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番外 ファウストの初恋 ④
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未練いっぱいにサリーちゃんが去って行った方を見ていると。
ラーディンが移動するぞと声を出した。
ラーディンは、もう呼び捨てでいいでしょう。
サリーちゃんをいじめるのは、たとえ資格のある兄だとしても。私は認めません。
でも公の席では、ちゃんとラーディン様とお呼びします。
それが臣下の務めですからね。
「あぁあ、またサリエル様を怒らせた。ラーディン様はこじらせすぎです。いつも書類仕事を手伝ってもらっているのだから、もっと弟君を大切にしなきゃあ」
ラーディンのご学友筆頭だというアレインが、ラーディンに苦言を呈した。
なるほど、付き合う時間が長ければ、こうして意見も言えるということか。
父上が、子供会に顔を出せといつもうるさかったのは、人脈を広げる以外に、信頼を構築する時間を作ることで得られるものがある、という理由もあったのだろうな?
奥が深い、子供会。
「こじらせてない。サリエルは俺の思い通りにならないから、なんか気になるだけだっ」
先ほどの御令嬢も言っていたし、ラーディン自身、求婚のメンバーに入りたいようなことを言っていたから。
サリエル様のことを、結婚したい相手として見ているようだが。
それにしては、ラーディン様は。
サリエル様がバカーっと言うような、嫌われるようなことばかりする。不思議だ。
好きな子には、嫌われたくないものだろう?
「なぜ、いじめるのですか? 魔力がないから? 可哀想です」
単純に、疑問で。私がたずねると。
ラーディンは眉を引きつらせて、私を睨んだ。
「あぁああん? いじめてねぇっつううの。つか、魔力とかツノとかそんな小さいことで、俺がサリエルをいじめるわけねぇだろうがっ。大事な弟だ。力が弱いんだから、俺が守ってやるっつうの」
一瞬、憤りを見せるが。ラーディンはため息をついて言葉を口にした。
「あいつはすっごく優秀なんだよ。どんな問題も、サッと片付ける。頭脳面で、俺はあいつには勝てない。だから武術を極めているんだ。ふたりで力を合わせて兄上を盛り立てていこうって、昔約束したのに…。なのに。あいつは兄上兄上って。レオンハルト兄上のことばーっかりで。だっから腹立って、グリグリしてやってんのっ」
なるほど。可愛さ余って憎さ百倍、みたいな?
好きの裏返し、みたいな?
どちらにしても、わかりにくいし。たぶんサリエル様には通じていませんね。
「だから、それがこじらせてるって言っているのですよ。たまには素直になって。サリエル様を守りたいって、言葉にしたらどうです?」
アレインが、また助言するけど。
「はぁっ? そんなこと言ってねぇし。この年になって、そんなこっぱずかしいこと言えるわけねぇだろっがっ」
ラーディンは、兄のプライド的なもののせいか。男の矜持的なもののせいか。そう言ってアレインの助言を受けつけないのだった。
はい。そのままツンツンしていていいです。
それでなくても、私は五番目なので。
ラーディンには番外でいてもらいたいものです。
ラーディンとそのご学友は、庭に出て剣術の練習をするみたいだ。
先ほど武術を極める、と言っていたように。
このグループは騎士になることを視野に入れているみたいだな。
まぁ、アレインも。騎馬隊を率いる名門の家柄だしな。
ここに、私というバッキャスが加わると、無敵の軍団になりそうだ。
ラーディンは、騎士団上がりの私と手合わせをするのが楽しみだったみたいだが。
「サリエル様に、先ほどのことをお詫びに行きたいです」
と言ったら。すぐに、行って来いと言われた。
「俺の分も、サリエルに謝っておいてくれ」
おそらく、サリエル様を怒らせたことをラーディンも気にしていたのだろう。
でもその謝罪を、私が言うかどうかはわかりませんけどね。
私にとって、ラーディンは恋のライバルですから。
サリエル様が走り去ったあと、御令嬢がお茶の用意をすると言って入っていった部屋をのぞくと。
サリエル様とそのご友人たちが、円卓でお茶飲みをしていた。
ノックをして、入室を乞うと。すぐに許してくれたので。
良かった。
サリエル様は私のことも怒ってしまったかもしれないと思っていたから。ホッとした。
私は不躾に求婚したことを詫び。
サリーちゃんが、優しく私のそばにいてくれたことに感動した旨を話した。
「庭でサリエル様とお会いしたのも、なにかの縁。よろしければ、私をお友達にしていただけないでしょうか?」
人見知りで口下手な割には、一生懸命口を動かして、胸の内を明かした。
すると、サリーちゃんは快く承諾してくれたのだ。
やはり、お優しい。
でも、まさか。
サリーちゃんがレオンハルト様の婚約者だったとは…。
マルチェロに聞くと、この話は公にはなっていないということだ。
そうだろう。公になっていたら、人脈の薄い私の耳にもさすがに届いたはずだからな。
しかし。レオンハルト様は全く隠していないので、知っている者は知っている、ということらしい。
「子供会に出席している面々は、ほぼ、みんな知っていると思うよ。サリーが危ない目にあったとき、レオンハルトが烈火のごとく怒って、庭に雷を落としたからね。古株の子供会出席者は、よほどのバカでない限りサリーにちょっかいかけないよ。あ、さっきのバカは新参者だったのだろうね? あ、君も新参者だった」
マルチェロは、私がサリーちゃんのことを知らなかったことをバカにしているようだった。
あぁ、そうだ。私は馬鹿者だった。
噂を信じて、落ちこぼれと言われたサリエル様を、自分に関係ない者として。
顔をみる価値もないと断じて。お披露目会や子供会に参加しなかったのだから。
だから、世事に疎くなり。
レオンハルト様の婚約の件も知らず。
サリーちゃんに求婚してしまったのだから。
おかげで、私は。
求婚の順番が五番目という…。
子供会をあなどりすぎた、私が大馬鹿者だったのだ。
それにしても、従者はどうしてサリーちゃん、サリエル様を探し当てられなかったのだろうか?
それを彼にたずねると。
「ファウスト様が求婚したいと言ったので。てっきりサリーという名の、御令嬢かと思いまして…女性の名前のようですしね? まさか、あの、サリエル様をお探しとは、全く思いませんで…」
思い込みで、その従者は女性のことしか調べなかったらしい。
なので私は、その従者を即刻クビにした。
思い込みで調査を怠ると、戦場では命に関わる。
死線に赴く機会の多い、バッキャスに。そのようにうかつな従者は、不必要だ。
ある程度は、従者も育てなければならないのだ。
その家や私の意向に沿うような従者を作り上げるのも、後継としての役目であるから。
しかしこの従者は、サリエル様を『あの』と言った。
そこには侮りや軽視の意味合いがあって。私は、それを流せなかった。
見た目や噂を鵜のみにする彼を、私のそばに置きたくなかったということだ。
★★★★★
学園に入るまで、半年。
サリーちゃんと子供会で遊べるのは、六回しかなかった。
それでもサリーちゃんは、私といろいろな遊びをしてくれた。
サリーちゃんのグループは、勉強に特化したお子様が集まる班で。
私は剣術ばかり磨いていたから、あまり頭脳系は得意ではない。
でもサリーちゃんは、優しく教えてくれた。
特に、魔国のジグソーパズルはすごかった。
バッキャスは、軍団を率いて他の領へ遠征に行くこともあるのだが。位置関係はまだうろ覚えだった。
でもあのパズルで、一発で大体を覚えられました。
あれを作ったのがサリーちゃんだと聞いて。私は彼を羨望の眼差しでみつめたものです。
学園に入ったら、剣術ばかりをしていられるわけもないので。基本的なものを効率よく教えてもらえて。本当に助かりました。
そして、サリーちゃんは。どうやら、オヤセになりたいようです。
私は、そのままでも可愛いと思うし。
マルチェロの妹の、マリーベルは。サリーちゃんをメジロパンクマと信じているようで。
「オヤセなパンちゃんなんて、パンちゃんじゃなーい」
と叫ぶのだが。
サリーちゃんは、本気だった。
なので、私も本気で応えた。
騎士団で習う強化訓練を、サリーちゃんと一緒に試したのだ。
走り込みや、筋トレや、剣の手合わせ。
マルチェロとシュナイツ様は、サリーちゃんに付き合ったが。
マリーベルとエドガーは、汗臭いのは嫌と言って、お茶会に行ってしまった。
私は膝立ちになって、サリーちゃんと対峙し。剣を打ち合う。
サリーちゃんは一生懸命剣を振るが。鍛えられた私は、難なく受け止めてしまう。
はっきり言おう。サリーちゃんには…剣の才覚はなかった。
それでも、サリーちゃんは楽しそうで。
剣を振りながら、言うのだ。
「ファウストは、武士みたいですね? 剣に真面目で、ストイックで。背筋がシャキ、で。無骨な感じが…あと、女などいらぬ…って言いそうなところとかもぉ」
「ブシ、ですか?」
「武芸を極めた人、みたいな意味なんだ。侍、とかもあるよ?」
「サムライ、ですか。よくわかりませんが、言葉の響きがかっこいいですね?」
「うん。武士は、孤高で、寡黙で、かっこいいの」
「では、私はサムライになります」
なんて話しながら、剣を振りまくっていたら。
サリーちゃんは…やせたっ!
というか。しなびた。
なんか、若干、ほそーくはなったのだ。
でも、ふっくらしたほっぺや、ポヨンとした二の腕が。しわしわしてしまった。
その様子を見たマリーベルが。パンちゃんが死んじゃうぅ、と泣き叫び。大騒ぎになって。
サリーちゃんに水分補給させたら。
つるんと。元のぽっちゃりに戻って。一同はホッとしたのだった。
「良かったぁ。パンちゃんはやせなくてもいいのよぉぉぉっ」
「そうですぅ、やせて美少年になったら、競争相手が増えてしまいますぅっ」
なんて、マリーベルもシュナイツ様も、サリーちゃんに抱きついて言っている。
しわしわでは、美少年どころではない。と、胸の内でツッコんで。
そして、考えた。もしかしたら。
サリーちゃんの、あのぽっちゃりは。ただ太っているわけではないのかもしれない。
従者のミケージャが言っていた。
「サリエル様、無理なダイエットは駄目だと、レオンハルト様が申していたでしょう? サリエル様はぽっちゃりでも、御軽いのですから。ちゃんと栄養と水分を取らないと倒れてしまいますよ?」
確かに剣の手合わせをしたとき。
弾かれたサリーちゃんを助け起こしたら。とても軽かった。
魔族は、人族と比べて重めだ。それに加えてぽっちゃりだったら。もっと重くてもいいのだが…。
「はぁい、しわしわになったこと、兄上には言わないでぇ。心配させたくないからぁ」
そして、私の方を振り返ってニヘっと笑った。
「ダイエット、失敗しちゃったね? てへっ」
その顔が無垢で、本当に妖精さんのように、可愛くて。
失敗したのを、私のせいにしない、その清らかな精神性も一緒に。
また、惚れ直してしまいました。
しかし。妖精かぁ。サリエル様は、もしかしたら純粋な魔族ではないのかもしれないな?
バッキャスは、元々は水牛の悪魔で。
今でこそ変化することはできないのだが。
昔祖先は、水牛に形を変えて、戦いのときに猛進して敵を突破した。
そういう勇猛果敢な家柄である。
ただ、水牛の頃の片りんが残っていて。
勘が鋭かったり、気配を察知するのに長けていたり。
妖精や精霊や、獣人や、そういう自然に近しいものの空気や、雰囲気に敏感なところがある。
サリーちゃんの本質が、なにかはわからないけれど。
魔族らしくない、優しい気質や。柔らかな空気感などを思うと。
サリーちゃんは自然に近しい要素を持っているのかもしれない。
もしかしたら、そういう神秘的なところを無意識に感じ取って、彼に魅かれたのかもしれないな、と。私はそう思ったのだった。
そうして、楽しい半年はあっという間に過ぎて。
私は、ロンディウヌス学園に入学した。
一年は、ラーディンのご学友として過ごさなければならない。
サリーちゃんのいない学園は、心底つまらないのだった。
「おまえ…全然愛想がないなぁ。王子のご学友、やる気あんの?」
などとラーディンに絡まれながら。つまらない学園生活を乗り切るのだった。
サリーちゃんが学園に来るまで。一年の辛抱だっ。
ラーディンが移動するぞと声を出した。
ラーディンは、もう呼び捨てでいいでしょう。
サリーちゃんをいじめるのは、たとえ資格のある兄だとしても。私は認めません。
でも公の席では、ちゃんとラーディン様とお呼びします。
それが臣下の務めですからね。
「あぁあ、またサリエル様を怒らせた。ラーディン様はこじらせすぎです。いつも書類仕事を手伝ってもらっているのだから、もっと弟君を大切にしなきゃあ」
ラーディンのご学友筆頭だというアレインが、ラーディンに苦言を呈した。
なるほど、付き合う時間が長ければ、こうして意見も言えるということか。
父上が、子供会に顔を出せといつもうるさかったのは、人脈を広げる以外に、信頼を構築する時間を作ることで得られるものがある、という理由もあったのだろうな?
奥が深い、子供会。
「こじらせてない。サリエルは俺の思い通りにならないから、なんか気になるだけだっ」
先ほどの御令嬢も言っていたし、ラーディン自身、求婚のメンバーに入りたいようなことを言っていたから。
サリエル様のことを、結婚したい相手として見ているようだが。
それにしては、ラーディン様は。
サリエル様がバカーっと言うような、嫌われるようなことばかりする。不思議だ。
好きな子には、嫌われたくないものだろう?
「なぜ、いじめるのですか? 魔力がないから? 可哀想です」
単純に、疑問で。私がたずねると。
ラーディンは眉を引きつらせて、私を睨んだ。
「あぁああん? いじめてねぇっつううの。つか、魔力とかツノとかそんな小さいことで、俺がサリエルをいじめるわけねぇだろうがっ。大事な弟だ。力が弱いんだから、俺が守ってやるっつうの」
一瞬、憤りを見せるが。ラーディンはため息をついて言葉を口にした。
「あいつはすっごく優秀なんだよ。どんな問題も、サッと片付ける。頭脳面で、俺はあいつには勝てない。だから武術を極めているんだ。ふたりで力を合わせて兄上を盛り立てていこうって、昔約束したのに…。なのに。あいつは兄上兄上って。レオンハルト兄上のことばーっかりで。だっから腹立って、グリグリしてやってんのっ」
なるほど。可愛さ余って憎さ百倍、みたいな?
好きの裏返し、みたいな?
どちらにしても、わかりにくいし。たぶんサリエル様には通じていませんね。
「だから、それがこじらせてるって言っているのですよ。たまには素直になって。サリエル様を守りたいって、言葉にしたらどうです?」
アレインが、また助言するけど。
「はぁっ? そんなこと言ってねぇし。この年になって、そんなこっぱずかしいこと言えるわけねぇだろっがっ」
ラーディンは、兄のプライド的なもののせいか。男の矜持的なもののせいか。そう言ってアレインの助言を受けつけないのだった。
はい。そのままツンツンしていていいです。
それでなくても、私は五番目なので。
ラーディンには番外でいてもらいたいものです。
ラーディンとそのご学友は、庭に出て剣術の練習をするみたいだ。
先ほど武術を極める、と言っていたように。
このグループは騎士になることを視野に入れているみたいだな。
まぁ、アレインも。騎馬隊を率いる名門の家柄だしな。
ここに、私というバッキャスが加わると、無敵の軍団になりそうだ。
ラーディンは、騎士団上がりの私と手合わせをするのが楽しみだったみたいだが。
「サリエル様に、先ほどのことをお詫びに行きたいです」
と言ったら。すぐに、行って来いと言われた。
「俺の分も、サリエルに謝っておいてくれ」
おそらく、サリエル様を怒らせたことをラーディンも気にしていたのだろう。
でもその謝罪を、私が言うかどうかはわかりませんけどね。
私にとって、ラーディンは恋のライバルですから。
サリエル様が走り去ったあと、御令嬢がお茶の用意をすると言って入っていった部屋をのぞくと。
サリエル様とそのご友人たちが、円卓でお茶飲みをしていた。
ノックをして、入室を乞うと。すぐに許してくれたので。
良かった。
サリエル様は私のことも怒ってしまったかもしれないと思っていたから。ホッとした。
私は不躾に求婚したことを詫び。
サリーちゃんが、優しく私のそばにいてくれたことに感動した旨を話した。
「庭でサリエル様とお会いしたのも、なにかの縁。よろしければ、私をお友達にしていただけないでしょうか?」
人見知りで口下手な割には、一生懸命口を動かして、胸の内を明かした。
すると、サリーちゃんは快く承諾してくれたのだ。
やはり、お優しい。
でも、まさか。
サリーちゃんがレオンハルト様の婚約者だったとは…。
マルチェロに聞くと、この話は公にはなっていないということだ。
そうだろう。公になっていたら、人脈の薄い私の耳にもさすがに届いたはずだからな。
しかし。レオンハルト様は全く隠していないので、知っている者は知っている、ということらしい。
「子供会に出席している面々は、ほぼ、みんな知っていると思うよ。サリーが危ない目にあったとき、レオンハルトが烈火のごとく怒って、庭に雷を落としたからね。古株の子供会出席者は、よほどのバカでない限りサリーにちょっかいかけないよ。あ、さっきのバカは新参者だったのだろうね? あ、君も新参者だった」
マルチェロは、私がサリーちゃんのことを知らなかったことをバカにしているようだった。
あぁ、そうだ。私は馬鹿者だった。
噂を信じて、落ちこぼれと言われたサリエル様を、自分に関係ない者として。
顔をみる価値もないと断じて。お披露目会や子供会に参加しなかったのだから。
だから、世事に疎くなり。
レオンハルト様の婚約の件も知らず。
サリーちゃんに求婚してしまったのだから。
おかげで、私は。
求婚の順番が五番目という…。
子供会をあなどりすぎた、私が大馬鹿者だったのだ。
それにしても、従者はどうしてサリーちゃん、サリエル様を探し当てられなかったのだろうか?
それを彼にたずねると。
「ファウスト様が求婚したいと言ったので。てっきりサリーという名の、御令嬢かと思いまして…女性の名前のようですしね? まさか、あの、サリエル様をお探しとは、全く思いませんで…」
思い込みで、その従者は女性のことしか調べなかったらしい。
なので私は、その従者を即刻クビにした。
思い込みで調査を怠ると、戦場では命に関わる。
死線に赴く機会の多い、バッキャスに。そのようにうかつな従者は、不必要だ。
ある程度は、従者も育てなければならないのだ。
その家や私の意向に沿うような従者を作り上げるのも、後継としての役目であるから。
しかしこの従者は、サリエル様を『あの』と言った。
そこには侮りや軽視の意味合いがあって。私は、それを流せなかった。
見た目や噂を鵜のみにする彼を、私のそばに置きたくなかったということだ。
★★★★★
学園に入るまで、半年。
サリーちゃんと子供会で遊べるのは、六回しかなかった。
それでもサリーちゃんは、私といろいろな遊びをしてくれた。
サリーちゃんのグループは、勉強に特化したお子様が集まる班で。
私は剣術ばかり磨いていたから、あまり頭脳系は得意ではない。
でもサリーちゃんは、優しく教えてくれた。
特に、魔国のジグソーパズルはすごかった。
バッキャスは、軍団を率いて他の領へ遠征に行くこともあるのだが。位置関係はまだうろ覚えだった。
でもあのパズルで、一発で大体を覚えられました。
あれを作ったのがサリーちゃんだと聞いて。私は彼を羨望の眼差しでみつめたものです。
学園に入ったら、剣術ばかりをしていられるわけもないので。基本的なものを効率よく教えてもらえて。本当に助かりました。
そして、サリーちゃんは。どうやら、オヤセになりたいようです。
私は、そのままでも可愛いと思うし。
マルチェロの妹の、マリーベルは。サリーちゃんをメジロパンクマと信じているようで。
「オヤセなパンちゃんなんて、パンちゃんじゃなーい」
と叫ぶのだが。
サリーちゃんは、本気だった。
なので、私も本気で応えた。
騎士団で習う強化訓練を、サリーちゃんと一緒に試したのだ。
走り込みや、筋トレや、剣の手合わせ。
マルチェロとシュナイツ様は、サリーちゃんに付き合ったが。
マリーベルとエドガーは、汗臭いのは嫌と言って、お茶会に行ってしまった。
私は膝立ちになって、サリーちゃんと対峙し。剣を打ち合う。
サリーちゃんは一生懸命剣を振るが。鍛えられた私は、難なく受け止めてしまう。
はっきり言おう。サリーちゃんには…剣の才覚はなかった。
それでも、サリーちゃんは楽しそうで。
剣を振りながら、言うのだ。
「ファウストは、武士みたいですね? 剣に真面目で、ストイックで。背筋がシャキ、で。無骨な感じが…あと、女などいらぬ…って言いそうなところとかもぉ」
「ブシ、ですか?」
「武芸を極めた人、みたいな意味なんだ。侍、とかもあるよ?」
「サムライ、ですか。よくわかりませんが、言葉の響きがかっこいいですね?」
「うん。武士は、孤高で、寡黙で、かっこいいの」
「では、私はサムライになります」
なんて話しながら、剣を振りまくっていたら。
サリーちゃんは…やせたっ!
というか。しなびた。
なんか、若干、ほそーくはなったのだ。
でも、ふっくらしたほっぺや、ポヨンとした二の腕が。しわしわしてしまった。
その様子を見たマリーベルが。パンちゃんが死んじゃうぅ、と泣き叫び。大騒ぎになって。
サリーちゃんに水分補給させたら。
つるんと。元のぽっちゃりに戻って。一同はホッとしたのだった。
「良かったぁ。パンちゃんはやせなくてもいいのよぉぉぉっ」
「そうですぅ、やせて美少年になったら、競争相手が増えてしまいますぅっ」
なんて、マリーベルもシュナイツ様も、サリーちゃんに抱きついて言っている。
しわしわでは、美少年どころではない。と、胸の内でツッコんで。
そして、考えた。もしかしたら。
サリーちゃんの、あのぽっちゃりは。ただ太っているわけではないのかもしれない。
従者のミケージャが言っていた。
「サリエル様、無理なダイエットは駄目だと、レオンハルト様が申していたでしょう? サリエル様はぽっちゃりでも、御軽いのですから。ちゃんと栄養と水分を取らないと倒れてしまいますよ?」
確かに剣の手合わせをしたとき。
弾かれたサリーちゃんを助け起こしたら。とても軽かった。
魔族は、人族と比べて重めだ。それに加えてぽっちゃりだったら。もっと重くてもいいのだが…。
「はぁい、しわしわになったこと、兄上には言わないでぇ。心配させたくないからぁ」
そして、私の方を振り返ってニヘっと笑った。
「ダイエット、失敗しちゃったね? てへっ」
その顔が無垢で、本当に妖精さんのように、可愛くて。
失敗したのを、私のせいにしない、その清らかな精神性も一緒に。
また、惚れ直してしまいました。
しかし。妖精かぁ。サリエル様は、もしかしたら純粋な魔族ではないのかもしれないな?
バッキャスは、元々は水牛の悪魔で。
今でこそ変化することはできないのだが。
昔祖先は、水牛に形を変えて、戦いのときに猛進して敵を突破した。
そういう勇猛果敢な家柄である。
ただ、水牛の頃の片りんが残っていて。
勘が鋭かったり、気配を察知するのに長けていたり。
妖精や精霊や、獣人や、そういう自然に近しいものの空気や、雰囲気に敏感なところがある。
サリーちゃんの本質が、なにかはわからないけれど。
魔族らしくない、優しい気質や。柔らかな空気感などを思うと。
サリーちゃんは自然に近しい要素を持っているのかもしれない。
もしかしたら、そういう神秘的なところを無意識に感じ取って、彼に魅かれたのかもしれないな、と。私はそう思ったのだった。
そうして、楽しい半年はあっという間に過ぎて。
私は、ロンディウヌス学園に入学した。
一年は、ラーディンのご学友として過ごさなければならない。
サリーちゃんのいない学園は、心底つまらないのだった。
「おまえ…全然愛想がないなぁ。王子のご学友、やる気あんの?」
などとラーディンに絡まれながら。つまらない学園生活を乗り切るのだった。
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