魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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89 サリエルが産めばぁ?

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     ◆サリエルが産めばぁ?

 夜会の最中に、アリスがバルコニーに出ろと言ったから。なにか事件があったのかと思って。
 ぼくは彼女とともにバルコニーに出ました。
 入り口はバッキャスの騎士が守ってくれるので。一応、人払いみたいな感じになりますね。

「アリス、なにかありましたか? お菓子に毒が? ジュースが紫色になったとか? ドレスをワインで汚されたとか? まさか剣を向けられたりぃ?」
 ぼくは思いつくままに、恐ろしい展開を口にしていった。
 悪い想像をさせたら、ぼくは天下一品です。
 そうしたらアリスは軽く笑い飛ばした。

「ふふっ、サリエルぅ、バッキャスのお屋敷でそんなことがあったら、人聞きが悪いでしょう? ピンピンしているから大丈夫よ」
 アリスはディエンヌにいろいろやらかされているから、ネガティブな想像ばかりが膨らんでしまいました。
 ここに、ディエンヌはいないのに。
 でも彼女がその場にいなくても、なにかしら仕掛けてきそうでしょう? 
 油断は禁物、なところが。気を休ませる暇もなし、で。我が妹ながら、いやぁな感じですね?

「それじゃなくてぇ。見知らぬ男性からひっきりなしにダンスに誘われて、もう無理ィってなっただけ。でもサリエルがそばにいたら、無遠慮に声をかけられなくなるでしょ? 腐っても魔王の三男だから」
「ぼくの中にいたときはともかく。今、あなたがそれを言ったら不敬罪ですからね? アリスぅ」
 そうなのです。ぼくは、腐っても魔王の三男なので。権威はほどほどにあるのですっ。

「ふたりきりなのだから、無礼講でいいでしょう?」
 なにやら色っぽい目で流し見られるが。
 中身がインナーなので。ぼくは全然食指が動きません。
 つか、兄上以外の人に誘惑されても、全然効きませんからね。

「まぁ、良いでしょう。ぼくも一休みいたします。いっぱい握手をしたので、疲れました」
 長旅の疲れも、そろそろにじみ出てくる頃ですね。
 フッとため息をついて。手に持っていたグラスのジュースをひと口飲みます。
「てか、兄上といつエッチするの?」
 アリスに聞かれ、ぼくは口に入れたジュースをブハッと出してしまいました。

 え? はぁ? なに言ってんのっ?

 吹き出してしまって、粗相を恥ずかしいとは思いますが。
 これはアリスが全面的に悪いでしょう! ぼくは悪くないっ。

「げほっ、あ、あああ、アリスぅ? なにを言っちゃってんのかなぁ?」
 動揺に動揺が重なり、グラスを持つ手がブルブルいたしますよっ。
 そういえば、アリスは。いやインナーは。
 ぼくの中にいたときから、たまにギョッとすることを言い出すときがあった。
 もう、ぼくの頭では考えつかないことを。突然言い出すのだからぁ。

「だってぇ、あれだけのエレガントスパダリよ? 次の魔王よ?! とっととゲットしておくべきよぉ。早く既成事実を作って、兄上に絶対結婚してもらわなきゃあ。誰かに取られてからでは遅いんだからねぇ?」
「ぼぼぼ、ぼくはまだ、十三歳ですよ? それに、男同士だしぃ」
「男同士で婚約できるこの世界で、そんなモラルなんかないじゃーん? つか、私のインナー的エロ知識で、男同士でどうやってやるのかもわかっているでしょ? あとインキュバスがエロを恐れてどうすんのっ!」
 インナーの言うことは。ギョギョっとするけど、いちいちごもっともでございます。どういうこと?

「でもでも、兄上はお世継ぎがぁ…」
 その件については。兄上は考えなくていいと言うけれど。
 ぼくはどうしても考えてしまうのです。
 いつか、兄上が。女性と結婚、しちゃったらぁ…。

「サリエルが産めばぁ?」

 ぼくがイジイジしていたら。アリスがそう言って。
 またもやぼくを、ギョッとさせるのだった。

「ぼくが、産む? う、む?」
 糸目で、目をみはれないが。
 驚きの表現を最大限にいたしましたら。
 アリスは苦笑して。少し真面目な顔つきになった。

「サリエルの中に入っていたときには、感じなかったけど。この体になってから、高純度の魔力の圧をひしひしと感じるの。ほらぁ、今回の旅は。公爵様とか、魔力の多い方の屋敷を回ったでしょう? だからかもしれないわね? 一応この体は主人公だから。攻略対象の強い魔力にも耐えられる基礎があるわ? でも主人公補正があっても、まるっきり感じないわけではなくて。でもサリエルの中では、その圧を全く感じなかったの。サリエル、あなたはやはり特別な体を持っているのだと思うわ?」
 アリスにそう言われて、ぼくは自分の体を見下ろしてみる。

 兄上が魔力をコントロールできなかった、幼少期。
 普通の赤子なら、兄上が垂れ流す高純度な魔力に、耐えきれず。泣きわめいたり、失神したりしてもおかしくはなかった。現にラーディン兄上は、そういう状態だったらしい。

 けれど、ぼくは。最初から大丈夫だったのだ。

 そのことを、疑問に思ったりしたことはなかった。ただぼくは鈍感なのだと、思っていたのだけれど。
 アリスに特別な体だと言われ。
 そうなのかなぁと。ようやく、自分の体の不思議さについて興味が湧いたのだった。

「でもぉ、兄上と…するなんてぇ。恥ずかしいというか。考えていなかった…と言ったらウソになりますが。まだ早いというかぁ。でもぉ、ぼくはぽっちゃりだから。兄上はその気にならないかもぉ。あぁ、意識すると恥ずかしすぎますねぇ? 照れ照れ」
 もじもじ、しながら。ぶつぶつ、つぶやいていると。

 またアリスが爆弾発言をかましてきた。

「私が兄上の赤ちゃん、産んであげようか?」
「…嫌ですっ!!!」
 即時に、却下です。えぇ、そのようなことは許しませーぇん。

「嫌なんだ? じゃあ、やっぱり。サリエルが産むしかないね? 私が嫌なら、兄上の相手が誰でも嫌でしょ?」
「うーーーー、嫌です。でも、ぼく。ホントに産めるんですか?」

 うふふーん、兄上の赤ちゃん。

 ぼく。産めるなら、産みたいですぅ。
 兄上とぼくの赤ちゃんを腕に抱いて。ふたりで微笑み合って。育児なんかしちゃったりして?
 兄上はぼくを育てたも同然だから、育児はお手の物でぇ。ぼくはそばでオロオロしちゃったりしてぇ。
 でも、幸せな家庭で。いつも、のほほんと温かい感じでぇ。

 そうして、うきうきと夢を見ていたら。
「いや、知らんし」
 アリスが、ぼくのっんもも色の夢をバッサリと袈裟けさ切りにしたのだった。

 あああああぁぁぁああ、アーリースーぅぅう!!!

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