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64 全部、成敗してあげますよ?

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     ◆全部、成敗してあげますよ?

 学園に向かう馬車の中で、ぼくはご立腹だった。
 口がへの字になります。
 だってぇ、朝も早くからスズメのやつ、ぼくで綱引きしやがったのですよぉ?
 スズメに振り回されて、なんだか疲労困憊です。
 もう、あのスズメガズスめぇ、許すまじっ!

「サリエル様、今日はご機嫌ナナメなのですか?」
 隣の席に座るファウストが、ぼくを気遣って聞いてきた。
 ファウストは、口下手だから。
 馬車の中で話すのは、もっぱらぼくばかりなのだけど。
 そのぼくが、黙っているから。気になってたずねてきたみたい。

「そうなのですっ。聞いてよ、ファウスト。今日、スズメガ…」
 言いかけて、ぼくは言葉を切った。

 これ、言ったら。ぼくが童貞って、バレる?

 いや、ファウストは…ファウストだけでなく、このスズメガズスの生態は、ぼくしか知らないことだ。
 だからバレることはないはずっ。
 でも、待て待て。みんながその生態を知ったときに。
「あのとき、サリエル様は童貞だったのか? ふふふ」
 と、ファウストに思われたら、死ぬっ。

 ぼくがひとりで、脳内アワアワして。
 つい癖で、頬を揉むと。
 生真面目な顔をしたファウストが、ぼくの顔を覗き込んで、言った。

「もしかしてスズメガズスを目撃したのですか? それは縁起がいいことですよ?」
 思いもよらないことを言われて、ぼくは首をかしげる。

「縁起がいいの?」
「スズメガズスは吉兆の鳥ですから。魔国ではあまり見かけないので。希少性があって、そのように言われているのでしょうね?」

 そういえば。人族では、スズメガズスにさらわれた赤子はスズメの寵愛と呼ばれ。精神が清らかな子だとして一目置かれるとか。
 そういう吉事が転じて、吉兆だと言われているのかもしれない。
 つか、赤子をさらわれた親的には、可愛い盛りをスズメに奪われるのだから。清らか認定されても全然嬉しくないことだと思いますけどね?

 でも、ぼくは。
「ぼくは…スズメガズスは嫌いです。さらう…かもしれないし」

 まぁるい手を、頬から太ももの上に移動させ、ぎゅっと握る。

 いつも、なんだかんだとスズメとバカみたいな攻防して。
 そのやり取りが、ちょっとだけ楽しくなってもいるけれど。
 ホントは、ぼくのところにスズメが来るたびに。

 清らかな魂を持つおまえは魔族ではない。と言われているような気がして、嫌なのだ。

 ぼくは、魔王の息子でありたい。
 兄上の兄弟で。家族でありたい。
 だから。魔族ではないと突きつけられるのが、悲しいのだ。

 まぁ、なんでか。兄上はあまりそのことは気に掛けていないようだが?
 サキュバスの息子だから、父親が誰でも、ツノがなくても、魔族認定しているのかな?
 だったら、良いのだけど。

 そうしたら、ファウストが。ぼくの拳の上に、あたたかい大きな手を乗せてくれた。
「あぁ、スズメガズスは赤子をさらうって言いますからね? だからサリーちゃんは、スズメガズスが嫌いなのかな?」

 以前、お友達の前にスズメガズスが現れたとき。ファウストはすでに学園に入学していて、あの場にはいなかった。
 だから、スズメガズスが毎年ぼくの元に現れていることを、知らないんだ。
 だから…ぼくが、スズメにさらわれる。のではなく。
 赤子をさらう習性のスズメガズスを、ただ嫌いなのだと思っているみたい。

 そう、ぼくは。
 あのとき、お友達のみなさんに清らかな魂だと笑われたことも、ひそかにトラウマなのですぅ。

 ファウストがそこにいたら、たぶん彼は笑わなかった。
 だってファウストは、ぼくの気持ちにそっと寄り添ってくれるような人だから。
 いえ、別に。
 面白かったら、笑えばいいのですけどぉ。
 それで、お友達を嫌いになったりしないですけどぉ。
 でも。心で割り切れぬなにかがあるというだけです。むぅ。

「もしもサリーちゃんがスズメにかどわかされそうになったとしたら。私が必ずお守りしますよ?」
 ぎゅっと、力強く。ファウストはぼくの手を握ってくれる。
「スズメなんか怖がることはない。私の剣でササッと追い払ってあげます。サリーちゃんの嫌いなものは、私が全部、成敗してあげますよ?」

 スズメガズスは、後宮の屋敷に来ることが多いから。四六時中一緒にいるわけじゃないファウストが、ぼくをスズメから守ることはできないかもしれないけれど。
 ぼくを守りたいと思ってくれる、ファウストのその心意気が嬉しいです。

 うんとうなずいて、ぼくはファウストに笑いかけた。
「そうですね? ファウストがそばにいれば、なにも怖くありません」
「はぁう…。もったいなきお言葉」
 高い鼻梁の上に、しわを作って。ファウストはなんか、酸っぱいみたいな顔になる。面白ーい。
「ふふ、今日も言葉遣いが固いですねぇ」

 そんな話をしているうちに、学園につきました。平和ないつもの日常ですね?

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