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60 ぼく、存在しなかった…?

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     ◆ぼく、存在しなかった…?

 インナーとぼくの話は、まだ続く。
 だってぇ、驚きとわからないことばかりで、混乱なのだものぉ。

「あ、あのね? インナー。ぼく、まだ備考欄が見えるんだ? 備考欄は六歳から見えるようになったから? インナーの能力だと思っていたのにぃ? 今日、アリスティアが来たときに、横に備考欄が出たんだよ」
「そうなの? 私は見えないなぁ。ちなみに、なんて書いてあったの?」

 うきうきとして、アリスティアは聞いてくる。
 こういう、面白がりなところは変わらないねぇ。
 でも、書いてあることが、アレだから。ぼくはちょっと、躊躇した。
 けど。知りたがってるのだから、まぁいいか。

「主人公、アリスティア。天真爛漫で、情に厚い。どんなことでも楽しそうにするのは、病弱な過去があったから。心の傷を持つ攻略対象を、寄り添うことで癒していく。理不尽な攻撃には立ち向かう、強い心根を持っているけど、結構すぐ死ぬから気を付けて?」
 正直に全部言ったら、アリスティアはスカイブルーの目を丸くした。

「マジ? すぐ死ぬの? まぁ、すぐ死ぬよね、クソゲーの主人公だもの。つか、気を付けてって、どうしろっちゅうの? 相変わらず親切心のない情報よねぇ?」
 驚いたり、納得したり、怒ったり、忙しいけど。
 美少女顔で、マジィ? は、ないかと…。
 それはともかく。ぼくは彼女にしっかり明言した。

「死なせたりしないよぉ。そのために、ぼくは頑張るし。インナーと対策も練ったんだからね? あ、あ、兄上のためにも、ガンバロー」
「もちろんよ。せっかく、新しい世界に転生したのだもの。寿命を全うしないと、もったいないわぁ?」

 ぼくとアリスティアは、手を取り合って。
 この苛酷な、魔国という世界、そしてゲームの世界で生き抜くぞ、と。覚悟と決意を固めたのだっ。

 うむ。ぼくたち、窮地に立ち向かう勇者のようですねっ。むふーん。

「でもぉ、ってことは。サリエルもやっぱ、ゲーム世界に組み込まれちゃっているみたいね?」
 首をかしげて、アリスティアが言うのに。ぼくも首をかしげる。

「どうしてですか? だって、ゲームは。イケメンと恋をするものなのでしょう? ぼくのようなぽっちゃりは、お呼びでないのでは?」
 お呼びでない、お呼びでない、と手を振りながら言うけれど。

「だって備考欄が、まだ見えているでしょ? それにサリエルは攻略対象をほぼ攻略しちゃっているし。がっつりゲームに関わっちゃってるじゃん? それによって、私の知るゲームの内容とはちょっと違ってきているところもあるのよ」

 その気もなかったのに、がっつりゲームに関わっていると言われて。
 そうなのですかぁ? と思って。
 ぼくは、ぼへっと彼女の話に耳を傾ける。

「たとえば、マルチェロの備考欄は『やる気なさそうだが、ラーディンの右腕的存在』って書いてあったでしょ? ゲームでは、もちろんその通りなのだけど。今はやる気満々の、サリエルの右腕的存在だわぁ? それにマリーベルも『シュナイツの婚約者である悪役令嬢』だけど。たぶん、私がシュナイツに粉をかけても、あの子動じなさそう。だって本命はパンちゃんだものね?」

 なるほど。そう言われれば、そうです。
 マルチェロの備考欄は、確かにちょっと、気にはなっていたのですよねぇ?
 学園に入ったら、マルチェロはラーディンのご学友になるのかなぁ? って。
 今のところ、そのような動きはないのですけどぉ。

 それに、マリーベルも。
 シュナイツが婚約破棄虎視眈々勢から一抜けしたら。喜んじゃいそう。
 マリーベルとシュナイツが、婚約破棄って話になっても。
 どうぞどうぞ、ってなりそう。

 てか、それってダメだと思うのですけどぉ?

「そうして、ちょっとずつゲーム内容が変わってきているのだけど。一番変わっているのはね? ここで、衝撃の告白をするけど。心臓止まらないでよ? サリエルぅ。あのね? ゲームの中ではね? サリエルは小さい頃に死んでいるはずなのよ。たぶんあの、六歳の落馬…サリエル殺人未遂事件のときね?」

 へええぇあぁええあああぁあぁ?
 心臓止めるなって言われても、止まるよっ!!!
 嘘でしょ? ぼく、死んでた?
 今、ここにいないはずだった?

 ぼく、存在しなかった…?

 あまりにも、衝撃的事実で。
 ぼくは両手で、ほっぺを揉み込まずにはいられなかった。

「でも、今は生きているでしょ? だからゲーム内キャラとして組み込まれて、備考欄が見えるようになったのじゃないかしら?」
 アリスティアは、淡々と説明と推理を並べ立てていくけれど。
 ぼくはまだ、激しく動揺中です。

「その、し、し、し、というのは。どこ情報なのです?」
 たずねると。
 アリスティアは、ジト目で。
 あぁ、給食のおばちゃんにはちょっと刺激が強かったわねぇ、とつぶやいた。

「兄上…今はアリスティアだから、不敬にならないようレオンハルト様ってお呼びするわ。レオンハルト様はゲームではシークレットキャラで。次期魔王だし、あの美貌だし。やっぱり人気があって。いろいろな情報が出ていたの。その中でレオンハルト様が、主人公とお話しするセリフ集があって…」
 そこで、アリスティアは少し声を低くする。

「兄弟仲が良いのは、うらやましいな」
「兄上の声真似ですか? なっていませんっ! 兄上はもっと低くてまろやかで、心地よくて、あまーい感じですからっ」
 指摘すると、彼女はクワッと牙をむいて怒った。
 おぉぅ、やはり魔族の御令嬢なのですね?

「わかっているわよっ、さんざん兄上の、あのお声に身を悶えさせていたのだからっ。体、なかったけどっ。つか、黙って聞いててっ!」
 怒られたので。
 ぼくは頬を揉みつつ、おとなしく耳を傾けます。むぅ…。

「…私にも、ラーディン、シュナイツ以外に、弟がいたんだ。血はつながっていなかったが、私に懐いて、とても可愛い子でな? でも六歳のときに落馬して…。失ってから後悔しないよう、君も弟のことをよく面倒みてあげるのだぞ?」

 そのセリフを聞いて。
 ぼくは頬を、やんわり、うっとり、揉み込みます。

 あぁ。ゲームの中でも、兄上はぼくのことを、いつまでも覚えていてくださるのですね?
 でも、なんだか。
 ぼくを失った兄上が、可哀想で。切なくて。
 作り話でも、泣きそうになります。

「…みたいな話をして、主人公と打ち解けてね? そこから仲良くなって。最後は主人公が魔王の嫁になる、スペシャルルート、みたいな?」
 兄上の真似をしていたアリスティアが、いつもの口調に戻って。笑顔で言いやがった。

 いいいいぃぃぃやああぁぁぁぁっ。

 ぼくの、ほっぺを揉み込む手の動きが、早まります。
 もう、高速です。ダルンダルンです。

「いやいや、落ち着きたまえ、サリエルくん。だから。サリエルは生きているのだから、もうそういう話にはならないんだって。つまりぃ? シークレットルートは、消えたっ!」
 アリスティアが、指をビシッとさして断言する。

 ぼくは驚きと喜びで、ほっぺから手を離します。
「ほ、本当ですか? 兄上と主人公がラブになることは、ない? ないっ!! やったぁ!!!」

 まぁるい手の拳を、高らかに突き上げ。ぼくは勝利のポーズですっ。

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