魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 マルチェロのたくらみ ⑤

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     ◆マルチェロのたくらみ ⑤

 昨夜から意識を戻さず。このままでは、衰弱して死んでしまうかもしれないと言われていたマリエラが。
 朝方、目を覚まし。
 医者からも山を越えたと言われて、ホッとした。

 精神的なことは、医者も治癒魔法も、治すことはできない。

 だが、マリエラが元の環境に戻って、子供たちの笑顔に囲まれて過ごすことができたら。
 彼女の心の傷も、いつか癒えるだろう。

 それにしても、ディエンヌは。
 よくも私が派遣したマリエラを、こうも邪険に扱ってくれたものだな?
 ここまでコケにされては、公爵家の沽券こけんに関わる。

 というよりも。私個人が、とっくにキレていた。

 ディエンヌが今生きているのが不思議なくらいに、私は怒り心頭だが。
 逆に、心がぐという…。
 キレ過ぎて。おそらく、一周回って冷静になっているのだろうね?
 サリーは今回のことを理由にして、婚約破棄をしたらどうかと提案してきたけど。

 そんな生ぬるいことで、この怒りがおさまるわけもない。

 私は、サリーに。いつもの笑顔を見せたつもりだったが。
 気持ちが漏れちゃったかな?
 サリー、怖がらせてごめんね?

 でも。私は。
 かなり腹の底がどす黒い、魔族なんだよ。
 私に牙をむいた者の仕置きが、たかが婚約破棄程度のことでは済ませられないな。

 ディエンヌは。私に牙をむいたつもりでは、なかったのかもしれない。
 しかし私が手配した者をないがしろにする行為は、私と、ルーフェン公爵家の思惑を踏みにじる行為である。
 そんなことは、少し頭を働かせればわかることだと思うのにな?
 あの娘は悪だくみをする以外のところでは、頭が悪いからね。

 さらに。マリエラは…私の姉なんだ。親族を傷つけられて、黙ってはいられないよ。

 マリエラは。父が若いときに、人族の娘と恋に落ちて、生まれた子供だ。
 だから、魔族と人族のハーフだね。
 父は、若気の至りというか。凡庸な人族の容姿に変化して、人族の村に遊びに行っていた。
 そこで、本気の恋をしたのだと。父は言っていたけど?
 まぁ、生まれてきたのはツノの生えた魔族の赤ちゃんだから。
 父が人族に化けていたことが、それでバレてしまった。

 父は、本気の恋だから彼女もきっとわかってくれる、なんて思ったみたいだけど。
 そんなわけないよね?
 彼女は、人族の若者と恋に落ちたつもりなんだから。

 人族の娘は、父に赤子を押しつけて逃げたそうだ。

 それで、あの父は。当時、腐っても公爵家後継だったわけで。
 人族との間に生まれた赤子を、先代公爵、いわゆる私の祖父は、許さなかったわけだ。
 代々、膨大な魔力を受け継ぐルーフェン公爵家の血が、人族によって半減してしまうからだ。

 実際、赤子…マリエラは。普通の魔族より、ちょっと魔力は多いかな? くらいな資質だったので。
 祖父は、マリエラをルーフェン家の者とは認めなかった。 

 そうは言っても、赤子には罪はなく。
 公爵家のメンツもあるので。
 マリエラは、男爵家に養子に出されたのだった。

 すべて、父が。私の母と結婚する前の話。
 父は魔力量だけは、潤沢にあったので。
 現魔王が即位したとき、順当に公爵のひとりに選ばれた。
 そして魔王の妹であった母と、心を通わせ。現在は、まぁまぁラブラブな夫婦である。

 まぁまぁというのは。父は外で遊ぶ癖があって。
 さすがに、女遊びは終了したようだが。
 外で、なにをやっているのやら。屋敷には、なにか行事がないと帰ってこない。

 家のことは、母が好きにやればよいというスタンスである。
 金銭にも、不自由はしてないから。母も特になにも言わない。
 むしろ父が家にいると、なにを話せばよいかしらぁ? なんてつぶやくくらいであるけど。
 そうは言っても、仲が悪いことはないのだ。
 そういう。うちは、父が影の薄い、ごく普通の家庭なのだけど。

 男爵家に養子に出されたマリエラは、貴族ではあるけれど、どちらかというと庶民寄りの暮らしをしてきた。
 貴族の令嬢が働きに出る、というのは。珍しいことなのだが。
 教師になって、ロンディウヌス学園にも勤めた経験のある才女だったのだ。

 彼女とはじめて会ったのは。公爵家が支援している孤児院に、慰問に行ったときだった。
 その孤児院で、マリエラは勉学を子供たちに無償で教えている。

 そこに、姉がいるというのは。父から聞いていた。
 父に、万が一のことがあったときのために。公爵家後継として知っておけ、みたいな感じ?

 私はそのとき、家庭をかえりみない父に少しばかり憤っていて。
 マリエラに。父に、もっと金を吹っ掛けろと焚きつけたのだ。

 でも、彼女は笑って、言った。
「公爵家との縁を口にしないという約束で、好きなことをさせてもらっているの。本当は、女の身で教師なんかしてはいけないと、養父には反対されたのだけど。お父様が、女性の教師は貴重だから支援したいと言って。養父を説得してくださったのよ?」

「それは、あいつが。自分も好き勝手したいからじゃないのかな? 子供の好きなことを許すことで、自分も好きなことをしていいって、理由付けだよ」
「まぁ。マルチェロはとても賢いのね? お父様の裏の裏まで読んでしまうなんて。でも、理由なんかなんでもいいのよ? 私は、教師にどうしてもなりたかっただけ。それを許してくださって、助けてもくださるお父様には、感謝しかないわ。私は、今が幸せなの」

 公爵家からなら、どれだけだってお金を引き出せる。
 でもマリエラは、この環境にいられること以上のことは望まない。と言うのだ。

 多くを望まない、謙虚で、つつましい姉を。私は単純に、良い人だなと思った。
 そして人族が半分入っているから、やはりどこか甘いなと思った。

 だけど、そのあと。甘々でピュアピュアなサリーに出会って。
 善良な人間の気高さに、胸を打たれた。

 そうしたら、なんだか。マリエラの人のさも、尊いもののように思えて。
 姉に、好感を持ったのだ。
 サリーに引きずられて姉の良さに気づくなんて。現金で、申し訳ないね。

 まぁ、そんな感じで。孤児院に慰問に行けば、姉とは会えたので。家族としてそれなりに仲良く接していた。
 でも、マリーベルはマリエラのことを知らないんだ。
 基本、マリエラは。公爵家とは縁のない者、というスタンスで。
 それが条件で、彼女は教師をしていられるのだからね。

 マリエラが父の落とし種と知る者は、本人と、父と、公爵家後継の私しかいない。
 マリエラの養い親も、詳しい事情は知らないのだ。
 だからもちろんディエンヌも、マリエラが私の姉だということは知らないが。

 でも。だから、なに? それとこれとは話が別。

 知らなかったから、では済まないのだ。
 ディエンヌが私の親族を殺そうとしたのは、事実だからね。
 しかも、理由が。
 自分の思い通りに動かないから、いらない? 授業が厳しいのが嫌?
 厳しいと言っても、マリエラに限って体罰はあり得ない。
 彼女は、子供は天使だといつも言っているような人だからな。
 そんな彼女の、厳しいなど。たかが知れているのだ。

 それに、公爵家から依頼を受けているのだ。厳しく授業にのぞむのは、当たり前だろう。
 なのにそんな些末なことで、殺意を抱くなんて。

 あの女は異常だ。

 ディエンヌの家庭教師にマリエラを選んだことを、私は後悔している。
 思慮深く、つつましく。貴族のマナーを身につけて、教師になれるほどの才女がすぐそばにいたのだ。
 彼女以上に、適任者はいないと思ってしまった。
 マリエラも、弟の為ならと喜んで引き受けてくれたのに。

 だけど。相手は、本物の悪魔だった。

 悪魔には、悪魔をぶつけるべきだったのだ。
 本物の悪魔に、思慮分別を学ばせるのには。マリエラは善良過ぎた。
 もっと狡猾な、あの女をやり込められるくらいの者でなくてはならなかったのに。

 自分にも、落ち度はあった。
 だが。ディエンヌの罪は、ディエンヌの罪。

 父上も、相当ご立腹だ。公爵家に泥を塗られたこともだが。
 彼は案外、子煩悩なのだ。
 マリーベルの行事があれば、必ず出席するくらいにはな。

 だから、己の子供が傷つけられて黙っているわけがない。
 もちろん婚約破棄などでは生ぬるいと、父も息巻いていましたよ?
 というわけで、父上の了承も得たことだし。

 これからは。罠を、手の中でりに練るつもりだ。

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