つまり、マルチェロがサリーちゃんにチュウしたのが、許せんということだ」
「額に、チュウだ。サリーが無事で安心しただけだ」
 マルチェロも慌てているのか。いつもの冷静な態度や。貴族的、優雅な言葉遣いを見失っている。
 ファウストはその場にいながら、サリエルを手にできなかったことが悔しいのだろう。
 婚約破棄虎視眈々勢のつばぜり合いである。

 つか。額にチュウは。私も許せんよ?

「マルチェロ、ファウスト。君たちがサリエルを愛していることは、私も承知している。しかしサリエルは。婚約者だ。サリエルの心が動いたのなら、ともかく。それまでは、君たちは。サリエルの、大事なお友達である。友達の枠を逸脱し。サリエルを傷つけるようなことがあれば、私は許さぬ。友達として振舞えぬというのなら、排除しても構わぬがぁぁぁ???」
 額のツノをにょっきり出して、告げると。

 ふたりは。頭を下げたのだった。
「「いえ、友達の本分をわきまえます。サリエル様のおそばに仕えさせてください」」
 しばらくふたりを、ジト目で見やったが。まぁ、良いだろう。

 ったく、油断も隙も無いな。コシタンめっ!!

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