魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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90 長い旅もラストスパートです

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     ◆長い旅もラストスパートです

 旅程の六日目。ぼくら御一行は、バッキャス率いる大勢の兵士や騎士見習いに見送られて、エーデルリンクを後にした。
 ぼくは、経験したことや目に映るものを忘れることがないので。今まで出会った貴族の方々や兵士たちの顔を、しっかり覚えている。
 その点、ぼくの瞬間記憶能力は役に立ちますね?
 今回の旅で、顔つなぎできた方たちと次に別の場所で会っても。この日のことを引き合いに出せば、話も膨らむでしょう? そこから、さらなる人脈も築いていけます。
 兄上のお役に立つ、第一歩になるのです。むっふーん。
 さぁ、長い旅もラストスパートです。

 今ぼくの馬車に乗っているのは、アリスとマリーのかしましコンビです。
 なんだか、げっそりしてしまいますが。それほど長い時間ではありません。お昼までの辛抱です。

 というのも。六日目は途中、アリスのご実家であるフランチェスカ侯爵領に寄るからです。
 アリスとマリーは、そこでこの旅をいったん終えます。

「まさかマリーベルが、アリスのお屋敷に御厄介になるとはね?」
 ぼくがたずねると。アリスは小さく首を横に振りました。
「公爵令嬢が私の屋敷にお泊りするなんて、とても光栄なことですわ? 御厄介などではありません」
「そうよぉ、私たちもう親友ですもの。夏休みの間、長く会えないなんてさみしいじゃなぁい? もっとたくさんお話したいから、逗留をお願いしたの。ね、アリスさん?」
 可愛らしい笑顔で微笑み合っていますけど。

「ぼくのプライバシーを切り売りする友情など…すぐに壊れるに決まっています。だいたい、ネタが切れればなくなる縁でございますぅ」
 ぼくは眉間をムニョムニョさせて。太ももの上で握った手も、ムギュムギュさせます。

 マリーベルは。ぼくの情報をアリスから引き出すために、アリスとお友達になっているのですよ?
 利用されているのだと、そこに早く気が付いて? アリスぅ。
 そして。ぼくの情報を漏らすのは、即刻止めるのです、アリスっ!

 ぼくは、そう思うけど。
「ネタは腐るほどあるから。私たちの友情は、だいぶ長く続きそうですわね? マリーベル様?」
 アリスはそう言うのだった。
 誰か。彼女の口を縫い付けてくれませんかね?

     ★★★★★

 そして侯爵のお屋敷に到着して、ぼくはアリスの御父上とご挨拶したのだ。
 フランチェスカ侯爵は、アリスに似た青い髪をした、優しげな顔立ちのおじさまだった。

 ぼくはなんだか、インナーを預ける親のような気分になった。
 だって、インナーは丸六年もぼくの中にいたのだもの。ぼくの中で一緒に育った、ぼくの魂の片割れみたいなものではありませんか?

 そんな彼女は、独り立ちし。自由になる体を得て、新たな生活に足を踏み出している。ぼくの魂の欠片かけら
 さみしい気分も感じつつ。これから彼女をよろしくお願いします、という気持ちで。彼女の親となった御父上と、しっかりと握手する。
 そのような背景を知らない侯爵は、王族のぼくに丁寧に挨拶されて、恐縮していたけれど。
「アリスティア嬢はぼくの大切なお友達です。この先の長い人生。彼女とずっと仲良くしていきたいのです」
 そう言うと。なんか、号泣された。

「つい最近まで、抜け殻の様になににも反応しなかった娘が。このように、やんごとなき方たちのお友達にしていただけるなんて。まるで夢のようです。今後とも娘をよろしくお願いいたします、サリエル様」
 そうか。侯爵からすれば。病弱だった娘が学園生活をちゃんとできているか。そこから、もう心配だったのでしょうね?
 それじゃあ友達と旅をして、ここにたくましく帰ってきた娘を見て、泣いちゃうかもね?

「こちらこそ。アリスティア嬢には大変お世話になっているのですよ?」
 そうして挨拶を済ませたぼくら一行は。アリスとマリーを侯爵邸に残し、本日お世話になる貴族の屋敷に向かったのだった。
 残念ながら、アリスが言うところのさわやかイケボ青年、庭師のジュールくんは。見ることができませんでした。がっかり。
 王族の前に、平民はなかなか顔を出せないものよぉ、なんて。アリスは言っていましたが。
 ぼくの扱いが雑な君に、身分や序列のことは言われたくないんですけどぉ?

 マリーベルのため、ルーフェンの護衛騎士と馬車がそこに残るので。馬車の隊列はちょっと少なくなった。
 なんとなく、旅の終わりを感じさせますね?

「はぁ。やっとサリーとふたりきりで馬車に乗れたよぉ。私の番が回ってくるまで、長かったなぁ?」
 ぼくの馬車に乗り込んできたマルチェロが、半ばぐったりしながら言うのに。
「ふたりきりではありませんよ? マルチェロ様。私がいますので」
 と、ミケージャがツッコんだ。まぁねぇ?

     ★★★★★

 六日目にお世話になった貴族との夜会も。無難に過ごせました。
 何回か回を重ねると。場馴れというものができるのですね?
 やはり、経験は尊いものです。

 今回の旅では、兄上がセッティングした方たちとの顔合わせでしたから。トラブルは起きませんでしたが。
 本番の公務では、このようにスムーズにはいきません。
 なにが起きても大丈夫なように、心を鍛えておくことも必要なのでしょうね?

 特にぼくは。ツノなし、魔力なしの、落ちこぼれですから。普通に、見下される素地はあるのでね?
 でも、まぁ。実の母や妹に散々罵られてきたのでね?
 暴言に対しての心の防御は、誰より強いとは思いますよ?
 それに慣れてはいけないと、兄上にはよく言われますけど。
 ぼくの味方である兄上やお友達がいる限り、ぼくはへこたれたりしないのですっ。

 さらに、七日目。とうとう旅も最終日です。

 今日ぼくの馬車に乗るのは、エドガー。宰相の宿題という名のクイズがまだ残っているのです。
 メイベル伯爵領までの道程、クイズ大会がババンと開催されまして。分厚い紙束の宿題はオールクリアとなりました。

 伯爵のお屋敷につき。メイベル伯爵は、エドガーが差し出したクイズの紙束を満足げに見やります。
「父上、サリエル様は魔国の懸案事項にすべて回答を出されました。どれも、なかなかに斬新なアイデアでございましたよ? フラフワムの領主も、害虫対策の発案を聞きとても喜んでおりました」
 え? エドガー?
 懸案事項ってなんですかぁ? クイズではなかったのですかぁ?

「ほうほう、サリエル様。この難題を全部お答えになったとは。さすがレオンハルト様が右腕にと見込んだ御仁だ。拝見するのが楽しみです。あなたと一緒にお仕事ができる日を、心待ちにしておりますよ?」
 メイベル伯爵は片膝をついて、両手で握手をしてくれて。
 魔国の宰相様に、そのようにかしこまられてしまうと。ぼくの方も恐縮してしまいます。
「ぼくも早くあなたと、そして兄上と、お仕事がしたいです。伯爵、これまで通り兄上をお助けしてくださいね?」
 そうしてエドガーも、残りの夏休みは実家で過ごすということで。
 ここで旅の隊列を抜けたのだった。
 エドガーの御つきの騎士と馬車が抜けるのを、馬車の窓から手を振って見送り。

 本当に、旅の終わりが見えてきたのだった。

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