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82 おばちゃんの初恋
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◆おばちゃんの初恋
夜会の最中にバルコニーへ出て、ぼくがひと息ついていると。ドレッシーに身を飾ったアリスが寄ってきた。
バルコニーの入り口にはファウストがいて。ぼくらを守ってくれている。
アリスに、もうホームシックなの? とたずねられて。
ぼくは。
キュウッと、唇をへの字にした。
「だって。朝、兄上が見送ってくれたのですが。なんだか、とてもさみしそうに見えて。ぼくも。いつも兄上がご公務で屋敷を留守にするときは、とてもさみしくなるから…もう帰りたいぃ」
涙こそ出なかったが。胸が苦しくて。悲しい気持ちがこみ上げて。
最後に見た兄上のお顔が、頭から離れません。
「そんなこと言ったらファウストが泣くよ? ファウストはサリエルを我が家にお迎えできるって、すっごく嬉しそうに言っていたのだから。ま、あの能面顔は微動だにしなかったがっ」
アリスの言葉遣いは、ぼくの中にいたときのままのようだった。
素のときは、その話し方になっちゃうのかもね?
でも、フフと笑うその表情は。十三歳とは思えないくらいに、大人びた美少女だった。
マジで。顔だけはいい。
中身がインナーではなくて。本物のアリスティアだったら。どのような少女なのだろうか?
「それに兄上は、早いうちからサリエルの顔を広めておこうと思って、諸国漫遊を許したのでしょう? それはサリエルと結婚したときのことを見込んでの画策なのだから。兄上の為にも、ちゃんと全うしなければ」
「それは、そうです。兄上の期待は裏切れませぇん」
兄上の意図が、アリスの言う通りかどうかはわからないが。
血脈のない魔王の三男にも、公務が割り振られるということだから。もうすぐ、ぼくも。魔王家のために公務や出仕をする機会が増えるのは、事実なのだろう。
まずは兄上のお顔に泥を塗らないよう。気を引き締めて頑張るのみです。
さみしい想いは拭えなくても。その気持ちを抱えて。兄上とともに仕事をするそのときまで精進あるのみなのでありますっ。
などと、人知れず決意を固めていると。アリスが話を継いだ。
「でも、そうか。サリエルは兄上を恋しいと想うようになったんだな?」
その言葉を聞き。ぼくは。
インナーがぼくの中からいなくなったことをきっかけに、兄上のことを好きなのだと自覚したから。
そのことをインナーは知らないのだな? と思った。
「ぼくはインナーと別れたとき。兄上のことを好いていると、はっきり自覚したのです。インナーがいたときは、兄上へのドキドキはインナーの気持ちだと思っていたのですよ。ぼくは、兄上のことは兄として尊敬しているだけだと、思っていたのに。インナーがいなくても、ぼくは兄上にドキドキしたから。あぁ、ぼくは。ぼく自身が。兄上のことを好きなのだなぁと思って…初恋、なのですぅ」
ちょっと涼しい夏の夜風が、火照ったぼくの頬をそっと撫でていった。
こういうことを言うのは、照れくさいですけど。
長い年月、ぼくの中にいて。兄上との仲を見守ってくれたインナーには。報告をしておきたいなと思ったのだ。
「そうかぁ、おばちゃんの初恋かぁ…」
「おばちゃんじゃ、ありません。うら若き、ピッチピチの十三歳ですぅ!」
すっごい、殊勝な気持ちで、ぼくの、この甘酸っぱい気持ちを、そっと打ち明けたというのにっ。
またインナーにからかわれてしまった。ムッキィ。
ぼくはすかさず反論です。つか、そのおばちゃんイジリ、やめてくれるぅ?
「じゃあ、とうとうサリエルも、兄上とエッチしたいと思うようになったのねぇ? インキュバスの目覚め、キターーーッ?」
「ぎやぁぁぁ、そ、それは、まだですっ。つか、淑女がエッチしたいとか、言ってはいけませぇんっ」
瞳キラキラ、鼻息ふんふんで、あけすけなことをアリスが言うから。
ぼくの方が、ボンと頭が沸騰してしまいます。
つか、言わなくていい、インキュバスの目覚めがまだなことも。口にしてしまいました。恥ずかしーーっ。
「なによぉ。サリエルはインキュバスでしょ? 私の前世の記憶やエロワードもインプット済みでしょ? エロエロのエキスパートでしょ? そんな、今更かわい子ぶってもダメですからね?」
まぁるい手で、熱くなった頬を揉み込んでいると。
アリスにジト目で見やられた。
腐っても、インキュバスですからぁ? エロエロのエキスパートは、それはそうなのですがぁ。
「ワードのインプットと羞恥心は別物でございますぅ。ってか。アリスは淑女教育をもっと叩き込まないといけませんっ。御令嬢はエロエロとか、そのような言葉を口にしてはいけません」
「サリエルの前以外で、こんなことは言わないよ。だってサリエルは、唯一インナーとして話してもいい、気安い場なのだから。まぁ、お目こぼししてくださいませ?」
ぼくの中にいたときもだけれど。インナーは、またアリスティアの体に入り込んだ形だから。間借り感があるのかもしれないね?
そんなインナーの気休めの場になるのなら。まぁ…仕方がないのかもしれないけどね?
「ちゃんと、ぼく以外のところでは淑女として振舞ってくださいね?」
「えぇ。うちの使用人もみんな、私の猫の皮かぶりに騙されているわよ?」
「言い方…」
「猫の皮かぶりはエロワードじゃなくってよぉ? つか…猫の皮かぶりって…」
くくくっ、とアリスは自分で言って自分でウケているんですけど?
下品ですねぇ。
いえ、ぼくにもインナー的エロ知識があるので、インナーがなぜウケているのかはわかります。いやはや。
もう、本当に大丈夫ぅ? つい疑いの眼差しで見てしまいます。
そんなこんなで、旅の初日、公爵邸の夜会は無難にクリアしたのでした。
夜会の最中にバルコニーへ出て、ぼくがひと息ついていると。ドレッシーに身を飾ったアリスが寄ってきた。
バルコニーの入り口にはファウストがいて。ぼくらを守ってくれている。
アリスに、もうホームシックなの? とたずねられて。
ぼくは。
キュウッと、唇をへの字にした。
「だって。朝、兄上が見送ってくれたのですが。なんだか、とてもさみしそうに見えて。ぼくも。いつも兄上がご公務で屋敷を留守にするときは、とてもさみしくなるから…もう帰りたいぃ」
涙こそ出なかったが。胸が苦しくて。悲しい気持ちがこみ上げて。
最後に見た兄上のお顔が、頭から離れません。
「そんなこと言ったらファウストが泣くよ? ファウストはサリエルを我が家にお迎えできるって、すっごく嬉しそうに言っていたのだから。ま、あの能面顔は微動だにしなかったがっ」
アリスの言葉遣いは、ぼくの中にいたときのままのようだった。
素のときは、その話し方になっちゃうのかもね?
でも、フフと笑うその表情は。十三歳とは思えないくらいに、大人びた美少女だった。
マジで。顔だけはいい。
中身がインナーではなくて。本物のアリスティアだったら。どのような少女なのだろうか?
「それに兄上は、早いうちからサリエルの顔を広めておこうと思って、諸国漫遊を許したのでしょう? それはサリエルと結婚したときのことを見込んでの画策なのだから。兄上の為にも、ちゃんと全うしなければ」
「それは、そうです。兄上の期待は裏切れませぇん」
兄上の意図が、アリスの言う通りかどうかはわからないが。
血脈のない魔王の三男にも、公務が割り振られるということだから。もうすぐ、ぼくも。魔王家のために公務や出仕をする機会が増えるのは、事実なのだろう。
まずは兄上のお顔に泥を塗らないよう。気を引き締めて頑張るのみです。
さみしい想いは拭えなくても。その気持ちを抱えて。兄上とともに仕事をするそのときまで精進あるのみなのでありますっ。
などと、人知れず決意を固めていると。アリスが話を継いだ。
「でも、そうか。サリエルは兄上を恋しいと想うようになったんだな?」
その言葉を聞き。ぼくは。
インナーがぼくの中からいなくなったことをきっかけに、兄上のことを好きなのだと自覚したから。
そのことをインナーは知らないのだな? と思った。
「ぼくはインナーと別れたとき。兄上のことを好いていると、はっきり自覚したのです。インナーがいたときは、兄上へのドキドキはインナーの気持ちだと思っていたのですよ。ぼくは、兄上のことは兄として尊敬しているだけだと、思っていたのに。インナーがいなくても、ぼくは兄上にドキドキしたから。あぁ、ぼくは。ぼく自身が。兄上のことを好きなのだなぁと思って…初恋、なのですぅ」
ちょっと涼しい夏の夜風が、火照ったぼくの頬をそっと撫でていった。
こういうことを言うのは、照れくさいですけど。
長い年月、ぼくの中にいて。兄上との仲を見守ってくれたインナーには。報告をしておきたいなと思ったのだ。
「そうかぁ、おばちゃんの初恋かぁ…」
「おばちゃんじゃ、ありません。うら若き、ピッチピチの十三歳ですぅ!」
すっごい、殊勝な気持ちで、ぼくの、この甘酸っぱい気持ちを、そっと打ち明けたというのにっ。
またインナーにからかわれてしまった。ムッキィ。
ぼくはすかさず反論です。つか、そのおばちゃんイジリ、やめてくれるぅ?
「じゃあ、とうとうサリエルも、兄上とエッチしたいと思うようになったのねぇ? インキュバスの目覚め、キターーーッ?」
「ぎやぁぁぁ、そ、それは、まだですっ。つか、淑女がエッチしたいとか、言ってはいけませぇんっ」
瞳キラキラ、鼻息ふんふんで、あけすけなことをアリスが言うから。
ぼくの方が、ボンと頭が沸騰してしまいます。
つか、言わなくていい、インキュバスの目覚めがまだなことも。口にしてしまいました。恥ずかしーーっ。
「なによぉ。サリエルはインキュバスでしょ? 私の前世の記憶やエロワードもインプット済みでしょ? エロエロのエキスパートでしょ? そんな、今更かわい子ぶってもダメですからね?」
まぁるい手で、熱くなった頬を揉み込んでいると。
アリスにジト目で見やられた。
腐っても、インキュバスですからぁ? エロエロのエキスパートは、それはそうなのですがぁ。
「ワードのインプットと羞恥心は別物でございますぅ。ってか。アリスは淑女教育をもっと叩き込まないといけませんっ。御令嬢はエロエロとか、そのような言葉を口にしてはいけません」
「サリエルの前以外で、こんなことは言わないよ。だってサリエルは、唯一インナーとして話してもいい、気安い場なのだから。まぁ、お目こぼししてくださいませ?」
ぼくの中にいたときもだけれど。インナーは、またアリスティアの体に入り込んだ形だから。間借り感があるのかもしれないね?
そんなインナーの気休めの場になるのなら。まぁ…仕方がないのかもしれないけどね?
「ちゃんと、ぼく以外のところでは淑女として振舞ってくださいね?」
「えぇ。うちの使用人もみんな、私の猫の皮かぶりに騙されているわよ?」
「言い方…」
「猫の皮かぶりはエロワードじゃなくってよぉ? つか…猫の皮かぶりって…」
くくくっ、とアリスは自分で言って自分でウケているんですけど?
下品ですねぇ。
いえ、ぼくにもインナー的エロ知識があるので、インナーがなぜウケているのかはわかります。いやはや。
もう、本当に大丈夫ぅ? つい疑いの眼差しで見てしまいます。
そんなこんなで、旅の初日、公爵邸の夜会は無難にクリアしたのでした。
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