魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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33 サリエルぅ、追い出されちゃうのね?

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     ◆サリエルぅ、追い出されちゃうのね?

 緑が目に鮮やかな、良い日和。
 庭で踊っているぼくらに、のんきなものねと言いながら、ディエンヌが近寄ってきた。

 赤い髪と合わせた赤いドレスは、いかにもディエンヌカラー。
 なんでかもう、ニヤリとした悪役令嬢の笑みを浮かべていて…はぁ、悪い予感しかしません。
 せっかくのお天気に雲の影が差した、そんな感じです。

「母親が、って。母上のことですか? どうかしましたか?」
 ぼくは警戒しながらも、ディエンヌに視線を向ける。
 宝石の警報音を嫌ったのか、ディエンヌは一定距離を保って立ち止まった。

「お母様ったら、もう私にも触れなくなっちゃったわ? 魔王城から出ないと命に関わるのですって。一生魔王城で贅沢する、が口癖だったのに。お母様もふがいないわねぇ?」
 濃い魔力を浴びたからといって、下級悪魔も魔族ではあるので、死ぬことはない。
 でも、心臓をつかまれるように感じるほどの威圧や恐怖心で、身が震えるほどにおののくんだって、文献には書かれてある。
 精神の方が先に疲弊してしまうのだ。

 ぼくは、そういうのを赤子のときから感じなかったので。よくわからない感覚だ。
 だけど、母上だけではなく。
 兄上や魔王様クラスの魔力量を素で浴びてしまうと、失神する者は少なからずいるんだって。
 ラーディン兄上が言っていました。

「今まで大事に育ててもらったのに、そんな言い方はないだろう? ディエンヌ」
 ディエンヌは、母上に愛情をたっぷりかけてもらっていたくせに。
 母上をおとしめるようなことを言うから。
 なんか、それは違うんじゃないかと思ってしまう。
 敬意や親愛が感じられないではないか?

「大事に育てられたから、なぁに? 親が子供を大事に育てるのは、当たり前でしょ? あっ、サリエルは…だもんねぇ? ごめんごめーん」
 全然悪いと思っていないような謝罪に。ぼくは、もちろん。マルチェロたちも、眉間にしわを寄せた。
 相変わらず、清々しいくらいの嫌味っぷりで。ある意味、感心します。

「でもねぇ、お母様が下級悪魔でなかったら、私の魔力はもっと大きくて。もしかしたら女魔王にもなれたかもしれないのよ? サキュバスが張り切っちゃってぇ。結局魔王城から出されちゃうのだから、みっともないと思わなぁい?」
 親が子を愛するのに、見返りはいらないのかもしれないけれど。
 母上はあんなにディエンヌを溺愛したのに。ここまでの言われようでは、さすがに母上も報われないなぁ。
 まぁ、ぼくには関係ないけど。

「サキュバスから生まれたのがディエンヌだ。他の人から生まれていたら、君は君ではないのでは?」
 ぼくが、思ったことを告げると。
 ディエンヌは牙をむいて怒った。

「なによっ、私がサキュバスだって? 下級悪魔だって言いたいの? 私をそんな下等なものだと思わないでちょうだいっ。私は魔王の娘よっ? 魔王様から受け継いだ大きな魔力を持っているの。あんたなんか、ツノなし魔力なしの落ちこぼれで、下級以下じゃない? 私を見下す資格はないわっ」

 怒りのあまりディエンヌが一歩踏み出すと。ぼくの胸にある赤い宝石が、ブビーと鳴る。
 ディエンヌは歯を食いしばって、一歩下がった。
 まぁ、また兄上が飛んで来たら。怖いものね。

「見下してなんかいないけど…なんか、君が一番、母上がサキュバスであることを悲観しているみたいだ。まぁぼくは、下級以下でも、なにも感じていないけど?」
 ぼくがそう言うと、ディエンヌは小さく微笑んで。楽しそうに赤いドレスを揺らした。

「あぁ、そぉねぇ? お母様がサキュバスなら、サリエルはインキュバスよね? お母様みたいに、あなたもいずれ。濃い魔力に耐えられなくなって、魔王城にいられなくなるかもね? そうしたらレオンハルトお兄様との婚約もなくなって。みんなに捨てられて。あぁあ、可哀想。でも、ツノも魔力もないから仕方がないわねぇ?」

「今のところ、そのような傾向はないけど。こうして魔力の強い方々とお友達として一緒にいられますし。兄上とも仲良しですよ? つか。なにが言いたいのです? ディエンヌ」
 彼女が、なんでぼくに絡んでくるのか、よくわからなくて。ぼくは短い首をかしげる。

「なにが、じゃないわよ。お母様が魔王城を出るのよ? なんとも思わないの?」
 その物言いに、ぼくは知らず、イラッとしてしまう。
「甘えないでください、ディエンヌ。ぼくは一歳の頃から、母上には触られたこともないんだ。関係が希薄なことは、そばにいる君が一番知っているでしょう?」

 あぁ、まだまだぼくは未熟です。ディエンヌの挑発に乗ってしまうとはね?
 でも、ぼくが言い返すと思っていなかったのか。ディエンヌはたじたじとした。
「でも、母親なのだから…」
「母上が魔王城から去ると知ったら、ぼくが傷つくと思ったのですか? 母なら、どんな人物でも離れてさみしいと思わなければダメですか? 触れてもくれない人を、愛さなければダメですか? 母を愛せないぼくは、人でなしですか?」

「そんなことない」
 マルチェロが、すかさずかばってくれて。
 ぼくは嬉しくて。彼に笑みを贈る。
 でもディエンヌには、冷たい視線を返した。…見えないでしょうが。

「ぼくは。ぼくに愛情をかけてくれない人に、愛は返せません。そこまで聖人君子にはなれませんよ。だってぼくは魔族だからね?」
「サリエルのくせに生意気ね。お母様のことを言ったら、えぇぇ、母上が? どうしよう、母上ぇって。情けなく泣くと思っていたのに。つまらないわねぇ」

 ディエンヌはぼくの真似をしてからかうが。
 そんなわけない。
 ぼくがどれだけ、母上やディエンヌに暴言を浴びせられてきたか。
 …あぁ、いけない。
 また、一歳の頃の記憶がリプレイされるところでした。ネガティブはなしです。

「ぼくは兄上やお友達に、いっぱい幸せをもらっているので。母上が魔王城を去っても大丈夫です」
 ニッコリして言うと、ディエンヌははすに構えて、鼻で笑うのだった。

「ふふ、そううまくいくかしらねぇ?」
 そうしたら、あまり見かけない大人の人が寄ってきて。ぼくに言ったのだ。
「サリエル様、お探しいたしました。魔王様がお呼びです」

 言われて、ぼくは口をまぁるく開けた。
 魔王様と会うのは、兄上との婚約が決まったとき以来、です。
 というか、ひとりで呼ばれるのは、はじめてです。

 すると、ディエンヌが鬼の首を取ったみたいにキャハハッと愉快そうに笑った。
「きっとお母様の話だわよ? あらぁ? もしかして、お母様と一緒に…魔王城を出ろってことじゃなぁい? サリエルぅ、追い出されちゃうのね? 可哀想にぃ」

 えぇ? 本当にそんな話なのぉ?
 ぼくがさすがにオロオロしだすと、マリーベルがディエンヌに言い返してくれた。
「ちょっと、ディエンヌ。そんなわけないでしょ? ぱ…サリエル様はレオお兄様の婚約者なのよ?」
「でもぉ、ツノなし魔力なしの落ちこぼれ使い道なしの三男、ですからねぇ? お母様がいなくなったら、なんのとりえもない子を養う義理はないじゃなぁい?」
 いつものフレーズに、使い道なしが加わってるぅ?
 まぁ、ちょっとむかつくけど。
 ディエンヌの真実交じりの暴言はいつものことなので、さらっと流してぇ。

 ぼくはひとりで、この事態をどうしたらいいのか。そちらの方に気を取られていた。
 ちょっと、いきなり魔王への謁見という話になっちゃって。
 え? 行けばいいの? 行かなきゃダメ?

 そう思っていたら、マルチェロが助けの手を出してくれた。
「ミケージャはレオンハルトにこのことをお知らせしてくれ。彼が知っていることなら、大した話ではないのだろう。もしもそうじゃなかったら、レオを連れて来てください。サリーには私たちがついていますから」
「わかりました」
 ミケージャは指示を受けて、すぐに動いた。

「サリー、大丈夫だよ。私がそばにいてあげるから。追い出すとか、絶対にないからね?」
 ぼくの背中を撫でながら、マルチェロはぼくを励ましてくれる。

「そうです。ぼくのお勉強相手がいなくなっては困りますからね? いざとなったら、ぼくも直談判いたしますよ?」
 ツン、ではありながら。エドガーも力づけてくれる。
 そうだ。頼もしいお友達がいっぱいそばにいるから。ぼくは大丈夫。

「まぁ、マルチェロ様は私とダンスの練習をしますのよ? 私の婚約者様なのだから、付き合ってくださいますよね?」
 しかししかし、ディエンヌがマルチェロの手を引っぱって、ぼくから離すと。彼の腕に腕を組んだ。

 見た目だけなら、金髪にエメラルドの瞳、いかにも白馬に乗った王子様テイストのマルチェロと。
 緩やかにウェーブする赤い髪を輝かせ、ぱっちりした目元には長いまつげがバサバサ。エレガントな御令嬢であるディエンヌは。
 とってもお似合いの美男美女なのです。見た目だけなら。

 でもディエンヌは。ぼくに、にやりとした笑みを再び飛ばす。
 うわぁ、もう悪役令嬢でいいですね? 確定します。

「サリエル兄上には、私がついていきますから」
 シュナイツがそう言ってくれて。
 シュナイツは、マルチェロやマリーやエドガーとなにやら目配せをして、うなずき。
 そしてぼくをうながすのだった。

「さぁ行きましょう、兄上。私なら家族ですから。謁見の間に一緒に入れますよ」
「う、うん。ぼく、こういうのはじめてだから。心強いよ、シュナイツ」
 そうして、ぼくたちは。迎えに来た使者さんの後ろについていくのだった。

 さて、魔王様はぼくになんの御用があるのでしょう?
 ディエンヌの不吉な言葉が、ぼくの不安を掻き立てるのだった。

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