魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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71 生気童貞、ですって!?

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     ◆生気童貞、ですって!?

 隣の実験室に、誰かが入ってきた気配がした。
 ぼくらは作戦会議を中断し、口を閉ざす。
 誰が入ってきたのかと、教室の様子をうかがいます。

 しかし、入り口にはマルチェロとファウストがいるはずなのに。
 なんでぇ? ここに入ってくるということは。忘れ物した生徒、とか?

「ディエンヌ様、ここなら誰も来ません。さぁ、早く」
 男の声で、そう言う人がいて。
 でもぼくは、ディエンヌぅぅ? と。なりますよぉ??

 男の生徒とディエンヌが、ふたりでこの教室にいるみたいですね? なんとなく、わかった。
「もう、せっかちですわね? オーギュスト伯爵子息?」
 この声は。鼻にかかって色っぽく聞こえますが、まさしくディエンヌ。
 ひえぇ、妹のこんな声は。兄として聞きたくないのですぅ。

 準備室への扉が締めきっていなかったから。
 ドアの隙間から、彼らの方をそっと見やります。
 こっ、これはっ。決してのぞき見ではないのですよ?
 どういう状況なのか、様子見ですっ。
 でも。ぼくの位置からは、背の高い男の人の背中しか見えないな。
 窓際の机のそばに、ふたりはいるみたいです。

「そのような、他人行儀な。どうかセレスとお呼びください、ディエンヌ様…いえ、ディエンヌ姫。あなたにはその呼び名がふさわしい」
「まぁ、私をそのように誉めそやしてくださるなんて。嬉しいわぁ、セ、レ、ス?」
 まるで恋人のように。甘ったるい声や言葉で、話されるその内容に。
 ぼくはムギョォ、と怒りが湧いてきた。
 だってディエンヌは。

 マルチェロの婚約者なのです。

 なのに…。えぇ、あだ名で呼んでも高位貴族のお名前は、ぼくはおおよそ存じておりますっ。
 あのセレスディアン・オーギュスト伯爵子息は。公爵子息の婚約者を口説いているってことです。
 そんなの、常識では考えられませんっ。

「あぁ、気持ちいい。あなたのそばはなんと心地よいのか。もっと。もっと、ください」
 ディエンヌは背の高いセレスに抱きしめられていて。
 そして、今にもキスを…ぶちゅううう、としそうですっ。いいい。
「いけませぇぇんんっ」

 ぼくは我慢できなくなり、準備室の扉をババーンと開けて、叫びました。
 すると秘密の逢瀬だったのか。
 ディエンヌの相手のセレスは、うわぁと叫んで実験室を出て行ってしまった。
 ディエンヌを置いて。

「こぉうらぁぁああ、男のくせに逃げ出すとは、何事ですかーっ」
 彼の背中に叫ぶ、ぼく。
 でも置いていかれたディエンヌは。ちょっと、驚いた顔をしていたけど。
 ぼくに逢瀬を見られても、全然悪びれる様子もなく。
 乱れた髪を手ですいて直していた。

 ぼくはつかつかと実験室に移動して。ディエンヌの前に、立ちますっ。
 えぇ、兄として。ここは教育的指導をババーンとかましますよっ。
「ディエンヌ、なんですかあの男は? あなたはマルチェロの婚約者ですよ? 殿方とあのように体を添わせるなんて…」

 でも、妹は。いつものごとく聞きゃぁしないのだ。
「いつもいつも私の邪魔ばかりしてっ。本当にウザいわよ、サリエルぅ。せぇっかく美味しい生気をいただいていたところなのにぃ?」
 そう言って、ディエンヌは。濡れたような赤い唇をにやりとさせて。妖艶に笑った。
 生気って…サキュバスの好物の?

 以前マーシャ義母上が。
 ディエンヌは性交渉なしでラーディンの生気を吸っていた、と言っておりました。
 まさか学園で、生徒たちの生気を食いあさっているのでしょうか? でも…。

「魔力制御されているのに、生気を吸えるのですか?」
 ディエンヌにはメラメラ事件の罰則で、魔力を制御する魔道具がつけられている。
 だから魔法は使えないはずなのに。
「生気を吸うのに、魔力は関係ないわぁ? サキュバスにとっては食事だもの。息を吸うのと同じことよ。そんなことも知らないなんて。インキュバスとしても出来損ないなのね? サリエルぅ」

 いつものようにディエンヌはぼくを挑発してくる。
 インキュバスとしても出来損ない、というワードに。ちょっと胸が痛むけれど。
 でも、それよりも。
 ぼくは彼女の振る舞いが許せなくて。怒りがおさまらなかった。

「ぼくを怒らせて誤魔化そうとしても。そうはいきませんよ、ディエンヌ。いい加減、大人になりなさい。マルチェロと婚約が決まって、人生の道筋を定めたのでしょう? いつまでも子供のように振舞って、周りを振り回すのはやめなさい。マルチェロは、ぼくの大切なお友達なのです。その彼を悲しませる所業をしたら、ぼくは許しませんからねっ?!」
「長ーい、ウザーい。サリエルのくせに生意気ねっ?」
 ぼくの言葉に耳を貸さないのは、いつものことだが。
 今日ばっかりは、聞いてもらいます。

「生意気じゃない。ぼくは君の兄だっ」

「私がどう振舞おうと勝手でしょ? 今更兄面あにづらして説教? こんな、ツノなし、魔力なしの、醜い太っちょが兄ぃ? 私認めてませぇぇん」

 プイっとそっぽを向いて。教室を出て行こうとするが。
 ディエンヌは途中で足を止め。ぼくを振り返った。

 その顔は、獲物をいたぶる猫のように、嬉々としていますよ?
 な、ななな、なんですかっ?
 嫌な予感しかしなくて、ぼくは一歩後ずさる。

「サリエルはインキュバスだから、人の生気が甘くて美味しいものだって、知っているわよね? 生気の味を知ったら、生気なしではいられなくなるの。相手もすっごく気持ちが良くなって、もっともっとって求めてくるわ。でもぉ…あ、ごめーん。こんなもっちりじゃあ、生気を分けてくれる相手なんかいるわけないわねぇ? インキュバスなのに、その年で生気を吸ったことない生気童貞だったとはねぇ? それじゃあ知らなくても仕方ないわねぇ?」
 ディエンヌはからかうような、見下げるような、そんな目でぼくを見て。おーほほと高らかに笑って教室を出て行った。
 な、ななな、なんですって?

 生気童貞、ですってぇ!?

 なんか、よくわからないけど。すっごく、屈辱です。
 いえ、意味はあまりわからないのだけど。
 なんか、嫌ですっ。

 魔道具をつけられて。魔法の物理攻撃ができないから、今度は精神攻撃ってことなのでしょう。
 あの妹の考えそうなことは、重々わかっておりますが。

 なんんんんっか、嫌です!

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