魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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100 放っておいてくれませんかねぇ?

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     ◆放っておいてくれませんかねぇ?

 薬草取りをしているぼくらの元へやってきた、ディエンヌ。
 なんでか。マルチェロに、ぼくとアリスを殺せって頼んでいるのですがぁ?

 なんでディエンヌは、そんなにも実の兄であるぼくを殺したいのでしょう?

「ディエンヌ。なんでぼくを殺したいのですか? 君は子供の頃から、ぼくのことを殺そうとして。最初は、子供だからただ魔法を使いたいだけかと思っていたのですが。いったい、なぜなのです? ぼくは君に、殺したくなるようななにかをしたの?」
 本当に、これは疑問だったのです。
 だって。ぼくはレオンハルト兄上に育てられて。ディエンヌとは一緒に育ったわけでもなく。たまに顔を合わせるだけ。ラーディン兄上ほども会っていなかったのですよ?

 ただ血縁があるだけの、他人のようなものなのに。

 ディエンヌはそんなぼくを、あざけるように。鼻で笑う。
「はっ、殺したくなるような、なにか? そうねぇ。言うなれば。あんたが私の目の前で息をしていること? あんたはね、本当に目障めざわりな存在なのよ?」
 だから、その目障りな理由を教えてほしいのですがぁ? という顔で。見やってみる。

「私はね? 魔王の娘なの。魔王の娘は、この世で一番えらい女性なのよって。お母様は言っていたわ? なのに、なに? ちょっとお兄様に育てられただけのあんたが、次期魔王妃になるなんて。許せないじゃない? こんな醜くて、不細工で、ツノなし、魔力なしの出来損ないが。私の上の地位に立つとか。ホント、考えられない。醜いあんたが私を差し置いて、お兄様と幸せになるとか。考えただけで虫唾むしずが走るの。あんたの存在が、本当に邪魔なのよ」

 美しい顔をゆがめて、一気に言い切るディエンヌ。でも、それって…。
「兄上の婚約者がぼくじゃなくても。誰かが兄上と結婚したら、その方が魔王妃になるのですよ? 誰かが必ず、ディエンヌの上に立つのです」
「そうね。今一番有力なのは? そこにいる、顔が綺麗なアリスティア? かもしれないけどぉ。だからあなたのことも殺すのよ? 私より美しいって噂、ホント最悪ぅ。ありえないでしょう? アリスティアもあんたも、私の目障りトップツーなの。不快なものは目の前から全部っ、消してやるわっ!」

 なんか、のみ込めないけど。醜くても綺麗でも、駄目なのですかね?

 たぶん、明確な理由などないのかもしれません。
 ディエンヌは魔族の気性に従って。嫌なもの、不快なものを、排除したいという本能に駆られている。
 血縁なのも、ひとつの理由なのでしょうか?
 同じ血を分けた者が、自分より突出するのが許せない、みたいな?
 どちらにしても子供じみた考えで。
 それで、誰かを手に掛けるという理由には、なりえません。

 などと、ぼくが分析をしているときに。ディエンヌはマルチェロに答えを求めた。
「で? マルチェロ。私の味方になってくださる?」
「君について、私になんのメリットが?」
 ディエンヌの言葉に、マルチェロは従う…わけもなく。
 まるで取引相手と交渉するような、重い声音でディエンヌにたずねる。
「サリエルは次期魔王妃だ。君にそれを凌駕するような価値があるとでも?」

 その言い方では、なんとなく。マルチェロはぼくが魔王妃になるから一緒にいる、みたいに聞こえますが。
 いいえ、ぼくはわかっていますよ?
 マルチェロはそんな、上辺だけを見てぼくとお友達になったのではないって。長い付き合いですもんね?

 でも、ディエンヌは。
 人との付き合いが、メリットがあるか、ないか。
 より有益なものを示せれば、それで人の心を動かせるとでも思っているみたい。
 勝ち誇ったような顔で、切り札を見せるのだ。

「もちろんよ? 私が、次期魔王になるの。そうしたら私の上に、もう誰も立てないでしょう? 魔国のトップで、誰の指図も受けずに好きなことだけをするの。それが本当の悠々自適でしょ? それが最高よっ。次期魔王と目されているレオンハルトお兄様も、サリエルも、近々失脚するの。お父様も乗り気なのよ? だからマルチェロ。今のうちに私に従っていた方がいいわよ?」

 彼女の言葉を聞いて、マルチェロは軽く笑い飛ばした。
「はは、バカな。私よりも魔力の低い君が? レオンハルトや私を差し置いて、魔王になる? あり得ない」
 そしてその言を、一刀両断にするが。

 ディエンヌは、臆することも動じることもなく。マルチェロとともに、あはは、うふふと笑い合った。
 はたから見れば、和やかな空気ですが。
 いえいえ、恐ろしい会話の内容でございます。

「あら。それじゃあ仕方がないわねぇ? ここで私の誘いを断ったこと、生涯悔やむといいわ?」
 そうしてディエンヌは。笑顔のままで、片手を上げる。
 彼女の後ろに控えていた、うつろな目をした生徒たちが、それを合図に魔法の発動体勢を取る。
 両手を前に出して、目の光を剣呑とさせた。

「この子たちはね? 暗示がかかっているだけの、普段は善良な生徒たちよ? でもぉ、ただの生徒を害するのは、そこの偽善のかたまりのサリエルが許さないんじゃないかしら?」
 ディエンヌの言葉に、前に出てぼくらを守るファウストとマルチェロは、ちょっとひるむ。

「彼らの標的は、目の前で妨害する者。それを排除するよう暗示をかけているわ。サリエルの防御魔法は、魔法を無効化してしまうのだもの。本当に厄介なものを、お兄様は作ったものね? でもマルチェロやファウストには、容赦しないから。さぁ、そこをどいて。私にサリエルとアリスティアを寄越しなさい? 私が地獄へ案内してやるから」
 狂気な目つきをして手を伸ばし、命令するディエンヌに。
 ファウストは、決然と告げた。

「たとえ無関係の生徒を害して、サリエル様に嫌われたとしても。サリエル様の命が一番大事なのです。サリエル様をお守りするため、私はあなたを成敗します!」

「もう、サリエルのお友達も頭が固いのね。全く、ウザい人ばかりで困っちゃうわぁ?」
 そうしてディエンヌが手をおろし。
 後ろの生徒たちが、一斉に魔法で攻撃を仕掛けてきた。

 マルチェロは分厚い結界魔法で、攻撃を退け。
 ファウストは結界の外で、生徒たちを剣のつかで殴打して、気を失わせる。

 そして森の中一帯に。警告のサイレンが鳴り響いた。
 生徒同士が魔法を使い合うと、その魔力を感知して先生が警告を発するのだ。
 魔獣を狩った者が横取りされないようにする、防止策である。
 そうでないと、魔獣と相対しないで、生徒から魔獣をかすめ取る。悪賢い生徒が優勝してしまうのでね?
 魔族だからね? 楽して取る方法はいろいろ考えるよね?

 しかしディエンヌは、そういう思惑ではなく。
 マジで、ぼくとアリスの命を狙いに来ていますよぉ?
 もう、殺したいほどぼくが嫌いなら。放っておいてくれませんかねぇ?

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