魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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91 兄上禁断症状ですぅ

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     ◆兄上禁断症状ですぅ

 七日目、ラストの夜会に参加する方たちと挨拶していくと。王都に接する領の領主たちが多くいて。
 あぁ、王都が間近に迫っているな。帰ってきたなぁ…と感じます。
 現在ぼくのそばにいるのは、シュナイツとマルチェロとファウストで。
 婚約者をまだ決めていないのは、ファウストだけなのですが。
 夜会に参加されている御令嬢は、高位貴族の殿方をギラリとロックオンしていまして。とてもきらびやかなドレスをひらめかせるのでした。
 でも、今宵は。みなさん、ぼくのそばから全然離れないのですよ?

「みなさんは、ご挨拶とかなさらないのですか?」
 いつもは女性のみなさんが列を作ってしまうので。彼らは、その御令嬢と失礼のないよう挨拶をして。やんわり断るという感じでしたが。

「今日は、サリーの警護に徹しようと思ってね。王都も近くなってくると、腹黒い輩が近づいてきそうだからさ?」
 鮮やかなグリーンの夜会服を身につけるマルチェロは、相変わらずの美丈夫で。御令嬢の目を引き付けているが。ぼくにはそんな風に言った。
「またまたぁ、ぼくを隠れ蓑にして御令嬢から逃げる算段なのではぁ?」
「ふふ、バレたか」
 マルチェロが、麗しい微笑みを浮かべ。シュナイツやファウストも、軽く笑うのだった。
 和気あいあいというやつです。

「サリエル様? ご挨拶させていただきますわ?」
 そこへやってきたのは、ぼくのクラスメイトのヴェルビン・サンド伯爵令嬢だった。
 S字の御ツノに薄ピンクの髪を巻き付けた、独特の髪形で。オリジナリティーが素敵です。
 彼女は淑女教育のときに、ぼくの刺繍を褒めてくれた御令嬢です。

「今日は、マリーベル様とアリスティア様は御一緒ではないのですか?」
「えぇ、一緒に旅をしてきたのですが、途中でフランチェスカ侯爵領に寄りまして。夏休みはもう少し、そこでふたりで過ごすのだそうですよ?」
「まぁ、とても仲良くおなりで。うらやましいですわね? そういえばサリエル様の王族巡行の件は、魔国中で噂になっておりましたわよ? 私の…知り合いで。レオンハルト様のご婚約者をひと目見たいと。夜会に潜り込もうとする方も、ちらほらとおりましたのよぉ?」
 そうして、彼女は。グラスを傾けながら、視線を右に左にと動かした。

「ヴェルビン嬢が大したものではないと、おっしゃってくださればいいのに」
「とんでもないですわ? 淑女教育では満点の成績をほこるサリエル様ですもの。非の打ち所がないというのにぃ。それに、凛々しいナイトたちに守られているサリエル様をけなしたりしたら。私、成敗されてしまいますわよぉ?」
 ほほほ、とヴェルビン嬢は笑うが。
 なんですか? これは褒め殺しなのですか?
 でも、まぁ。最後の夜会もつつがなく終了いたしました。

 途中、ファウストの姿が見えなくなった時もあったけど。
 すぐに戻ってきたので。知り合いに挨拶でもしに行ったのでしょう。

 夜会のあとは、ぐっすり寝て。
 いよいよ明日は、王都に凱旋ですよ?
 長い旅路、戦いのような連日の夜会を、ミッションコンプリート。
 ぼくは兄上の用意したそれらの難題に、勝利したのですっ。

 早く、兄上に会いたいですぅ。

 翌日。ぼくの馬車にはシュナイツ、ぼく、マルチェロが座り。対面にファウストとミケージャが座る。全員集合な感じです。
 ちょっと、ぎゅうぎゅう。
「あぁ、兄上のもっちり触感、最高」
 ムギュっとなっていても、シュナイツは幸せそうでしたがね。

 そして、ふたつの領をまたぎまして。日が落ちる頃、王都に入っていくことになりました。
 王都には、王族の馬車を含んだ隊列は。優先して入れます。
 でも王都中央の魔王城までは、まだ少し距離があるので。
 領境にあるレストランで、ちょっと早めに夕食を取ることになりました。
 町の食堂を貸し切りにしまして。一週間の長旅を過ごした騎士や御者や、従者のみなさまと過ごす、最後の晩餐です。
「サリエル兄上、私はこの夕食の後、自分の馬車に戻りますね? 一週間、とても楽しかったです。名残惜しいですが…戦利品もたくさんで、ホクホクです。次は公務でご一緒いたしましょう」
「…そうだね? シュナイツと一緒なら、お仕事でも楽しく過ごせるかもしれないですね?」
 戦利品の言葉には、ひぇぇと思いましたが。
 まぁ、そんなこんなでシュナイツは、ぼくの馬車から自身の馬車に乗り換えたのだった。

 けれど。ふたりはそのまま。ぼくの馬車に乗り込んだ。
「マルチェロとファウストは、自分の馬車に戻らないの? 王都の中に入ったら、馬車の乗り換えは大変になるよ?」
 シュナイツが自分の馬車に戻ったのも。警護上、街中で無防備に王族が移動するのは危険だからなのだ。それは高位貴族のふたりも同じである。

「私たちはサリーをお屋敷までしっかりと送っていくよ? しおりにも、お家に帰るまでが旅です。最後まで気を抜かないように、と書いてあるだろう?」
 ぼくの質問にマルチェロが答えて。え? となる。

「旅のしおりのことを、知っているのですかぁ?」
 聞いたら、なんか分厚いしおりを。マルチェロと、ファウストとミケージャも? 懐から出した。
 まさか、みんなにもしおりが配られていたなんて。
 兄上がぼくだけに作ってくれたしおりだと思っていたのにぃ?

「つか、ぼくのしおりよりも分厚いぃ」
「レオンハルトがサリーを警護するに当たって。それはそれは細かく、注意事項を書き連ねたものだからね? サリーの可愛らしい旅のしおりとは内容が違うんだよ」
 なぜか、ジト目で。マルチェロはそう言い。
「はい。しおりという名の命令書というか、警告書というか。そういうものです」
 ファウストも、ジト目で言った。

「そうなのですか? まぁ…ということは。屋敷につくまでは、旅は終わりではないのですね? それは嬉しいですね? 旅の終わりはなんだか物悲しくなりますからね?」
「そう? サリーはレオンハルトに早く会いたいんでしょ?」
「そそそ、それはそうですけどぉぉぉ」
 兄上に会えるのは嬉しい。でも、旅が終わるのはさみしい。
 そんな上がったり下がったりの複雑感情で、表情が変な感じになったとき。馬車は動き出した。

 あああぁぁぁあああ兄上ぇぇぇ。

 どんどん兄上に近づいていると思うと。
 ぼくの心は、なんだかドキドキのソワソワで、ギュンギュンで、デロデロです。
 もう、自分でもよくわかりません。

 そして魔王城へと馬車が登っていくのを感じると。もうっ。もうぅぅぅっ。

「サリー、大丈夫かい? なんだか、顔が赤くなったり青くなったりしているけれど。トイレを我慢しているのかい?」
 マルチェロが心配して、ソワソワがマックスなぼくに声をかけてくれましたが。
 なんだか、それどころではありません。
「違います。トイレではありません。ぼくは、あ、あぁぁ、あぁああぁぁああ」
「ミケージャ。サリーちゃんが壊れかけているぞっ?」
 ファウストもギョッとした声を出しているけれど。
 なんだか、それどころではないのです。

「あああぁぁぁあああ、あ、あ、兄上禁断症状です。兄上枯渇中です。もう、ちょっとも待てませんんんん」

 魔王城の、後宮の敷地内に入って。シュナイツの馬車が離れていくのを、窓から手を振って見送りますが。
 その間も、あぁぁあと言っておりました。
 そしてっ、いよいよレオンハルト邸の門を馬車が潜り抜けたとき。

 ぼくは、スンとして。ファウストの手を握りました。

「ファウスト。今回の旅はとても楽しかったです。バッキャスの防衛システムのことなども、とても勉強になりました。また誘ってくださいね?」
 そしてマルチェロにも、目を合わせます。
「マルチェロ。ここまで送ってくれて、ありがとう。何事もなく旅を終えられたのは、ふたりのおかげです。ありがとうございました。またこのような機会があったら。一緒に遊びましょうね?」
 そう、しっかり挨拶を済ませたぼくは。

 自分の席でフンフンと体を弾ませながら、馬車が止まり、扉が開くのを今か今かと待ちます。
 その間、縦揺れで、ぼくのほっぺはブールブルです。
 ファウストもミケージャも苦笑していますが。なりふり構っていられないとはこのことです。

 門を入ってからも、なんだか時間が長いのです。早くぅ。早くぅ。
 そして、やっと。馬車の扉が、カチャリと開き。
 その数センチの隙間を見たぼくは、ミケージャが馬車を降りるのを待つこともできずに。扉が開ききった刹那、馬車からピョーンと飛び降りた。
 すると、すぐそこには。扉を開けた兄上がいて。

 ぼくは兄上の体に。蝉が木の幹に止まるみたいにして、ビタッと引っ付きました。

「おかえり、サリュ。でも馬車から飛んだら危ないぞ?」
 そう言いながらも。兄上はぼくを胸のあたりで危なげなく抱き止めたのだった。
 これぞ、兄上とゼロ距離です。それがぼくを、この上もなく安堵させるのです。ムッフーン。
「ただいま帰りました、兄上ぇぇ」
 兄上のたくましい体躯や。懐かしい香りや。温かい体温を感じて。

 あぁ、ぼくは帰ってきた。ぼくが帰る場所はここなのだなと。思ったのだった。

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