69 / 180
番外 ファウストの初恋 ②
しおりを挟む
私が隠れていた木の陰に、子供がやってきた。
垣根からぴょっこりと顔を出したのは。
ちょっとぽっちゃりした、まぁるい子。
手も足も短くて、ぽてっとしたフォルムだったから。なんとなく、大きなペンギンかと思ってしまった。
でも、先ほどの子供たちと同じように。この子もキャーと叫びながら逃げていくのだろう。
そんなあきらめの心境で、彼をぼんやり見ていた。
彼は、私を見て。ちょっと驚いたような表情をした。
目は、頬が押し上げられていて、糸目だけど。
ポカーンと開いた丸い口とか、その空気感が、驚いているように見えたのだ。
庭の真ん中に大人が座っていたから、驚いたのかな? 子供なのだけど。
しばらく、私の顔を見て固まっていた彼…男物の服装だから、男の子だと思うのだが。その、彼は。
顔をキョロキョロさせて辺りを見回すと。
おもむろに、私の隣に腰かけた。
え? 大丈夫?
みんな私を見て、怖がったり泣いたりしたけど。
でも、彼はなにも言わずに。
ただ、私にそっと寄り添った。
な、なに? なんか、慣れていない猫がフイに寄りかかってきた、みたいな。嬉しい感覚がするっ。
瞬間、体に、なにかビビビッと走った。が、別に嫌な感じではなくて。
むしろ、空気感が心地よい。
知らない人がそばにいると、私は気を使ってドギマギしてしまうが。
でも彼がそばにいても、不思議に、全然心苦しくなかった。
緑の草原にひとりで座っていると、自然と一体になったような気になるが。
彼がそばにいるのも、それと同じ、気持ちよい爽快感を得られる。
なにか話をしなきゃ、なんて。気を使うこともなく。
ただ、ここにいていい。それを許されているような。そんな感覚になった。
「あの…今日、はじめて子供会に来たの?」
大地や空気に溶け込むような、穏やかな空気が。彼が言葉を発したことで、崩れるかと思ったが。そうはならなかった。
大人が子供に問いかけるような。なにもかも包み込んでくれそうな、優しい言葉だったから。
良かった。
でも私が言葉を発したら、小鳥が飛び立つみたいに怖がっていなくなってしまいそうな気がしたから。
うなずくだけにする。
せっかくの、気分のいい人物との邂逅だ。台無しにしたくない。
「ぼく、かくれんぼの最中なのだけど。ここにいていい?」
え? ここにいるの? どうぞどうぞ。
とばかりに、うなずくと。
彼は、小さな三角の口を逆三角にして、ニパッと笑った。
うわぁ、かぁわいいなぁ。
彼は、滞在を許されたからか。ご機嫌な様子で、そこに膝を抱えて座っていた。
私と同じ格好だ。
そんな彼を、私は横目で見やる。
一番に目が行ったのは、白い肌だった。
マシュマロでできているのかなぁ? と思うような、ふんわりとした印象の、白色だった。
頬は、ほんのりピンクで。とても柔らかそうな、ふくよかな頬。
自分はストイックに、バッキバキに鍛え上げ、筋肉と皮というくらいに、体に余分な肉をつけていないが。
彼は、全体的にポヨンとしている。
しかし、なんでか、ここまで潔くポヨンとしていると、逆に愛らしく見えるから不思議だ。
とにかく、柔らかそうなマシュマロボディである。
そして、赤い髪と同じ色に輝く宝石を身につけている。
え? これ、レッドドラゴンの魔石?
いや、まさかね。あれは、適度な貴族のお屋敷一棟買えるくらいに値が張る高級品だ。
子供が身につけているはずはない。
でも、衣装などは特にきらびやかではないが、それだからこその上品さがある。
裾や袖口の、さりげない刺繍が、良い仕立てなのを物語っている。
結構、地位の高い家の子ではないかな?
仕草もおとなしく、黙って座っているのを苦にしていないところが、品がある感じ。
控えめな印象も、好感を持てる。
そして、なにより。まとう空気が清浄で、穏やかで、心地よい。
ずっとこの子と一緒にいられたら、と思ってしまうのだ。
そこまで考えて、私はドキリとした。
二言ばかり、言葉を交わしただけなのに。
名も知らぬこの子に。恋をした。
「お、鬼が来た。か、隠れさせてぇ」
人知れず、私は動揺していたのだが。
コソコソと、彼が言うから。とりあえずうなずいた。
彼は私のジャケットの裾をめくって、そこに頭を突っ込む。
えぇ? それでは全部隠れないけど、いいのかなぁ、と思っていたら。
モチッと。私の体に彼の体がくっついたのを感じ。
またもや、ドキドキしてしまうのだ。
恋を自覚した瞬間の、この接触は、刺激的です。
だが、間もなく。
彼が言うところの鬼が現れて、私は思考を中断した。
しかしその鬼を見て、私はまた驚く。
長い前髪で目を隠し、表情も変化は乏しいから、相手にはわからないだろうが。
結構、劇的に驚いた。
公爵子息の、マルチェロ・ルーフェンだったからだ。
彼とは六歳のお披露目パーティーで会って以降、ときどき顔を合わせていた。
マルチェロは暗殺のスキルを有していて、身体強化や剣術、隠密の訓練のために。騎士団を訪れることがあったからだ。
たまには、手合わせをしたりもした。
「あ、君は、ファウスト・バッキャス公爵子息? はは、ずいぶんのんびりとした登場だね?」
子供会では、初顔合わせだったから、彼も驚いたのだろう。
私たち公爵家の者は、魔王の系譜に寄り添い、彼らのために働き、行動し、従事する。
その意思を、子供のうちから子供会などで示すべきなのだが。
確かに、私は遅い登場だな。
「マルチェロ・ルーフェン公爵子息。騎士団演習上がりです」
あなたは、知っているでしょう? という気持ちで、告げた。
私は人脈よりも、己の技巧を高めることを優先したのだ。
そのことは、後悔していない。
体も仕上がり、すぐにも騎士として働けるほどのスキルを身につけられたのだからな。
誰にも劣らないという自負もある。
「実は、かくれんぼをしているのだが…」
彼の言葉に、やはりそうなのか? と思う。
彼が、かくれんぼの鬼をしているなんて。
マルチェロは、初対面のときからどこか冷めた印象があって。
己の魔力量も充分に多く、頭もよいと評判で。
それゆえにすでに、もう達観した大人であるというような顔をしていた。
そういうところは、私と似ているのではないかと思ったのだ。
今更、子供のような真似はできない。
だから、頭脳明晰で大人な彼が。かくれんぼという子供の遊びをしているのが。奇妙に思えた。
「うーん、ここにはいないなぁ」
マルチェロがつぶやくと、隠れている彼が、ピクリとした。
隠してあげたいな。
みつからなかったら、もう少し私のそばにいてくれるかもしれない。
だけど、あからさまに聞こえるようにマルチェロは言っているし。
彼はそこまで愚鈍ではない。
騎士のお墨付きをもらっている私と、同等の戦闘力があり。隠密として空気感を読むのも長けている。からなぁ。
「と、見せかけて。この不自然な丸みはぁ? みつけた、サリー」
「ぎゃあああ、みつかったぁ」
彼は、外に出ていた丸いお尻をマルチェロに引っ張られて。笑いながら、私のジャケットから頭を出したのだった。
あぁあ、みつかっちゃったな。
でも、その屈託のない笑顔が、本当に可愛い。
そうか。彼は、サリーというのか? 名前も可愛いな。
そして、マルチェロも。
はは、と大きな口を開けて笑っている。
どこか作り物めいた笑顔を張り付けて、すましているという印象が強かったのに。
しばらく会わなかった間に、キャラが変わっていないか?
マルチェロはサリーちゃんの手を握り。笑みをきらりとさせて、言った。
「この手つなぎ鬼というのを考えた人は、天才だね? きっと彼も、好きな子と手をつなぎたかったに違いない」
彼が、そのような本気顔で迫ったら。
大概の御令嬢はノックアウトだろう。それほどの美麗さが、彼にはある。
さらに、これは。私へのけん制でもあるような気がした。
マルチェロも、サリーちゃんのことが好きなのか?
私のものに触るな、という圧を感じる。
でも、彼が婚約をしているというのは、まだ聞いていないのだが?
まぁ私は、貴族社会に疎いから。みんなが知っていて、私は知らないということも多くあるけど。
サリーちゃんはマルチェロの口説き文句を、また気障なこと言ってぇ、なんて上手にかわしているけど。
これは、ぐずぐずしていられないかもな。
マルチェロなんて、美形の高位貴族に目をつけられていたら。すぐにも奪われてしまう。
早くなんとかしなくては。サリーちゃんをマルチェロに取られてしまうっ。
そう思ったとき。私は、自覚した。
そうか、これって初恋なんだ。って。
今まで、婚約話なんか眼中にもなかったのに。
急激に意識して、グイッと天上に持ち上げられるような。
誰かに取られそうになると焦って、心がざわざわするような。
そして、サリーちゃんのことしか考えられなくなるような。
すべてが、はじめての感覚だった。
「そうだ、ファウストくんも手つなぎ鬼、する?」
そうして、サリーちゃんは。私に手を差し伸べた。
その顔が、ひまわりのように明るくて。
ニッコリ笑顔で、小さな丸い手のひらをいっぱいに広げているから。
柔らかそうなその手を、私は握ってみたかった。
サリーちゃんに触れたくて。私も手を伸ばす。
でもそのタイミングで、従者が私を呼びに来た。
くそぉ、空気が読めない奴め。
いや、空気が読めないのは、遅刻して今やってきたラーディン様だな。
私の中で、ラーディン様の好感度が下がった瞬間だった。
仕方なく、私はサリーちゃんの手を握るのをあきらめて立ち上がった。
「またね、サリーちゃん」
でも、いい。
時間はあるのだ。
どうか、今度会うとき。
求婚するときに、あなたのその手に触れさせてください。
そんな気持ちで、サリーちゃんに挨拶して。その場を去った。
サロンに戻って、ラーディン様と顔合わせをし。
人となりを知るまではご学友候補という形で、そばにいられることになった。
まぁ、三大公爵家の子息である私をそばにつけない手はないので。
それは想定内のことだ。もったいつけている、とは思ったがな。
それよりも、私は。
先ほど出会ったサリーちゃんのことで、頭がいっぱいだった。
彼は、どのような家柄の子なのだろう?
この時点で。私はサリーちゃんがどこの誰なのか、知らなかった。
垣根からぴょっこりと顔を出したのは。
ちょっとぽっちゃりした、まぁるい子。
手も足も短くて、ぽてっとしたフォルムだったから。なんとなく、大きなペンギンかと思ってしまった。
でも、先ほどの子供たちと同じように。この子もキャーと叫びながら逃げていくのだろう。
そんなあきらめの心境で、彼をぼんやり見ていた。
彼は、私を見て。ちょっと驚いたような表情をした。
目は、頬が押し上げられていて、糸目だけど。
ポカーンと開いた丸い口とか、その空気感が、驚いているように見えたのだ。
庭の真ん中に大人が座っていたから、驚いたのかな? 子供なのだけど。
しばらく、私の顔を見て固まっていた彼…男物の服装だから、男の子だと思うのだが。その、彼は。
顔をキョロキョロさせて辺りを見回すと。
おもむろに、私の隣に腰かけた。
え? 大丈夫?
みんな私を見て、怖がったり泣いたりしたけど。
でも、彼はなにも言わずに。
ただ、私にそっと寄り添った。
な、なに? なんか、慣れていない猫がフイに寄りかかってきた、みたいな。嬉しい感覚がするっ。
瞬間、体に、なにかビビビッと走った。が、別に嫌な感じではなくて。
むしろ、空気感が心地よい。
知らない人がそばにいると、私は気を使ってドギマギしてしまうが。
でも彼がそばにいても、不思議に、全然心苦しくなかった。
緑の草原にひとりで座っていると、自然と一体になったような気になるが。
彼がそばにいるのも、それと同じ、気持ちよい爽快感を得られる。
なにか話をしなきゃ、なんて。気を使うこともなく。
ただ、ここにいていい。それを許されているような。そんな感覚になった。
「あの…今日、はじめて子供会に来たの?」
大地や空気に溶け込むような、穏やかな空気が。彼が言葉を発したことで、崩れるかと思ったが。そうはならなかった。
大人が子供に問いかけるような。なにもかも包み込んでくれそうな、優しい言葉だったから。
良かった。
でも私が言葉を発したら、小鳥が飛び立つみたいに怖がっていなくなってしまいそうな気がしたから。
うなずくだけにする。
せっかくの、気分のいい人物との邂逅だ。台無しにしたくない。
「ぼく、かくれんぼの最中なのだけど。ここにいていい?」
え? ここにいるの? どうぞどうぞ。
とばかりに、うなずくと。
彼は、小さな三角の口を逆三角にして、ニパッと笑った。
うわぁ、かぁわいいなぁ。
彼は、滞在を許されたからか。ご機嫌な様子で、そこに膝を抱えて座っていた。
私と同じ格好だ。
そんな彼を、私は横目で見やる。
一番に目が行ったのは、白い肌だった。
マシュマロでできているのかなぁ? と思うような、ふんわりとした印象の、白色だった。
頬は、ほんのりピンクで。とても柔らかそうな、ふくよかな頬。
自分はストイックに、バッキバキに鍛え上げ、筋肉と皮というくらいに、体に余分な肉をつけていないが。
彼は、全体的にポヨンとしている。
しかし、なんでか、ここまで潔くポヨンとしていると、逆に愛らしく見えるから不思議だ。
とにかく、柔らかそうなマシュマロボディである。
そして、赤い髪と同じ色に輝く宝石を身につけている。
え? これ、レッドドラゴンの魔石?
いや、まさかね。あれは、適度な貴族のお屋敷一棟買えるくらいに値が張る高級品だ。
子供が身につけているはずはない。
でも、衣装などは特にきらびやかではないが、それだからこその上品さがある。
裾や袖口の、さりげない刺繍が、良い仕立てなのを物語っている。
結構、地位の高い家の子ではないかな?
仕草もおとなしく、黙って座っているのを苦にしていないところが、品がある感じ。
控えめな印象も、好感を持てる。
そして、なにより。まとう空気が清浄で、穏やかで、心地よい。
ずっとこの子と一緒にいられたら、と思ってしまうのだ。
そこまで考えて、私はドキリとした。
二言ばかり、言葉を交わしただけなのに。
名も知らぬこの子に。恋をした。
「お、鬼が来た。か、隠れさせてぇ」
人知れず、私は動揺していたのだが。
コソコソと、彼が言うから。とりあえずうなずいた。
彼は私のジャケットの裾をめくって、そこに頭を突っ込む。
えぇ? それでは全部隠れないけど、いいのかなぁ、と思っていたら。
モチッと。私の体に彼の体がくっついたのを感じ。
またもや、ドキドキしてしまうのだ。
恋を自覚した瞬間の、この接触は、刺激的です。
だが、間もなく。
彼が言うところの鬼が現れて、私は思考を中断した。
しかしその鬼を見て、私はまた驚く。
長い前髪で目を隠し、表情も変化は乏しいから、相手にはわからないだろうが。
結構、劇的に驚いた。
公爵子息の、マルチェロ・ルーフェンだったからだ。
彼とは六歳のお披露目パーティーで会って以降、ときどき顔を合わせていた。
マルチェロは暗殺のスキルを有していて、身体強化や剣術、隠密の訓練のために。騎士団を訪れることがあったからだ。
たまには、手合わせをしたりもした。
「あ、君は、ファウスト・バッキャス公爵子息? はは、ずいぶんのんびりとした登場だね?」
子供会では、初顔合わせだったから、彼も驚いたのだろう。
私たち公爵家の者は、魔王の系譜に寄り添い、彼らのために働き、行動し、従事する。
その意思を、子供のうちから子供会などで示すべきなのだが。
確かに、私は遅い登場だな。
「マルチェロ・ルーフェン公爵子息。騎士団演習上がりです」
あなたは、知っているでしょう? という気持ちで、告げた。
私は人脈よりも、己の技巧を高めることを優先したのだ。
そのことは、後悔していない。
体も仕上がり、すぐにも騎士として働けるほどのスキルを身につけられたのだからな。
誰にも劣らないという自負もある。
「実は、かくれんぼをしているのだが…」
彼の言葉に、やはりそうなのか? と思う。
彼が、かくれんぼの鬼をしているなんて。
マルチェロは、初対面のときからどこか冷めた印象があって。
己の魔力量も充分に多く、頭もよいと評判で。
それゆえにすでに、もう達観した大人であるというような顔をしていた。
そういうところは、私と似ているのではないかと思ったのだ。
今更、子供のような真似はできない。
だから、頭脳明晰で大人な彼が。かくれんぼという子供の遊びをしているのが。奇妙に思えた。
「うーん、ここにはいないなぁ」
マルチェロがつぶやくと、隠れている彼が、ピクリとした。
隠してあげたいな。
みつからなかったら、もう少し私のそばにいてくれるかもしれない。
だけど、あからさまに聞こえるようにマルチェロは言っているし。
彼はそこまで愚鈍ではない。
騎士のお墨付きをもらっている私と、同等の戦闘力があり。隠密として空気感を読むのも長けている。からなぁ。
「と、見せかけて。この不自然な丸みはぁ? みつけた、サリー」
「ぎゃあああ、みつかったぁ」
彼は、外に出ていた丸いお尻をマルチェロに引っ張られて。笑いながら、私のジャケットから頭を出したのだった。
あぁあ、みつかっちゃったな。
でも、その屈託のない笑顔が、本当に可愛い。
そうか。彼は、サリーというのか? 名前も可愛いな。
そして、マルチェロも。
はは、と大きな口を開けて笑っている。
どこか作り物めいた笑顔を張り付けて、すましているという印象が強かったのに。
しばらく会わなかった間に、キャラが変わっていないか?
マルチェロはサリーちゃんの手を握り。笑みをきらりとさせて、言った。
「この手つなぎ鬼というのを考えた人は、天才だね? きっと彼も、好きな子と手をつなぎたかったに違いない」
彼が、そのような本気顔で迫ったら。
大概の御令嬢はノックアウトだろう。それほどの美麗さが、彼にはある。
さらに、これは。私へのけん制でもあるような気がした。
マルチェロも、サリーちゃんのことが好きなのか?
私のものに触るな、という圧を感じる。
でも、彼が婚約をしているというのは、まだ聞いていないのだが?
まぁ私は、貴族社会に疎いから。みんなが知っていて、私は知らないということも多くあるけど。
サリーちゃんはマルチェロの口説き文句を、また気障なこと言ってぇ、なんて上手にかわしているけど。
これは、ぐずぐずしていられないかもな。
マルチェロなんて、美形の高位貴族に目をつけられていたら。すぐにも奪われてしまう。
早くなんとかしなくては。サリーちゃんをマルチェロに取られてしまうっ。
そう思ったとき。私は、自覚した。
そうか、これって初恋なんだ。って。
今まで、婚約話なんか眼中にもなかったのに。
急激に意識して、グイッと天上に持ち上げられるような。
誰かに取られそうになると焦って、心がざわざわするような。
そして、サリーちゃんのことしか考えられなくなるような。
すべてが、はじめての感覚だった。
「そうだ、ファウストくんも手つなぎ鬼、する?」
そうして、サリーちゃんは。私に手を差し伸べた。
その顔が、ひまわりのように明るくて。
ニッコリ笑顔で、小さな丸い手のひらをいっぱいに広げているから。
柔らかそうなその手を、私は握ってみたかった。
サリーちゃんに触れたくて。私も手を伸ばす。
でもそのタイミングで、従者が私を呼びに来た。
くそぉ、空気が読めない奴め。
いや、空気が読めないのは、遅刻して今やってきたラーディン様だな。
私の中で、ラーディン様の好感度が下がった瞬間だった。
仕方なく、私はサリーちゃんの手を握るのをあきらめて立ち上がった。
「またね、サリーちゃん」
でも、いい。
時間はあるのだ。
どうか、今度会うとき。
求婚するときに、あなたのその手に触れさせてください。
そんな気持ちで、サリーちゃんに挨拶して。その場を去った。
サロンに戻って、ラーディン様と顔合わせをし。
人となりを知るまではご学友候補という形で、そばにいられることになった。
まぁ、三大公爵家の子息である私をそばにつけない手はないので。
それは想定内のことだ。もったいつけている、とは思ったがな。
それよりも、私は。
先ほど出会ったサリーちゃんのことで、頭がいっぱいだった。
彼は、どのような家柄の子なのだろう?
この時点で。私はサリーちゃんがどこの誰なのか、知らなかった。
86
お気に入りに追加
3,943
あなたにおすすめの小説
音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)
柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか!
そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。
完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜
ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。
短編用に登場人物紹介を追加します。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あらすじ
前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。
20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。
そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。
普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。
そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか??
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。
前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。
文章能力が低いので読みにくかったらすみません。
※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました!
本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる