魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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45 全く、無理ではございません

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     ◆全く、無理ではございません

 学園の立派な講堂には、椅子が整然と並べられており。
 前側には、新入生。後ろ側には、ご家族と在校生が。ぎっしりと座っている。

「今年はレオンハルトが参列しているから、次期魔王をひと目見たい者たちが大勢集まっているね? 昨年もラーディンが入学だったから、出席者は多かったけれど。ここまでではなかったという話だ」
 隣でマルチェロが解説してくれて。
 ぼくは、少し顔を上げる。

 学園には、魔王の子息が通う例が多い。
 そのため講堂には、高位貴族専用の貴賓席がある。

 一番下に、生徒が座る席があり。少し上がったところに舞台がある。
 そして二階右側にある一番上等な貴賓席に、レオンハルト兄上と、ラーディン、シュナイツ。そして三大公爵家であるマルチェロのご家族がいて。こちらを見守っていた。

 なんというか…インナー的に言うと。オペラ座の最上級観覧席、みたいな感じ?
 ビロードのえんじ色の、分厚いカーテンが飾られて。柱や手すりのしつらえが、緻密な彫刻がされていて。豪華ですよ?
 ぼくが見上げているのにマリーが気づいて。手を振ってきたから。
 ぼくも、胸の前で小さく手を振った。

 えへへ、なんだか入学式って。
 ドキドキそわそわだけど。家族に見守られてて、恥ずかしいというか、照れくさいというか。そんな気分ですね?
 そして、つつがなく入学式が始まって。
 学園長のお言葉や。在校生の祝いの言葉。
 総代であるマルチェロが舞台に上がって、学園生活の抱負などを立派に述べて。
 やはり御令嬢が、キャーと反応して。
 素敵な入学式が終わりました。

 ふむ。やっぱり。ぼくは、一問試験問題を抜かして正解でしたね?
 御令嬢はいつの時代も。
 ぽっちゃり丸鶏ではなく、白馬に乗った王子様を御所望なのですよ?

 その日新入生は、ご家族と帰宅してよいとのことで。
 ぼくはレオンハルト兄上と一緒に、あの馬車に乗って屋敷に帰ったのだった。

     ★★★★★

 一夜明けて。
 今日から本格的に、学園での授業が開始です。

 もう兄上と一緒に学園に登校できないし。ミケージャもエリンもいないから。完全にひとり行動ですね?
 ちょっと心細いけれど。
 いいえ、これが大人になるということです。
 ぼくは大人に、また一歩近づくのですぅ。

 でも、ご登校に準備万端のぼくが玄関を出ると。
 ちょっときらびやかな馬車が止まっていた。
 扉につけられたエンブレムが、バッキャス公爵家の紋です。

「おはようございます、サリエル様」
 馬車から颯爽と降りてきたのは。ファウストです。
 ぼくがあんぐりと口を開けて、ファウストをみつめていると。
 背後から兄上がやってきて。言った。

「学園内では大人の護衛をつけられないから、バッキャスにサリュの送り迎えを頼んだのだ。授業中はマルチェロが。登下校時はファウストに、サリュの警護を任せてあるから。サリュは必ず、ふたりのうちのどちらかを伴うようにしなさい」
「…わかりました」

 王族が学校に通うのって、大変なんだなぁ?
 ぼくはイマイチ、王族という意識が薄いからなぁ、と思いながらうなずくと。

「サリエル様、うちの御者の顔を、よく覚えていてください。彼以外の馬車には決して乗らないように」
 御者が降りてきて、ぼくの前で一礼する。

 ゆ、誘拐対策ですか?
 いやいや、ぼくなんかを誘拐しても、なにも出ないのは。魔国の国民ならみんな知っているのではないでしょうか?
 でも、こうして万全の対策をしてくださるのは、ありがたいことです。
 ぼくは神妙に、兄上やファウストの方策を受け入れるのだった。

 そして、ぼくは。ファウストにうながされて、彼の馬車に乗り込んだ。
 兄上がぼくを見送ってくれるので。それに、窓から手を振って応える。
 いつもはぼくが兄上をお見送りしていたのに。
 馬車が動いて、兄上の姿がだんだん遠ざかっていくのを見ると。なにやら悲しくなるのだった。

 ただ、学園に行くだけなのにね。くすん。

「あの、ファウスト? 送り迎えは、無理を言われたのではないのですか?」
 ぼくが彼にたずねると。かぶせ気味に言われた。

「全く、無理ではございません。というか。最初はマルチェロがこの役目になりそうだったのですが。マルチェロは教室で、ずっとサリエル様の御側にいられるのだから、ズルいと。私が申しました。私はこの御役目を勝ち取ったのでございますっ」

 長い前髪で、表情が見えないけど。拳を握って、シカっと言うので。
 いやいや、というわけではなさそうだな。
「そうなんだ? なら、いいのだけど。ぼくを守るお役目をさせられて、バッキャス公爵やファウストはがっかりしませんでしたか? もしそうなら、兄上に相談しますけど…」

 さらに、たずねると。
 ぼくの隣に座るファウストは、前髪から真剣な目をのぞかせて言うのだった。

「がっかりなど、あるわけもない。学生のうちから光栄なお役目をたまわり、バッキャス一同、喜んでおります。サリエル様に求婚してしまった私の失態を。レオンハルト様は、鷹揚に許してくださり。さらには、サリエル様の御側で守護する栄誉まで命じていただき。私は感無量でございます。レオンハルト様の御恩情に報いるため、命を賭して、サリエル様をお守り申し上げます」
「固いよ、固いよ、ファウストぉ。もう、一年会わなかったらこんなにカッチカチになっちゃってぇ。ぼくたちはお友達でしょ? もっと気安くね?」

 兄上に、ファウストはがっかりしたのではないかって聞いたら。
 自分で確かめなさいと言って、兄上は笑った。
 ファウストは、全然がっかりなんかしていなかった。
 むしろ、感無量だって。
 心フルフル打ち震え、みたいな感じ? 喜んでもらえたなら、それでいいんだ。
 兄上はきっと、無用な心配だってわかっていたんだね?

「あと、命は賭けなくていいから。ゆるふわっと守ってくれたらいいからね? ありがとうね、ファウスト」
 ぼくがそう言うと、うなずかないながらも、そっと微笑んでくれた。
 警護は仕事だし。ファウストは真面目な性格だから。任されたことを、おろそかにできないのだろうな?
 だから、ぼくの言葉に返事はできなかったのかも。
 でもね。ぼくとファウストは、お友達だから。
 普段は、お友達で。いざというときだけゆるふわっと守ってくれたら、それでいいんだ。
 へへ、お友達とか言うの。なんか、照れますね。

 インナーの世界では、学校には徒歩で通う者が多いらしい。
 ここでも、そういう生徒はいるけど。
 ぼくは腐っても王族なので。登校は、馬車通学になる。
 で、徒歩で登校するとき、友達と並んでいくのは。学校生活のだいご味みたいなものがあるようなのだけど。

 だから、友達と馬車で仲良く登校も、アリですよね?

 魔王城は、王都の一番高い土地に建っているのですが。
 そこから馬車は、王都に一度降りて。それからロンディウヌス学園への道をたどる。
 高台に建っている学園へ至る道は、一本しかない。
 学園に用のある者だけしか、その道を使えないのだ。

 敷地の裏手には、魔獣の住む森が広がっている。
 でも、そんなに危なくはないんだって。学園には魔獣を狩る授業があるから、それで危ない魔獣は狩りつくされているって、マルチェロが言ってた。

 とにかく、裏手側からは誰も入れないってわけ。
 それで王都から、高台にある学園への道を上っていくと。ロンディウヌス学園の校門が見えてくるわけです。
 昨日は講堂の前に馬車をつけたが。
 今日はちゃんとロータリーに並んで、降車の順番を待ちます。
 ファウストと一緒に馬車を降りると、そこにはすでにマルチェロが待っていた。

「おはよう、サリー。今日から毎日サリーの顔を見れると思うと、楽しくてならないよ。泣きぬれた妹の顔を見ると、さらに気分爽快だ」
「お兄ちゃんは妹に優しくしてあげてください」

 マルチェロの言葉で、まだマリーがグズッているのだなとわかる。
 昨日も、飛び級で入学するって騒いで、大変でした。

 そうして、右にマルチェロ、左少し後ろにファウストが並ぶ、新たな感覚で。ぼくは教室に向かうのだった。

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