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番外 ファウストの初恋 ⑥

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 今日は待ちに待った、サリーちゃんの入学式です。

 ラーディンのご学友というのは、剣術の手合わせをさせられることが多く。
 普通に、剣術指南をしているのと変わらないので。
 やはり面白味のないものだった。

 彼は生徒会に入って、学園の生徒を取りまとめる役についたわけだが。
 生徒達には、王子的良い顔を見せるのに。
 裏方の書類仕事を慣れない私に手伝わせるとか。ひどいのです。

 しかし、そんな日々も終わりだ。
 これからはサリーちゃんの後ろに、ずっとついていきます。
 サリーちゃんと一緒だったら、学園の庭を散策するのも楽しいし。
 丘の上で、草原に座ってご飯を食べるのも美味しいだろうし。
 お勉強も優しく教えてくれるし。いっつも笑顔だし。

 あぁっ! 好きだっ! 言うことなしです。

 というわけで。
 入学式にはレオンハルト様も参列するということで。
 サリーちゃんの乗った馬車は、混乱を避けるために講堂の入り口前につけられるということだった。

 私は固唾かたずをのんで、馬車が到着するのを待つわけだが。
 講堂前には。出迎えの学園長を筆頭に、シュナイツ様、ルーフェン兄妹という、サリーちゃんのお友達衆がスタンバイ。
 そして登校日ではないのに、なぜかラーディンと、そのご学友のアレインもいた。
 いぶかしげにラーディンを見やると。

「なんだよ? 生徒会役員として参加するだけだよ。つか、おまえがサリエルの護衛につくって言うから、紹介するのに来てやったんだよっ」

 その言い訳は、若干じゃっかん苦しいと思います、ラーディン。
 生徒会役員ではあるが、まだ低学年だから仕事は割り当てられていないし。
 私はすでにサリーちゃんとはお友達なので。紹介とか、いりませんけど?

「素直にサリエル様の晴れ姿を見たいと言えば良いではないですか? お兄ちゃんなんだから、入学式を見に来てもおかしくないですよ?」
 アレインがそう言うのに。
 ラーディンは『はぁっ? 俺はファウストのために来てやったんだ』と、強情です。
 まぁ、アレインの言葉が的を射ているのでしょうね?
 でもそのままツンツンでいてください。ライバルは少ない方がいいので。

 そうする間に、馬車がこちらに向かってきました。
 祝典などに使われる、王家の、上等の黒塗り馬車が、なんの変哲もない通学路をきらびやかに彩っている。
 講堂前にピタリと止まった馬車からは。従者に続いて、まずレオンハルト様が現れた。
 彼をひと目見たいという野次馬が、おおぉと声をあげる。
 それをひと睨みで黙らせるのは、さすがです。
 みんな、背筋に悪寒が走ったことだろう。
 そしてレオンハルト様にエスコートされて、妖精が羽ばたくように軽やかに、サリーちゃんが降りてきた。

 あぁっ、変わらぬ、目に優しいフォルム、柔らかい着地姿勢。素晴らしいです、サリーちゃんっ。

 表情筋が動かないので、はた目には私の考えなどわからないだろうが。
 私は、猛烈に感動していた。
 一年ぶりに見るサリーちゃんの、なんとまろやかなこと。
 早く、優しい声をかけてもらいたいものだ。

 しかし、すぐに。ラーディンがサリーちゃんをからかって。レオンハルト様にも怒られていた。
 彼は、おバカなのだな?
 そんなおバカは、放っておいて。
 私は早速、サリーちゃん…もとい、サリエル様にご挨拶した。

「ファウスト、一年ぶりだね? またお友達としてよろしくね?」
 柔らかい、まだ変声期を迎えていない可愛らしい声で、サリーちゃんは言ってくれた。
 なんというか、地獄から楽園にたどり着いた心地です。

 身長が伸びたと言うと、彼はとても嬉しそうに、はんにゃりと顔をほころばせるのだった。
 あぁ、可愛い。
 私たちが笑い合っていると、ラーディンがバカっぽく、大袈裟に驚いてみせた。

「ファウストが、笑った。この一年、無愛想な顔で、俺の後ろにぬぼぉっと突っ立っていたファウストがっ」
 失礼ですね。笑ったことくらい…ないか。
 つか、笑う必要性がどこかにありましたかね?

「ファウストは兄上のようにがさつじゃないのです。繊細で寡黙で、思慮深いのですぅ」
 ラーディンからかばってくれるなんて。感動です、サリーちゃん。
 そして私の評価がとても高くて、照れてしまいます、サリーちゃん。

 いやいや、感動している場合ではない。ちゃんとご挨拶しなければ。
「このたび、サリエル様の護衛として付き従わせていただきます」
「話は聞いています。あの、本当に無理のないようにね?」
 まだまだ未熟な騎士もどきに、これほどに気遣っていただけるとは。
 サリーちゃんは本当に、清らかな泉のように澄んだお心をお持ちで。
 私は感無量ですっ。

 他にも、まぁ、いろいろあったが。
 特に深刻な混乱などはなく。入学式は時間通りに行われた。
 学年の違う私は、サリエル様の護衛であっても彼の隣に座ることはできない。
 在校生の席で、悲しい気持ちにひたりながら、サリーちゃんのまぁるい背中を見ているしかなかった。

 あぁ、私はなぜサリエル様の一学年上に生まれてしまったのか。
 同じ学年のマルチェロが、心の底からうらやましく、呪わしい。

 しかし、同じ輪の中にいないからこそ見えるものもある。
「あのような醜い者が、当たり前のようにレオンハルト様に抱きつくとは…」
 不穏なつぶやきを耳にして。当人を確定する。
 バフォメット伯爵子息。
 レオンハルト様と同じ年齢だということに、誇りを持っていて。
 レオンハルト様のご学友にはなれなかったが、美貌も家柄もそろった私が、必ず彼の右腕になるのだ。
 とうそぶいて、取り巻きを集めている小物だ。

 小物は小物らしく、おとなしくしていればいいのだが。
 すでに、あの暴言は許しがたい。
 要注意人物と特定して、警戒をしておこう。

 入学式が済み、サリーちゃんが黒塗りの馬車でお屋敷に帰宅するところを見送った私は。
 早速、マルチェロに接触した。
 彼もおそらく、サリーちゃんの護衛要員だろうから。情報を共有しておきたかった。

「バフォメット伯爵子息が、サリエル様に敵意を持っているようだ」
「ふん、あの家柄は虚栄心の固まりだからな。そろそろ没落させても構わないかもしれないね?」
 特に、これこれこういうわけでサリーちゃんの護衛をおおせつかりました、なんて説明が要らないので。マルチェロとの会話は楽だった。
 頭がいいから。前振りとか、逆に無駄だとか思っていそうだ。

「忠告だ。サリーの周りは、危険に満ちている。一番の敵は、彼の母親だ。エレオノラは、サリーがディエンヌの邪魔になると思い込んで、定期的に刺客を送り込んでくる。だが金をケチっているのか。刺客はチンピラに毛が生えたくらいのものだから。排除は楽なんだがな?」
「エレオノラをってしまえばいいのではないか?」

 純粋な、疑問だ。
 なぜレオンハルト様は、そのような女を生き永らえさせておくのか?

「腐っても母親だ。サリーが泣くだろう? だから。そこにはみんな、手を出さないんだよ。まぁ一応、魔王の側妃でもあるしね。だが、あまりにもひどくなったら。サリーの目の届かない死地へ追いやってやるけどね?」

 まるで、そのお花は綺麗だね? というような、なんの悪意も感じさせない顔で。マルチェロは悪辣を口にした。
 やはり、噂にたがわぬ残虐非道なルーフェンの息子である。

「妹のディエンヌは、サリーをいたぶることを単純に楽しんでいる。息をするように、悪意を垂れ流す悪魔だ。彼女はそういう生き物だと認識しておいてくれ」
 自分の婚約者なのに、ひどい言いようである。
 ま、サリエル様をお守りするためにその位置についたのだろうから。彼女への気持ちはないのだろうけど。
 でも、婚約者だからな。
 彼女の態度次第では、気持ちが変わることも、あるのかもしれないけれど?
 ま、そこらへんはマルチェロが考えることだ。

「さらに、レオンハルトの旨味うまみを吸いたいが、サリーのせいで吸えないと思い込んでいるやから。レオを神聖視して、サリーを嫌悪する輩。バフォメット伯爵子息は、そのたぐいかな? あとは、己の娘をレオに嫁がせたい有力貴族とか? レオの政敵も、サリーを狙うことがある。大概はレオがつけた隠密が処理をしているが。バカが大っぴらに攻撃してきたときは、私たちの出番になる」
「…了解」

 半分以上、レオンハルト様のせい。のような気もするが。
 サリーちゃんはそのような目にあっても、あのようにほがらかに笑っているのだな?
 守りたい、その笑顔。

「明日、サリーを迎えに行ったとき。君にいろいろ説明しておいたと報告しておくよ? 朝は乗降口で待っていてくれ」
「嫌です。そのお役目は、私がいただく」

 急に私がごねたので。マルチェロは目をみはった。
「マルチェロは、毎日、同じ教室で、ずっと、サリーちゃんといられるのだから。送り迎えは、私がする」
「…ちっ、しまった。口を滑らした。ま、いいだろう。一年、ラーディンのそばで苦役くえきを耐え忍んだ君に、ご褒美だね?」

 私は心の中で、ヴィクトリーと叫んだのだった。はた目にはわからないでしょうが。

     ★★★★★

 サリーちゃんの送り迎えの権利を、マルチェロから半ば強引に奪い取った、私は。
 翌日から、楽しい、楽しい、ご登校に胸を躍らせた。
 うちの馬車に、サリーちゃんが毎日乗ってくるんだぜぇ? すごくね?
 と。私の中のやんちゃな魂が、荒ぶっています。

 馬車を降りるときにエスコートしようとしたら。
「ぼくは子供ではないので、馬車の乗り降りは、ひとりでできますっ」
 と言われてしまった。

 決して、子供扱いしたのではないのです。
 サリエル様の御手を、取りたかっただけなのです。
 でもサリーちゃんは、大人なので。
 きっと、レオンハルト様以外のエスコートは受けないのでしょう。がっかり。

 だけど、サリーちゃんは馬車の中でいろいろお話をしてくれて。
 私が言葉に詰まっても、待ってくれていて。
 あぁ、一年前の優しいサリーちゃんと変わらないな、と思って。ほのぼのしたものです。

 そして馬車の乗降口で、マルチェロと合流して。サリエル様を一年の教室までお送りしました。
 本当は、同じ教室で授業を受けたいが。
 そうもいきません。がっかり。

 そうして、二年の教室のある棟まで来たところで。

 私は、小枝を踏んだのだ。

 なぜ廊下に小枝があるのか。そういうことではなく。
 パキリとした音に、なんだか嫌な予感を覚えた。
 私は、急いで一年の教室に引き返した。

 なにもなければ、それでいい。
 杞憂きゆうだったと、引き返せばいいこと。
 でも。なにかあったら、飛んでまいりますと宣言したのだ。
 だから、なによりも早く足を動かした。

 水牛の悪魔を祖に持つ私は、勇猛や力持ちという方に注目されがちだが。俊足でもある。
 そして誰の目も止まらぬうちに、一年の教室に戻り。
 そこでサリエル様とマルチェロ、対峙するバフォメット伯爵子息たちを目にして。

 目が血走り、視界が赤くなるのを感じた。

 そのうちに、結界が幾重も発動してサリエル様を守り。
 ほぼ、同じタイミングで。私は、伯爵子息の前に立ちはだかったのだ。

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