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番外 ファウストの初恋 ③

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 背の小さい従者に、私は命じた。
 サリーという名の子に求婚をしたいから、探してほしい、と。
 しかし調べて戻ってきた彼は。
 子供会に参加するお子様たちの中に、サリーという名の子供はいなかった。と、言った。

 サリーちゃんのことを、探し当てられなかった。

 けれどサリーちゃんは私に『今日、はじめて子供会に来たの?』と聞いたのだ。
 私はあの日、確かに子供会の参加がはじめてだった。
 それに気づくということは、子供会に来る子供たちに精通しているということだ。
 つまり子供会に行けば、サリーちゃんには必ず会えるということ。
 次の子供会に行くのが、私は楽しみになった。

 彼に求婚しよう。

 私の結婚相手は、彼しかいない。
 家格を釣り合わせただけの、愛のない婚約などに意味はない。
 そばにいて、心地よくなければ、家に帰りたくもなくなるはずだ。

 私は結婚する相手に、心の安らぎを求める。
 そのような子とは、そうそう出会えないこともわかっている。
 だからこそ、ここで捕まえておきたいのだ。

 そして、ひと月が過ぎて。待ちに待った子供会の日になった。
 でも、まずは。
 私はラーディン様のご学友候補なので。彼が子供会に現れるのを、待たなければならなかった。

 ラーディン様のご学友は、五人ほどと。ご学友候補が、私を含めて三人いた。
 後宮にお住いのラーディン様は、魔王城の中を通って、子供会が開かれているサロンにやってくる。
 北側の扉の前に、彼のご学友たちと並んで待っていると。
 ラーディン様が現れた。

 白地の髪に青い影が差す、独特の色合い。
 彼は、剣術や騎士職に興味があるようで、それなりに鍛えられた、引き締まった体躯をしている。
 ちょっと、偉そうな態度が鼻につくが。
 悪い人格では、なさそう…かな?

 そして、サロンに向かって廊下を歩いていると、従者を連れたサリーちゃんが廊下を曲がってきて。
 自分たちの前を歩いていく、その姿が見えた。

 わ、さっそく出会えた。今日も福々ふくぶくしくて可愛い。
 と思っていたら。

 サリーちゃんの背中に向かって、ラーディン様が突然笑いを吹き出した。
「丸くて、茶色で、赤いトサカって。まんまコカトリスじゃねぇか」
 その言葉に、サリーちゃんは不機嫌そうに振り返ってラーディン様を睨む。
 私はサリーちゃんをけなされて、ムッとしたが。
 そばにいたご学友候補が。ラーディン様に追従した。

「はは、魔力なしのお方ではコカトリスに失礼ですよ」
 もっと、ひどいことを言われてしまって。サリーちゃんは泣きそうです。可哀想に。

 もしラーディンに追従しなければ、ご学友として認められないのなら。
 私は父の意向に背いても、この地位を退こうと思った。
 だが、ラーディンは。『弟をからかう資格があるのは兄だけだ』と言い。
 そのご学友候補者たちを排除してしまった。

 それはいい。サリーちゃんをおとしめるやからは、私のそばにもいらない。

 いや、それよりも。重大なことを聞いた。
 え? ラーディンの、弟?
 サリーちゃんが? ま、まさか、だとしたら、サリーちゃんは…。

「大体、サリエルは。レオンハルト兄上の婚約者だぞ」
 またしても、ラーディンの爆弾発言を聞き。
 私は、衝撃に胸を貫かれた。
 そんな…では、では。サリーちゃんは、魔王様の三男で、ツノなし魔力なしの落ちこぼれと噂されている、あの、サリエル様なのですか?

 あぁ、そういえば。
 今更だけど、ツノはなかったな。
 でも、表面に見えないような者も、まま、いるしな。

 いやいや、それがなんだというのだ?
 サリエル様にツノやお力がなくたって、力だけは有り余っている私がサリエル様をお守りすればよいこと。
 そもそも私は、ツノでも魔力でもなく、サリエル様の御人柄に魅かれたのだ。
 そのような些末なことでサリエル様を軽んじる輩は、私が許さぬっ。

 ラーディン様のご学友として、サリエル様に紹介された私は。
 心のおもむくままに、廊下に膝をついた。

「サリエル様、あなたに騎士の誓いを捧げます」
 そして、彼の柔らかい手を捧げ持ち、その甲にキスを落とした。

 バッキャスの者が魔王以外に膝をつくのは。
 その者に求婚するという意味合いを持つ。
 魔王様と同じくらいに、お慕いしているということだ。

 このとき、私は。
 サリーちゃんを守らなければ。
 私の伴侶にして、未来永劫私のそばでお守りしたいという気持ちでいっぱいだった。

 そう、失念していたのだ。レオンハルト様の婚約者という、ラーディンの言葉を…。

 ゆえに、サリーちゃんは『ええええぇぇ?』となり。
 ラーディンも『はぁぁぁぁ?』となったのだ。
 さらに、そこに。
 サリーちゃんのお友達の女の子と、マルチェロと、眼鏡をかけた男の子と、シュナイツ様…は、騎士団の演習を見学に来られていたから、顔は知っている。が、やってきた。

「パンちゃんは、私たちのパンちゃんなの。求婚しても、順番は回ってきませんからねっ」
 膝をついたままの私に、指を突きつけて、言う、御令嬢。
 しかし、どのような順番だろうと。
「順番…待つ」
 と告げたら。五番目だと言われた。

 私は、猛烈に感動した。
 さすがサリーちゃん。もっちりマシュマロボディでも、モテるのですね?
 そうですね、性質がすこぶる美しい方だから。
 みなさん、サリーちゃんに魅かれるのでしょうね?

 それから、廊下で、大人数で、わちゃわちゃ話していたのだが。
 レオンハルト様のご婚約者に求婚してしまったというのは、実はかなりの失態なのだ。
 次期魔王と目されているレオンハルト様は、現在、魔王の次に権勢を誇るお方だ。
 その恋路に、横やりを入れたも同然である。
 ここは言い訳をしておかなければならなかった。

「確かに、バッキャス家の私が騎士の礼を取るのは、求婚と同じくらいの気持ちがこもっていると言えます。でも、サリエル様はレオンハルト様のご婚約者。次期魔王妃に近しいお人です。だから、騎士の礼を取ってもおかしくはありません。いつかサリエル様のそばで、あなた様をお守りする騎士になります。という意思表示です」

 いつになくべらべらとしゃべって、あごが疲れた。

 しかしながら、自分の想いは曲げず。サリエル様をお守りしたい、という気持ちを伝えつつ。求婚と同じ気持ちでお仕えしますと、強引に話をまとめられたな。

 サリエル様は、私の言葉に感動してくれたみたいだけど。
 なんだか、ラーディンが。サリーちゃんに意地悪を言い出した。

「本当の恋をしたら、サリエルは兄上を捨てるんだっ! 婚約破棄、するんだっ!」
「バカーーーーっ」
 ラーディンの言葉に、サリーちゃんは、私の手も、隣にくっついていたシュナイツ様と女の子の手も、ババっと払って。廊下の向こうに走って行ってしまった。
 それを追う、マルチェロと従者。

 あぁ、サリエル様。行ってしまいました。

 そうしたら女の子が。ラーディンをひと睨みした。
「そんなんだから、ラーディン様は番外になるのですわ? 好きな子をいじめて気を引くとか、いまどき流行りませんわよ? パンちゃん、可哀想…」

 そして、パンちゃんが帰ってくる前にお茶の用意をして待っていましょう? と言った女の子は。
 シュナイツ様たちをうながして、サロンとは違う部屋に行ってしまった。
 ラーディンやシュナイツ様といった王族相手に、一歩も引けを取らないこの御令嬢は。
 おそらく、マルチェロの妹である。
 従兄弟筋だから、彼らに強気に当たれるのだろうなと、推測した。

 それにしても、先ほど彼女が言った、サリエル様の求婚順番待ちは。
 レオンハルト様、彼女、シュナイツ様、マルチェロ、そして私。番外にラーディンという、そうそうたるメンバーであった。

 魔力なし、ツノなしの落ちこぼれ、などと世間では噂されているが。
 噂など、本当にあてにならないものだな?
 実際のサリエル様は、魔力はないかもしれないが。それを補って充分なほど、穏やかで、気品があって、魅力的な人物だ。

 魔族の長である、ドラベチカ家の御兄弟は、そろいもそろって曲者くせものぞろい。
 長兄のレオンハルト様は、次期魔王と目されるだけあって、容赦がなく冷酷無情な方。
 ラーディンは、尊大で強引で不遜。
 シュナイツ様は、おとなしやかでありながら、眉ひとつ動かさずに魔獣を殲滅したという、無慈悲で酷薄な人物である。

 そのような苛烈な性格を帯びた御兄弟に。サリエル様は、結婚を望まれるほどに愛され。
 さらに、狡猾で残忍な資質を持つ、三大公爵家の子女までもとりこにするとは。
 さすが、私が見込んだ方だけある。

 サリエル様は、もしかしたら。私の考えが及ばぬほどの、特別なお方なのかもしれないな?

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