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番外 アリスティアのつぶやき ②

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 暗闇の中で、私はもうひとりの私と対峙した。
 彼女は、自分のことをインナーと呼んで、と言い。
 転生? 生まれ変わった魂? のようなことを言った。

 んん、ちょっと、よくわからない。

 でもたぶん。私の中に別の魂が入ってきた、みたいなことかしら?
 彼女は、私の記憶を受け継いだみたいで。
 これからゲームが始まるから一緒に頑張りましょう、って言う。

 んん、ちょっと、よくわからない。

「とりあえずジュールに、私が言いたいことを言ってくれて、ありがとうインナー。心残りはもうないわ? おやすみなさい」
 そうして暗闇の底に落ちていこうとしたら。
 インナーに、待て待てと引き留められた。
 もう、なぁにぃ? 邪魔しないで。

「私は表に出る気はないのよ、インナー。記憶を見たならわかるでしょう? 私はもう死んでいるの」
「健康な体を持っているのに、もったいないわ? それにあなた、ジュールのこと好きなのではないの?」
 インナーに言われて、ドキリとしたけれど。
 私はなにも考えていないはずよ。

「いつもお花をくれるから、気になっていただけ。好きなんて感情はないの」

 そんな浮ついた考えなんか、持っては駄目。
 私は死んでいるの。
 お母様と同じになったの。
 だから、なにも感じなくなったお母様を差し置いて、私が、好きだったり楽しいだったり、そんなこと思っちゃいけないわ。

 そうしたら。そんな私の感情を、インナーは読んでしまった。
 もう同じ心だから。隠し事はできないようね?
 でも、それなら私の気持ちがわかるでしょ? インナー。

「つか、ありきたりなことを言うようだけど、あなたの死んだお母さんは、あなたのそんな状態を望んでいないはずよ?」
「本当にありきたりなことを言うのね? そんな言葉は、お父様にさんざん言われてきたことよ?」

 そんな上っ面の言葉でその気になるのなら。七年も、心を閉ざしたりしていないわ?

「まぁね。知ってるぅ。そうね。これは自分で納得しなければならない問題だわぁ? 第三者が、なにをどう言ったって。自分がその気にならなければ、ここから出ることなんかできない。だってここは、一番快適よ? なにもしなくていいし。難しいことも考えなくていいのだもの。与えられたものを食べ。介助されて、美しく着飾ってもらえて。パラダイスよねぇ?」
「なんか、嫌味っぽく聞こえるわ?」

 心の対話が続いていく。こんなの、はじめて。
 でもなんだか、インナーの言葉は耳が痛いわ?
 耳で聞いているわけではないけれど。

「嫌味っぽく聞こえるのなら。あなたにも、少しは罪悪感みたいなものがあるってことよ。そこを追求すれば、ここから出る気になるかもしれないけど?」
「いやよ、いや。私はここから出たくないの」
 そう言ったら、もうひとりの私。インナーは。
 眉間をムニョムニョ、妙な具合にうごめかせた。キモイ。

「困ったわぁ。私、お友達を助けに行きたいのに」
「行けばいいわ。私の体を使ってちょうだい? 私、動かないことでお父様に迷惑かけているという自覚はあるの。弟のセドリックも、毎日私の部屋を訪ねてくれる、いい子よ? 彼らの助けになってくれるなら、この体を好きに使っていいわよ?」

 私はインナーにそう提案した。
 私が表に出ないなら、なにをどうしても構わないわ。

「え、良いの? なんの見返りもなく、この体を自由にしていいなんて? つか、アリスティアも口出ししていいのよ? いつでもウェルカムよ?」
「なんの見返りもなく、じゃないわよ。お父様とセドリックの力になってって、言ったでしょう?」

 ムッとして、言う。
 今までこのような心の波もなかったのに。なんだか、揺さぶられるわねぇ?
 っていうか、こんなにいっぱい誰かとおしゃべりをしたのも、久しぶりよ。
 心の中の対話が、おしゃべりというかどうかはわからないけど。

「それは当たり前のことよ。この体に生まれ変わったからには、お父様は私のお父様、弟は私の弟になるわけ。家族だもの。今までのあなたの分も合わせて、できることをしていくつもりよ?」

 そう言ったら。インナーは笑顔なのに。ちょっと悲しそうな顔をした。
「前に、ちょっと居候していた体の主は。母親にすっごく忌避きひされていてね。私もそこにいるだけで、魂が傷ついたわ? だから。親身になってくれるお父様と弟がいるということは。とてもありがたいことなのよ」

 インナーの切ない気持ちが、私に流れ込んでくるようだった。
 心を共有しているから、そういう感じになるのかもしれない。

 そうね。その人に比べたら、私は家族に恵まれている。
 お父様も、弟も。たぶんお母様も。私を愛してくれたわ?
 だけど。だからこそ。
 今更、顔を出せないの。私のせいでお母様は…。

「あぁ。もうちょっとだったのに。惜しかったわねぇ」
 チェッと、インナーが舌打ちした。

「なによ。私の心を揺さぶったってわけ?」
 揺さぶって、私は恵まれているのだから閉じこもっていてはダメ、って方へ誘導する気だったのかしら?
 ちょっと怒って、インナーをみつめたら。
 彼女は真剣な顔で言った。

「そうなったらいいな、とは思ったけれど。サリエルの話は事実よ? 嘘をついて、誘導したりはしない。心を共有しているのだから、嘘はつけないしね? あとね、あなたのせいでお母様は亡くなったのではないの。私は何回でも言ってあげる。あなたのせいじゃないって」

 親身って、こういうのを言うのかしら。
 突然入ってきた何者かに慰められるなんて、ちょっとおかしなシチュエーションだけど。

「でも、そこをクリアしなければならないのは。アリスティア、あなた自身だから。私はあなたがその気になるまで待つだけよ?」
 そしてインナーはにっこり笑い。立ち上がった。

「とりあえず、テレビを見ながら私のことを見守っていて? その気になったり。私の体を使って、それはしないでというときには。出てきて文句を言ってもいいわよ?」
 その日から、インナーは私の体を使っていろいろやり始めた。
 私はホッとして。暗闇の中に心を溶け込ませるのだった。

 そうして気づいたときには。インナーは、ロンディウヌス学園に入学していた。
 まぁ、すごいわ?
 引きこもりの私だって知っている、貴族の子女が通う名門の学校よ?

 私、勉強なんかこれっぽっちもしていないのに。インナーったら、やるわね?
 っていうか、私とインナーが入れ替わるとか、もう無理でしょう?
 私、この学園でなにもできないと思うもの。

 と、思っていたら。インナーは、一緒にやればいいでしょう? なんて語りかけてくる。
 いえいえ、出る気はありません。
 そう、思ったら。チェッと舌打ちされた。

 インナー…舌打ちは、淑女としてどうかしら?

「ゲームでイケメンキャラに会ったら、恋に落ちて、私が追いやられちゃうかもしれないけど、どうかしらねぇ?」
 なんて、インナーが丸い人に言っていたけれど。
 彼女が対面した攻略対象という人たちを、テレビ越しに見て…。
 うーん、別にときめいたりはしないわね?
 確かに顔立ちが整っていて、キリリとして、キラキラして。美しいというか、精悍というか、とにかく格好いい方々ばかりだけれど。
 でも家柄が。
 魔王様の息子とか三大公爵子息とか、みんな高位貴族すぎて恐縮しか感じないわぁ?

 引きこもりのお人形が、彼らと恋に落ちる? 無理無理。

 それよりジュールの方が、笑顔がさわやかで、素敵。
 私の誕生日を毎年覚えていてくれて、花束をくれるのよ?
 たまに私の目に映った、素朴で優しい人。
 インナーはジュールを攻略するって言っていたから。
 うん。まぁ、その選択は。悪くないと思うわ。

 でもぉ、これからどうなるのかしらぁ。
 食堂で絡んできた、あのディエンヌって人?
 インナーが悪役令嬢って言っていたけど。

 あの人、水風船を投げてきたの。びっくりしたわぁ?
 空を見上げたら水風船がいっぱいって。こんな光景、想像したこともないじゃない?
 まぁ、なにも考えずに来たから。私はなにを見ても、はじめてのものばかりだけれどね?
 それにしてもよ。ホント、何事なのかしらぁ?

 テレビって、なにが起きるのかわからなくて、ワクワクドキドキなのね。
 ちょっとだけ楽しく思えてきたわ?
 いいえ、外に出る気はないのだけど。

 しばらくインナーと、インナーのお友達のサリエル様の活躍を、心の中で見守ることにいたしましょう。

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