魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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42 桜の木の下で

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     ◆桜の木の下で

 ピンク色の花弁が、ひらひらと降りかかる桜の木の下で。
 真新しい制服に身を包んだ、ぼく。
 物憂げにひとり、兄上を待っております。

 丘を覆う草原が、緑に輝いて。
 桜のピンクと緑と、ぼくの制服の白が、鮮やかなコントラスト。最高なバランスです。

 ぼくが手を差し出すと、丸い指に、小さな花びらがそっと乗って。
 その花びらを、つかもうとすると。ひらりと逃げてしまうのだ。
 ぼくはまぁるい手を、所在無げにもみもみするのだった…。

 …いえ、メルヘンに浸っておりますが。
 そばにエリンがいるので。実質、ひとりではないですけどね。
 雰囲気ですよ。兄上を待つ、健気けなげなぼく、みたいな?

 てか、レッドベリーの飴を買ったあと。ぼくは兄上のお屋敷の、敷地内にある丘の上に桜を植えたのだ。
 植えた、というか。大地にお願いしたのだ。
 だってぇ、やっぱりこの光景を演出したかったんだもぉん?
 新入生が桜の木の下でにっこり、ってやつ。

 インナー的に言うと、ぼくのご入学は、年齢的に中高一貫の学園に入るよ、みたいな感じらしい。
 中高、は。あまりピンとこないけど。
 四月までに満十二歳になった子が、六年間学ぶ学校ってことみたいだから。まぁ、あってるね。

 それで今、桜の花びら舞い散る中で、真新しい制服に袖を通したぼくが、にっこり。しているわけです。
 ミッションコンプリート。やったね。

『給食のおばちゃんが、にっこり…』
 はあぁぁっ?!
 雰囲気を壊さないでくださぃぃ。
 インナーはすぐ意地悪を言うのだからっ。

 インナーが見せてくれた桜は、ソメイヨシノといって。白に近い薄ピンクの花弁が四月にワッと咲いて。ワッと散る。と、いったもので。サクランボはならないしゅなのだけど。

 どうせ、創造するのならば。花も実も堪能したいじゃない?
 だから両方楽しめる、ハイブリッド桜をお願いしまーす、って。大地にお願いしたら。
 生えたよっ。

 というわけで、丘の上で立つぼくの上には。今、薄ピンクの花弁がワッと咲いているところ。
 そしていい感じに、花びらがひらひらっと舞い落ちている。
 その軌道は、インナーが見せてくれたのと同じ。
 不規則で。それだからこそ、華やかで。さらにはかなげだ。
 うーん、ロマンティックですねぇ。
 ぼくは満足げに、桜の花びらを見やっていた。

 そこに、兄上の乗る馬のひづめの音が、ドカカドカカとやってきた。

 実は。せっかくのいいロケーションだし? ぼくの入学式だし? ってことで。
 この光景を絵に残そう、ということになったのだ。
 この世界には、写真というインナーの世界の優れものグッズはないから。
 情景を残すには、絵を描いてもらうしかない。
 肖像画とか、美しい景色とか、残しておきたいものを。絵師に描いてもらうしかないのだ。

 なので、ぼくと一緒に絵を描いてもらう兄上も。それなりにおめかしをしております。
 黒くて大きな馬に乗る、おめかしをした兄上は。
 言うまでもなく、立派でかっこいい。
 十七歳になった兄上は、もう魔王様と体格も変わりないくらいに大きくて、威厳たっぷりです。
 耳の後ろからのびる巻ヅノは、とてもたくましく。
 長くて艶やかな、深みのある藍色の髪は、毛先に向かってゆるくウェーブして、大人の色気を醸し出しています。
 夜会などで着るきらびやかな黒い礼服は。その体躯を引き締め。
 その上に黒のマントを羽織って、ゴージャスアンドエレガント。

 もう、魔王様でいいんじゃね? という出で立ちなのだ。

 いつもは厳しい光を帯びる、切れ長の目元は。
 ぼくを見やると、柔らかくなごんで。優しくそっと微笑んだ。

 きゅぅぅ、胸がきゅぅぅぅ、となります。
 この頃は、インナーがきゅぅぅぅ、なのか。ぼくの心臓がきゅぅぅぅ、なのか。よくわかりません。

 でももう、ぼくとかいいから。今の兄上の顔を、絵師様、描いてぇ。今すぐ描いてぇ?

「待たせたな、サリュ」
 いったん馬から降りた兄上に、ぼくはキュッと抱きついた。
 まだ兄上のウエストに手を回すのが、やっとなのですが。

 ぼくと兄上の身長差は、かなりあるのです。
 兄上自身が、二メートル近い高身長ですからね。
 でも。これでも。ちゃんと、ぼくの身長も伸びているのですよ?
 今、140…いえ、138センチ、くらいですぅ。
 でも、でも、兄上は足の長さだけで100センチくらいあるからぁ、それよりは大きいのです。

「あぁ、白い制服のサリュは何度見ても愛らしいなぁ…私は惚れ直してしまうよ」
 兄上はぼくなどに、手放しの賛辞を贈ってくれるので。照れてしまいますぅ。

「花びらが舞って、とても美しいな? サリュ、この木はサクラー、と言ったか?」
「はい。サクラーは、夏の前に実をつけまして。その実も甘酸っぱくて美味しいですよ?」
「そうか。また、美味しい果物がひとつ増えたな? そしてなにより、花が美しい。まるでサリュのように、小さくて可憐で可愛らしいではないか?」
 桜にたとえられるなんて。ぼくには恐れ多いお言葉ですぅ。
 そう思いつつ、恥じらうが。

 プヨプヨとしたお腹が、兄上を揉むばかりです。絵になりませんね。

「レオンハルト様、早く絵師に略画を描いてもらわないと、入学式に遅れてしまいます」
 ミケージャの助言に、兄上はうなずく。
 絵師は、ミケージャの馬に一緒に乗ってきたみたいだね?
 兄上は馬に再びまたがると。軽々とぼくを引き上げて、前に乗せた。

 桜の木の下で、黒馬に乗った兄上とぼく。というシチュエーションで絵を描いてもらうのだ。

 絵師がスケッチを、さらさらぁと描いていくが。
 ぼくは絵を描いてもらうという経験がなかったので。緊張してしまった。
 張り切って、胸を張るつもりで、腹が突き出て。
 唇もむむっと、への字に引き結ぶ。

「サリエル様、もう少し表情を柔らかく、お願いします。笑顔、笑顔で…」
 絵師に、そう言われて。
 ぼくはエヘラァと笑うのだが。なんか違う。
 いつもの感じで笑おうと意識すると。どんどん変な顔になっていく。
 もう自分がどんな顔をしていたのか、わからなくなり。
 顔面崩壊寸前ですぅ。

「サリュ、コチョコチョしてやろうか?」
 兄上が、耳元で囁く。
 低くてまろやかで、耳をくすぐるような美声に、ぼくはアヒャとなった。

「やめてください兄上ぇ、顔面崩壊が増します」
「あぁ、もっと頻繁に絵師を呼んで、サリエルを描いてもらえばよかったなぁ。赤子のサリエルの肖像は、残すべきだった。そういう頭が働かなかったのは、痛恨の極みだ」

 兄上が、ウヌヌという顔をしていたら。
 絵師に、顔が怖いですよぉ、リラックスしてくださぁいと兄上も注意されてしまう。
 ぼくらはふたりで、ニヘリ、と笑うのだった。

「サリエルは、ほがらかな明るい笑顔が可愛いのだ。絵にはそういうサリエルを残したいな」
 クスクス笑いながら、兄上にそう言われ。
 ぼくは。
 なにやら、顔がどんどん赤くなっていくのがわかった。

 やーめーてー。兄上の褒め殺し攻撃が、ぼくの顔面崩壊を加速させます。

 でも、嬉しいは嬉しいのですけどぉ。
 そうして、はにかんで兄上を見上げて笑うと。

「はい、オーケーです。いい絵が描けそうですよぉ?」
 絵師に言われた。
 大まかに描いたあとは、絵師にお任せで。あとは出来上がりを待つばかりです。

 インナーの国の写真というものは、その場でどんな映像になったのか、見られたけれど。
 作品を待つ時間も、ドキドキウキウキするものです。
 どんな絵になるのか、楽しみですね?

「では、サリュ。玄関前に馬車を待たせてあるから。そこまで一緒に乗っていくぞ? しっかりつかまって?」
 兄上はぼくを馬に乗せたまま、桜の木を黒馬で二周して。それから丘を下っていった。

 ぼくは、六歳のときに落馬して以来。ひとりで馬に乗ることはあきらめていたのだけど。
 やっぱり、お馬に乗るのは楽しいし。
 自分で馬を操り、風を感じて走るカッコよさに、あこがれてしまいますね?

 でも、こうして兄上と二人乗りするのも、楽しいよ。
 なんだか兄上との近い距離が、心をほのかに温めて。ドキドキしてしまいます。

 ただ…黒馬さんが、ぼくらの重量に耐えられるのか。それだけが心配です。

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