魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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36 そこに、サリエルの幸せはない

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     ◆そこに、サリエルの幸せはない

 謁見の間を出ると。中の様子を扉の陰から見守っていたシュナイツと。ミケージャが出迎えてくれる。
 使者さんは魔王様と兄上の魔力に当てられて、失神してしまった。大丈夫ですかぁ?

「サリエル兄上、御無事で。大丈夫でしたか?」
 シュナイツが、レオンハルト兄上を気にしながらもぼくに問いかける。

 レオンハルト兄上とほぼ面識がないシュナイツは。兄上が、ちょっと怖いのかもね?
 だって、あんな魔力を垂れ流すのだものぉ。
 ぼくは鈍感だけど。
 普通だったら、魔王様と兄上の、凶悪デンジャラス魔力に挟まれたぼくは、失神アンド蒸発もあり得ましたからね、全くぅ。

「はい。ディエンヌの言っていたような、追い出すという話ではなかったのですよ? 今まで通りでいいって。魔王様は言ってくださいましたから」
 シュナイツの問いかけに、のほほんと笑みを浮かべて答えたら。
 彼はすっごく安心したような顔を見せた。

「良かったぁ。兄上がそばからいなくなったら、私はなにをかてにこれから生活していったらよいかと…」
「ふふ、大袈裟ですねぇシュナイツは」
 言うと。シュナイツは、長い髪を指でいじって。控えめにはにかんだ。
 かっこいいのに、可愛いも共存していて。
 むっきょー、となります。素敵です。

「シュナイツ。私とサリュはこのまま帰る。子供会にいるサリュのお友達には、なにも変わりはないということを伝えて、安心させてやってくれ」
「はい。わかりました、レオンハルト兄上」
 ピシリと背筋を伸ばして、兄上に頭を下げるシュナイツ。

 えぇぇ? ぼくへの態度と、全然違うんですけどぉ?
 しかし、これが。次期魔王と目される、兄上の威厳というやつなのですねぇ?
 むむぅ、さすがです。

 でも、とりあえず。シュナイツにお任せできたので。
 マルチェロたちも安心するでしょう。

 というわけで。
 ぼくは兄上と手をつないで、帰りの馬車に乗り込むのだった。
 あれ、ずっと手をつないでいました。
 シュナイツの前でも?
 い、今更ですが、恥ずかしいぃ。
 もうすぐ学園に入学する年だというのに。お子様みたいで。顔が熱くなってしまいました。

 馬車の中では。兄上の隣にぼくが座って。ミケージャは対面の座面に腰かけています。
 いつものスタイルで、ホッと一息です。
 いつまでも、なにも変わらないというのが。実は幸せなことなのですね?

 とはいえ。
 母上が魔王城からいなくなる、というのは。それはそれでショックな話です。
 いえ、今更。ぼくをかえりみない母上が、そばにいなくなることをさみしく思うとか。そういうことではないのです。
 でも、なんだか。
 一言では言い表せない。胸のモヤモヤを感じます。

 ディエンヌがぼくの対応を冷たいと感じたみたいに。
 母親が去ることに、なんらかのことを感じるべきなのかもしれませんが。

 ぼくは、一歳のときに聞いた、母上の言葉を思い出してしまう。
 魔王様の子を懐妊して、これで魔王城で一生贅沢に暮らせるわぁ、とキャッキャした声で言っていた。
 そこには。ぼくへの感情は、みじんもなくて。
 物心ついてから。ぼくは、母上に。温かい言葉を一度もかけられたことはないなぁと。改めて感じるのだ。

 なのに、彼女は。いつまでもぼくの母上で。
 母上はとげとなって、ぼくの心臓にプスリといつまでも刺さっている。そんな感じの、不快感です。
 これっていったい、なんなのでしょうね?
 愛されたかった? かもしれないけど。
 それは、結構前にあきらめた感情です。
 だって母上は、ぼくが視界に入ることすら許さなかったのですから。

 それって、かなりひどいぞ? こっちから、願い下げだぁって言ってもいいんじゃね?

 インナーは。そういきどおります。
 インナーが目覚め始めの頃。母上に暴言を吐かれて。心の隅で泣いていたっけ。

 ぼくはその頃には、今更だと感じていたはずだけど。
 この年になって、インナーは母上に全く期待を持たなくなった。
 そして、むしろ。もう会いたくないと思っているようだ。
 それはそうだ。
 自分をうとむ人に、進んで会いたいと思う者など、いないもの。

 インナーも、兄上も、マルチェロも。
 母上をひどい、と言い。会うな、と言い。忘れろ、と言う。
 だけど、ぼくの中には。母親という意識がある。
 ぼくを、この世に生み出してくれた人だって。
 その気持ちを、下の方に押し込めて、押し込めて。いい思い出を上に重ねて、重ねて。それはできるけど。
 下に追いやった気持ちを、決して消し去ることはできないのだった。

「サリュ? もしかして。エレオノラの処遇に同情しているのか?」
 物思いから浮上してきたとき、兄上に聞かれ。
 ぼくは兄上を見上げた。

「同情、ではないのです。下級悪魔である母上が、今まで魔王城で暮らせていたことこそが、奇跡のようなものなのでしょう? 母上は充分に贅沢を堪能したはずで…」
「では、さみしいと感じているのか?」

 重ねて聞かれて。
 ぼくは、うーんと考え込んでしまいます。
 自分の気持ちが、自分ではっきりわからない。
 だからもやもや、なのでしょうね?

「それも、ございません。さみしいと感じるほど、母上に良い思い出はありませんよ。ただ、後ろめたい…のかなぁ? ぼくは母上の連れ子なのに、今まで通り魔王城で暮らせることになりましたから」
「サリュは、エレオノラの連れ子であったかもしれないが。今は、私のうちの子で。私の婚約者なのだから。胸を張って私のそばにいていいのだよ?」

 そうです。ぼくにはいろいろと、ここにいてもいい肩書があるのです。
 魔王の三男とか。兄上の婚約者とか。
 もしかしたら、兄上は。今日の日のようなことに備えて、いろいろ、ぼくのために準備してくれていたのかもしれませんね?
 将来のことを見据えているなんて、とても頭が良くて、優しい兄上なのです。

「サリエル。魔族というのは。享楽と悦楽に興じる生き物だ。一瞬一瞬を楽しく生きる。つらく、苦しいことなどからは目をそむける。ただただ、楽しいことに目を向けていていいのだ。だから、サリエルは。私だけを見ていればいい。私といれば、ずっと楽しいだろう?」

 隣に座っていた兄上は、そう言ってぼくを膝の上に乗せる。
 向かい合わせで、目と目を合わせて。
 しっかり、はっきりと、ぼくに言い聞かせる。

「だけど、サリュは。真面目さんだからな? そして、優しい子だから。親というだけで、気にかかってしまうのだろうね? 私は心根が冷淡だから。関係の希薄な両親が、たとえ魔王城を出たとしても。特に、なにも思いはしないだろうが。サリュはきっと、情が深いのだろうね?」

 確かに、兄上が言うように。魔王城内で暮らしているとはいえ。兄上も六歳から親元を離れて。屋敷を切り盛りし、政務や公務もこなしている。
 両親と顔を合わせる機会は、年に数回だ。

 でも、兄上は。
 今日は、魔王様と喧嘩みたいになっちゃったけど。普段はちゃんと、御両親を常に立てている。
 いずれ巣立ちのように、親から遠く離れることはあるかもしれないが。
 現時点で、見捨てるようなことをしたわけではない。

「そのような…兄上はお優しいです」
 心の中の思いを、うまく表現できなくて。簡単な一言になってしまったけど。
 ぼくは、本当に。兄上はお優しい方だから、と思うのです。

 でも。あぁ、ぼくは。
 話しているうちに、なにが胸に刺さっているのかわかってしまいました。
 ぼくは、母上を見捨てるような気がしていて、気がとがめているのです。

「…もし、サリュが魔王城から去るなどということがあったら。怒りまくりの、雷バリバリドッカーンだろうと思うよ? 親には、そうはならないが。私にとってサリュは、一番大事なのだからね?」
 ぼくがよく、バリバリドッカーンはいけませぇん、って言うから。
 兄上もそれを真似して。
 全然似合っていないのに、バリバリドッカーンっと言ってくれる。
 ぼくを笑わせようとする、そういうところがお優しいのです。

「今までさんざん暴言を吐いてきたあの女を、母親というだけで気に掛ける。サリュのその優しい心を、私は否定しないよ? でもね。離さないから。サリエルが母の元へ行くというのなら、阻止する。そこに、サリエルの幸せはないからね?」
「行きません。兄上のそばに、います。いたいです」
 すかさず。ぼくは、はっきりと言います。
 魔王様にも言ったように。
 ぼくの中には、それしか選択肢はないのです。

「でも。そんなぼくは。母上を見捨てる、ぼくは。いけない子、ですね?」
 それは、仕方がないのです。ぼくも、ぼくの幸せを望みたいから。

 いけない子でも。幸せになりたい。

 そんな自分勝手なぼくを、許さない自分が。心のすみっこの方にいます。
 常識や一般論を振りかざす、ぼくです。
 でも、そいつからは目をそらす。
 だってぼくは。わがままにも。
 兄上のそばから。絶対、絶対、離れたくないのですもーん。

「バカだなぁ。サリュがいけない子なわけないだろう? こんなにいい子なのに」
 兄上は切れ長の、いつもは厳しい視線の目を。やんわりとやわらげて。
 ぼくの赤い髪を、大きな手でそっと撫でてくれる。
 兄上の手のひらから、熱い体温を感じると。
 ぼくはいつも、心がふにゃりととろけていくみたいになるのだ。

「さっき、言ったろう? 魔族は悦に興じていればいい。誰も、サリエルを責めない。私が責めさせたりしないよ。修行僧のように、わざわざ痛いことをしなくてもいいんだよ? だが、どうしても気がかりだというのなら。私の望みを叶えてくれないか?」
「兄上の望み? それはなんですか?」

「サリエルが私の元にいてくれることを、私は望んでいる。どうか、私のわがままを叶えてくれ? サリュ」

 兄上は、本当にお優しい方だ。
 自分がわがままを言っているていで。ぼくの罪悪感を溶かしてくれる。
 兄上が望んでいるから、魔王城に残るのだ。という、免罪符を。ぼくに与えてくれたのだ。

 優しくて、大きな器で。ぼくを真綿でくるむみたいに、大事に、大事に、温めてくれる。
 兄上には、本当にかないませんね?

「兄上がそうお望みなら。ぼくはいつまでも、兄上のそばにいますよ。喜んでぇ」
 ニッコリ笑って、そう言ったら。
 兄上はぼくをギューーーっと抱きしめた。

 少し力が強いけど。それは幸せという名の痛みなのだ。

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