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34 この腹を引っ込ませてから物を言え
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◆この腹を引っ込ませてから物を言え
ぼくとシュナイツは、魔王様の使者さんの案内で謁見の間の前まで来た。
見上げると、首が痛くなるほどに大きな扉の前で。使者さんに言われた。
「シュナイツ様。これより先は、お通しできません。魔王様が人払いをしておりますので」
「家族でも、駄目ですか?」
使者に首を振られて、シュナイツは唇をかむ。
「シュナイツ、大丈夫ですよ。父上とお会いするだけです。でも、ちょっと心細いから。ここで待っていてくれませんか?」
ルビー色の赤い瞳で、シュナイツは心配そうにぼくを見るが。小さくうなずいた。
「わかりました。ここでお待ちしております。でも、もしも殺されそうになったら。大きな声をあげてくださいね? あと追い出すと言われても、うなずいてはいけませんよ? あとひどいことを言われても、大きな声を出してくださいね? あと…」
「大丈夫ですよ。まぁ、ぼくも。魔王様とはそれほど面識はありませんが。この前は優しく抱っこしてくださいましたし」
「凶悪な魔力を垂れ流しましたよ? 普通のお子様なら失神確定案件です」
まぁ、そうなんだけど。ぼくはなんでか、大丈夫なので。
苦笑いしつつ。シュナイツにうなずいた。
「魔王様相手に効くかわかりませんが、防御魔法の宝石もありますから。安心して? では。父上のお話を聞いてきます。待っていてくださいね?」
ぼくは使者さんにうなずいて、扉を開けてもらった。
はじめて入った、謁見の間は。お披露目会のときに使った会場よりも、大きい。
だが。氷のように見える白く濁った床、とげとげしたデザインのガラスの柱、壁も真っ白で。
神秘的だけど、どこか寒々しい印象を覚えた。
扉から、まっすぐ玉座に向かって伸びる赤い絨毯だけが、色味を帯びている。
ぼくはその赤い絨毯の上を歩いていき、玉座の前にある階段の前で、膝を床につけてかしこまった。
普通は、片膝をつくのだけど。もも肉がむっちりで、バランスが難しいので。両膝ついた。むむぅ。
「魔王様、サリエル様がお見えになりました」
使者さんが、ぼくを紹介してくれる。
四年ぶりですが、ぼくがサリエルだということは、これでおわかりですね?
まぁこの、一度見たら忘れられないと陰で言われているまぁるいフォルムは、七歳の頃から変わっていませんから。見覚えはあるでしょうけど?
「あぁ、おまえは下がってよい」
魔王様が人払いをしているというのは、本当のようで。
謁見の間には、誰もいなかったし。使者さんも下げられてしまった。
うーん、緊張、マックスです。
「顔をあげろ、サリエル」
言われるままに、ぼくは顔をあげ。魔王様をみつめる。
魔王様が、手をちょいちょいと振るので。
ぼくは立ち上がって、階段をひとつあがる。
でも、まだ手を振るので。二段、三段、と上がっていくが…。
「えぇい、いいからさっさとここへこぉいっ」
魔王様が、ビシッと、人差し指で玉座の隣を示すので。
ぼくは、ひぇぇぇいとなって。サカサカと階段を上った。
そして、魔王様の前に立ったのだが。
ぼくの脇に手を差し入れて、父上がこの前と同じように、ぼくを膝の上に乗っけたのだ。
「うーん、前よりは重いが、まだまだ軽いなぁ」
魔王様はぼくを膝の上でぽよんぽよんと弾ませる。
え? 一体、これはなんですかぁ?
「あの、お召しと聞いて参上いたしましたが。これはぁ…」
言いかけて、ぼくは、ピーンと来てしまいました。
魔王様の備考欄には『息子の嫁にも、手を出す。要注意』と書かれてありました。ま、まさか。
「まさか、兄上の婚約者であるぼくに、お手、お手を、出されるおつもりでぇ?」
そういえば膝の上でぽよんぽよんも、見ようによっては、卑猥に見えなくもなくもない…。
ぼく、サキュバスの息子だから、そういうエロ知識もあるのですぅ。これはエロいですよ?
「はぁ? 俺がおまえに手を出すぅ? あほかっ。この腹を引っ込ませてから物を言えっ!」
そうしたら、父上は。
怒りました。
ですよねぇ?
父上はレオンハルト兄上そっくりの顔で目を吊り上げて、ぼくの腹を指先でツンツン突いてきます。
あぁ、その指使いはっ。
ラーディン兄上のツンツンと同じですぅ。やはり似たもの親子なのですぅ。
魔王様はツンツンの手を止めずに、怒声をあげたのだった。
「俺が好色なのは、否定しないぞ? レオンハルトの婚約者が絶世の美人だったら、手を出すこともぉ? なくもなくもないかもしれないがぁ? こんな真ん丸なお子様に手を出すほど、手当たり次第ってわけじゃねぇよ。美的感覚って言葉を知っているかぁ? 俺は面食いなのっ、つか、大体顔と体しか見てねぇのっ。おまえが俺の目に留まるなんぞ、十年、いや、三千年早いわっ。その腹をなんとかしてから出直してこーいっ」
「はいぃぃぃっ」
すみませぇぇぇん。ぼくが調子に乗りましたぁ。
レオンハルト兄上が、あんまりにも大事に大事にしてくれるのでぇ?
婚約破棄虎視眈々勢が、いっぱいいるみたいなのでぇ?
ぼくはもしかしたら絶世の美人なのではないかな? なんて、勘違いしましたぁ。
そうです。魔王様の反応が、正しいと。ぼくも思います。
みなさんの目が優しいせいで。自分の審美眼を疑い始めていましたが。
やはり、そうですか。ぼくの腹は、出ているのですね?
「いや、出直すな。まだ話が終わっていなかった。つか、話し始めてもいなかった」
ドッと疲れた様子で、魔王様は長く艶やかな黒髪をかき上げる。
セクシーな仕草です。
切れ長の目元は色気がたっぷりで。瞳は禍々しくも深く赤いピジョンブラッド。
間近で見ると、本当にお美しい人ですね?
まぁ、レオンハルト兄上にお顔がそっくりなので、兄上もお美しい方だということだ。
魔王様は、粗野な兄上です。
魔族は二十を超えると、成長速度が遅くなるので。
まだ魔王様も、二十代青年の若々しさがあります。
「話ってのは、他でもない。エレオノラ。おまえの母親のことだ」
そう切り出して。父上は、真剣な顔でぼくを見た。
「エレオノラは、もう魔王城にはいられなくなった。使用人のことも恐れるようになったのだ。まぁ、魔王城に勤められる者たちだからな、側仕えもそれなりに魔力の多い者が集まっている。魔王城は、本来下級悪魔が寄りつけるような場所ではないのだ」
魔国では、魔力の高い者が優遇される。
魔力が強ければ強いほど、人々をひれ伏せさせることができるのだ。
それはしっかりとした序列になっていて。魔族の中でも小物とされる下級悪魔は。高い魔力を持つ者を前にしたら、顔すら上げられない。
魔族とは、そういう生物なのだ。
「しかし、アレは。俺の子を産んだ。ディエンヌは確かに俺の魔力を継いでいるからな。間違いはない。だから魔王城を出ても、魔王の側妃と同等の暮らしを約束するつもりだ。それで、だ。サリエル。おまえはエレオノラの息子だから。どうする? 母親とともに魔王城を出て、外で暮らすか?」
「魔王城、一択です」
ぼくはかぶせ気味にそう言った。だって、迷うまでもない。
父上は、ぼくの気持ちを聞いてくれようとしたのだろうと思う。
ぼくとエレオノラ母上が親子なのは、事実なわけだし。
育てられた覚えはないけれど、養育義務は母上にあるわけだからね?
でも。答えはひとつだけだ。
「ぼくは一歳のときに母上に捨てられて、レオンハルト兄上に拾ってもらえなかったら、後宮のどこかで息絶えていたことでしょう。そのようなぼくが、母上についていくわけもなく。母上も、ぼくがそばにいたら迷惑でしょう? いつもそう言われております。あ、もしかして。養育費の件でしょうか? ぼくを養育する義務は、魔王様にはございませんからねぇ…」
話しているうちに、ディエンヌの『魔力なしツノなし使い道なしの三男、なんのとりえもない子を養う義理はないんじゃなぁい?』という言葉が脳裏をよぎったので。そう、つぶやいたのだが。
「いいや? 見くびるな、サリエルよ。俺は息子として受け入れた者を手ぶらで放り出すような、器の小さい男じゃねぇんだ。エレオノラが魔王城を出ても、おまえの養育費はこれまで通りエレオノラに支払うつもりだった」
ムッとして、魔王様はそう言うけど。
その言葉にぼくは、ムッと眉間を寄せた。
「まさか、ぼくの養育費は母上に行っているのですか? ぼくを育てているのは、今はレオンハルト兄上ですけど?」
「エレオノラがレオンハルトに渡しているのではないのか?」
「もらっていませんよ? 兄上は、たぶん…」
そこまで言って。ぼくはっ。事の重大さに戦慄し、両手で頬を揉み込んだ。
うそでしょう? あの人、兄上にぼくを育てさせて、養育費は懐に入れているんですかい?
ひどーい。ぼくは兄上に合わせる顔がありません。親として必要最低限のこともしていないなんてぇ?
「じゃあ、レオンハルトはポケットマネーでおまえを育てたんだな? すげぇ。ハハハ」
父上は、なんでか、すげぇすげぇ言って笑うばかりです。
もうっ、魔王様は兄上の実の父でしょ?
息子へしわ寄せがいっているのに、それを笑い飛ばすなんて。
それってどうなのですかっ?
「ハハ、じゃあありません。兄上の負担が大きすぎです。兄上は六歳から赤子のぼくを育てていたのですよ? そりゃあ、執事や侍女やたくさんの大人たちに助けられて、ではあるでしょうが。六歳で、家長として責任をもって、ぼくを育て上げたのです。それなのにぃ…」
せめて金銭的な面は。親と名の付く人たちに、ちゃんとして欲しかった。と思うのです。
でも、父上は。あくまで軽い感じです。
「いいじゃねぇか。レオンハルトはそれなりに稼いでいるし。好きでやっていたのだろうよ?」
「好きで?」
「魔族は自分の欲望に忠実なものだ。したくないものは、しないもんさ。レオンハルトは、おまえをしっかりと育てて。あまつさえ嫁にしようとしている。あいつがそうしたかったからだろう?」
六歳の子が、赤子を育てる。その不可思議さに、大人はもう少し申し訳なさを感じていただきたいものです。
兄上は、好きでやったというような軽い感じでは、決してなかった。
しっかりと。ぼくに愛情をたっぷりと注いで、育ててくれた。
そこには、濃くて。甘くて。深くて。素敵で幸せな生活があるのだけど。
それは、ぼくと兄上だけしか知り得ないこと。
子育てに参加していない人たちには、教えてあげなーい。ですっ。
「もしかして、自分好みの嫁に育てあげようとしたのかなぁ? わぁ、男のロマンだなぁ? 今のところうまくいっていないみたいだけど。甘やかしすぎだな」
魔王様は、ぼくのわがままボディのお腹をタプタプ叩いて、笑う。
余計なお世話です。
つか、兄上はぼくを甘やかしてはいません。
ぼくが。ぼくがぁぁっ。なにをしても、やせないだけなのですからっ。
「むしろ、それを成し遂げようとするその執着が、俺は怖いがな?」
もしも魔王様の言うように、兄上が自分好みの嫁にぼくを育てているのだとしても…むしろ、駄目駄目なわがままボディですみませぇんという感じで。
そんなぼくを見放したりしない兄上は、それだけぼくを、好いている…というか。気にかけてくれている、ということだから。
ぼくは嬉しくて。ニマッと笑ってしまったのだが。
魔王様はその顔を見て、眉間にしわを寄せた。
「おい、俺は怖いと言ったんだが? おまえ、ヤバいやつに捕まっている自覚があるのか? ないんだろうな? 可哀想に。もうあいつからは逃れられないと思うぞ?」
逃げるつもりなどないので。
ぼくはいつも通り、のほほんとするだけです。
しかし。婚約の折に、魔王様はきっと兄上にかなりごり押しされたのでしょうね?
迫力が、怖かったのかなぁ?
でも大丈夫です。兄上ほど、お優しい人はいませんからね。
でも。養育費の件は、しっかりしてください。
「養育費は、これからは兄上にお願いします」
真剣な空気をにじませて、ぼくがそう言ったら。父上はただ、はい、と言った。よしっ。
ぼくとシュナイツは、魔王様の使者さんの案内で謁見の間の前まで来た。
見上げると、首が痛くなるほどに大きな扉の前で。使者さんに言われた。
「シュナイツ様。これより先は、お通しできません。魔王様が人払いをしておりますので」
「家族でも、駄目ですか?」
使者に首を振られて、シュナイツは唇をかむ。
「シュナイツ、大丈夫ですよ。父上とお会いするだけです。でも、ちょっと心細いから。ここで待っていてくれませんか?」
ルビー色の赤い瞳で、シュナイツは心配そうにぼくを見るが。小さくうなずいた。
「わかりました。ここでお待ちしております。でも、もしも殺されそうになったら。大きな声をあげてくださいね? あと追い出すと言われても、うなずいてはいけませんよ? あとひどいことを言われても、大きな声を出してくださいね? あと…」
「大丈夫ですよ。まぁ、ぼくも。魔王様とはそれほど面識はありませんが。この前は優しく抱っこしてくださいましたし」
「凶悪な魔力を垂れ流しましたよ? 普通のお子様なら失神確定案件です」
まぁ、そうなんだけど。ぼくはなんでか、大丈夫なので。
苦笑いしつつ。シュナイツにうなずいた。
「魔王様相手に効くかわかりませんが、防御魔法の宝石もありますから。安心して? では。父上のお話を聞いてきます。待っていてくださいね?」
ぼくは使者さんにうなずいて、扉を開けてもらった。
はじめて入った、謁見の間は。お披露目会のときに使った会場よりも、大きい。
だが。氷のように見える白く濁った床、とげとげしたデザインのガラスの柱、壁も真っ白で。
神秘的だけど、どこか寒々しい印象を覚えた。
扉から、まっすぐ玉座に向かって伸びる赤い絨毯だけが、色味を帯びている。
ぼくはその赤い絨毯の上を歩いていき、玉座の前にある階段の前で、膝を床につけてかしこまった。
普通は、片膝をつくのだけど。もも肉がむっちりで、バランスが難しいので。両膝ついた。むむぅ。
「魔王様、サリエル様がお見えになりました」
使者さんが、ぼくを紹介してくれる。
四年ぶりですが、ぼくがサリエルだということは、これでおわかりですね?
まぁこの、一度見たら忘れられないと陰で言われているまぁるいフォルムは、七歳の頃から変わっていませんから。見覚えはあるでしょうけど?
「あぁ、おまえは下がってよい」
魔王様が人払いをしているというのは、本当のようで。
謁見の間には、誰もいなかったし。使者さんも下げられてしまった。
うーん、緊張、マックスです。
「顔をあげろ、サリエル」
言われるままに、ぼくは顔をあげ。魔王様をみつめる。
魔王様が、手をちょいちょいと振るので。
ぼくは立ち上がって、階段をひとつあがる。
でも、まだ手を振るので。二段、三段、と上がっていくが…。
「えぇい、いいからさっさとここへこぉいっ」
魔王様が、ビシッと、人差し指で玉座の隣を示すので。
ぼくは、ひぇぇぇいとなって。サカサカと階段を上った。
そして、魔王様の前に立ったのだが。
ぼくの脇に手を差し入れて、父上がこの前と同じように、ぼくを膝の上に乗っけたのだ。
「うーん、前よりは重いが、まだまだ軽いなぁ」
魔王様はぼくを膝の上でぽよんぽよんと弾ませる。
え? 一体、これはなんですかぁ?
「あの、お召しと聞いて参上いたしましたが。これはぁ…」
言いかけて、ぼくは、ピーンと来てしまいました。
魔王様の備考欄には『息子の嫁にも、手を出す。要注意』と書かれてありました。ま、まさか。
「まさか、兄上の婚約者であるぼくに、お手、お手を、出されるおつもりでぇ?」
そういえば膝の上でぽよんぽよんも、見ようによっては、卑猥に見えなくもなくもない…。
ぼく、サキュバスの息子だから、そういうエロ知識もあるのですぅ。これはエロいですよ?
「はぁ? 俺がおまえに手を出すぅ? あほかっ。この腹を引っ込ませてから物を言えっ!」
そうしたら、父上は。
怒りました。
ですよねぇ?
父上はレオンハルト兄上そっくりの顔で目を吊り上げて、ぼくの腹を指先でツンツン突いてきます。
あぁ、その指使いはっ。
ラーディン兄上のツンツンと同じですぅ。やはり似たもの親子なのですぅ。
魔王様はツンツンの手を止めずに、怒声をあげたのだった。
「俺が好色なのは、否定しないぞ? レオンハルトの婚約者が絶世の美人だったら、手を出すこともぉ? なくもなくもないかもしれないがぁ? こんな真ん丸なお子様に手を出すほど、手当たり次第ってわけじゃねぇよ。美的感覚って言葉を知っているかぁ? 俺は面食いなのっ、つか、大体顔と体しか見てねぇのっ。おまえが俺の目に留まるなんぞ、十年、いや、三千年早いわっ。その腹をなんとかしてから出直してこーいっ」
「はいぃぃぃっ」
すみませぇぇぇん。ぼくが調子に乗りましたぁ。
レオンハルト兄上が、あんまりにも大事に大事にしてくれるのでぇ?
婚約破棄虎視眈々勢が、いっぱいいるみたいなのでぇ?
ぼくはもしかしたら絶世の美人なのではないかな? なんて、勘違いしましたぁ。
そうです。魔王様の反応が、正しいと。ぼくも思います。
みなさんの目が優しいせいで。自分の審美眼を疑い始めていましたが。
やはり、そうですか。ぼくの腹は、出ているのですね?
「いや、出直すな。まだ話が終わっていなかった。つか、話し始めてもいなかった」
ドッと疲れた様子で、魔王様は長く艶やかな黒髪をかき上げる。
セクシーな仕草です。
切れ長の目元は色気がたっぷりで。瞳は禍々しくも深く赤いピジョンブラッド。
間近で見ると、本当にお美しい人ですね?
まぁ、レオンハルト兄上にお顔がそっくりなので、兄上もお美しい方だということだ。
魔王様は、粗野な兄上です。
魔族は二十を超えると、成長速度が遅くなるので。
まだ魔王様も、二十代青年の若々しさがあります。
「話ってのは、他でもない。エレオノラ。おまえの母親のことだ」
そう切り出して。父上は、真剣な顔でぼくを見た。
「エレオノラは、もう魔王城にはいられなくなった。使用人のことも恐れるようになったのだ。まぁ、魔王城に勤められる者たちだからな、側仕えもそれなりに魔力の多い者が集まっている。魔王城は、本来下級悪魔が寄りつけるような場所ではないのだ」
魔国では、魔力の高い者が優遇される。
魔力が強ければ強いほど、人々をひれ伏せさせることができるのだ。
それはしっかりとした序列になっていて。魔族の中でも小物とされる下級悪魔は。高い魔力を持つ者を前にしたら、顔すら上げられない。
魔族とは、そういう生物なのだ。
「しかし、アレは。俺の子を産んだ。ディエンヌは確かに俺の魔力を継いでいるからな。間違いはない。だから魔王城を出ても、魔王の側妃と同等の暮らしを約束するつもりだ。それで、だ。サリエル。おまえはエレオノラの息子だから。どうする? 母親とともに魔王城を出て、外で暮らすか?」
「魔王城、一択です」
ぼくはかぶせ気味にそう言った。だって、迷うまでもない。
父上は、ぼくの気持ちを聞いてくれようとしたのだろうと思う。
ぼくとエレオノラ母上が親子なのは、事実なわけだし。
育てられた覚えはないけれど、養育義務は母上にあるわけだからね?
でも。答えはひとつだけだ。
「ぼくは一歳のときに母上に捨てられて、レオンハルト兄上に拾ってもらえなかったら、後宮のどこかで息絶えていたことでしょう。そのようなぼくが、母上についていくわけもなく。母上も、ぼくがそばにいたら迷惑でしょう? いつもそう言われております。あ、もしかして。養育費の件でしょうか? ぼくを養育する義務は、魔王様にはございませんからねぇ…」
話しているうちに、ディエンヌの『魔力なしツノなし使い道なしの三男、なんのとりえもない子を養う義理はないんじゃなぁい?』という言葉が脳裏をよぎったので。そう、つぶやいたのだが。
「いいや? 見くびるな、サリエルよ。俺は息子として受け入れた者を手ぶらで放り出すような、器の小さい男じゃねぇんだ。エレオノラが魔王城を出ても、おまえの養育費はこれまで通りエレオノラに支払うつもりだった」
ムッとして、魔王様はそう言うけど。
その言葉にぼくは、ムッと眉間を寄せた。
「まさか、ぼくの養育費は母上に行っているのですか? ぼくを育てているのは、今はレオンハルト兄上ですけど?」
「エレオノラがレオンハルトに渡しているのではないのか?」
「もらっていませんよ? 兄上は、たぶん…」
そこまで言って。ぼくはっ。事の重大さに戦慄し、両手で頬を揉み込んだ。
うそでしょう? あの人、兄上にぼくを育てさせて、養育費は懐に入れているんですかい?
ひどーい。ぼくは兄上に合わせる顔がありません。親として必要最低限のこともしていないなんてぇ?
「じゃあ、レオンハルトはポケットマネーでおまえを育てたんだな? すげぇ。ハハハ」
父上は、なんでか、すげぇすげぇ言って笑うばかりです。
もうっ、魔王様は兄上の実の父でしょ?
息子へしわ寄せがいっているのに、それを笑い飛ばすなんて。
それってどうなのですかっ?
「ハハ、じゃあありません。兄上の負担が大きすぎです。兄上は六歳から赤子のぼくを育てていたのですよ? そりゃあ、執事や侍女やたくさんの大人たちに助けられて、ではあるでしょうが。六歳で、家長として責任をもって、ぼくを育て上げたのです。それなのにぃ…」
せめて金銭的な面は。親と名の付く人たちに、ちゃんとして欲しかった。と思うのです。
でも、父上は。あくまで軽い感じです。
「いいじゃねぇか。レオンハルトはそれなりに稼いでいるし。好きでやっていたのだろうよ?」
「好きで?」
「魔族は自分の欲望に忠実なものだ。したくないものは、しないもんさ。レオンハルトは、おまえをしっかりと育てて。あまつさえ嫁にしようとしている。あいつがそうしたかったからだろう?」
六歳の子が、赤子を育てる。その不可思議さに、大人はもう少し申し訳なさを感じていただきたいものです。
兄上は、好きでやったというような軽い感じでは、決してなかった。
しっかりと。ぼくに愛情をたっぷりと注いで、育ててくれた。
そこには、濃くて。甘くて。深くて。素敵で幸せな生活があるのだけど。
それは、ぼくと兄上だけしか知り得ないこと。
子育てに参加していない人たちには、教えてあげなーい。ですっ。
「もしかして、自分好みの嫁に育てあげようとしたのかなぁ? わぁ、男のロマンだなぁ? 今のところうまくいっていないみたいだけど。甘やかしすぎだな」
魔王様は、ぼくのわがままボディのお腹をタプタプ叩いて、笑う。
余計なお世話です。
つか、兄上はぼくを甘やかしてはいません。
ぼくが。ぼくがぁぁっ。なにをしても、やせないだけなのですからっ。
「むしろ、それを成し遂げようとするその執着が、俺は怖いがな?」
もしも魔王様の言うように、兄上が自分好みの嫁にぼくを育てているのだとしても…むしろ、駄目駄目なわがままボディですみませぇんという感じで。
そんなぼくを見放したりしない兄上は、それだけぼくを、好いている…というか。気にかけてくれている、ということだから。
ぼくは嬉しくて。ニマッと笑ってしまったのだが。
魔王様はその顔を見て、眉間にしわを寄せた。
「おい、俺は怖いと言ったんだが? おまえ、ヤバいやつに捕まっている自覚があるのか? ないんだろうな? 可哀想に。もうあいつからは逃れられないと思うぞ?」
逃げるつもりなどないので。
ぼくはいつも通り、のほほんとするだけです。
しかし。婚約の折に、魔王様はきっと兄上にかなりごり押しされたのでしょうね?
迫力が、怖かったのかなぁ?
でも大丈夫です。兄上ほど、お優しい人はいませんからね。
でも。養育費の件は、しっかりしてください。
「養育費は、これからは兄上にお願いします」
真剣な空気をにじませて、ぼくがそう言ったら。父上はただ、はい、と言った。よしっ。
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中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
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