魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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53 サリュはずるいな ①

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     ◆サリュはずるいな

 ぼくの中からインナーがいなくなってしまったことを。ぼくは、はっきり感じ取って。
 涙が、あとからあとから、チョビチョビとあふれて。
 頬がぐちょぐちょになった。
 っんももの木を抱きしめて、ぼくはインナーのことを考える。
 ぼくにとっては悲しいことだけど。
 インナーは、お祝いしてとぼくに言った。
 インナーは、本来の居場所に戻れることが、喜びなのだ。

 ぼくと一緒にいるよりも。

 そりゃあ、そうだよ。ぼくの心の中に、押し込められているよりも。
 インナーはインナーとして、生きていけるようになるんだ。そうでしょう?
 きっと、自由で。
 新鮮な空気を、胸いっぱいに吸い込んで。オギャーアって。第一声を放つ、のかな?
 そして新しい体を得て、新しい人生を歩めるようになるんだね?
 お祝い、しなきゃ。いけないんだね?

 でも。さみしいよ。
 心細いよ。ずっとそばにいてくれた、君がいないと。

 インナーは、口が悪いから。いっぱい喧嘩をしたし。
 インナーの気持ちが理解できないことも、いっぱいあって。
 インナーの悲しみに、ぼくも悲しくなったり。

 ダイエットは口うるさかった。でもインナーが注意してくれたから、ぼくは今、ぽっちゃりでも健康なのかもしれない。
 いいことも、悪いことも、楽しいことも、悲しいことも、共有して。
 いっぱい、泣いたり笑ったり。
 でも、ぼくをずっと見守ってくれた。そのことこそが、大事な、大事な、ことだった。

 だから、ぼくは。ぼくの大事な人を、失ってしまったのだ。

「サリュ…」
 そこに、低くて耳に心地よい声が響いた。兄上だ。

 どうして? 兄上はまだ魔王城で、お仕事中のはずなのに。

 泣き濡れた顔で振り返ると。
 そこには、兄上と。
 申し訳なさそうな顔で、耳をイカ耳にしているエリンがいた。

「サリエル様、申し訳ありません。ひとりにしてと言われましたが。あまりにも御辛おつらそうだったので。レオンハルト様を、お呼びしてしまいました」
 エリンも…ぼくを心配してくれる人の、ひとりだ。
 インナーと同じく、大事な人。
 だから。ひとりにしてと言ったけれど。心配して兄上を呼んでくれた。
 そのことを、怒ったりできない。

 でも。こんなビショグチャな顔を、兄上に見られたくありませんでしたぁ。

「エリン、あとは私が」
 さりげなく、兄上が人払いをしてくれて。エリンが下がると。
 ぼくは、っんももから離れて兄上の腰に抱きついた。

「どうしたのだ? そんなに泣いて。このようなことははじめてだから、エリンがびっくりしてしまったぞ?」
 そうだ。ぼくは幼い頃から、あまり泣かないし。
 ギャン泣きしたのは、カタツムリにかまれて以来でしょうか。
 …そう思うと。カタツムリごときでギャン泣きした過去が、恥ずかしくなります。

「大事なお友達が、いなくなってしまったのです」
 正直に、兄上に打ち明けると。
 兄上は少し嬉しそうな声を出した。

「なに? 婚約破棄虎視眈々勢の誰かが、一抜けしたのか?」
「…そちらの方々ではないのです。そこは、今まで通りです」
 言うと。そうか…と。兄上も、なにやら落胆のお声です。

 兄上は、ぼくをそっと抱き寄せて。
 婚約したときに設置した、二人掛けの籐の椅子にぼくを座らせ。自分も横に座った。
 肩を抱いて、寄り添ってくれるから。
 ぼくは頬を、兄上の胸のあたりに押しつける。
 まだ、少し涙が出ます。クスン。

「その…大事なお友達というのは。私は心当たりがないが。誰かと、文通でもしていたのか?」
 インナーのことは、話せないので。
 っていうか。心の中に別の誰かがいたとか言ったら。頭おかしいと思われそうだし。
 お医者さんを呼ばれちゃいそうだから。言わないのだけど。
 だから、兄上の話に乗っかりました。

「そのようなものです。詳しくは申せませんが。ぼくを支えてくれた人、と言いましょうか?」
 インナーの説明は、難しかった。
 思えば…なにかを助けてもらった、というようなことはなく。
 終始ツッコミ要員だったような気もしますね? あと、ダイエット監視員。

 まぁ、これから始まるらしいゲームのことは、いっぱい教えていただきましたけど。
 あとは、兄上かっこいいドキドキ。みたいな?
 んんんっ、そうは言っても、大事な人です。たぶん。

「でも。もう、お話しできないのです」
「そうか。もしかして、サリュが魔王の息子だと知ってしまったのかな? 身分が合わないからという理由で、離れてしまう人はいるものだよ。その人がいなくなって、今はさみしいかもしれないが。エリンがサリュを心配したように。サリュのことを大事に想っている者は、周りに大勢いるよ? その人たちに目を向けてみたらどうかな?」
 ド正論です、兄上。
 でもそれが、なかなかできないものなのです。
 失くしたものを、いつまでもみつめ続けてしまう。そして、すぐそばにある宝物を見逃してしまう。
 それは愚かなことだけど。

 だって、愚かで未熟、それが人間なのだもの。

 だけど。そうなのです。
 兄上など仕事を放り投げて、泣くぼくの元へ駆けつけてきてしまうのですから。
 そんな、ぼくを大事にする兄上のことを、ぼくもみつめていきたい。
 はっ、仕事を放り投げてはいけませんっ。
 でもその気持ちが、嬉しいんです。

 そう思ったら。なんだか、兄上に体をくっつけていることが途端に恥ずかしくなってきました。
 恥ずかしいというか、ドキドキ?
 兄上のあたたかいぬくもりや。優しい兄上の魔力の香りや。そんなものに。
 そばに、兄上がいることをしっかりと実感して。それで、ドキドキです。

 なんで? インナーは、もうぼくの中にいないのに。
 優しくぼくに寄り添ってくれる兄上に。ドキドキします。ときめいています。
 これは、インナーのドキドキではないから。

 ってことはぁ? ぼくは。兄上のことを…ぼく自身が好きになっているってことですかぁ?

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