68 / 184
番外 ファウストの初恋 ②
しおりを挟む
私が隠れていた木の陰に、子供がやってきた。
垣根からぴょっこりと顔を出したのは。
ちょっとぽっちゃりした、まぁるい子。
手も足も短くて、ぽてっとしたフォルムだったから。なんとなく、大きなペンギンかと思ってしまった。
でも、先ほどの子供たちと同じように。この子もキャーと叫びながら逃げていくのだろう。
そんなあきらめの心境で、彼をぼんやり見ていた。
彼は、私を見て。ちょっと驚いたような表情をした。
目は、頬が押し上げられていて、糸目だけど。
ポカーンと開いた丸い口とか、その空気感が、驚いているように見えたのだ。
庭の真ん中に大人が座っていたから、驚いたのかな? 子供なのだけど。
しばらく、私の顔を見て固まっていた彼…男物の服装だから、男の子だと思うのだが。その、彼は。
顔をキョロキョロさせて辺りを見回すと。
おもむろに、私の隣に腰かけた。
え? 大丈夫?
みんな私を見て、怖がったり泣いたりしたけど。
でも、彼はなにも言わずに。
ただ、私にそっと寄り添った。
な、なに? なんか、慣れていない猫がフイに寄りかかってきた、みたいな。嬉しい感覚がするっ。
瞬間、体に、なにかビビビッと走った。が、別に嫌な感じではなくて。
むしろ、空気感が心地よい。
知らない人がそばにいると、私は気を使ってドギマギしてしまうが。
でも彼がそばにいても、不思議に、全然心苦しくなかった。
緑の草原にひとりで座っていると、自然と一体になったような気になるが。
彼がそばにいるのも、それと同じ、気持ちよい爽快感を得られる。
なにか話をしなきゃ、なんて。気を使うこともなく。
ただ、ここにいていい。それを許されているような。そんな感覚になった。
「あの…今日、はじめて子供会に来たの?」
大地や空気に溶け込むような、穏やかな空気が。彼が言葉を発したことで、崩れるかと思ったが。そうはならなかった。
大人が子供に問いかけるような。なにもかも包み込んでくれそうな、優しい言葉だったから。
良かった。
でも私が言葉を発したら、小鳥が飛び立つみたいに怖がっていなくなってしまいそうな気がしたから。
うなずくだけにする。
せっかくの、気分のいい人物との邂逅だ。台無しにしたくない。
「ぼく、かくれんぼの最中なのだけど。ここにいていい?」
え? ここにいるの? どうぞどうぞ。
とばかりに、うなずくと。
彼は、小さな三角の口を逆三角にして、ニパッと笑った。
うわぁ、かぁわいいなぁ。
彼は、滞在を許されたからか。ご機嫌な様子で、そこに膝を抱えて座っていた。
私と同じ格好だ。
そんな彼を、私は横目で見やる。
一番に目が行ったのは、白い肌だった。
マシュマロでできているのかなぁ? と思うような、ふんわりとした印象の、白色だった。
頬は、ほんのりピンクで。とても柔らかそうな、ふくよかな頬。
自分はストイックに、バッキバキに鍛え上げ、筋肉と皮というくらいに、体に余分な肉をつけていないが。
彼は、全体的にポヨンとしている。
しかし、なんでか、ここまで潔くポヨンとしていると、逆に愛らしく見えるから不思議だ。
とにかく、柔らかそうなマシュマロボディである。
そして、赤い髪と同じ色に輝く宝石を身につけている。
え? これ、レッドドラゴンの魔石?
いや、まさかね。あれは、適度な貴族のお屋敷一棟買えるくらいに値が張る高級品だ。
子供が身につけているはずはない。
でも、衣装などは特にきらびやかではないが、それだからこその上品さがある。
裾や袖口の、さりげない刺繍が、良い仕立てなのを物語っている。
結構、地位の高い家の子ではないかな?
仕草もおとなしく、黙って座っているのを苦にしていないところが、品がある感じ。
控えめな印象も、好感を持てる。
そして、なにより。まとう空気が清浄で、穏やかで、心地よい。
ずっとこの子と一緒にいられたら、と思ってしまうのだ。
そこまで考えて、私はドキリとした。
二言ばかり、言葉を交わしただけなのに。
名も知らぬこの子に。恋をした。
「お、鬼が来た。か、隠れさせてぇ」
人知れず、私は動揺していたのだが。
コソコソと、彼が言うから。とりあえずうなずいた。
彼は私のジャケットの裾をめくって、そこに頭を突っ込む。
えぇ? それでは全部隠れないけど、いいのかなぁ、と思っていたら。
モチッと。私の体に彼の体がくっついたのを感じ。
またもや、ドキドキしてしまうのだ。
恋を自覚した瞬間の、この接触は、刺激的です。
だが、間もなく。
彼が言うところの鬼が現れて、私は思考を中断した。
しかしその鬼を見て、私はまた驚く。
長い前髪で目を隠し、表情も変化は乏しいから、相手にはわからないだろうが。
結構、劇的に驚いた。
公爵子息の、マルチェロ・ルーフェンだったからだ。
彼とは六歳のお披露目パーティーで会って以降、ときどき顔を合わせていた。
マルチェロは暗殺のスキルを有していて、身体強化や剣術、隠密の訓練のために。騎士団を訪れることがあったからだ。
たまには、手合わせをしたりもした。
「あ、君は、ファウスト・バッキャス公爵子息? はは、ずいぶんのんびりとした登場だね?」
子供会では、初顔合わせだったから、彼も驚いたのだろう。
私たち公爵家の者は、魔王の系譜に寄り添い、彼らのために働き、行動し、従事する。
その意思を、子供のうちから子供会などで示すべきなのだが。
確かに、私は遅い登場だな。
「マルチェロ・ルーフェン公爵子息。騎士団演習上がりです」
あなたは、知っているでしょう? という気持ちで、告げた。
私は人脈よりも、己の技巧を高めることを優先したのだ。
そのことは、後悔していない。
体も仕上がり、すぐにも騎士として働けるほどのスキルを身につけられたのだからな。
誰にも劣らないという自負もある。
「実は、かくれんぼをしているのだが…」
彼の言葉に、やはりそうなのか? と思う。
彼が、かくれんぼの鬼をしているなんて。
マルチェロは、初対面のときからどこか冷めた印象があって。
己の魔力量も充分に多く、頭もよいと評判で。
それゆえにすでに、もう達観した大人であるというような顔をしていた。
そういうところは、私と似ているのではないかと思ったのだ。
今更、子供のような真似はできない。
だから、頭脳明晰で大人な彼が。かくれんぼという子供の遊びをしているのが。奇妙に思えた。
「うーん、ここにはいないなぁ」
マルチェロがつぶやくと、隠れている彼が、ピクリとした。
隠してあげたいな。
みつからなかったら、もう少し私のそばにいてくれるかもしれない。
だけど、あからさまに聞こえるようにマルチェロは言っているし。
彼はそこまで愚鈍ではない。
騎士のお墨付きをもらっている私と、同等の戦闘力があり。隠密として空気感を読むのも長けている。からなぁ。
「と、見せかけて。この不自然な丸みはぁ? みつけた、サリー」
「ぎゃあああ、みつかったぁ」
彼は、外に出ていた丸いお尻をマルチェロに引っ張られて。笑いながら、私のジャケットから頭を出したのだった。
あぁあ、みつかっちゃったな。
でも、その屈託のない笑顔が、本当に可愛い。
そうか。彼は、サリーというのか? 名前も可愛いな。
そして、マルチェロも。
はは、と大きな口を開けて笑っている。
どこか作り物めいた笑顔を張り付けて、すましているという印象が強かったのに。
しばらく会わなかった間に、キャラが変わっていないか?
マルチェロはサリーちゃんの手を握り。笑みをきらりとさせて、言った。
「この手つなぎ鬼というのを考えた人は、天才だね? きっと彼も、好きな子と手をつなぎたかったに違いない」
彼が、そのような本気顔で迫ったら。
大概の御令嬢はノックアウトだろう。それほどの美麗さが、彼にはある。
さらに、これは。私へのけん制でもあるような気がした。
マルチェロも、サリーちゃんのことが好きなのか?
私のものに触るな、という圧を感じる。
でも、彼が婚約をしているというのは、まだ聞いていないのだが?
まぁ私は、貴族社会に疎いから。みんなが知っていて、私は知らないということも多くあるけど。
サリーちゃんはマルチェロの口説き文句を、また気障なこと言ってぇ、なんて上手にかわしているけど。
これは、ぐずぐずしていられないかもな。
マルチェロなんて、美形の高位貴族に目をつけられていたら。すぐにも奪われてしまう。
早くなんとかしなくては。サリーちゃんをマルチェロに取られてしまうっ。
そう思ったとき。私は、自覚した。
そうか、これって初恋なんだ。って。
今まで、婚約話なんか眼中にもなかったのに。
急激に意識して、グイッと天上に持ち上げられるような。
誰かに取られそうになると焦って、心がざわざわするような。
そして、サリーちゃんのことしか考えられなくなるような。
すべてが、はじめての感覚だった。
「そうだ、ファウストくんも手つなぎ鬼、する?」
そうして、サリーちゃんは。私に手を差し伸べた。
その顔が、ひまわりのように明るくて。
ニッコリ笑顔で、小さな丸い手のひらをいっぱいに広げているから。
柔らかそうなその手を、私は握ってみたかった。
サリーちゃんに触れたくて。私も手を伸ばす。
でもそのタイミングで、従者が私を呼びに来た。
くそぉ、空気が読めない奴め。
いや、空気が読めないのは、遅刻して今やってきたラーディン様だな。
私の中で、ラーディン様の好感度が下がった瞬間だった。
仕方なく、私はサリーちゃんの手を握るのをあきらめて立ち上がった。
「またね、サリーちゃん」
でも、いい。
時間はあるのだ。
どうか、今度会うとき。
求婚するときに、あなたのその手に触れさせてください。
そんな気持ちで、サリーちゃんに挨拶して。その場を去った。
サロンに戻って、ラーディン様と顔合わせをし。
人となりを知るまではご学友候補という形で、そばにいられることになった。
まぁ、三大公爵家の子息である私をそばにつけない手はないので。
それは想定内のことだ。もったいつけている、とは思ったがな。
それよりも、私は。
先ほど出会ったサリーちゃんのことで、頭がいっぱいだった。
彼は、どのような家柄の子なのだろう?
この時点で。私はサリーちゃんがどこの誰なのか、知らなかった。
垣根からぴょっこりと顔を出したのは。
ちょっとぽっちゃりした、まぁるい子。
手も足も短くて、ぽてっとしたフォルムだったから。なんとなく、大きなペンギンかと思ってしまった。
でも、先ほどの子供たちと同じように。この子もキャーと叫びながら逃げていくのだろう。
そんなあきらめの心境で、彼をぼんやり見ていた。
彼は、私を見て。ちょっと驚いたような表情をした。
目は、頬が押し上げられていて、糸目だけど。
ポカーンと開いた丸い口とか、その空気感が、驚いているように見えたのだ。
庭の真ん中に大人が座っていたから、驚いたのかな? 子供なのだけど。
しばらく、私の顔を見て固まっていた彼…男物の服装だから、男の子だと思うのだが。その、彼は。
顔をキョロキョロさせて辺りを見回すと。
おもむろに、私の隣に腰かけた。
え? 大丈夫?
みんな私を見て、怖がったり泣いたりしたけど。
でも、彼はなにも言わずに。
ただ、私にそっと寄り添った。
な、なに? なんか、慣れていない猫がフイに寄りかかってきた、みたいな。嬉しい感覚がするっ。
瞬間、体に、なにかビビビッと走った。が、別に嫌な感じではなくて。
むしろ、空気感が心地よい。
知らない人がそばにいると、私は気を使ってドギマギしてしまうが。
でも彼がそばにいても、不思議に、全然心苦しくなかった。
緑の草原にひとりで座っていると、自然と一体になったような気になるが。
彼がそばにいるのも、それと同じ、気持ちよい爽快感を得られる。
なにか話をしなきゃ、なんて。気を使うこともなく。
ただ、ここにいていい。それを許されているような。そんな感覚になった。
「あの…今日、はじめて子供会に来たの?」
大地や空気に溶け込むような、穏やかな空気が。彼が言葉を発したことで、崩れるかと思ったが。そうはならなかった。
大人が子供に問いかけるような。なにもかも包み込んでくれそうな、優しい言葉だったから。
良かった。
でも私が言葉を発したら、小鳥が飛び立つみたいに怖がっていなくなってしまいそうな気がしたから。
うなずくだけにする。
せっかくの、気分のいい人物との邂逅だ。台無しにしたくない。
「ぼく、かくれんぼの最中なのだけど。ここにいていい?」
え? ここにいるの? どうぞどうぞ。
とばかりに、うなずくと。
彼は、小さな三角の口を逆三角にして、ニパッと笑った。
うわぁ、かぁわいいなぁ。
彼は、滞在を許されたからか。ご機嫌な様子で、そこに膝を抱えて座っていた。
私と同じ格好だ。
そんな彼を、私は横目で見やる。
一番に目が行ったのは、白い肌だった。
マシュマロでできているのかなぁ? と思うような、ふんわりとした印象の、白色だった。
頬は、ほんのりピンクで。とても柔らかそうな、ふくよかな頬。
自分はストイックに、バッキバキに鍛え上げ、筋肉と皮というくらいに、体に余分な肉をつけていないが。
彼は、全体的にポヨンとしている。
しかし、なんでか、ここまで潔くポヨンとしていると、逆に愛らしく見えるから不思議だ。
とにかく、柔らかそうなマシュマロボディである。
そして、赤い髪と同じ色に輝く宝石を身につけている。
え? これ、レッドドラゴンの魔石?
いや、まさかね。あれは、適度な貴族のお屋敷一棟買えるくらいに値が張る高級品だ。
子供が身につけているはずはない。
でも、衣装などは特にきらびやかではないが、それだからこその上品さがある。
裾や袖口の、さりげない刺繍が、良い仕立てなのを物語っている。
結構、地位の高い家の子ではないかな?
仕草もおとなしく、黙って座っているのを苦にしていないところが、品がある感じ。
控えめな印象も、好感を持てる。
そして、なにより。まとう空気が清浄で、穏やかで、心地よい。
ずっとこの子と一緒にいられたら、と思ってしまうのだ。
そこまで考えて、私はドキリとした。
二言ばかり、言葉を交わしただけなのに。
名も知らぬこの子に。恋をした。
「お、鬼が来た。か、隠れさせてぇ」
人知れず、私は動揺していたのだが。
コソコソと、彼が言うから。とりあえずうなずいた。
彼は私のジャケットの裾をめくって、そこに頭を突っ込む。
えぇ? それでは全部隠れないけど、いいのかなぁ、と思っていたら。
モチッと。私の体に彼の体がくっついたのを感じ。
またもや、ドキドキしてしまうのだ。
恋を自覚した瞬間の、この接触は、刺激的です。
だが、間もなく。
彼が言うところの鬼が現れて、私は思考を中断した。
しかしその鬼を見て、私はまた驚く。
長い前髪で目を隠し、表情も変化は乏しいから、相手にはわからないだろうが。
結構、劇的に驚いた。
公爵子息の、マルチェロ・ルーフェンだったからだ。
彼とは六歳のお披露目パーティーで会って以降、ときどき顔を合わせていた。
マルチェロは暗殺のスキルを有していて、身体強化や剣術、隠密の訓練のために。騎士団を訪れることがあったからだ。
たまには、手合わせをしたりもした。
「あ、君は、ファウスト・バッキャス公爵子息? はは、ずいぶんのんびりとした登場だね?」
子供会では、初顔合わせだったから、彼も驚いたのだろう。
私たち公爵家の者は、魔王の系譜に寄り添い、彼らのために働き、行動し、従事する。
その意思を、子供のうちから子供会などで示すべきなのだが。
確かに、私は遅い登場だな。
「マルチェロ・ルーフェン公爵子息。騎士団演習上がりです」
あなたは、知っているでしょう? という気持ちで、告げた。
私は人脈よりも、己の技巧を高めることを優先したのだ。
そのことは、後悔していない。
体も仕上がり、すぐにも騎士として働けるほどのスキルを身につけられたのだからな。
誰にも劣らないという自負もある。
「実は、かくれんぼをしているのだが…」
彼の言葉に、やはりそうなのか? と思う。
彼が、かくれんぼの鬼をしているなんて。
マルチェロは、初対面のときからどこか冷めた印象があって。
己の魔力量も充分に多く、頭もよいと評判で。
それゆえにすでに、もう達観した大人であるというような顔をしていた。
そういうところは、私と似ているのではないかと思ったのだ。
今更、子供のような真似はできない。
だから、頭脳明晰で大人な彼が。かくれんぼという子供の遊びをしているのが。奇妙に思えた。
「うーん、ここにはいないなぁ」
マルチェロがつぶやくと、隠れている彼が、ピクリとした。
隠してあげたいな。
みつからなかったら、もう少し私のそばにいてくれるかもしれない。
だけど、あからさまに聞こえるようにマルチェロは言っているし。
彼はそこまで愚鈍ではない。
騎士のお墨付きをもらっている私と、同等の戦闘力があり。隠密として空気感を読むのも長けている。からなぁ。
「と、見せかけて。この不自然な丸みはぁ? みつけた、サリー」
「ぎゃあああ、みつかったぁ」
彼は、外に出ていた丸いお尻をマルチェロに引っ張られて。笑いながら、私のジャケットから頭を出したのだった。
あぁあ、みつかっちゃったな。
でも、その屈託のない笑顔が、本当に可愛い。
そうか。彼は、サリーというのか? 名前も可愛いな。
そして、マルチェロも。
はは、と大きな口を開けて笑っている。
どこか作り物めいた笑顔を張り付けて、すましているという印象が強かったのに。
しばらく会わなかった間に、キャラが変わっていないか?
マルチェロはサリーちゃんの手を握り。笑みをきらりとさせて、言った。
「この手つなぎ鬼というのを考えた人は、天才だね? きっと彼も、好きな子と手をつなぎたかったに違いない」
彼が、そのような本気顔で迫ったら。
大概の御令嬢はノックアウトだろう。それほどの美麗さが、彼にはある。
さらに、これは。私へのけん制でもあるような気がした。
マルチェロも、サリーちゃんのことが好きなのか?
私のものに触るな、という圧を感じる。
でも、彼が婚約をしているというのは、まだ聞いていないのだが?
まぁ私は、貴族社会に疎いから。みんなが知っていて、私は知らないということも多くあるけど。
サリーちゃんはマルチェロの口説き文句を、また気障なこと言ってぇ、なんて上手にかわしているけど。
これは、ぐずぐずしていられないかもな。
マルチェロなんて、美形の高位貴族に目をつけられていたら。すぐにも奪われてしまう。
早くなんとかしなくては。サリーちゃんをマルチェロに取られてしまうっ。
そう思ったとき。私は、自覚した。
そうか、これって初恋なんだ。って。
今まで、婚約話なんか眼中にもなかったのに。
急激に意識して、グイッと天上に持ち上げられるような。
誰かに取られそうになると焦って、心がざわざわするような。
そして、サリーちゃんのことしか考えられなくなるような。
すべてが、はじめての感覚だった。
「そうだ、ファウストくんも手つなぎ鬼、する?」
そうして、サリーちゃんは。私に手を差し伸べた。
その顔が、ひまわりのように明るくて。
ニッコリ笑顔で、小さな丸い手のひらをいっぱいに広げているから。
柔らかそうなその手を、私は握ってみたかった。
サリーちゃんに触れたくて。私も手を伸ばす。
でもそのタイミングで、従者が私を呼びに来た。
くそぉ、空気が読めない奴め。
いや、空気が読めないのは、遅刻して今やってきたラーディン様だな。
私の中で、ラーディン様の好感度が下がった瞬間だった。
仕方なく、私はサリーちゃんの手を握るのをあきらめて立ち上がった。
「またね、サリーちゃん」
でも、いい。
時間はあるのだ。
どうか、今度会うとき。
求婚するときに、あなたのその手に触れさせてください。
そんな気持ちで、サリーちゃんに挨拶して。その場を去った。
サロンに戻って、ラーディン様と顔合わせをし。
人となりを知るまではご学友候補という形で、そばにいられることになった。
まぁ、三大公爵家の子息である私をそばにつけない手はないので。
それは想定内のことだ。もったいつけている、とは思ったがな。
それよりも、私は。
先ほど出会ったサリーちゃんのことで、頭がいっぱいだった。
彼は、どのような家柄の子なのだろう?
この時点で。私はサリーちゃんがどこの誰なのか、知らなかった。
168
お気に入りに追加
4,032
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。


マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる