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49 ホント、あんた、邪魔だわぁっ!

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     ◆ホント、あんた、邪魔だわぁっ!

 魔王城の入り口にある、中央公園の噴水広場から。兄上が羽を出して、文字通りひとっ飛びすると。
 林の向こうに見えた明るい光が迫ってきて。
 ディエンヌが住む屋敷が燃えているのが見えた。

 二階建ての洋館の飾り窓から、炎のオレンジ色がまたたいて。火の粉が夜の空を赤く染めていた。
 その光景を見て。
 すでに外に避難していたディエンヌが。高笑いしています。なんでぇ?

「おーっほっほっ、命の消えゆく炎の、なんて美しいことかしらぁ?」
 うわっ、性格がゆがんでいるのは知っていたけど。
 命の消えゆく炎なんて、すっごく不吉なワードを楽しそうに言う妹の精神が、本当に理解できません。

 上空を飛びながら、ディエンヌの大きな独り言を聞いて。
 ぼくは兄上に、屋敷の周りを飛んでもらった。

「ディエンヌの話し口だと、誰か逃げ遅れているのかも…あ、兄上、あそこに人影が見えます」
 最悪な想像が当たらなければいい、と思いながらも。屋敷の中を見ていくと。
 人影が見えて。
 でも、なぜかその人影は、炎の方へ向かって行っているみたいに見えた。

 滑空していた兄上は、ふわりと草原の真ん中に降り。
 ぼくを屋敷の裏の、安全な場所に降ろす。
「兄上、助けてくれますか? あの人を」
「だが…ここにひとりサリュを置いていくのが、気掛かりだ」
「大丈夫です。ここにいます。兄上にもらった宝石も、持っておりますよ」

 安心させるように、ぼくはコートの襟につけた赤い宝石を指で撫でる。
 だから、早く、お願い。という気持ちで兄上をみつめると。

「すぐに戻る。ここを動くな」
 そう言って、兄上は炎が燃え盛る屋敷の中に、水魔法をまといながら飛んで行った。

 あぁ、兄上も。どうぞご無事で。
 と。ぼくは手をプヨと組み合わせて、神様に祈った。

 この世界の神様は。困ったときに助けを乞う、未知の強者。
 大地に根づく精霊だったり。古びた建物だったり。名もない神や女神という曖昧なものだったり、天使だったり、ときには魔王だったり、するのだけど。
 なんでもいいから。誰でもいいから。
 兄上と、屋敷の中にいるあの人を、お守りください。

 力のないぼくは、祈るしかできないけれど。
 だから、一生懸命祈っていた。
 そうしたら、ぼくの宝石の警報音がブビーと鳴ったのだ。
 振り返ると、草原を歩いてディエンヌがこちらにやってきた。

「あらぁ? サリエルぅ。どうしてこんなところにひとりでいるのかしらぁ?」
 ぼくらが上空を飛んでいたのを見ていたから、ここに来たんじゃないの? と、心の中でツッコむけれど。
 それを、この高飛車な妹に言う気はない。
 だって、三倍返しにされるじゃーん?

「火事が見えたから駆けつけたんだ。ディエンヌ、君は魔力があるのだから消火活動をしなきゃダメだろう?」
「うるさいわねぇ。お説教とか、聞かないわよ? でも、ちょうどいいわぁ? 火事に巻き込まれて死んじゃう?」
 そう言って、火の玉をぼくに向かって投げつけてきた。
 するとぼくの前に、宝石の防御結界が張られ。炎の玉は弾かれた。
 燃えカスが草原に落ちて、あちこちに火種を作る。

「こんなことをしている場合じゃないだろう? 逃げ遅れた人を屋敷の中にみつけて、今兄上が救助している。使用人の安否を、屋敷の主人として確認するべきだ」
「はぁっ? なに余計なことをしてくれてんのよっ? ホント、あんた、邪魔だわぁっ! いつも私の邪魔ばかりして。大体ね、あんたは存在自体が邪魔なのよ。お母様も、いつも言っていたわ? あんたを身ごもらなければ、どこへだって行けた。もっと私は自由だった。誰の子かわからないあんたさえいなければ、魔王妃として迎えられたかもしれないのに。ってね?」

 すっごい言いがかりで。ぼくは眉間がムニュムニュした。
「ぼくを身ごもったのは、ぼくのせいではないし。魔王妃も、正妻のマーシャ義母上がすでにいたのだから、無理です」
「知らないわよっ、毎日お母様がそう言っていたのよ。ぶつぶつと、ウザいんだから。つか、あんたも相当ウザいのよっ」

 また炎の玉を投げてきたが。
 それは、水のうずで弾かれて。ぼくをかばってくれたのはレオンハルト兄上だった。
 片手に、救出した女性を抱えている。
 息はあるようですが。ぐったりしています。

「ディエンヌ。詳しいことはあとからじっくり聞かせてもらうが。これ以上サリュに手を出すようなら。今、ここで消し炭にしてやるっ」
 兄上に、ギンと睨み据えられ。
 ディエンヌは不機嫌そうに、胸の前で腕を組んだ。
 赤い眉が怒りでぴくぴくしていますが。怒りたいのはこちらです。
 火事なんて、こんな大それたことを起こしてぇ。

 そこで、兄上が助けた女性が目を覚ました。
「あぁ、お屋敷にまだ、ディエンヌ様が取り残されていて…」
 目の上の額から、十センチくらいのツノが出ている、薄茶の髪色の女性は。
 いわゆるメイド服ではなく。簡素ながら、上品な紺色のドレスを身につけていた。

「大丈夫だ。ディエンヌはとっくに避難している」
 そうして兄上は、ディエンヌがそこにいることを告げる。
 女性は、とても驚いた顔をした。

「私がメイドに指示して、取り残されたって言わせたのよ? バッカじゃないの? 真に受けちゃって」
 半笑いで、ディエンヌは女性を睨み下ろしながら言う。
 つか、なんだって?

「え? わざと火の中へ向かわせたのか? なんでそんなこと…」
 ぼくは、ディエンヌがなんでそんな危険なことを彼女にさせたのか、さっぱりわからなかった。

「いつもいつも、うるさいからよっ。この家庭教師、あれやっちゃダメ、これやっちゃダメって。家で礼儀作法とかしてられないわぁ? 公爵家に、よくできてますって言ってくれればいいのに。嘘は言えないとか、頭固いし。私の思う通りに動かないのなら、いらないじゃなぁい?」

 家庭教師、ということは。
 この女性は、公爵家が派遣してきたお目付け役の家庭教師なのか?
 つか、家庭教師はそれがお仕事です。
 嘘やズルは、駄目に決まっているでしょ?

 待て待て、さっき余計なことをして、邪魔だとか言っていたのは。
 まさか。家庭教師を火の中で殺して、排除しようとしたから?
 彼女を救助したのが、余計なこと?

 さ…さつい? なのですか? 妹よ? マジですか?

 いや、ぼくも。ディエンヌから数々の殺意を向けられてきましたけれども。
 他人様よそさまに殺意を持ったら、あかんよ。シャレにならんよ。
 …ぼくの件も、シャレにはなりませんけどぉ。

「私は、魔王の娘よ? なんでも言うことを聞いてっ。いえ、言わなくてもそうするべきよっ」
 その言葉を聞いて、家庭教師の女性はがっくりとして、気も失ってしまった。
 ぼくも、妹のあんまりな言い草に、気を失いそうです。
 なんて理不尽で、傲慢なのでしょう。
 基本のほほんなぼくも、さすがに閉口です。

 家庭教師の彼女に代わって、兄上がディエンヌに苦言を呈す。
「魔王の娘だから、公の場に出すにはしっかりとマナーを身につけなければならないのだ。おまえの母親が、おまえにその教育をほどこせなかったから、彼女が代わりに教授したというのに。彼女に敬意も払えないとはな…」

「なによ、レオンハルトお兄様は、私の母親が下級悪魔だから、マナーのひとつもできないって言いたいわけ?」
「そう思われたくなければ、しっかりとした淑女になるべきだろう。顔ばっかり綺麗でも、勉学もマナーもダメなら、魔王の娘と名乗らせられないぞ?」

 すでに公務を引き受けている兄上は、兄妹たちに隙のない立ち回りを求めたいのだ。
 だって、国外や隣国の誰かといさかいになったら、国際問題や戦争にまで発展する可能性もあるでしょう?
 魔王の一族として、国内外の摩擦は死活問題なのだ。
 その公の場で、ディエンヌがやりたい放題したり、無知で会話が成り立たなかったりしたら。
 魔王家に泥を塗るのと同じこと。
 そこに、ディエンヌは早く気づかなければならないのだが?

「なんでお兄様はそんなことをおっしゃるの? 私たちは、魔族よ? 心のままに生きていいのよ? お母様も、魔王の娘は一番偉いのだから、なんでもしたいことだけすればいいって言っていたわ?」
 ディエンヌはヒステリックにわめくばかりだ。
 さすがの兄上も、かなり苛立ったようです。

「毛虫風情が私に歯向かうのかっ? いい加減にしろっ」
 手の中に雷を作り出すと、ディエンヌに投げつけた。
 その電撃が妹の足元に落ちて、彼女は身をすくめる。

「大体、おまえが今、ここで息をしてぎゃあぎゃあわめいていられるのは、サリュの恩情のおかげだ。そうでなければおまえなど。母親ともども、とっくに消し炭にしている。魔王家の娘だ? そんなことは魔王の娘として成すべきことをなしてから物を言えっ」

「お兄様はサリエルのことばっかり褒めて…私だって、魔王の…」
「まだ言うかっ」
 ディエンヌの言葉をさえぎって、兄上は再び雷を投げつけた。
 その光の矢は、彼女の肩に当たって。ディエンヌは、今度はギャッと悲鳴を上げ。感電して、その場に倒れてしまう。
 ひぇぇぇ、問答無用ですねっ?

「ったく、魔国の根幹であるドラベチカの者が、心のままに生きられるわけがねぇだろうがぁぁっ。国が滅ぶわっ! 魔王の娘だからこそ勉強しろって言っているのに。話は通じないは、同じ話を繰り返すは、頭の悪い小娘めっ」
「どうして勉学やマナーを学ばなければならないのか、その根本のところを教えられていないのでしょうか? でも家庭教師に習っているのだから、知らないは通じませんよね?」

 兄上の言葉に、ぼくは疑問を口にするが。
「わがままで、身勝手で、脳みそがないだけだ」

 吐き捨てる兄上に、ぼくは苦笑するしかありません。
 すみません、妹がまたやらかしてぇ。
 ディエンヌが兄上の話をのみ込めないのは。家庭教師の教えを、右から左に流しているからなのでしょうか? 
 とにかく、彼女は。心のままに行動して、火事という大罪を起こしてしまったのだろう。

 ぐちぐち言われた憤りをぶつけるように。兄上はおもむろに、天に手をかざした。
 後宮の敷地にある池の水を。魔力で根こそぎ、こちらに持ってきて。
 屋敷の上からぶっかけたのだ。ばっしゃーん。
 警備の者や、駆けつけた城の職員が、ちまちま水魔法で消火活動していたが。
 兄上のその魔法ひとつで。屋敷の火事は鎮火したのだった。

 うわぁ、ダイナミックで、大きな大きな魔法ですねぇ。すっごーい。

 そしてオオカミ獣人であるエリンが、噴水広場から一番に駆けつけてきて。
 羽を体の中に仕舞った兄上の、服がビリビリになった背中にマントを着せ掛ける。

 他の従者も駆けつけてきて。後始末などに奔走した。
「屋敷に医者を手配しろ。それから後宮の監督者であるマーシャ母上に、この件を知らせてくれ。あとディエンヌは、どこかの独房にでも放り込んでおけっ」

 怒りがおさまらない様子ながらも、兄上は部下に的確に指示を出し。家庭教師を横抱きにして、立ち上がった。
 そして倒れたディエンヌを冷たく一瞥いちべつして、つぶやいたのだ。

「この者は、サリエルとは血がつながっていないな? 賢明さがまるでない」
「でも、母上が同じですけど?」

 兄上の言葉に、ぼくは当たり前のことを返す。
 母親が同じなのだから、血はつながっているのでは?
 すると、兄上は。少し気まずそうな顔をしてぼくを見下ろした。

「聡明なサリエルとは、似たところがない兄妹だな、という意味だよ。アレは毛虫、サリュは青くてぷっくりしたイモ虫ほどに、違うな」
「イモムシ、ですかぁ? それはなんだか、嬉しくありませんねぇ」
 唇をとがらせて言うと、兄上はクスクス笑った。

 でも。まぁ、それはそうですね。
 ぼくもディエンヌの思考回路は、まるで理解できませんから。
 見かけも中身も、兄妹なのにまるで違う。と言われれば。その通りだ。
 でも兄上が言いたかったことは、それとは少し違うような気がしたのだけど。

 それよりも、家庭教師の方を早く医者に診せないとならないので。
 そこは深く掘り下げず。屋敷に急いだのだった。

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