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35 おまえは何者なのだ?
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◆おまえは何者なのだ?
魔王様の膝に乗っている、ぼく。なぜでしょう?
とりあえず、話は続きます。
「なぁ、サリエル。エレオノラはなぜ、ディエンヌを産むことができたのだと思う?」
ぼくに問いかけながらも、魔王様は昔話をするような遠い目をして、言葉を続けた。
「出会った頃の彼女は。精気がみなぎり、肌もつやつやして、本当にまばゆいくらいの美しさを放ち。彼女もなんでもできそうな気分なの、と明るく笑っていた。彼女はサキュバスだ。下級悪魔とわかっていたけど。厳しい警護の俺の寝室に難なく入り込んで。俺に触れてきたから。彼女は…特異体質の、有能なサキュバスなのだろうと、思ったのだがな…」
そうして、小さなため息をつく。
「だがディエンヌを産んだあとは、みるみると、なにもかもが衰えていった。いいや、たぶん。元に戻っていったのだろう。今の彼女がエレオノラの本質なのだろうな」
「…ディエンヌを、魔王様の御子を身ごもったから、その魔力の恩恵で今まで魔王城にいられたのではありませんか?」
ぼくも、母上がそれほどに衰えているのだということを知らなかったから。推測でしかないのだが。
一応、ぼくの見解を述べてみた。
「うーん、そうかもしれないが。懐妊する前に、俺の元へ来れた理由はわからぬままだな。とにかく、彼女はもう魔王城にはいられない」
遠き日の母上を見ていた魔王様は、フとぼくに視線を戻す。
血の色の瞳が、ぼくの本質を見通そうとするかのように怪しく光った。
「サリエル、おまえはどうなのだ? おまえの父が誰かは知らないが。下級悪魔の息子で、俺の血は一滴も入っていない。そんなおまえが、このまま魔王城で暮らしていけるのか?」
父上は、一応ぼくのことを心配してくれたみたいだ。
ディエンヌが言っていたように、母上と一緒にここから追い出す、という無慈悲な気持ちではなさそう。
安心して。ぼくはニッコリ笑顔で。父上に申し上げた。
「御心配には及びません。ぼくは生まれたときからぼくのまま、なにも変わってはおりません。兄上のお屋敷で、変わらぬ暮らしを続けておりますし。ラーディン兄上やシュナイツ、ルーフェン兄妹という魔力の御強い方と、お友達として気兼ねなく日々過ごしております」
そこまで言うと父上は、ふむと相槌を打つのだ。
「そうだな。おまえは、俺の魔力にも反応しない、鈍感体質だった」
言い方、と思いつつ。
まぁ、事実なので、仕方がないですね。
「僭越ながら、ぼくはレオンハルト兄上の婚約者でもありますし。よろしければ今まで通り、ぼくをドラベチカ家の末席に置いてくださいませ」
「あぁ、おまえがそうしたいというのなら、構わないぞ。俺は。エレオノラがこうなるまで、おまえのことを目にかけたことがなかった。ただ、俺の血脈であるディエンヌはともかく、エレオノラの子であるおまえは、大丈夫なのだろうかと、フト思いついただけなのだ。では、これまで通りでよいのだな?」
「はい。お気遣いくださり、ありがとうございました。ぼくは兄上のお屋敷で、幸せに暮らしております。これからもよろしくお願いします、父上」
まぁ、父親としては。三男のことをすっかり忘れているのは、どうかと思うけど。
ぼくは養子であるので、そんなものでしょう。多くは望みません。
暴力などないので、痛くはないし。
兄上が至れり尽くせりなので、ひもじい思いもしたことはないし。
路頭に迷って、凍える寒さに泣くこともなかった。
むしろ、王族の子という、立派な環境で育てられたのだ。
不満など、なにもありませんよ。
それに兄上に話を聞くと。
兄上も、ほぼぼくと同じ境遇? 目をかけられない? そんな感じだったらしい。
父上は自由奔放で。好奇心は旺盛で。面白いことしかしたくなくて。好色で。怠惰である。
いわゆる、駄目な魔族を地でいっているやつ。
だけど、どこか魅力的。色悪なのです。
でも、魔王としては。いかにもな魔王だと思います。親的にはアウト、だけどね。
「ははは、おまえは礼儀正しいお子様だな? 俺に育てられなくてよかったな?」
愉快そうに笑って、魔王様はぼくを膝の上でぽよんぽよんさせるのだった。
魔王様がぼくを育てたら、ぼくも色悪になったのでしょうか?
切れ長の色っぽいお目目で、人々をばんばん魅了する、イケてるインキュバスな、ぼく。
それはもはや、ぼくではなくないですかぁ? へへ?
でも、たぶん。魔王様が子育てするの、無理だと思います。
赤子にミルク飲ませていても、美人が通ったら赤子ほったらかしにしそうだもの。
「サリエルっ、無事かっ?」
そこに、レオンハルト兄上の声が響いた。
突然バンと扉が開いて兄上が登場したから、ぼくもびっくりしました。
人払いを申し付けられていた使者さんが、アワアワしているけれど。
兄上を止められる魔力を持つ者は、もう魔王様しかいませんからね。
兄上が、なんか、すみません。
「おい、レオンハルト。俺は、人払いをしていたんだがなぁ? それに無事かって、なんだ? 親子の対話で危害があるわけないだろが?」
「あなたに関しては、わかりませんよ。お披露目会で魔力を垂れ流すような、空気の読めないお方ですからね? つか、私に話を通さずにサリエルひとりを呼びつけるとは、穏やかではありませんねっ、父上っ!!」
魔王様そっくりの顔立ち、髪の先が少しウェーブした兄上が。
コツコツと荒げた足取りで。
赤い絨毯の上を、怒鳴りながら歩いてきます。ひえぇ?
「はぁああん? なにを息巻いているのだぁ? まさかおまえも、俺がこの丸いのに手を出すとか思ったんじゃねぇよなぁ? つか、躾がなっていないぞ? サリエルは俺のこと、見境なく手を出す色狂いみたいに言いやがったんだぞ?」
「なにも間違っていないではありませんか? 父上。あなたは好色で、老若男女に手を出す色狂いで合っていますから。さぁ、サリエル。こちらにおいで。膝に乗っているだけで懐妊しそうだ」
か、懐妊、ですかぁ?
ぼく男なので、大丈夫だと思いますが。
比喩ですよね? 父上はそれだけ、好色だという。
イケメンと目が合うと、それだけで妊娠しそう、とか言う御令嬢の心境ですよね?
はい。備考欄にも書いてありましたから。要注意ですよね?
ってことで兄上に呼ばれたので、妊娠する前に魔王様の膝から降りようとしたのだけど。
父上が、ぼくをムギュっと抱きしめた。
あららぁ? はじめて父上に、ギュ、されちゃいましたぁ?
父の抱擁、ちょっと嬉しい。
「あぁあん? まだ話は終わってないんだがぁ? つか、なんだこのもちもちは? 程よい弾力、吸い付くようなしっとりもっちり感。食べたら美味そうだ」
魔王様は、ぼくのしっとりもっちりわがままボディをムギュムギュしながら頬擦りした。
た、食べないでくださいませぇ?
たぶん美味しくないですよ? 脂身で。
「…貴様、父といえど許さぬぞ? 私のサリュを、いやらしい手つきで揉み揉みするんじゃないっ、私だって、そこまではしたことがないのにぃ!!!」
兄上が、額の御ツノを赤くして、完全に怒っちゃいました。
凶悪魔力の垂れ流しです。あわわ。
兄上がこじ開けた扉の向こうで、し、使者さんが、失神です。
そして、扉の所で様子をうかがうシュナイツも、オロオロですぅ。
「はは、婚約したくせにずいぶん清らかなお付き合いじゃないか? いやぁ、ひとつ屋根の下にいながら手も出せぬとは、とんだ腑抜けだ。次期魔王が、婚約者に形無しの腰抜けでは。示しがつかんなぁ?」
魔王様も兄上に対抗して、魔力を垂れ流しています。
つか、兄上をあおらないでください。
「余計なお世話だっ、つか、早くサリエルを離せえぇっ! それとも力づくで、おまえを玉座から引き下ろしてやろうかぁぁぁあ?」
「あぁあん、やってみるか? 腑抜けの腰抜けめ。未熟なおまえには、まだまだ魔王の玉座は早い」
あぁ、このままでは、魔王大戦争勃発です。
つか、史上最悪の親子喧嘩です。
そんなのは、いけません。家族は仲良く、ですっ。
「ストーーーーーーップ!」
ぼくは大きな声をあげて、手も上げて。短い腕でふたりを制します。
虚を突かれた魔王様。
驚いている隙に、ぼくは膝から降りて。兄上のそばに駆け寄りました。
「兄上、ご心配おかけしましたが大丈夫でございます。エレオノラ母上が魔王城を出るので、ぼくはどうするかと聞かれただけなのです。今まで通り、ここにいていいと許可をいただきました」
ぼくは兄上の手を、両手でぎゅっと握ります。
すると兄上は床に膝をついて。ぼくと目をしっかり合わせた。
「魔王の許可などなくても、サリュは私のうちの子だ。どこにもやらぬ」
「母上が後宮から去っても、ぼくは兄上のおそばにいたいのです。いいですか?」
兄上は感動したかのように、目を潤ませて。そっと微笑んだ。
「あぁ、もちろんだ。嬉しいよ、サリュが自分からそう望んでくれるなんて。ありがとう」
レオンハルト兄上はギュウッと抱きしめてくれて。
ぼくも、受け入れられて嬉しかった。
自分で、魔王城一択、とか思ったけれど。
兄上の意見を聞いていなかったからね?
今まで通りでいいって、兄上にも思っていただいて、良かったです。
だから、兄上の背中に腕は回らないが。脇腹にそっと、丸い手をプヨッと添えた。
「さぁ、私たちのうちに帰ろうか。魔王の許可はいらないのでっ」
立ち上がった兄上は、ぼくの手をつないで、魔王に背を向けた。
最後に、結構な挑発をしたけど。
「サリエルっ!」
玉座に座って、ぼくたちを睥睨する魔王様に、声をかけられ。
ぼくは兄上と手をつないだまま振り返った。
「下級悪魔の母を持ち、魔力もツノもないのに。俺の魔力に恐れおののかず、次期魔王と目されるレオの婚約者としてそばにあれるおまえは。いったい…おまえは何者なのだ?」
ぼくは、ぼくが何者であるかなんて、わからない。
母上のことは知っているが、母がサキュバスだからぼくはインキュバス…と、そんな簡単なものではなさそうだしねぇ。
ぼくには、ツノも魔力もないから。インキュバスできるのか、謎です。
それに、本当の父上がどういう種族なのか、それもわからないし。
魔力がないから、魔法もできないし。ツノもないから。もしかしたら魔族ではないのかもしれないけれど。
でも、たったひとつだけ。確かなのは。
「ぼくは、サリエルです。魔王の三男で、レオンハルト兄上の婚約者。それだけです」
もしも魔王の三男という肩書がなくなっても。
兄上にぼく以外の好きな人ができて、婚約破棄されても。
でも。ぼくは、サリエル。それだけは変わらないよ。
兄上を見上げると、笑顔でぼくを見守ってくれているから。きっと、それでいいんだよね?
そうして、ぼくは胸を張って謁見の間を出て行ったのだ。
魔王様、またお話してくださいね?
魔王様の膝に乗っている、ぼく。なぜでしょう?
とりあえず、話は続きます。
「なぁ、サリエル。エレオノラはなぜ、ディエンヌを産むことができたのだと思う?」
ぼくに問いかけながらも、魔王様は昔話をするような遠い目をして、言葉を続けた。
「出会った頃の彼女は。精気がみなぎり、肌もつやつやして、本当にまばゆいくらいの美しさを放ち。彼女もなんでもできそうな気分なの、と明るく笑っていた。彼女はサキュバスだ。下級悪魔とわかっていたけど。厳しい警護の俺の寝室に難なく入り込んで。俺に触れてきたから。彼女は…特異体質の、有能なサキュバスなのだろうと、思ったのだがな…」
そうして、小さなため息をつく。
「だがディエンヌを産んだあとは、みるみると、なにもかもが衰えていった。いいや、たぶん。元に戻っていったのだろう。今の彼女がエレオノラの本質なのだろうな」
「…ディエンヌを、魔王様の御子を身ごもったから、その魔力の恩恵で今まで魔王城にいられたのではありませんか?」
ぼくも、母上がそれほどに衰えているのだということを知らなかったから。推測でしかないのだが。
一応、ぼくの見解を述べてみた。
「うーん、そうかもしれないが。懐妊する前に、俺の元へ来れた理由はわからぬままだな。とにかく、彼女はもう魔王城にはいられない」
遠き日の母上を見ていた魔王様は、フとぼくに視線を戻す。
血の色の瞳が、ぼくの本質を見通そうとするかのように怪しく光った。
「サリエル、おまえはどうなのだ? おまえの父が誰かは知らないが。下級悪魔の息子で、俺の血は一滴も入っていない。そんなおまえが、このまま魔王城で暮らしていけるのか?」
父上は、一応ぼくのことを心配してくれたみたいだ。
ディエンヌが言っていたように、母上と一緒にここから追い出す、という無慈悲な気持ちではなさそう。
安心して。ぼくはニッコリ笑顔で。父上に申し上げた。
「御心配には及びません。ぼくは生まれたときからぼくのまま、なにも変わってはおりません。兄上のお屋敷で、変わらぬ暮らしを続けておりますし。ラーディン兄上やシュナイツ、ルーフェン兄妹という魔力の御強い方と、お友達として気兼ねなく日々過ごしております」
そこまで言うと父上は、ふむと相槌を打つのだ。
「そうだな。おまえは、俺の魔力にも反応しない、鈍感体質だった」
言い方、と思いつつ。
まぁ、事実なので、仕方がないですね。
「僭越ながら、ぼくはレオンハルト兄上の婚約者でもありますし。よろしければ今まで通り、ぼくをドラベチカ家の末席に置いてくださいませ」
「あぁ、おまえがそうしたいというのなら、構わないぞ。俺は。エレオノラがこうなるまで、おまえのことを目にかけたことがなかった。ただ、俺の血脈であるディエンヌはともかく、エレオノラの子であるおまえは、大丈夫なのだろうかと、フト思いついただけなのだ。では、これまで通りでよいのだな?」
「はい。お気遣いくださり、ありがとうございました。ぼくは兄上のお屋敷で、幸せに暮らしております。これからもよろしくお願いします、父上」
まぁ、父親としては。三男のことをすっかり忘れているのは、どうかと思うけど。
ぼくは養子であるので、そんなものでしょう。多くは望みません。
暴力などないので、痛くはないし。
兄上が至れり尽くせりなので、ひもじい思いもしたことはないし。
路頭に迷って、凍える寒さに泣くこともなかった。
むしろ、王族の子という、立派な環境で育てられたのだ。
不満など、なにもありませんよ。
それに兄上に話を聞くと。
兄上も、ほぼぼくと同じ境遇? 目をかけられない? そんな感じだったらしい。
父上は自由奔放で。好奇心は旺盛で。面白いことしかしたくなくて。好色で。怠惰である。
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だけど、どこか魅力的。色悪なのです。
でも、魔王としては。いかにもな魔王だと思います。親的にはアウト、だけどね。
「ははは、おまえは礼儀正しいお子様だな? 俺に育てられなくてよかったな?」
愉快そうに笑って、魔王様はぼくを膝の上でぽよんぽよんさせるのだった。
魔王様がぼくを育てたら、ぼくも色悪になったのでしょうか?
切れ長の色っぽいお目目で、人々をばんばん魅了する、イケてるインキュバスな、ぼく。
それはもはや、ぼくではなくないですかぁ? へへ?
でも、たぶん。魔王様が子育てするの、無理だと思います。
赤子にミルク飲ませていても、美人が通ったら赤子ほったらかしにしそうだもの。
「サリエルっ、無事かっ?」
そこに、レオンハルト兄上の声が響いた。
突然バンと扉が開いて兄上が登場したから、ぼくもびっくりしました。
人払いを申し付けられていた使者さんが、アワアワしているけれど。
兄上を止められる魔力を持つ者は、もう魔王様しかいませんからね。
兄上が、なんか、すみません。
「おい、レオンハルト。俺は、人払いをしていたんだがなぁ? それに無事かって、なんだ? 親子の対話で危害があるわけないだろが?」
「あなたに関しては、わかりませんよ。お披露目会で魔力を垂れ流すような、空気の読めないお方ですからね? つか、私に話を通さずにサリエルひとりを呼びつけるとは、穏やかではありませんねっ、父上っ!!」
魔王様そっくりの顔立ち、髪の先が少しウェーブした兄上が。
コツコツと荒げた足取りで。
赤い絨毯の上を、怒鳴りながら歩いてきます。ひえぇ?
「はぁああん? なにを息巻いているのだぁ? まさかおまえも、俺がこの丸いのに手を出すとか思ったんじゃねぇよなぁ? つか、躾がなっていないぞ? サリエルは俺のこと、見境なく手を出す色狂いみたいに言いやがったんだぞ?」
「なにも間違っていないではありませんか? 父上。あなたは好色で、老若男女に手を出す色狂いで合っていますから。さぁ、サリエル。こちらにおいで。膝に乗っているだけで懐妊しそうだ」
か、懐妊、ですかぁ?
ぼく男なので、大丈夫だと思いますが。
比喩ですよね? 父上はそれだけ、好色だという。
イケメンと目が合うと、それだけで妊娠しそう、とか言う御令嬢の心境ですよね?
はい。備考欄にも書いてありましたから。要注意ですよね?
ってことで兄上に呼ばれたので、妊娠する前に魔王様の膝から降りようとしたのだけど。
父上が、ぼくをムギュっと抱きしめた。
あららぁ? はじめて父上に、ギュ、されちゃいましたぁ?
父の抱擁、ちょっと嬉しい。
「あぁあん? まだ話は終わってないんだがぁ? つか、なんだこのもちもちは? 程よい弾力、吸い付くようなしっとりもっちり感。食べたら美味そうだ」
魔王様は、ぼくのしっとりもっちりわがままボディをムギュムギュしながら頬擦りした。
た、食べないでくださいませぇ?
たぶん美味しくないですよ? 脂身で。
「…貴様、父といえど許さぬぞ? 私のサリュを、いやらしい手つきで揉み揉みするんじゃないっ、私だって、そこまではしたことがないのにぃ!!!」
兄上が、額の御ツノを赤くして、完全に怒っちゃいました。
凶悪魔力の垂れ流しです。あわわ。
兄上がこじ開けた扉の向こうで、し、使者さんが、失神です。
そして、扉の所で様子をうかがうシュナイツも、オロオロですぅ。
「はは、婚約したくせにずいぶん清らかなお付き合いじゃないか? いやぁ、ひとつ屋根の下にいながら手も出せぬとは、とんだ腑抜けだ。次期魔王が、婚約者に形無しの腰抜けでは。示しがつかんなぁ?」
魔王様も兄上に対抗して、魔力を垂れ流しています。
つか、兄上をあおらないでください。
「余計なお世話だっ、つか、早くサリエルを離せえぇっ! それとも力づくで、おまえを玉座から引き下ろしてやろうかぁぁぁあ?」
「あぁあん、やってみるか? 腑抜けの腰抜けめ。未熟なおまえには、まだまだ魔王の玉座は早い」
あぁ、このままでは、魔王大戦争勃発です。
つか、史上最悪の親子喧嘩です。
そんなのは、いけません。家族は仲良く、ですっ。
「ストーーーーーーップ!」
ぼくは大きな声をあげて、手も上げて。短い腕でふたりを制します。
虚を突かれた魔王様。
驚いている隙に、ぼくは膝から降りて。兄上のそばに駆け寄りました。
「兄上、ご心配おかけしましたが大丈夫でございます。エレオノラ母上が魔王城を出るので、ぼくはどうするかと聞かれただけなのです。今まで通り、ここにいていいと許可をいただきました」
ぼくは兄上の手を、両手でぎゅっと握ります。
すると兄上は床に膝をついて。ぼくと目をしっかり合わせた。
「魔王の許可などなくても、サリュは私のうちの子だ。どこにもやらぬ」
「母上が後宮から去っても、ぼくは兄上のおそばにいたいのです。いいですか?」
兄上は感動したかのように、目を潤ませて。そっと微笑んだ。
「あぁ、もちろんだ。嬉しいよ、サリュが自分からそう望んでくれるなんて。ありがとう」
レオンハルト兄上はギュウッと抱きしめてくれて。
ぼくも、受け入れられて嬉しかった。
自分で、魔王城一択、とか思ったけれど。
兄上の意見を聞いていなかったからね?
今まで通りでいいって、兄上にも思っていただいて、良かったです。
だから、兄上の背中に腕は回らないが。脇腹にそっと、丸い手をプヨッと添えた。
「さぁ、私たちのうちに帰ろうか。魔王の許可はいらないのでっ」
立ち上がった兄上は、ぼくの手をつないで、魔王に背を向けた。
最後に、結構な挑発をしたけど。
「サリエルっ!」
玉座に座って、ぼくたちを睥睨する魔王様に、声をかけられ。
ぼくは兄上と手をつないだまま振り返った。
「下級悪魔の母を持ち、魔力もツノもないのに。俺の魔力に恐れおののかず、次期魔王と目されるレオの婚約者としてそばにあれるおまえは。いったい…おまえは何者なのだ?」
ぼくは、ぼくが何者であるかなんて、わからない。
母上のことは知っているが、母がサキュバスだからぼくはインキュバス…と、そんな簡単なものではなさそうだしねぇ。
ぼくには、ツノも魔力もないから。インキュバスできるのか、謎です。
それに、本当の父上がどういう種族なのか、それもわからないし。
魔力がないから、魔法もできないし。ツノもないから。もしかしたら魔族ではないのかもしれないけれど。
でも、たったひとつだけ。確かなのは。
「ぼくは、サリエルです。魔王の三男で、レオンハルト兄上の婚約者。それだけです」
もしも魔王の三男という肩書がなくなっても。
兄上にぼく以外の好きな人ができて、婚約破棄されても。
でも。ぼくは、サリエル。それだけは変わらないよ。
兄上を見上げると、笑顔でぼくを見守ってくれているから。きっと、それでいいんだよね?
そうして、ぼくは胸を張って謁見の間を出て行ったのだ。
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