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番外 レオンハルトの胸中 ⑦

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     ◆レオンハルトの胸中 ⑦

 私は、魔王城の執務室で仕事中だ。
 現在、十六歳である私だが。
 なぜか、もう当たり前のように。魔王が成すべき仕事をしている。
 魔国を統括するための政治的役割をする、政務官との会議、会議、資料の精査、そして会議。
 領地を差配する貴族との面会。財政執行の許可とか…そんな国の根幹を任されているのだがぁ。

 魔王がやれっ!

 子供の頃、サリエルを養うと決めたとき。立派に育て上げようと思った。
 衣食住も愛情も、潤沢に、完璧に。それは自分の稼ぎで行いたかった。
 金さえ出せば養ったことになると思い込んでいる、駄目な両親(魔王のことだ。エレオノラは、金すら出していない!)と、同じになりたくはなかったから。

 私は胸を張って、サリエルを私が育てたと明言したかったのだ。

 だから。若輩の私に仕事を回してもらえるのなら、ありがたく従事した。
 そのために早くから政務にたずさわり。居場所を確固としたものにして。魔王城で、私が働いているのは当たり前、という環境を作ったわけだ。

 私の行いに、誰にも文句をつけられないようにしたかった。
 子供の私がサリエルを育てて大丈夫なのか? などと、いらぬ口出しをされないように。
 あの、しっかりした次期魔王候補ならば、大丈夫だろうと。誰もが思うように。
 私自身も律して。サリエルとの暮らしを守ってきた。これからも守っていきたい。そう思ったものだ。

 ゆえに、仕事を与えられれば、がむしゃらにやってはきた。きたが…。
 しかし、気づいたら。
 もう、私がいないと魔王城は回らないくらいになっているではないか?

 これは由々しき事態だ。
 魔王の仕事を、長男の私が肩代わりしている図は。魔王の思う壺、というやつではないか?

 この頃、それに気づいて。政務官に、この案件は魔王に…と言ってみたところ。
 すぐに、いやいやいや、と返された。
 仕事に対して魔王への信頼感がほぼないことを、私は知った。はぁ。

 気づくのが遅かったから。
 魔王がすべき仕事を割り当てられている、私は。休みも満足に取れず。
 サリュとのデートもままならぬ。むぅ。

 本当なら、町でサリュと一番にデートをするのは、私でありたかった。
 いつまでもマルチェロを恨んでいる。

 それはともかく。
 サリュがプレゼントしてくれた万年筆は、とても使いやすいので愛用している。お子様のお小遣いの範囲なので、最高級の品とはいかないが。サリエルが私を思って買ってくれた、という点が尊いのだ。

 忙しい中ではあるが、噴水デートも先日達成した。
 警備上、街中には出てほしくないと、護衛の者が言うので。
 魔王城の敷地の中に噴水を新たに設置することで、噴水デートを可能にしたのだっ。

 魔王の代わりに仕事をしているので、これぐらいの恩恵はあってもいいだろう?

 サリュが見た噴水よりも良いものを作りたくて、マルチェロに聞いたら。
 あいつ、あからさまに呆れた顔をしたが。
 どうでもいい。サリュが喜ぶことがしたいのだ。

 そうしてマルチェロの協力の元、色のついた水が出たり。時間ごとに形が変わったり。そういう大きくて珍しい噴水が出来上がった。
 ふふふ、サリエルはきっと、喜ぶぞぉ?

 私とサリエルは、噴水の開設式に登壇した。
 なにやら、大仰おおぎょうになってしまったが。
 魔王城の敷地内をいろどる噴水は、私たちのデートのあとも職員たちのいこいの場として活躍する予定だ。
 でもサリエルは、開設式に集まった多くの人たちの前で緊張してしまい。あまりデートっぽい気分にならなかったから。
 いつかリベンジをしたいと思っている。

 あっ、っんももの木の下でしたプロポーズが、なかなかムーディーな雰囲気だったので。夜、ライトアップした噴水でロマンティックデートなども悪くないかもしれないな? ふむ。

 などと、次回のサリエルとのデートに思いをはせながら、決裁の書類にサインしていると。
 執務室にミケージャが入ってきた。
 息を切らせて、急いで来たらしい。
 ミケージャは今、サリエルの子供会に同行しているはずなのに…と思ったところで、ゾワリとした。

「なぜ、ここにいる? ミケージャ。サリエルがどうかしたのか?」
 ミケージャは小さくうなずき。魔王がサリエルを呼んだと言う。
「サリエル様には、マルチェロ様がついていると。レオンハルト様が承知の話なら大したことはないだろうが、とおっしゃって」
「いや、聞いてない。魔王が? なぜ、急に…私に黙ってサリエルと接触するとは。何事だっ?」
「魔王様のお話の前に、ディエンヌ様が言ったところによると。エレオノラ様が魔王城を退しりぞくということで。サリエル様にも、そのお話を…というか。ディエンヌ様はサリエル様を追い出すのだろう…と」

 ミケージャの話を聞いている最中から、もう怒りが込み上げてきていた。
「魔力、出てる、出てる」
 ぞんざいにミケージャに言われるが。
 コントロールなど、していられるかぁっ!

 私はミケージャとともに謁見の間に急いだ。
 謁見の間は、数部屋あり。会う人物によって部屋の規模が変わるのだが。
 一番大きな謁見の間の前に、魔王の側仕そばづかえとシュナイツがいたので。すぐにわかった。

「ここにサリエルがいるのだな? 開けろ」
「ま、魔王様が、人払いをなさっておいでです」
「しるか」
 この側仕えは使えないので、強行突破で謁見の間の扉を押し開いた。
 いつまでもサリエルに心細い思いをさせられない。
 というか、あの好色エロエロ親父とサリエルがふたりきりだなんて。サリュの貞操が危なーい。

「サリエルっ、無事かっ?」
 赤い絨毯が伸びる謁見の道、その頂点に玉座があり。
 父上の膝の上に、サリエルがちょこんと座っている。
 その光景を見て、私は、イラッとした。
 サリエルに触るな、と思う。独占欲だ。

「おい、レオンハルト。俺は人払いをしていたんだがなぁ?」
 玉座から、階段下にいる私を睥睨する、魔王。
 しかし、可愛さがてんこ盛りのサリエルを膝に乗せているから。威厳の効果は半減。
 サリュの愛らしさの方が、上回っている。当然だなっ!

「私に話を通さず、サリエルひとりを呼びつけるとは。穏やかではありませんねっ、父上!!」
 っていうか、サリュを膝の上に乗せてご満悦な顔をしているのが、許せんっ。

 一応、魔王として敬意を払わなければならないのだが。好色で有名な父上だからな。気が気でないのだ。
 貞操がっ!!
 サリュの貞操がぁ、やはり危ういっ。

「まさか、おまえも。俺がこの丸いのに手を出すとか思ったんじゃねぇよなぁ? サリエルは俺のこと、見境なく手を出す色狂いみたいに言いやがったんだぞ?」
 聞いて、それがなにか? と。スンとした気持ちになってしまう。
 なにか間違いでもありますかね? いや。
「なにも間違っていないではありませんか? 父上。あなたは好色で、老若男女に手を出す色狂いで合っていますから。さぁ、サリエル。こちらにおいで。膝に乗っているだけで懐妊しそうだ」

 一刻の猶予もならぬ。私の清らかなサリエルが、汚されてしまう。
 素直なサリエルは、私の言葉に従って父上の膝から降りようとしたが。
 父がムギュっと抱きしめて、サリエルを引き留めた。

「…なんだ、このもちもちはっ。程よい弾力。吸い付くようなしっとりもっちり感」
 父上が、エロい指使いでサリエルのお腹をもみもみ、頬肉に頬をすりすりしている。
 私は。私の中のなにかが、ブツリと千切れる音を聞いた。

 私のサリュに…手ぇ出しやがったなぁぁぁああっ!!!

「…貴様、父といえど、許さぬぞっ? 私のサリュを、いやらしい手つきでもみもみするんじゃないっ。私だって、そこまではしたことがないのにぃぃぃっ!!」
 猛烈な怒りが掻き立てられ、額のツノがギュンと突き出るのがわかる。
 すると、我を忘れそうなほどに凶悪な感情に支配されるのだっ。

「はは、次期魔王が婚約者に形無しの腰抜けでは、示しがつかんなぁ」
 魔王も私に対抗して、魔力を垂れ流し始めた。

 はぁ? なんで貴様がキレるんだっ?!
「早く、サリエルを離せえぇぇっ! それとも力づくで、おまえを玉座から引き下ろしてやろうかぁぁぁあ?」
 サリエルを魔王城から追い出そうとするなど、余計なことしかしない父親など、いらぬ。
 面倒な書類仕事を全部私に丸投げして、政務もろくにしやしない怠惰な魔王など、不要だっ!

 いっそ、もう本当に、私が魔王になってしまおうか?

 そうだ。そうしてしまえばいいのだ。
 そうしたらサリュを手放さなくて済む。誰にもなにも言わせず、ずっとサリュを私のそばに置いておいていいのだっ!

「ストーーーーーーップ!」

 そこに響いた、サリエルの声。
 まだ子供の、甲高い、でも柔らかい声で、私は我に返った。
 清澄せいちょうな水を浴びせられたかのごとく、怒りに染まった私の頭の熱が、冷やされる。
 怒れる私を元に戻せるのは。この世でただひとり、サリエルだけなのだ。

「兄上、ご心配おかけしましたが、大丈夫でございます」
 サリュは私に駆け寄り、手を握ってくれる。
 ほにゃりとしたサリエルの顔を見れば、怒りはスーッと引いていった。
「エレオノラ母上が魔王城を出るので、ぼくはどうするかと聞かれただけなのです。今まで通りここにいていいと。許可をいただきました」

 誰の許可もいらぬ。サリエルはずっと、私のそばにいればいい。
 私はサリュをひとつ、ギュっと抱きしめてから立ち上がる。

 用が済んだのなら、早く立ち去りたかった。魔王の前から。

 手をつないで、ふたりで謁見の間を出ようとするが。
 魔王に引き留められた。チッ。

「サリエル。下級悪魔の母を持ち、魔力もツノもないのに。俺の魔力に恐れおののかず。次期魔王と目されるレオの婚約者としてそばにあれるおまえは。いったい…おまえは何者なのだ?」

 魔王に、サリエルの本質が見破られやしないかと、私はひやりとする。
 魔王城にいられなくなった母を持つサリエルが、なぜ我らの元にいられるのか。それは、根幹に触れる。

 魔王には、気取られたくない。

 また我知らず、不穏な魔力が流れそうになったが。
 サリエルが、つないだ手をぎゅっと握ってくれて。
 フと、心が軽くなる。

「ぼくは、サリエルです。魔王の三男で、レオンハルト兄上の婚約者。それだけです」
 そして私を見上げて、にっこり笑う。
 まるで、大丈夫。見破られやしない。そう、言っているようにも見えるが。
 たぶん。サリエルは。自分の正体にはまだ気づいていないはずだ。

 それでいい。魔王もサリエルも、なにも知らないままでいいのだ。

 ただのサリエルとして。私のそばにいればいいのだ。

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