魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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70 作戦会議、ふたたび

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     ◆作戦会議、ふたたび

 アリスがディエンヌの罠に引っかかって、池の前で水風船攻撃を受けました。
 いえ、しっかりとディエンヌのせいとは言い切れないかも、ですが。
 首謀者の声はディエンヌでしたよ。うむ。

 ここは『ロンディウヌス学園、どんな悪魔と恋しちゃう?』通称ロンちゃう、というゲーム内世界だとインナーは言うのだが。
 ぼくは、今現在のぼくの生活がゲームの中のことと同じだなんて。イマイチ、ピンとこない。

 それは。ロンちゃうの中で、ぼくは死んでいたからなのかもしれない。

 存在しなかったキャラクターだから。
 ピンとこないのかな?
 でも、リアルで生活するぼくらにとって。あまりゲームという要素は関係ないのかもしれないね?
 ゲームの中で言ったセリフと同じことを言ったとしても。
 ちゃんと、頭で考えて出した言葉だと思うし。
 言わされている、みたいな気にはならないんじゃないかな?

 それよりも重要なのは。未来に起きそうな出来事を、事前に知ることができていることだ。

 ゲームの筋書きにあった通り。主人公であるアリスは、ディエンヌの嫌がらせを受けてしまった。
 それでも今回のように、まるっきりゲームと同じことが起きるわけじゃない。

 今回は。ゲームなら池に突き落とされるはずだったけれど。
 実際は、水風船攻撃だったでしょう?

 そういうふうに。なにか起きそうだけど、そのままのことが起きるとは限らない、というような。曖昧な予言みたいな感じに、事前に知っているということになるんだよね?
 はてさて、どうしたものやら。
 というわけで、インナー…アリスとの作戦会議、ふたたび、ですっ。

 この前アリスとお話ししたときのように、放課後、ぼくは教室でアリスと話をしようと思っていたのだけど。
 学園の部活動なども始まり、始業式の日と同じように、生徒たちはみんな一斉に帰るということにならなくて。
 でもマルチェロが、空き教室の使用許可を取ってきてくれたのです。
 有能です、マルチェロっ。

 というわけでぼくは現在、化学実験室にいます。
 この教室は、いつも授業を受けているすり鉢状の作りではなく。
 大きな平面の空間に、机が十個ほど並ぶ大実験室という感じですかね?

 ここは化学の授業で、薬草と魔法をまぜこぜしてポーションを作ったり。魔獣を眠らせる丸薬を作ったり…いろいろなものを作り出す場所です。
 それでマルチェロたちが扉の外で、見張りをしてくれるというので。
 ぼくとアリスは、そこの大きな実験室…ではなくて。
 さらに奥の準備室で、作戦会議です。

 なんとなく、小さい部屋の方が気持ち落ち着くんですよねぇ?

「っていうかさぁ、サリエルぅ。文通のくだり、アレ、バレてるよ。なんで文通なんか言っちゃうかなぁ?」
 準備室は小さな空間で、そこに資料とか実験道具とかが所狭しと置いてあるので。
 ぼくらは床に座り込んで、頭を突きつけて話をします。

 ってか、いきなりアリスがダメ出しをしてきましたよ?
 つか、え? バレてないでしょう?
 うまく誤魔化せたと思って、ドヤッていたのに。

「インナーがいなくなって、ぼくが泣いたとき。慰めてくれたレオンハルト兄上が、友達がいなくなったって言ったぼくに、文通でもしていたのかって聞いたのです。その日は有耶無耶にしましたが。あとから文通していたって誤魔化すのは悪くないと、思ったのですが。ダメでしたかぁ?」

 小さな部屋ながら、声はコソコソでお話しておりますよ。
 そうしたらアリスはコソコソで、驚いた声をあげた。

「ええぇ? 兄上の言葉に乗っかっちゃったのぉ? それは駄目よぉ。それ、兄上にカマをかけられてるじゃない? 手紙の出し方も知らないサリエルが、文通なんかできっこない。それを踏まえて、ではお友達は誰だと、探っているのに決まっているわ?」

 インナーが言うと、なにやら兄上が腹黒い悪人のように聞こえます。
 兄上はぼくを優しく慰めてくれたというのに。ひどいです。

「あああ、兄上は。カマをかけるなどと、罠をかける方ではありません。それに、手紙の出し方くらい知っておりますぅ。切手はって、ポストに出すのでしょう?」
「ブブー。それは私の前世の世界のやつぅ。この世界に切手もポストもありませぇん」

 からかうように言われ、ぼくは、ムッとしてしまう。
 以前はこのやり取りを、心の中でしていたわけだが。
 実体が目の前にあるとさらにムカつきます。

「サリエルは腐ってもお坊ちゃま育ちだからね? この世界の郵便は、郵便局で手紙の重さや距離を計算して、直接料金を支払う形式よ。領留めまで調べておいて、詰めが甘いわね?」

 なんと。大失態です。
 ぼくは日常の常識という分野が、苦手です。
 そういうものは、事細かく本に書いてあるわけではないでしょう?
 経験しないとインプットできないのです。

「で、では。ひとりで外出などしたことのないぼくが文通するのは、ふ、不可能…だとぉ?」
「そう。たぶん、円卓の連中もみんなわかっていて、生ぬるい目でサリエルを見ていたのでしょうねぇ?」

 ぼくはまぁるい手で顔をおさえ、赤くなった顔を隠します。

「生ぬるい…こいつ、なに言ってんだ的、あわれみの目で見られていたなんて、は、恥ずかしいっ…でも、では、なんでそこをツッコんで聞いてこなかったのでしょう?」

「たぶん、正体不明の私を泳がせるためでしょう? マルチェロはまだ、私を疑いの目で見ているもの。変な動きをしたら、即処分ね。でも様子見中なら、そこに乗っておきましょうよ。私、兄上の雷に撃たれたくないもの」

「アリスは、兄上ももうこのことを…アリスのことを、知っていると思うのですか? それは考え過ぎでは?」
 アリスのことは、まだ兄上に言っていない。
 マルチェロが報告するかもしれないけれど。
 友達ができた、くらいのことをいちいち報告しに行くとも思えないっていうかぁ?
 だから兄上は、まだ知らないと思うのだけどぉ。

「知らないわけないでしょう? 私のことなんか、生まれ、育ち、背景、お父様の思惑や経営状態まで、洗いざらい兄上に筒抜けになっているに決まっているわ? すべてあなたを守るためだもの。サリエルはもっと、兄上に愛されている自覚を持つべきよ。私があなたの中に入るその前から、デロデロの甘々だったではないのぉ?」

 そうして、ぼくは思い出す。
 落馬のあと、目を覚ましたぼくを見て、麗しいお顔で涙ぐんだ、あの兄上の美少年っぷりを。
 思えば、あの頃の兄上は今のぼくより年下だったのですよねぇ…でも、もう今のぼくよりも背は高かったし、顔も完璧にお整いあそばしていましたが。
 キリリとして、すでに威厳もありましたねぇ?

「そのようなぁ。あのキリリとした兄上が、ぼくにデロデロの甘々など、あり得ません」
「表面はキリリとしたやばイケメンだけど。中身はドロドロ溺愛クソ重兄上だったではないのぉ」
「まさかぁ? ははは」
 ないない、ドロドロ溺愛クソ重兄上なんて、あの兄上に限って。

「…もう。サリエルもイケメンキラキラフィルターで、兄上は曇りガラスの向こう側状態なのね? あのクソ重愛に気づいていないとはぁ。ニブニブの極みだわ」
「ニクニク、ですって? ぼくのもっちりをディスらないでください。それよりも、話が宇宙の彼方へ脱線していますよ? 人を待たせているので、手短に本題に入りましょう」

 彼女は肩をすくめて、同意する。
 アリスも話がそれた自覚はあったのですね?
 よろしい。ニクニクのくだりは、スルーしてあげましょう。

「アリス、庭師の息子狙いということは、この先攻略対象とのイベントが起きなくてもいいのですかっ?」
 ぼくは、まぁるい指をアリスに突きつけます。
 その先をアリスはプヨッと握り、苦笑する。

「攻略対象との恋愛イベントは、もういらないわ。庭師の息子…ジュールは。アリスティアも気になる存在のようだから。反対はされなかったの。それにやっぱり、ラーディンともイベントは起きなかったしね? 本来、初対面時のラーディンは私に見惚れながらも『ふっ、美しいが、人形のようで気持ち悪いな…』って挑発してくるのよ?」
 アリスはラーディン兄上の物真似をして、尊大な感じで言い捨てた。

「ええ? そんなんで主人公は恋に落ちるのですか?」
「俺様王太子は、それなりに需要があるの。素っ気ない彼が、いざというときに助けてくれるっていうシチュが燃えるのよぉ?」

「インナーの世界の女性の気持ちは、ぼくにはわかりません」
 ラーディン兄上になにかとちょっかい出される、ぼくとしては。
 俺様はノーサンキューです。

「まぁ、とにかく。ラーディンは私にツンしてこなかったから、イベントは不発ね? 結構気合い入れて挨拶したっていうのにぃ」
「ぼくにはツンツンしてきましたけどね。特に、腹を…」

 ムムッと口をへの字にして、ふたりで眉間をムニュムニュさせた。
 え、アリスのムニュムニュ、キモっ。

「じゃあ、あとはディエンヌ対策だね? 今回インナーが言っていた池ポチャじゃなかったじゃん? それって、内容が変化してきているということでしょう? どうする?」

「どうもこうも、なにが起きるかわからないのだから。死なないように、その都度つど対処するしかないのではない? ある程度情報を開示して。マルチェロやファウストにも協力してもらいましょうよ?」
「そうですねぇ。マルチェロやファウストが手助けしてくれたら、心強いのは間違いありません」

 うーむ、とふたりで話し合っていたら。
 隣の大きな実験室の方から、声が聞こえてきます。

 あれ? 誰か、入ってきました?

 
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