魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

文字の大きさ
上 下
104 / 183

71 生気童貞、ですって!?

しおりを挟む
     ◆生気童貞、ですって!?

 隣の実験室に、誰かが入ってきた気配がした。
 ぼくらは作戦会議を中断し、口を閉ざす。
 誰が入ってきたのかと、教室の様子をうかがいます。

 しかし、入り口にはマルチェロとファウストがいるはずなのに。
 なんでぇ? ここに入ってくるということは。忘れ物した生徒、とか?

「ディエンヌ様、ここなら誰も来ません。さぁ、早く」
 男の声で、そう言う人がいて。
 でもぼくは、ディエンヌぅぅ? と。なりますよぉ??

 男の生徒とディエンヌが、ふたりでこの教室にいるみたいですね? なんとなく、わかった。
「もう、せっかちですわね? オーギュスト伯爵子息?」
 この声は。鼻にかかって色っぽく聞こえますが、まさしくディエンヌ。
 ひえぇ、妹のこんな声は。兄として聞きたくないのですぅ。

 準備室への扉が締めきっていなかったから。
 ドアの隙間から、彼らの方をそっと見やります。
 こっ、これはっ。決してのぞき見ではないのですよ?
 どういう状況なのか、様子見ですっ。
 でも。ぼくの位置からは、背の高い男の人の背中しか見えないな。
 窓際の机のそばに、ふたりはいるみたいです。

「そのような、他人行儀な。どうかセレスとお呼びください、ディエンヌ様…いえ、ディエンヌ姫。あなたにはその呼び名がふさわしい」
「まぁ、私をそのように誉めそやしてくださるなんて。嬉しいわぁ、セ、レ、ス?」
 まるで恋人のように。甘ったるい声や言葉で、話されるその内容に。
 ぼくはムギョォ、と怒りが湧いてきた。
 だってディエンヌは。

 マルチェロの婚約者なのです。

 なのに…。えぇ、あだ名で呼んでも高位貴族のお名前は、ぼくはおおよそ存じておりますっ。
 あのセレスディアン・オーギュスト伯爵子息は。公爵子息の婚約者を口説いているってことです。
 そんなの、常識では考えられませんっ。

「あぁ、気持ちいい。あなたのそばはなんと心地よいのか。もっと。もっと、ください」
 ディエンヌは背の高いセレスに抱きしめられていて。
 そして、今にもキスを…ぶちゅううう、としそうですっ。いいい。
「いけませぇぇんんっ」

 ぼくは我慢できなくなり、準備室の扉をババーンと開けて、叫びました。
 すると秘密の逢瀬だったのか。
 ディエンヌの相手のセレスは、うわぁと叫んで実験室を出て行ってしまった。
 ディエンヌを置いて。

「こぉうらぁぁああ、男のくせに逃げ出すとは、何事ですかーっ」
 彼の背中に叫ぶ、ぼく。
 でも置いていかれたディエンヌは。ちょっと、驚いた顔をしていたけど。
 ぼくに逢瀬を見られても、全然悪びれる様子もなく。
 乱れた髪を手ですいて直していた。

 ぼくはつかつかと実験室に移動して。ディエンヌの前に、立ちますっ。
 えぇ、兄として。ここは教育的指導をババーンとかましますよっ。
「ディエンヌ、なんですかあの男は? あなたはマルチェロの婚約者ですよ? 殿方とあのように体を添わせるなんて…」

 でも、妹は。いつものごとく聞きゃぁしないのだ。
「いつもいつも私の邪魔ばかりしてっ。本当にウザいわよ、サリエルぅ。せぇっかく美味しい生気をいただいていたところなのにぃ?」
 そう言って、ディエンヌは。濡れたような赤い唇をにやりとさせて。妖艶に笑った。
 生気って…サキュバスの好物の?

 以前マーシャ義母上が。
 ディエンヌは性交渉なしでラーディンの生気を吸っていた、と言っておりました。
 まさか学園で、生徒たちの生気を食いあさっているのでしょうか? でも…。

「魔力制御されているのに、生気を吸えるのですか?」
 ディエンヌにはメラメラ事件の罰則で、魔力を制御する魔道具がつけられている。
 だから魔法は使えないはずなのに。
「生気を吸うのに、魔力は関係ないわぁ? サキュバスにとっては食事だもの。息を吸うのと同じことよ。そんなことも知らないなんて。インキュバスとしても出来損ないなのね? サリエルぅ」

 いつものようにディエンヌはぼくを挑発してくる。
 インキュバスとしても出来損ない、というワードに。ちょっと胸が痛むけれど。
 でも、それよりも。
 ぼくは彼女の振る舞いが許せなくて。怒りがおさまらなかった。

「ぼくを怒らせて誤魔化そうとしても。そうはいきませんよ、ディエンヌ。いい加減、大人になりなさい。マルチェロと婚約が決まって、人生の道筋を定めたのでしょう? いつまでも子供のように振舞って、周りを振り回すのはやめなさい。マルチェロは、ぼくの大切なお友達なのです。その彼を悲しませる所業をしたら、ぼくは許しませんからねっ?!」
「長ーい、ウザーい。サリエルのくせに生意気ねっ?」
 ぼくの言葉に耳を貸さないのは、いつものことだが。
 今日ばっかりは、聞いてもらいます。

「生意気じゃない。ぼくは君の兄だっ」

「私がどう振舞おうと勝手でしょ? 今更兄面あにづらして説教? こんな、ツノなし、魔力なしの、醜い太っちょが兄ぃ? 私認めてませぇぇん」

 プイっとそっぽを向いて。教室を出て行こうとするが。
 ディエンヌは途中で足を止め。ぼくを振り返った。

 その顔は、獲物をいたぶる猫のように、嬉々としていますよ?
 な、ななな、なんですかっ?
 嫌な予感しかしなくて、ぼくは一歩後ずさる。

「サリエルはインキュバスだから、人の生気が甘くて美味しいものだって、知っているわよね? 生気の味を知ったら、生気なしではいられなくなるの。相手もすっごく気持ちが良くなって、もっともっとって求めてくるわ。でもぉ…あ、ごめーん。こんなもっちりじゃあ、生気を分けてくれる相手なんかいるわけないわねぇ? インキュバスなのに、その年で生気を吸ったことない生気童貞だったとはねぇ? それじゃあ知らなくても仕方ないわねぇ?」
 ディエンヌはからかうような、見下げるような、そんな目でぼくを見て。おーほほと高らかに笑って教室を出て行った。
 な、ななな、なんですって?

 生気童貞、ですってぇ!?

 なんか、よくわからないけど。すっごく、屈辱です。
 いえ、意味はあまりわからないのだけど。
 なんか、嫌ですっ。

 魔道具をつけられて。魔法の物理攻撃ができないから、今度は精神攻撃ってことなのでしょう。
 あの妹の考えそうなことは、重々わかっておりますが。

 なんんんんっか、嫌です!

しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。

BBやっこ
BL
実家は商家。 3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。 趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。 そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。 そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

婚約破棄されたから伝説の血が騒いでざまぁしてやった令息

ミクリ21 (新)
BL
婚約破棄されたら伝説の血が騒いだ話。

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...