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番外 ファウストの初恋 ⑦
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なにがあったか知らないが、結界が発動したということは。
バフォメット伯爵子息がサリエル様に危害を加えようとした、ということだ。
なんと、愚かなことだ。
それだけで、有無を言わせず重罪である。
体の大きな護衛がそばを離れたから、気が大きくなったのだろうか?
どちらにしても、浅慮だ。
マルチェロも相当の手練れだからな。
「レオンハルト様が寵愛なさるご婚約者に、守る者がふたりしかいないとでも思っているのか? それこそが浅はかなことなのだ。バフォメット伯爵家は、頭の足りない子を産んだばかりに、お家取り潰しになりそうだな。残念なことだ」
つか、私のサリエル様に手を出したことは、万死に値する。
レオンハルト様の沙汰を待つまでもなく、成敗してやろう。
普段、私の目は黒い瞳だが。殺意が湧くと、目全体が赤く染まる。
戦場で、バッキャスのその目を見た者は、生き残れない。
バッファローの憤怒と言われ、騎士の間では恐れられているものだった。
その状態の私を見て、バフォメット伯爵子息は腰を抜かしそうになっていた。
「ま、待て。聞いてくれ」
聞く耳など、あるわけもない。
が、いい機会だから言っておこう。
「私に言っても、仕方がない。この顛末は、すぐにもレオンハルト様の手の者が報告をあげることだろう。レオンハルト様の目はどこにでもあるのだと。皆も肝に銘じることだ」
ここまで言っておけば、サリエル様と机を並べる貴族子女たちも、愚かな真似をすることはないだろう。
絶対、サリーちゃんを泣かせるなよなっ。
バフォメットが逃げていったことで、騒動がひと段落して。
私は再び、二年の教室がある棟へ向かったのだが。
途中の廊下で、先ほど私が踏んだ木の枝は…見当たらなかった。
よくよく考えれば、おかしいことなのだ。
窓も開いていないし。貴族の子弟の通う学園なので、清掃なども行き届いているはずなのに。
枝が棟内に入り込むなんて。
あれは、虫の知らせ、というか。
自然に愛されたサリーちゃんの危機を警告する、精霊の知らせ。だったのかもしれない。
やはり、サリーちゃんはタダモノではないのだな? 好きだっ! と感心したのだった。
放課後、マルチェロに。バフォメットとなにがあったか聞いたが。
やっぱり沙汰を待つことなく、殺っちゃおうかな? と思った。
★★★★★
始業一日目、授業は全学年、午前中で終わる。
授業というか。初日は自己紹介や、授業内容の大まかな説明や、特別教室の説明やクラブ活動の説明や、なんやかやである。
それも終わって。下校時間になった。
マルチェロと並ぶ、サリーちゃんの斜め後ろをついていく、私。
そうだ。この感覚を待ち望んでいた。サリエル様をお守りできる、最上の至福の時間だった。感動。
馬車の乗降口に向かって通学路を歩く、その私たちの前に。
私の至上の時間を脅かす者が現れた。
バフォメット伯爵子息だ。
はぁ? マジで、死にたいのか? と、不穏な魔力を垂れ流しそうになる。
「すまなかった。どうか、お家取り潰しだけは…」
腰を折って、頭を下げるが。
土下座でも足りないところだ。
「サリーに言っても覆らないよ。魔王の子息に楯突いたのだ。魔王を侮辱したも同然だぞ?」
マルチェロは、現れるなと言ったのに。厚顔無恥に我らの前に顔を出すバフォメットに、怒り心頭だが。
そこを、サリーちゃんが小さな手で制した。
「どうして? どうして、ぼくに。あのようなひどいことを言ったのですか?」
「それは…申し訳ないと…」
歯噛みしながら、バフォメットはぶつぶつ言うが。
サリーちゃんは顔をしっかりと上げて、彼にたずねるのだった。
気高いですっ、好きっ。
「ぼくは、理由を聞いているのです」
「…下級悪魔の分際で、レオンハルト様の周りを、大きな顔でうろちょろしているからだっ」
バフォメットは顔を醜くゆがませて。やはり、醜い言葉を吐くのだった。
一般的には、美しい顔なのだろうが。
心根が汚ければ、真実が見える者には汚い顔に見える。そういうものだ。
「私はレオンハルト様と同じ年で。幼少の頃から、この美貌と頭の良さで、レオンハルト様のご学友第一候補だと言われて育ってきたのだ。しかし、レオンハルト様は。膨大な魔力のコントロールに手間取って、表には出てこなかった。だが学園に来れば、必ず私がご学友に選ばれる。その自信があったから…」
「どうして、兄上とお友達になりたかったのですか?」
話の途中で、心底不思議そうにサリーちゃんがたずねる。
レオンハルト様に近づきたい理由など、ひとつしかない。
だがサリーちゃんは、兄であるレオンハルト様を、次期魔王というフィルターを通して見ていないだろうし。
コネやズルといったものとも、無縁そうだからな。
「そりゃ、のちのちいろいろあるだろう? 友達待遇でいい仕事を回してもらえるとか。優遇してもらえるとか?」
おおよその魔族は、そういう、楽して実を取る方策を常に探っているものだ。
私も、ラーディンのご学友になったのは、王子のそばにいれば出世が早いという父の思惑に乗ってのことだしな。
それを思うと、狡猾な自分には耳が痛い話であるが。
サリーちゃんの護衛を引き受けたのは、純粋に彼のそばにいたかったから、だけなのです。
「その考えが、そもそも間違いなのです。魔王城の中核に入りたいのなら、魔王と魔国のために力を尽くす覚悟が必要です。兄上が。友達だからといって、あなたの能力以上の仕事を差配するようなことはありません。兄上ほど、魔国のために働いている方はおりませんからね?」
サリーちゃんは、いつものほほんとして見えるけれど。
中身は、相当に賢い方で。レオンハルト様の資質も。よく存じているようだった。
そうだ。あの方は、ひとつのミスで部下を容赦なく切り捨てる、非情の悪魔。
友達などという軽い立場では、彼の信念は一ミリも曲げられないだろう。
だが彼の思いに報いれば、重用してもらえる、完全実力主義。だと思っている。
「兄上とお友達になりたかった、その気持ちは悪くはないです。本当に、学園で共に過ごす機会があったら、お力を発揮して能力をアピールすることも。友としての信頼を勝ち得て、泣き笑いする日も。あったかもしれませんしね。でも、あなたは。兄上を次期魔王としか見ていないように思います。次期魔王の隣に立ちたい、ではなく。兄上とお友達になって心を通わせたい、そういう気持ちであってほしかったです」
胸を張って、断言するサリーちゃんは。とても高潔に見えました。
レオンハルト様を、ひとりの人間として見るというのは。彼に畏怖の念を持つ魔族には、難しい話だけれど。
彼のご学友になるということは。
その威圧にも負けず、レオンハルト様が道をたがえたときに。苦言を呈さなければならない。
そういう役目である。
もしかしたら、レオンハルト様は。その役目に当たるサリーちゃんをすでにみつけていたから。学園に行く必要性を感じなかったのかもしれないな?
学園に行けば、こういう無能な、有象無象に煩わされる。
サリーちゃんも、目の敵にされかねないしな。
なるほど。次期魔王はいろいろ考えて、サリーちゃんを守っているようだ。
そんな彼の手綱を取るのは、レオンハルト様個人をしっかりとみつめている、サリーちゃん以外にあり得ませんね?
「さらに。兄上に近づくために、周りを蹴落としたり、貶める言葉で傷つけたり。そういうのは、いけません。しっかり反省してくださいませ」
「でも、陥れたり狡猾に渡り合って邪魔者を排除するのが、魔族というものではないか?」
長いまつげをバサバサさせて、不思議そうにバフォメットが問う。
まぁ、その言い分は間違ってはいないのだが。
「そう? ぼくの周りには、そんな人はいないけどなぁ…ディエンヌ以外」
サリーちゃんは、語尾を小さな声で早口で言った。
あぁ、確かに。ディエンヌほど、魔族らしい魔族はいないかもしれない。
父上が、私の婚約相手にディエンヌを視野に入れていたというが。
彼女がサリエル様に行った、非道の数々を聞けば聞くほど。
あの女が私の婚約者でなくて良かった、と心底思うのだ。
その、ディエンヌの婚約者を買って出たのは、マルチェロだ。
それを聞いたときは。あぁ、防波堤なのだなと。とても、腑に落ちたものだが。
私は、ディエンヌは無理っ。
その、無理な相手と婚約してまでも、サリエル様を守護したいと思うマルチェロの気持ちや、忠誠の心には、脱帽するしかない。
私はマルチェロの域には、まだ到達できていないようだ。負けられないな。
「ラーディン兄上も、ぼくに意地悪しますけど。でも兄上は、本気でぼくを嫌いなわけじゃない。だからぼくも、ラーディン兄上を本気で嫌いになれないのですけどね? 失礼で、仕方のない兄上なんです」
彼が、いろいろこじらせていることを、サリーちゃんは知っているのですかね?
それで意地悪されても、お目こぼしして、書類仕事を手伝ったりしているのでしょうか?
お人よしというか、心の器がでかいのですね?
本当、子供っぽいラーディンには、もったいないお方です。
彼はずっと、番外でいいでしょう。
「ぼくのことを本気で嫌いな人は、わかるんです。そういう人が、ぼくのそばにはいましたから。だから、つまり。口先だけの謝罪は受け取れません。心根を入れ替えて、出直してください」
毅然と、サリエル様が言い切ると。
バフォメットは舌打ちをして、校内に入っていった。
「悲しいですね。わかり合えないということは」
サリエル様は、バフォメットの謝罪をきっぱり拒絶し。
その姿は、次期魔王妃となる風格を漂わせたが。
だけど、気落ちして、撫で肩をさらに丸くする。その姿はとても痛々しくて、見ていられなかった。
なんとかしたくて、私はサリーちゃんの背中側から脇に手を入れて、高く上げた。
「サリーちゃん、足を大きく開いて」
「は、はいぃぃ」
ぴょっ、と開いた股の間に頭をくぐらせ。私は、サリーちゃんを肩車した。
私のツノは、横に大きく張り出しているから。サリーちゃんの足に引っ掛けないよう注意して、くぐった。
「うわぁ、たっかーい、すっごーい、ファウストぉぉぉ?」
おっかなびっくりで、私の頭にしがみつくサリーちゃん。
「嫌な気分は、吹っ飛びましたか?」
「はい。御ツノ…御ツノに触らないようにしなければ、いけませんね。でもでも、これは。レオンハルト兄上と、同じ目線でしょうか? 兄上は、こんなにいろいろなものが見えているのですね?」
はしゃぐ、サリーちゃんは。声が弾んで、とっても可愛い。
でもね。私もほぼ、同じ目線なんですよ?
だけど、一番にレオンハルト様のことを思いついてしまうのは。
サリーちゃんも、レオンハルト様をお慕いしているからなのでしょうね?
私の求婚の順番は、五番目で。私の初恋は、叶わないかもしれないけれど。
サリーちゃんのそばにいて。サリーちゃんの恋の行方を見守りたい。今は、そんな気持ちです。
あわよくば。私に恋して欲しいけど。
そんなことを思っていたら。急に目の前が明るくなった。
サリーちゃんが、私の前髪を手で結わえたのだ。
「あ、イケメンが出た」
マルチェロが私をからかい。
私は急に視界が開けて、恥ずかしいやら、戸惑うやらだ。
「サムライはね、こうしてぇ、ちょんまげを結うんだよ? ファウストは美形だから、前髪で隠すのはもったいないよ。髪をこうして結んだら、いいんじゃない? かっこいいよ?」
自分の美醜や髪形なんか、特に考えたことがなかった。
ただ、人見知りで。人と目をあまり合わせたくないから、前髪で隠していたのだ。でも。
サリエル様がかっこいいと言うのなら。
ちょんまげにしても、いい!
「ありがとう、ファウスト。ぼくを励ましてくれて。みんな優しいから。ぼくは、いつもみんなに甘えてしまうのです」
サリエル様は、私の前髪を指先で優しく直して。そして囁くように言った。
「なに、言ってんの? サリー。友達なんだから、いっぱい甘えて、もっと頼っていいんだよ。それにね。君にもしものことがあったら、私たちはレオに八つ裂きにされるんだからね? 私の命の為にも、おとなしく守られていてくれよ?」
「はは、大袈裟ですねぇ? 兄上はそんなに怖くないですよ?」
いえ、大袈裟ではありません。
そして、あの人以上に怖くて危険な人はいません。
でも、怖くないと言い切れるサリーちゃんのそんなところに、レオンハルト様は惚れているのでしょうね?
気持ちはわかります。
私も、子供から怖がられて。そこにヒョッと現れたサリーちゃんが、寄り添ってくれたから。好きになっちゃったのだから。
「じゃあ早速、甘えちゃいますけど。ぼくは今回、無傷なので。過剰な処分は望みません。ふたりとも、手出しはしないでくださいね?」
私たちがバフォメットに制裁を加えようとしていたことを、サリーちゃんは気づいていたようだ。
まぁ、不穏な魔力を垂れ流していたから。察知されてしまったか?
「でも、王族に牙をむいたら重罪だよ?」
マルチェロも、私同様おさまらない怒りを内包していたのだろう。
サリエル様に、たずねた。
「王族のメンツもあるでしょうから、そこは兄上にすべてお任せします。でも、ぼくから彼に処罰を求めることはない、ということです。兄上の処分に、否は言いません。でもふたりが手を下すのは、違いますからね?」
サリーちゃんにそう言われてしまったら。私たちはもう、手を下せない。
サリエル様に、嫌われたくはないので。
「もう、仕方がないなぁ、サリーは」
マルチェロは、肩をすくめて終わりにしたので。
私も。サリーちゃんを肩車したまま全力疾走して、心のもやもやを吹き飛ばして、終わらせる。
「おおぉぉぅわぁぁぁっ、速いっ、ファウストぉ、はやいぃぃぃ」
おののきながらも、キャッキャ笑う、サリエル様を。
私は、愛おしく思った。
敵意を向ける相手も、慈悲の心で見逃してしまうなんて。そんな優しい、あなただから。
私は、心底お守りしたいと思うのです。
そしてその優しさで、あなたが傷つかないように。
あなたをしっかりみつめて。敵になる者は、排除いたします。
今回は、レオンハルト様が如才なく処分してくださるでしょう。
私が手を下すときは。あなたのお耳汚しにならないように。
あなたの知らぬところで、粛々と行うことにいたしましょう。
バフォメット伯爵子息がサリエル様に危害を加えようとした、ということだ。
なんと、愚かなことだ。
それだけで、有無を言わせず重罪である。
体の大きな護衛がそばを離れたから、気が大きくなったのだろうか?
どちらにしても、浅慮だ。
マルチェロも相当の手練れだからな。
「レオンハルト様が寵愛なさるご婚約者に、守る者がふたりしかいないとでも思っているのか? それこそが浅はかなことなのだ。バフォメット伯爵家は、頭の足りない子を産んだばかりに、お家取り潰しになりそうだな。残念なことだ」
つか、私のサリエル様に手を出したことは、万死に値する。
レオンハルト様の沙汰を待つまでもなく、成敗してやろう。
普段、私の目は黒い瞳だが。殺意が湧くと、目全体が赤く染まる。
戦場で、バッキャスのその目を見た者は、生き残れない。
バッファローの憤怒と言われ、騎士の間では恐れられているものだった。
その状態の私を見て、バフォメット伯爵子息は腰を抜かしそうになっていた。
「ま、待て。聞いてくれ」
聞く耳など、あるわけもない。
が、いい機会だから言っておこう。
「私に言っても、仕方がない。この顛末は、すぐにもレオンハルト様の手の者が報告をあげることだろう。レオンハルト様の目はどこにでもあるのだと。皆も肝に銘じることだ」
ここまで言っておけば、サリエル様と机を並べる貴族子女たちも、愚かな真似をすることはないだろう。
絶対、サリーちゃんを泣かせるなよなっ。
バフォメットが逃げていったことで、騒動がひと段落して。
私は再び、二年の教室がある棟へ向かったのだが。
途中の廊下で、先ほど私が踏んだ木の枝は…見当たらなかった。
よくよく考えれば、おかしいことなのだ。
窓も開いていないし。貴族の子弟の通う学園なので、清掃なども行き届いているはずなのに。
枝が棟内に入り込むなんて。
あれは、虫の知らせ、というか。
自然に愛されたサリーちゃんの危機を警告する、精霊の知らせ。だったのかもしれない。
やはり、サリーちゃんはタダモノではないのだな? 好きだっ! と感心したのだった。
放課後、マルチェロに。バフォメットとなにがあったか聞いたが。
やっぱり沙汰を待つことなく、殺っちゃおうかな? と思った。
★★★★★
始業一日目、授業は全学年、午前中で終わる。
授業というか。初日は自己紹介や、授業内容の大まかな説明や、特別教室の説明やクラブ活動の説明や、なんやかやである。
それも終わって。下校時間になった。
マルチェロと並ぶ、サリーちゃんの斜め後ろをついていく、私。
そうだ。この感覚を待ち望んでいた。サリエル様をお守りできる、最上の至福の時間だった。感動。
馬車の乗降口に向かって通学路を歩く、その私たちの前に。
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バフォメット伯爵子息だ。
はぁ? マジで、死にたいのか? と、不穏な魔力を垂れ流しそうになる。
「すまなかった。どうか、お家取り潰しだけは…」
腰を折って、頭を下げるが。
土下座でも足りないところだ。
「サリーに言っても覆らないよ。魔王の子息に楯突いたのだ。魔王を侮辱したも同然だぞ?」
マルチェロは、現れるなと言ったのに。厚顔無恥に我らの前に顔を出すバフォメットに、怒り心頭だが。
そこを、サリーちゃんが小さな手で制した。
「どうして? どうして、ぼくに。あのようなひどいことを言ったのですか?」
「それは…申し訳ないと…」
歯噛みしながら、バフォメットはぶつぶつ言うが。
サリーちゃんは顔をしっかりと上げて、彼にたずねるのだった。
気高いですっ、好きっ。
「ぼくは、理由を聞いているのです」
「…下級悪魔の分際で、レオンハルト様の周りを、大きな顔でうろちょろしているからだっ」
バフォメットは顔を醜くゆがませて。やはり、醜い言葉を吐くのだった。
一般的には、美しい顔なのだろうが。
心根が汚ければ、真実が見える者には汚い顔に見える。そういうものだ。
「私はレオンハルト様と同じ年で。幼少の頃から、この美貌と頭の良さで、レオンハルト様のご学友第一候補だと言われて育ってきたのだ。しかし、レオンハルト様は。膨大な魔力のコントロールに手間取って、表には出てこなかった。だが学園に来れば、必ず私がご学友に選ばれる。その自信があったから…」
「どうして、兄上とお友達になりたかったのですか?」
話の途中で、心底不思議そうにサリーちゃんがたずねる。
レオンハルト様に近づきたい理由など、ひとつしかない。
だがサリーちゃんは、兄であるレオンハルト様を、次期魔王というフィルターを通して見ていないだろうし。
コネやズルといったものとも、無縁そうだからな。
「そりゃ、のちのちいろいろあるだろう? 友達待遇でいい仕事を回してもらえるとか。優遇してもらえるとか?」
おおよその魔族は、そういう、楽して実を取る方策を常に探っているものだ。
私も、ラーディンのご学友になったのは、王子のそばにいれば出世が早いという父の思惑に乗ってのことだしな。
それを思うと、狡猾な自分には耳が痛い話であるが。
サリーちゃんの護衛を引き受けたのは、純粋に彼のそばにいたかったから、だけなのです。
「その考えが、そもそも間違いなのです。魔王城の中核に入りたいのなら、魔王と魔国のために力を尽くす覚悟が必要です。兄上が。友達だからといって、あなたの能力以上の仕事を差配するようなことはありません。兄上ほど、魔国のために働いている方はおりませんからね?」
サリーちゃんは、いつものほほんとして見えるけれど。
中身は、相当に賢い方で。レオンハルト様の資質も。よく存じているようだった。
そうだ。あの方は、ひとつのミスで部下を容赦なく切り捨てる、非情の悪魔。
友達などという軽い立場では、彼の信念は一ミリも曲げられないだろう。
だが彼の思いに報いれば、重用してもらえる、完全実力主義。だと思っている。
「兄上とお友達になりたかった、その気持ちは悪くはないです。本当に、学園で共に過ごす機会があったら、お力を発揮して能力をアピールすることも。友としての信頼を勝ち得て、泣き笑いする日も。あったかもしれませんしね。でも、あなたは。兄上を次期魔王としか見ていないように思います。次期魔王の隣に立ちたい、ではなく。兄上とお友達になって心を通わせたい、そういう気持ちであってほしかったです」
胸を張って、断言するサリーちゃんは。とても高潔に見えました。
レオンハルト様を、ひとりの人間として見るというのは。彼に畏怖の念を持つ魔族には、難しい話だけれど。
彼のご学友になるということは。
その威圧にも負けず、レオンハルト様が道をたがえたときに。苦言を呈さなければならない。
そういう役目である。
もしかしたら、レオンハルト様は。その役目に当たるサリーちゃんをすでにみつけていたから。学園に行く必要性を感じなかったのかもしれないな?
学園に行けば、こういう無能な、有象無象に煩わされる。
サリーちゃんも、目の敵にされかねないしな。
なるほど。次期魔王はいろいろ考えて、サリーちゃんを守っているようだ。
そんな彼の手綱を取るのは、レオンハルト様個人をしっかりとみつめている、サリーちゃん以外にあり得ませんね?
「さらに。兄上に近づくために、周りを蹴落としたり、貶める言葉で傷つけたり。そういうのは、いけません。しっかり反省してくださいませ」
「でも、陥れたり狡猾に渡り合って邪魔者を排除するのが、魔族というものではないか?」
長いまつげをバサバサさせて、不思議そうにバフォメットが問う。
まぁ、その言い分は間違ってはいないのだが。
「そう? ぼくの周りには、そんな人はいないけどなぁ…ディエンヌ以外」
サリーちゃんは、語尾を小さな声で早口で言った。
あぁ、確かに。ディエンヌほど、魔族らしい魔族はいないかもしれない。
父上が、私の婚約相手にディエンヌを視野に入れていたというが。
彼女がサリエル様に行った、非道の数々を聞けば聞くほど。
あの女が私の婚約者でなくて良かった、と心底思うのだ。
その、ディエンヌの婚約者を買って出たのは、マルチェロだ。
それを聞いたときは。あぁ、防波堤なのだなと。とても、腑に落ちたものだが。
私は、ディエンヌは無理っ。
その、無理な相手と婚約してまでも、サリエル様を守護したいと思うマルチェロの気持ちや、忠誠の心には、脱帽するしかない。
私はマルチェロの域には、まだ到達できていないようだ。負けられないな。
「ラーディン兄上も、ぼくに意地悪しますけど。でも兄上は、本気でぼくを嫌いなわけじゃない。だからぼくも、ラーディン兄上を本気で嫌いになれないのですけどね? 失礼で、仕方のない兄上なんです」
彼が、いろいろこじらせていることを、サリーちゃんは知っているのですかね?
それで意地悪されても、お目こぼしして、書類仕事を手伝ったりしているのでしょうか?
お人よしというか、心の器がでかいのですね?
本当、子供っぽいラーディンには、もったいないお方です。
彼はずっと、番外でいいでしょう。
「ぼくのことを本気で嫌いな人は、わかるんです。そういう人が、ぼくのそばにはいましたから。だから、つまり。口先だけの謝罪は受け取れません。心根を入れ替えて、出直してください」
毅然と、サリエル様が言い切ると。
バフォメットは舌打ちをして、校内に入っていった。
「悲しいですね。わかり合えないということは」
サリエル様は、バフォメットの謝罪をきっぱり拒絶し。
その姿は、次期魔王妃となる風格を漂わせたが。
だけど、気落ちして、撫で肩をさらに丸くする。その姿はとても痛々しくて、見ていられなかった。
なんとかしたくて、私はサリーちゃんの背中側から脇に手を入れて、高く上げた。
「サリーちゃん、足を大きく開いて」
「は、はいぃぃ」
ぴょっ、と開いた股の間に頭をくぐらせ。私は、サリーちゃんを肩車した。
私のツノは、横に大きく張り出しているから。サリーちゃんの足に引っ掛けないよう注意して、くぐった。
「うわぁ、たっかーい、すっごーい、ファウストぉぉぉ?」
おっかなびっくりで、私の頭にしがみつくサリーちゃん。
「嫌な気分は、吹っ飛びましたか?」
「はい。御ツノ…御ツノに触らないようにしなければ、いけませんね。でもでも、これは。レオンハルト兄上と、同じ目線でしょうか? 兄上は、こんなにいろいろなものが見えているのですね?」
はしゃぐ、サリーちゃんは。声が弾んで、とっても可愛い。
でもね。私もほぼ、同じ目線なんですよ?
だけど、一番にレオンハルト様のことを思いついてしまうのは。
サリーちゃんも、レオンハルト様をお慕いしているからなのでしょうね?
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サリーちゃんのそばにいて。サリーちゃんの恋の行方を見守りたい。今は、そんな気持ちです。
あわよくば。私に恋して欲しいけど。
そんなことを思っていたら。急に目の前が明るくなった。
サリーちゃんが、私の前髪を手で結わえたのだ。
「あ、イケメンが出た」
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「サムライはね、こうしてぇ、ちょんまげを結うんだよ? ファウストは美形だから、前髪で隠すのはもったいないよ。髪をこうして結んだら、いいんじゃない? かっこいいよ?」
自分の美醜や髪形なんか、特に考えたことがなかった。
ただ、人見知りで。人と目をあまり合わせたくないから、前髪で隠していたのだ。でも。
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ちょんまげにしても、いい!
「ありがとう、ファウスト。ぼくを励ましてくれて。みんな優しいから。ぼくは、いつもみんなに甘えてしまうのです」
サリエル様は、私の前髪を指先で優しく直して。そして囁くように言った。
「なに、言ってんの? サリー。友達なんだから、いっぱい甘えて、もっと頼っていいんだよ。それにね。君にもしものことがあったら、私たちはレオに八つ裂きにされるんだからね? 私の命の為にも、おとなしく守られていてくれよ?」
「はは、大袈裟ですねぇ? 兄上はそんなに怖くないですよ?」
いえ、大袈裟ではありません。
そして、あの人以上に怖くて危険な人はいません。
でも、怖くないと言い切れるサリーちゃんのそんなところに、レオンハルト様は惚れているのでしょうね?
気持ちはわかります。
私も、子供から怖がられて。そこにヒョッと現れたサリーちゃんが、寄り添ってくれたから。好きになっちゃったのだから。
「じゃあ早速、甘えちゃいますけど。ぼくは今回、無傷なので。過剰な処分は望みません。ふたりとも、手出しはしないでくださいね?」
私たちがバフォメットに制裁を加えようとしていたことを、サリーちゃんは気づいていたようだ。
まぁ、不穏な魔力を垂れ流していたから。察知されてしまったか?
「でも、王族に牙をむいたら重罪だよ?」
マルチェロも、私同様おさまらない怒りを内包していたのだろう。
サリエル様に、たずねた。
「王族のメンツもあるでしょうから、そこは兄上にすべてお任せします。でも、ぼくから彼に処罰を求めることはない、ということです。兄上の処分に、否は言いません。でもふたりが手を下すのは、違いますからね?」
サリーちゃんにそう言われてしまったら。私たちはもう、手を下せない。
サリエル様に、嫌われたくはないので。
「もう、仕方がないなぁ、サリーは」
マルチェロは、肩をすくめて終わりにしたので。
私も。サリーちゃんを肩車したまま全力疾走して、心のもやもやを吹き飛ばして、終わらせる。
「おおぉぉぅわぁぁぁっ、速いっ、ファウストぉ、はやいぃぃぃ」
おののきながらも、キャッキャ笑う、サリエル様を。
私は、愛おしく思った。
敵意を向ける相手も、慈悲の心で見逃してしまうなんて。そんな優しい、あなただから。
私は、心底お守りしたいと思うのです。
そしてその優しさで、あなたが傷つかないように。
あなたをしっかりみつめて。敵になる者は、排除いたします。
今回は、レオンハルト様が如才なく処分してくださるでしょう。
私が手を下すときは。あなたのお耳汚しにならないように。
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※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
坂木兄弟が家にやってきました。
風見鶏ーKazamidoriー
BL
父と2人でマイホームに暮らす鷹野 楓(たかの かえで)は家事をこなす高校生、ある日再婚話がもちあがり再婚相手とひとつ屋根の下で生活することに、相手の人には年のちかい息子たちがいた。
ふてぶてしい兄弟たちに楓は手を焼きながらも次第に惹かれていく。
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【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
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魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
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