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31 なかったことにはできないよ?
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◆なかったことにはできないよ?
春、というか。ぼくの誕生日が訪れまして。
ぼくはとうとう、十一歳になりました。
子供会でも、年長さんになります。
そしてそしてぇ、来年はとうとうロンディウヌス学園に入学するのですよぉ?
学園とは、どんなところなのでしょうね? 楽しみです。
でもそれは、まだ先の話でした。先走りました。
貴族のお子様が集まる子供会も、ラーディン兄上が学園に入学したことで、人数はごっそりと減りました。
でも、貴族のお子様が貴族のお子様と遊べる機会というのは、意外に少ないのです。
地位のある方を招けば、警護の面もおろそかにできないですし。
お茶会とか、誕生日会とか、大々的なものをしょっちゅう開けるわけもないですしね?
なので、子供会は。子供が顔を合わせて気兼ねなく遊べる、貴重な催しなのだった。
というわけで、人数が減ってはいますが。まだまだ催しは続行。
そして。つまり。ディエンヌのやらかしの日々も、続行なのであった。
「みなさん、今日は、よける練習をします」
庭の片隅に、いつもの面々で固まっているとき。
ぼくが宣言すると。みなさんはきょとんとした。
「よける、練習? また、なにか面白い遊びでも考えついたのかい? サリー」
年長さんのマルチェロは。にこりと微笑むだけで。どこからともなく、御令嬢の『きゃあ』という声援が沸き起こるのだった。
だけど、御令嬢は。ぼくたちのグループには入ろうとしない。不思議です。
「遊びではないのです、マルチェロ。ぼくは恐ろしいものを見てしまったのです」
ラーディンたち、前年の年長さんたちは。剣の稽古が好きで。体を動かす遊びなどは、もっぱら剣技であった。
子供会に騎士が招かれて、指導するようなこともあり。
剣に興味のあるお子様は、その模範演技を見学する時間などもあった。
だが、今年は。お子様のほとんどが入学を視野に入れている。
そろそろ学園の学科などが、気になるお年頃になったのだ。
学園に入ってから恥をかくことがないように。礼儀作法やテーブルマナーや、ダンスなどを、講師を招いて子供たちに身につけさせたい、というような家族の声が多く寄せられ。
子供会の中でそういう催しを行おうという流れにもなっていた。
ということで。来月辺り、ダンスの講師がやってくるらしい。
ダンスは、魔国の貴族がたしなむ娯楽である。
十七歳になると、社交界にデビューし。
魔王城の舞踏会や、大きな家の夜会に招かれて、一夜ダンスに興じるのだ。
その舞踏会では、ただ踊って遊ぶだけではない。
家の顔つなぎの場として有効で。ときには、ダンスに応じることで家同士の商売の話や、領地の名産品の売り込みや、政治の裏取引などをする。
ダンス、あなどることなかれ、なのである。
もちろん普通に男女の出会いや、恋のきっかけにもなるよ。
つまり。ダンスは貴族にとって、とても大事な交流手段なのであった。
というわけで、おろそかにはできない必須項目なのですっ。
「催しの前に、各グループでダンスの練習などをしているようですが。ディエンヌのいるグループから。時折、ギャッという声が聞こえるのです。そうです。ディエンヌは。男の子をダンスに誘い、相手の足を思い切り踏みつけて、楽しんでいる。足、ダン、期の到来ですっ!」
ぼくは短い指を握り込んで、まぁるい拳を作ります。
ディエンヌは、新たなやらかし『足ダン』をみつけたっ。尻拭い、発動ぅ。
「そうなの? ただ、ディエンヌがダンスのステップを間違えているだけではないのぉ?」
おっとりと、マリーベルが聞いてくる。
公爵令嬢であり王子の婚約者でもあるマリーベルは。礼儀作法、ダンス、その他もろもろ、淑女のたしなみはオールオッケーなのであった。
あ、裁縫は。まだ、ぼくの方が上ですけどぉ?
インナーが、悪役令嬢のチートスキルだっ、と叫んでいます。
それは、なんですかぁ?
「ディエンヌは、困ったことに、ただ間違えるなどというおマヌケさんではないのです。わかっていてやっているから、あなどれないのです。証拠に、かけた曲と、ギャッという悲鳴が。ほぼ同じところで上がっています。これは、わざとじゃございませんのよぉ、と言い逃れできるタイミングを狙ってやっているからです」
「さすがサリーだね? ディエンヌの悪さを、先回りして回避するってことだね? よく観察しているね?」
「はい。自分でも、キモイと思います」
マルチェロの言う通り、ディエンヌの動向を、逐一気にしているのだ。
はぁ。ぼくだってぇ、早く尻拭いを卒業したいですよ、いい加減。
あっ、学園に入ったら。一年は、ディエンヌのことを考えなくて済むかもしれませんね?
でもぼくの知らないところで、子供会とかで、シュナイツやマリーベルやエドガーがいじめられたらと思うと。気が気ではありませんね。
やはり、心休まる日は来ないのかもしれません。
「ダンスの催しでは、相手を選んでダンスができないかもしれません。ディエンヌが相手になっても、足を踏まれないように。今から、怪しいステップの箇所を伝授いたします。さぁ、エドガーから」
あぁ、ファウストは学園に入ってしまったから。この伝授ができなくて、口惜しいです。
社交界デビューまでに、ファウストにも教えておかないとなりませんね。
まぁ、レオンハルト兄上と同じくらいに、身長がバカ高いファウストとぼくでは。一緒に踊るのは身長差的に難しいですが。タイミングだけでも教えられたらと思います。
だって。舞踏会の、みんなが見る前でファウストがディエンヌに足を踏まれたら可哀想だもんね?
でも、とりあえず。ここにいる方たちに伝授しましょう。
ぼくが、エドガーに手を出すと。
地べたに座って本を読むエドガーは、眼鏡の向こうの瞳を嫌そうにすがめた。
「えぇぇ? ぼくは良いですよ。ダンスをする時間があるなら、本を読んでいた方が効率的です」
「そうかなぁ? 来月ディエンヌに足を踏まれて、痛い思いをする間、本を読めなくなったら効率的じゃなくなるよ? ここで一回で覚えちゃって。ディエンヌの足を華麗によけて、それですぐさま本を読んだ方が最高に効率的でしょう?」
エドガーは唇をピョととがらせて。いやいやながら立ち上がる。
「一回で覚えますよ? てか、ダンスとか、本当に時間の無駄だ」
ぼくの手を取って、エドガーはワルツを踊り始める。
性格を表したような、正確な三拍子です。
かっちりしたステップで、遊びがない。絶対に足は踏まれないけど、流麗な感じには見えないかな?
ちなみに、ぼくは兄上の婚約者なので。ダンスは、男性パートも女性パートもマスターしました。
兄上と踊るときは、女性パートを踊るのです。
次期魔王様に女性パートは踊らせられませんからね?
もちろん、ステップは瞬間記憶で覚えられますよ?
でもぉ、それに体の動きがついていくか。それは別問題。それが問題です。
さらに、もう少し身長がないと、兄上とダンスは踊れません。
兄上をかがませて踊るわけにはいきませんからね?
ぼく、まだ、兄上のウエストくらいまでしか身長がないんです。
けど。まだ育ち盛りですから、大丈夫ですよね?
身長は伸びますよね? 足も腕も、ピョーッと伸びますよね? ね?
「エドガー、そんなこと言わないで。教科書が教えてくれないものも、この世にはたくさんあるのですから」
「教科書から教われないもの? そんなもの、あるかなぁ?」
「もちろん。空の青さがこんなに美しいとか…」
ぼくは空を見上げて、エドガーに青色の美しさを見て、とうながす。
あぁ、今日は。雲ひとつない。突き抜けるような、空の青ですねぇ。
緑の芝生の上で、葉っぱの匂いや、花の香りが感じられるし。
青と緑と花の赤が、視界に強く印象に残ります。
こういう色鮮やかな日のことって、いつまでも記憶に残るものですよねぇ?
ぼくは、どんな記憶も忘れられないけど。
エドガーがぼくと踊った今日のことを、いつまでも忘れないでいてくれると嬉しいなぁ。
ま、エドガーは。すぐに忘れると思うけど。
シュナイツと踊ったら、いつまでも覚えているだろうけどねぇ?
「そよ風が頬を撫でる心地よさとか、お相手の手の温かさとか。触れたり、感じたり、香ったり。そういうのは、ちゃんと経験しないと。教科書からは伝わってこないでしょう?」
踊りながら、そう言ったら。
エドガーはぼくの手をニギニギして。フと笑った。
「ふーん。まぁね。たまには、良いかもな? 気分転換になら?」
「そうそう。気分転換です。勉強は、いつでもお付き合いいたしますから」
「ほ、本当だな? 絶対だぞ」
なんか、言質を取ったと言わんばかりに、鼻息荒く言われた。ま、いいですけどぉ。
エドガーの備考欄は、図書館で一緒に勉強すると好感度アップ、だもんね。
でもぉ、ぼくは彼といっぱい勉強してるけど、好感度は上がらないなぁ。おかしいなぁ。
「はぁ、今日は本当にいいお天気ですねぇ。麗らかな陽気で、小鳥もチュンチュンさえずっています…」
ズンタッタと気持ちよく踊りながら、そこまで言って。
ぼくは、ん? と首をかしげる。
小鳥…は、魔国にはあまりいません。メガラスに食べられてしまうので。
では…この、ちゅんちゅん、わぁ?
ぼくが、バッと振り返ると、そこにはバサーーと羽音を立てるスズメガズスが、魔王城の庭に降り立つところだった。
なーーにぃーーぃ?
「なっ、なんで、ここに魔獣が?」
魔力の大きいマルチェロとシュナイツが、ぼくらをかばって前に出ます。
そこにエドガーが声をかける。
「それは、スズメガズスです。赤ん坊をさらう魔鳥ですよっ、清らかな魂が大好物なのです」
やーめーてー。
エドガーが、頭が良くてなんでも知っているのはわかっているからぁ。
スズメガズスのことを、詳しく言わないでぇ。
ぼくが赤ん坊みたいに清らか認定だって、バレちゃうぅ。
「どす黒い魂の小童ども、そこをどけっ。私が欲しいのは、そこにいる赤ん坊のごとき清らかな魂である、それだっ」
スズメガズスは、翼の茶色い羽先の部分でぼくを指さし…いや、羽さした。ビシーッとね。
ぼくはその羽先から逃れようと思って、頭を右によけるのだが。
みなさん、ぼくを凝視しています。誤魔化されてくれません。
つか、スズメガズスが赤ん坊のごとき清らかな魂って、隠したかった部分、全部言っちゃったよぉ?
もうっ、もうっ。
十一歳になり、大人の階段を駆け上がるぼくのところには、今年こそは来ないと思っていたのにぃ。
つか、兄上のお屋敷ではなく。みなさんのいるところに迎えに来るなんてぇ。
とうとう、ぼくがスズメガズスに狙われていることが、お友達にバレてしまいました。
魔国の民として、本当にふがいないことでありますぅ。
ぼくは両手を頬に押し当て、ムニュムニュと揉み込んだ。
「ひどいっ。ひどい辱めです、スズメガズスーぅ。みなさんの前でぼくを赤ん坊呼ばわりするなんてぇ。毎年毎年、ぼくの前に現れてぇ? 今年は来ないなって思っていたのにぃ? フェイントですか? 油断させたのですか? ぬか喜びですかっ?!」
「いつも、あの白オオカミに邪魔されるからな。今年は場所を変えてみたのだ。私は頭がいいからなっ」
ゲヘゲヘゲヘッ、と笑うスズメ。
スズメは、頭なんかよくなくていいのですっ。
「しかし、このどす黒さには耐えられぬ。おまえ、早くこちらに来い。どす黒いのが移ってしまうぞ」
「ぼくとて魔族なのです。魔王の三男なのです。ぼくの心もどす黒いのですぅ」
本気でスズメと言い合っていると、マルチェロがつぶやいた。
「殺す? 丸焼きにして食っちゃう? サリーはチキンのソテー好きだろ?」
「はぁ? 高貴な私を食べるとか。なんと、野蛮な。だから魔族の子供は嫌いなのだっ」
スズメガズスは羽をバサバサして、ヂュンヂュン怒る。ううぅるさぁあい。
「いやぁ、でもぉ、スズメを食べるのは、ちょっと。一応、可愛らしいフォルムで売っているスズメを食べたら、なんか、誰かに怒られちゃいそうだからねぇ。それに、彼も悪気があるわけじゃぁ…」
ちょっと、スズメを食べるのは無理だから。太い指と指を合わせてプヨプヨさせながら、そう言ったら。
マルチェロが呆れた。
「サリー、そこでスズメをかばうからぁ、毎年迎えに来ちゃうんだってぇ」
「兄上をかどわかされるわけにはいきません。駆除いたしましょう」
シュナイツも、本気で魔力を出そうとしたから、スズメガズスはたまらず飛びあがった。
「クッソ、今年も邪魔された。おぼえてろよぉぉぉ!」
捨て台詞を残して、バッサバッサヂュンヂュンと去って行くスズメガズス。
マジで、もう来ないでください。
ぼくは、スズメガズスが見えなくなるまでその場にたたずんでいた。
そして、ニッコリ笑顔で振り返る。
「で、ディエンヌが踏むタイミングですが…」
「いや、なかったことにはできないよ? サリー」
苦笑いのマルチェロに冷静にツッコまれ。
マリーベルが爆笑した。
「あははははっ、うそでしょ? パンちゃんさすがねぇ? スズメガズスが魔国に来るなんて、はじめて聞いたわよぉ? しかも毎年来るの? どんだけ清らかさんなのよぉ?」
「あれは一歳前の人族の赤ん坊しかさらわないのですよ。てか、魔獣と本気で口論って…」
エドガーも笑いをこらえられず、肩を揺らしている。
ハヒハヒ笑いながら、続けて言った。
「確かに、こんなの、教科書には載っていませんね? レアです、レア。過去一、笑ったっ」
ぼくは悔しさに唇をわなわなさせて、引き結んでいます。
そういうつもりで、言ったわけではないのにぃ、ムキィ。
「サリエル兄上、スズメに拉致されるくらいなら、私が兄上をガラスケースに入れてディスプレイします」
シュナイツ、赤いルビーの瞳をキラキラさせてるけど。
そんなかっこいい顔で、恐ろしいこと言わないでください。狂気がチラ見えしています。
「ダメェ、それなら私が家でパンちゃんを飼うぅ」
マリーベル、パンクマは飼ってはいけません。
いえ、ぼくはメジロパンクマではありませんからっ。
っていう、いつものわちゃわちゃと…空気を読まないスズメのせいで。
よける練習は、いったん休止したのだった。ムッキィ。
春、というか。ぼくの誕生日が訪れまして。
ぼくはとうとう、十一歳になりました。
子供会でも、年長さんになります。
そしてそしてぇ、来年はとうとうロンディウヌス学園に入学するのですよぉ?
学園とは、どんなところなのでしょうね? 楽しみです。
でもそれは、まだ先の話でした。先走りました。
貴族のお子様が集まる子供会も、ラーディン兄上が学園に入学したことで、人数はごっそりと減りました。
でも、貴族のお子様が貴族のお子様と遊べる機会というのは、意外に少ないのです。
地位のある方を招けば、警護の面もおろそかにできないですし。
お茶会とか、誕生日会とか、大々的なものをしょっちゅう開けるわけもないですしね?
なので、子供会は。子供が顔を合わせて気兼ねなく遊べる、貴重な催しなのだった。
というわけで、人数が減ってはいますが。まだまだ催しは続行。
そして。つまり。ディエンヌのやらかしの日々も、続行なのであった。
「みなさん、今日は、よける練習をします」
庭の片隅に、いつもの面々で固まっているとき。
ぼくが宣言すると。みなさんはきょとんとした。
「よける、練習? また、なにか面白い遊びでも考えついたのかい? サリー」
年長さんのマルチェロは。にこりと微笑むだけで。どこからともなく、御令嬢の『きゃあ』という声援が沸き起こるのだった。
だけど、御令嬢は。ぼくたちのグループには入ろうとしない。不思議です。
「遊びではないのです、マルチェロ。ぼくは恐ろしいものを見てしまったのです」
ラーディンたち、前年の年長さんたちは。剣の稽古が好きで。体を動かす遊びなどは、もっぱら剣技であった。
子供会に騎士が招かれて、指導するようなこともあり。
剣に興味のあるお子様は、その模範演技を見学する時間などもあった。
だが、今年は。お子様のほとんどが入学を視野に入れている。
そろそろ学園の学科などが、気になるお年頃になったのだ。
学園に入ってから恥をかくことがないように。礼儀作法やテーブルマナーや、ダンスなどを、講師を招いて子供たちに身につけさせたい、というような家族の声が多く寄せられ。
子供会の中でそういう催しを行おうという流れにもなっていた。
ということで。来月辺り、ダンスの講師がやってくるらしい。
ダンスは、魔国の貴族がたしなむ娯楽である。
十七歳になると、社交界にデビューし。
魔王城の舞踏会や、大きな家の夜会に招かれて、一夜ダンスに興じるのだ。
その舞踏会では、ただ踊って遊ぶだけではない。
家の顔つなぎの場として有効で。ときには、ダンスに応じることで家同士の商売の話や、領地の名産品の売り込みや、政治の裏取引などをする。
ダンス、あなどることなかれ、なのである。
もちろん普通に男女の出会いや、恋のきっかけにもなるよ。
つまり。ダンスは貴族にとって、とても大事な交流手段なのであった。
というわけで、おろそかにはできない必須項目なのですっ。
「催しの前に、各グループでダンスの練習などをしているようですが。ディエンヌのいるグループから。時折、ギャッという声が聞こえるのです。そうです。ディエンヌは。男の子をダンスに誘い、相手の足を思い切り踏みつけて、楽しんでいる。足、ダン、期の到来ですっ!」
ぼくは短い指を握り込んで、まぁるい拳を作ります。
ディエンヌは、新たなやらかし『足ダン』をみつけたっ。尻拭い、発動ぅ。
「そうなの? ただ、ディエンヌがダンスのステップを間違えているだけではないのぉ?」
おっとりと、マリーベルが聞いてくる。
公爵令嬢であり王子の婚約者でもあるマリーベルは。礼儀作法、ダンス、その他もろもろ、淑女のたしなみはオールオッケーなのであった。
あ、裁縫は。まだ、ぼくの方が上ですけどぉ?
インナーが、悪役令嬢のチートスキルだっ、と叫んでいます。
それは、なんですかぁ?
「ディエンヌは、困ったことに、ただ間違えるなどというおマヌケさんではないのです。わかっていてやっているから、あなどれないのです。証拠に、かけた曲と、ギャッという悲鳴が。ほぼ同じところで上がっています。これは、わざとじゃございませんのよぉ、と言い逃れできるタイミングを狙ってやっているからです」
「さすがサリーだね? ディエンヌの悪さを、先回りして回避するってことだね? よく観察しているね?」
「はい。自分でも、キモイと思います」
マルチェロの言う通り、ディエンヌの動向を、逐一気にしているのだ。
はぁ。ぼくだってぇ、早く尻拭いを卒業したいですよ、いい加減。
あっ、学園に入ったら。一年は、ディエンヌのことを考えなくて済むかもしれませんね?
でもぼくの知らないところで、子供会とかで、シュナイツやマリーベルやエドガーがいじめられたらと思うと。気が気ではありませんね。
やはり、心休まる日は来ないのかもしれません。
「ダンスの催しでは、相手を選んでダンスができないかもしれません。ディエンヌが相手になっても、足を踏まれないように。今から、怪しいステップの箇所を伝授いたします。さぁ、エドガーから」
あぁ、ファウストは学園に入ってしまったから。この伝授ができなくて、口惜しいです。
社交界デビューまでに、ファウストにも教えておかないとなりませんね。
まぁ、レオンハルト兄上と同じくらいに、身長がバカ高いファウストとぼくでは。一緒に踊るのは身長差的に難しいですが。タイミングだけでも教えられたらと思います。
だって。舞踏会の、みんなが見る前でファウストがディエンヌに足を踏まれたら可哀想だもんね?
でも、とりあえず。ここにいる方たちに伝授しましょう。
ぼくが、エドガーに手を出すと。
地べたに座って本を読むエドガーは、眼鏡の向こうの瞳を嫌そうにすがめた。
「えぇぇ? ぼくは良いですよ。ダンスをする時間があるなら、本を読んでいた方が効率的です」
「そうかなぁ? 来月ディエンヌに足を踏まれて、痛い思いをする間、本を読めなくなったら効率的じゃなくなるよ? ここで一回で覚えちゃって。ディエンヌの足を華麗によけて、それですぐさま本を読んだ方が最高に効率的でしょう?」
エドガーは唇をピョととがらせて。いやいやながら立ち上がる。
「一回で覚えますよ? てか、ダンスとか、本当に時間の無駄だ」
ぼくの手を取って、エドガーはワルツを踊り始める。
性格を表したような、正確な三拍子です。
かっちりしたステップで、遊びがない。絶対に足は踏まれないけど、流麗な感じには見えないかな?
ちなみに、ぼくは兄上の婚約者なので。ダンスは、男性パートも女性パートもマスターしました。
兄上と踊るときは、女性パートを踊るのです。
次期魔王様に女性パートは踊らせられませんからね?
もちろん、ステップは瞬間記憶で覚えられますよ?
でもぉ、それに体の動きがついていくか。それは別問題。それが問題です。
さらに、もう少し身長がないと、兄上とダンスは踊れません。
兄上をかがませて踊るわけにはいきませんからね?
ぼく、まだ、兄上のウエストくらいまでしか身長がないんです。
けど。まだ育ち盛りですから、大丈夫ですよね?
身長は伸びますよね? 足も腕も、ピョーッと伸びますよね? ね?
「エドガー、そんなこと言わないで。教科書が教えてくれないものも、この世にはたくさんあるのですから」
「教科書から教われないもの? そんなもの、あるかなぁ?」
「もちろん。空の青さがこんなに美しいとか…」
ぼくは空を見上げて、エドガーに青色の美しさを見て、とうながす。
あぁ、今日は。雲ひとつない。突き抜けるような、空の青ですねぇ。
緑の芝生の上で、葉っぱの匂いや、花の香りが感じられるし。
青と緑と花の赤が、視界に強く印象に残ります。
こういう色鮮やかな日のことって、いつまでも記憶に残るものですよねぇ?
ぼくは、どんな記憶も忘れられないけど。
エドガーがぼくと踊った今日のことを、いつまでも忘れないでいてくれると嬉しいなぁ。
ま、エドガーは。すぐに忘れると思うけど。
シュナイツと踊ったら、いつまでも覚えているだろうけどねぇ?
「そよ風が頬を撫でる心地よさとか、お相手の手の温かさとか。触れたり、感じたり、香ったり。そういうのは、ちゃんと経験しないと。教科書からは伝わってこないでしょう?」
踊りながら、そう言ったら。
エドガーはぼくの手をニギニギして。フと笑った。
「ふーん。まぁね。たまには、良いかもな? 気分転換になら?」
「そうそう。気分転換です。勉強は、いつでもお付き合いいたしますから」
「ほ、本当だな? 絶対だぞ」
なんか、言質を取ったと言わんばかりに、鼻息荒く言われた。ま、いいですけどぉ。
エドガーの備考欄は、図書館で一緒に勉強すると好感度アップ、だもんね。
でもぉ、ぼくは彼といっぱい勉強してるけど、好感度は上がらないなぁ。おかしいなぁ。
「はぁ、今日は本当にいいお天気ですねぇ。麗らかな陽気で、小鳥もチュンチュンさえずっています…」
ズンタッタと気持ちよく踊りながら、そこまで言って。
ぼくは、ん? と首をかしげる。
小鳥…は、魔国にはあまりいません。メガラスに食べられてしまうので。
では…この、ちゅんちゅん、わぁ?
ぼくが、バッと振り返ると、そこにはバサーーと羽音を立てるスズメガズスが、魔王城の庭に降り立つところだった。
なーーにぃーーぃ?
「なっ、なんで、ここに魔獣が?」
魔力の大きいマルチェロとシュナイツが、ぼくらをかばって前に出ます。
そこにエドガーが声をかける。
「それは、スズメガズスです。赤ん坊をさらう魔鳥ですよっ、清らかな魂が大好物なのです」
やーめーてー。
エドガーが、頭が良くてなんでも知っているのはわかっているからぁ。
スズメガズスのことを、詳しく言わないでぇ。
ぼくが赤ん坊みたいに清らか認定だって、バレちゃうぅ。
「どす黒い魂の小童ども、そこをどけっ。私が欲しいのは、そこにいる赤ん坊のごとき清らかな魂である、それだっ」
スズメガズスは、翼の茶色い羽先の部分でぼくを指さし…いや、羽さした。ビシーッとね。
ぼくはその羽先から逃れようと思って、頭を右によけるのだが。
みなさん、ぼくを凝視しています。誤魔化されてくれません。
つか、スズメガズスが赤ん坊のごとき清らかな魂って、隠したかった部分、全部言っちゃったよぉ?
もうっ、もうっ。
十一歳になり、大人の階段を駆け上がるぼくのところには、今年こそは来ないと思っていたのにぃ。
つか、兄上のお屋敷ではなく。みなさんのいるところに迎えに来るなんてぇ。
とうとう、ぼくがスズメガズスに狙われていることが、お友達にバレてしまいました。
魔国の民として、本当にふがいないことでありますぅ。
ぼくは両手を頬に押し当て、ムニュムニュと揉み込んだ。
「ひどいっ。ひどい辱めです、スズメガズスーぅ。みなさんの前でぼくを赤ん坊呼ばわりするなんてぇ。毎年毎年、ぼくの前に現れてぇ? 今年は来ないなって思っていたのにぃ? フェイントですか? 油断させたのですか? ぬか喜びですかっ?!」
「いつも、あの白オオカミに邪魔されるからな。今年は場所を変えてみたのだ。私は頭がいいからなっ」
ゲヘゲヘゲヘッ、と笑うスズメ。
スズメは、頭なんかよくなくていいのですっ。
「しかし、このどす黒さには耐えられぬ。おまえ、早くこちらに来い。どす黒いのが移ってしまうぞ」
「ぼくとて魔族なのです。魔王の三男なのです。ぼくの心もどす黒いのですぅ」
本気でスズメと言い合っていると、マルチェロがつぶやいた。
「殺す? 丸焼きにして食っちゃう? サリーはチキンのソテー好きだろ?」
「はぁ? 高貴な私を食べるとか。なんと、野蛮な。だから魔族の子供は嫌いなのだっ」
スズメガズスは羽をバサバサして、ヂュンヂュン怒る。ううぅるさぁあい。
「いやぁ、でもぉ、スズメを食べるのは、ちょっと。一応、可愛らしいフォルムで売っているスズメを食べたら、なんか、誰かに怒られちゃいそうだからねぇ。それに、彼も悪気があるわけじゃぁ…」
ちょっと、スズメを食べるのは無理だから。太い指と指を合わせてプヨプヨさせながら、そう言ったら。
マルチェロが呆れた。
「サリー、そこでスズメをかばうからぁ、毎年迎えに来ちゃうんだってぇ」
「兄上をかどわかされるわけにはいきません。駆除いたしましょう」
シュナイツも、本気で魔力を出そうとしたから、スズメガズスはたまらず飛びあがった。
「クッソ、今年も邪魔された。おぼえてろよぉぉぉ!」
捨て台詞を残して、バッサバッサヂュンヂュンと去って行くスズメガズス。
マジで、もう来ないでください。
ぼくは、スズメガズスが見えなくなるまでその場にたたずんでいた。
そして、ニッコリ笑顔で振り返る。
「で、ディエンヌが踏むタイミングですが…」
「いや、なかったことにはできないよ? サリー」
苦笑いのマルチェロに冷静にツッコまれ。
マリーベルが爆笑した。
「あははははっ、うそでしょ? パンちゃんさすがねぇ? スズメガズスが魔国に来るなんて、はじめて聞いたわよぉ? しかも毎年来るの? どんだけ清らかさんなのよぉ?」
「あれは一歳前の人族の赤ん坊しかさらわないのですよ。てか、魔獣と本気で口論って…」
エドガーも笑いをこらえられず、肩を揺らしている。
ハヒハヒ笑いながら、続けて言った。
「確かに、こんなの、教科書には載っていませんね? レアです、レア。過去一、笑ったっ」
ぼくは悔しさに唇をわなわなさせて、引き結んでいます。
そういうつもりで、言ったわけではないのにぃ、ムキィ。
「サリエル兄上、スズメに拉致されるくらいなら、私が兄上をガラスケースに入れてディスプレイします」
シュナイツ、赤いルビーの瞳をキラキラさせてるけど。
そんなかっこいい顔で、恐ろしいこと言わないでください。狂気がチラ見えしています。
「ダメェ、それなら私が家でパンちゃんを飼うぅ」
マリーベル、パンクマは飼ってはいけません。
いえ、ぼくはメジロパンクマではありませんからっ。
っていう、いつものわちゃわちゃと…空気を読まないスズメのせいで。
よける練習は、いったん休止したのだった。ムッキィ。
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※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
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王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
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αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
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灰かぶり君
渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。
お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。
「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」
「……禿げる」
テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに?
※重複投稿作品※
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