魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 レオンハルトの胸中 ⑪

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     ◆レオンハルトの胸中 ⑪

 サリエルが、旅行から帰ってくるという日。私は朝からそわそわしていた。
 帰宅は夜になる予定だ。七日目に滞在する侯爵家から王都に入るのに、普通にそれくらいの道程になるので。だから、まだサリエルが帰ってくるまで何時間もあるが。

 仕事など全く手につかない。それぐらい、気がそぞろだった。

 魔王城の執務室で、流れ作業的に書類を読み進めながら。私はサリエルのことを考えた。
 やはり。サリエルのいない屋敷は火が消えたようで。
 どことなく、使用人の活気も、笑顔も少ない。
 サリエルという存在が、我らの心に太陽のごとき強烈な光をもたらしていたことを。ひしひしと実感したのだった。

 彼の笑顔が見られなければ。働く意欲も失われ。
 こんな、生きているだけで苦しい世の中など滅びてしまえと。暗い感情に陥りそうになる。

 もしも、私のそばにサリエルがいなかったら。私はきっと暴虐の魔王になり果てていただろう。
 そんな未来が。手に取るように想像できる。

 しかしそのような日々も、今日で終わりだ。サリエルは私の元に帰ってくる。
 一日目などは。本当に。旅を許可したことを後悔し。
 今から行けば、一行に追いつくのではないかと羽を広げてみたりもしたし。
 サリエルがまごつかないよう、旅のしおりに指示を細かく書いてみたが。あれも書いておけば。これも書いておけば。などと、あとからあとから修正点を考えついたりして眠れなくなったり。
 二十四時間で三十年くらい老けた気持ちになったが。

 しかしそのような日々も、今日で終わりだ。サリエルは私の元に帰ってくる。
 大事なことなので、二回言わせてもらおう。

     ★★★★★

 今日は仕事にならないから、早めに屋敷に戻った。
 でもサリュが戻るまでは、やはり無為な時間が私に重くのしかかってくる。まだか、まだかと。な?

 だが、屋敷の使用人の顔には笑顔が戻っていた。
 サリエルを出迎えるために、屋敷の掃除を念入りにしたり。帰宅時間的に夕食は済ませてくるだろうが。料理人は、サリエルの小腹がすいたときのために焼き菓子を作っていて。
 その匂いや、働き手の気持ちの高揚に。
 あぁ、もうすぐサリエルが帰ってくるのだなと。そういう雰囲気を感じるのだった。

 そうして日が落ちて。サリエルが乗る馬車が現れそうな時間になると。
 使用人がランプに火を入れて。玄関口や、馬車が通るロータリーの周りをライトアップさせた。
 いつも以上に、明るくしているな?
 きっと玄関に我らが立っている姿を、馬車の中のサリエルにも見えるようにしているのだな?

 そうして、ようやく。サリエルの乗った馬車を護衛する騎馬隊が敷地内に入ってきて。扉にドラベチカ家の紋章を刻む馬車が、玄関に横付けされた。

 私は。御者が馬車の扉を開けるのも待てずに。外から扉を開いた。
 すると、すかさず。手も足も大きく開いて、大の字になったサリエルがピョピョーンと飛び出してきたのだ。

 その、愛らしい仕草。私を必死に求めるのを、体いっぱいに表現して。なんて可愛い子だろう?
 そして、私の胸のあたりにビタリと張りつく。
 あぁ、このようなヤンチャをするのは。いけない子だな?
 高い車高の馬車から飛び降りたら危ないと、しおりにも書いておいたのに。ちゃんとミケージャのエスコートを受けなさいって。

 でも。私に張り付いたサリエルを抱き止めて。そのぬくもりや香りを感じると。
 愛おしさが、ギュギューンと胸に高まるのだった。
 ようやく、私の愛し子が私の元に帰ってきた。

 しかしこのようにしがみつかれてしまうと。旅の途中でなにかあったのではないかと、心配になってしまう。
「どうしたのだ? サリュ。なにか悲しいことやつらいことがあったのか?」
 サリエルをちゃんと補佐したのだろうなぁ? と馬車の中にいるマルチェロとファウストを、ギヌルと睨む。
 でも、サリュは。とても楽しかったと言い。

「…兄上のお顔を見られなかったことは、とてもつらかったですぅ。初旅に一週間は、長すぎましたぁ」
 と。甘えん坊全開でつぶやくのだった。

 いかん。このように可愛らしいサリュを、マルチェロやファウストにこれ以上見せたくない。サリュが減る。

 サリュの補佐をおろそかにしたのではないか? という、ふたりへの冤罪は晴らしてやり。
 私は彼を抱っこしたまま、エントランスへ入っていった。

 おそらくマルチェロとファウストは、この旅の詳細報告のために、この屋敷に滞在するのだろう。
 彼らのもてなしを使用人に目で合図しながら。サリュに問いかける。
「そうか、そうか。私もサリュの顔が見られなくて、とてもさみしかったのだ。さぁ、顔を見せておくれ?」
 うながすと。胸に顔をうずめていたサリュが、オズと顔を上げる。
 興奮で、ちょっと頬が赤くなっていて。はにかむような笑みの、可愛い可愛い私のサリュの顔を。ようやく、しっかりと見ることができた。
 旅の使命を、しおりの指示を、しっかりと果たしましたよぉという。若干のドヤ顔が、超ド急に愛くるしいぞっ。

「あぁ、可愛いサリュが帰ってきて、私はとても嬉しいなぁ。そうだ、今日は一緒に寝んねするか?」
 もう片時も離したくない気分で、そう言った。
 すると一瞬、サリュの顔が輝いて。頬がふくふくした、満面の笑みになるが。
 ミケージャにいけませんと言われ。シュンと表情が曇る。
 その明暗のギャップが、激しい。

「ミケージャ…ダメ、ですかぁ?」
 そんな、さみしげな、悲しげな声で言われたら。折れない奴などいないだろう。
 心、ボッキボキに折れまくりである。
 さすがの堅物のミケージャも。心臓発作のように、ハウっと息をのみ。形無しである。

「…今晩だけでございますよぉ?」
 そうだろう、そうだろう? このようなシオシオしたサリュに、なにも言えないだろう?
 何気にミケージャも、サリュにヨワヨワなのだ。

 お許しが出て、サリュは両手をあげて喜んだが。

 私が寝支度の用意をしてから部屋を訪ねると。
 プレゼントした、白い寝間着を身につけたサリュが。
 ベッドで大の字になって、寝ていた。

 まぁ、長旅で疲れたのだろう。私の用意を待てずに、寝落ちしちゃったね?

 小さな口をちょっと開けて。お腹を上下させて。それはそれは、気持ちよさそうに寝ているので。
 私は、彼と添い寝するのを楽しみにしていたのだけど。仕方がないね?
 夏だが、夜は冷えるので。柔らかいブランケットを体にかけてやった。
 胸の上を手でテンテンして。ナイトキャップや襟元のしわを直してあげていると。
 サリュは、ちょっと目を覚ましたのだ。
 いや、目を開けたわけではないが。なんとなく、気が付くのがわかるだろう?
 でも、まだ夢うつつ、という感じだったので。
「サリュ、おやすみ」
 そう言って、彼の額にチュっとキスすると。
「兄上ぇ、おやすみなさいませぇ…」
 と、うとうとしながらも、丁寧な言葉づかいで言うのだった。

 そういうところは、サリュだよなぁ…と思って。
 私の屋敷にサリュが戻ってきたことを、じんわりと認識して。嬉しさに、笑みがこぼれるのだった。

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