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幕間 悪魔の所業

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     ◆幕間 悪魔の所業

 ぼく、サリエルは。
 本日の子供会で、とってもショッキングなことを聞いてしまいました。
 そのお話をしたかったのですが。
 ぼくがお屋敷に戻り。兄上のお帰りを玄関でお出迎えすると…。

「サリエルぅ? 今日、バッキャスの後継に求婚されたってぇ? あまつさえ、ラーディンに泣かされたってぇぇぇ?」
 目が合ったとたんに、兄上が牙を出しました。
 普段はそれほど目立たないのですが。怒ると、クワッと出張るのです。わかりやすいです。
 あわわ、兄上はすっごい笑顔なのに、額の御ツノも赤くなりかけています。ひえぇ?

「いえ、その、十歳にもなって、さすがに人前では泣きませんよ? ファウストのこともぉ、お友達になったのです。求婚などという、大袈裟なものではぁ…」

 ぼくは丸い手を開いて、どうどうと兄上を落ち着かせます。
 まぁ、求婚されたと言ったら、されたのでしょうが。
 今は、お友達なので。
 余計な波風を立てることはありません。ラーディン兄上にしても、です。

 ファウストのおうちは、バッキャス公爵家という武芸に秀でた御家柄で。長男のファウストが騎士になったら、兄上の警護に当たるのは、ほぼ確実です。
 ラーディン兄上も、政務よりは騎士寄りに動いているようなので。

 おそらく。ラーディン兄上とバッキャスの最強タッグで。いずれ魔王となる兄上をお守りする形になるのでしょう。

 ならば、兄上と彼らがいらぬいさかいを起こすのは、良くないことです。
「ラーディンに傷つけられたのだろう? そばに寄せないようにしてやってもよいぞ?」

 でも、兄上は。ぼくが『バカーーっ』と泣きながら逃げたことを、誰かに聞いたのでしょうね?
 うぅ、恥ずかしい。心配しているのはわかってはおりますがぁ。

「人前で醜態しゅうたいをさらしてしまって。申し訳ありません、兄上ぇ。でもラーディン兄上は。もしかしたら、ぼくと兄上の結婚には反対なのかもしれない、って思ってしまって。一瞬、悲しくなったのです」
「……ラーディンがなにを言おうと、私たちの結婚が揺らぐことはない。両親が納得しているのだ。アレの言葉は聞かなくてよい」

 兄上が否定しないということは、やはりラーディン兄上は結婚に反対しているのかもしれませんね?
 でもレオンハルト兄上の言う通り、気にしないようにいたしましょう。
 難しい話は兄上に任せるということになっていますからね。

「そのようにいたします。ラーディン兄上の気性はよく承知していますから。遠ざけることもありません。兄弟仲が悪いと邪推じゃすいされるのは、嫌でございます」
 ラーディン兄上は。ある意味、素直なお方なのです。
 思っていることが顔や言葉に出やすくて。それを隠そうとすると、嫌味な感じになったり、揶揄やゆしたり、えらぶったりして、誤魔化すのですよね。
 子供のときからの付き合いなので、そういう性格はわかっているのです。

 とはいえ、言葉のやりに突かれた胸は痛くて、口をへの字にする。
 なんというか。傷ついたのではありません。
 兄弟喧嘩の尾が引いている、みたいな。深刻ではない感情でございます。
 そんなぼくの頭を、兄上は撫でてくれて…。

「お? 身長が伸びている」
「ほ? 本当ですかぁ? 兄上ぇ」
 ぼくは、満面の笑みで兄上を見上げたが。
 なんか、からかっているときの笑みだった。
「あぁっ! 嘘でございますねぇ? でもワンチャン、伸びているかもしれません」
「そうだなぁ? 早く大きくなれ。さぁ、夕食に行こうか?」

 兄上は、ぼくのクサクサした気分を治すために、身長が伸びていると。ぼくの今の一番の重要事項で気をまぎらわせたのだった。お優しいです。
 でも本当だったら、もっと良かったです。

     ★★★★★

 夕食をディナールームでいただいているときに。今日聞いたショッキングなことについて、兄上とお話ししました。
 こちらが本番ですっ。

「兄上。ぼく、今日。今日っ、聞いたのです。マルチェロがディエンヌと、こ、こ、婚約をしたそうなのです。する、ではなくて。した、のですぅ」
「そうだな。事前に話は聞いていたよ」

 兄上は麗しのご尊顔をゆがめることもなく、そう言った。
 驚かない、ということは。知っていた、ということですかぁ?

「そんな…どうして止めてくださらなかったのです?」
「彼には、彼の思惑があるし。家同士の契約でもあるのだ。魔王家とルーフェン家の結びつきを強固にするため、とか」

 家の話をされてしまうと、ぼくは弱いです。
 ぼくとマルチェロは、すっごい仲の良いお友達ですが。
 ぼくは成人したらドラベチカ家の者ではなくなってしまうし。
 魔王の三男ではなくなるぼくと、マルチェロの結びつきでは。
 やはり、家のつながりとしては弱いのでしょう。むむぅ。
 ぼくは、チキンのソテーをもぐもぐしながら、眉間にしわを寄せるのだった。

「兄上ぇ。マルチェロとディエンヌの婚約は、今からでは、どうにかならないのでしょうか?」
「どう…とは?」

 もうっ。兄上は、ぼくの気持ちをわかっているくせに。
 優雅にスープを口にして、ナプキンで口元を拭っている。
 はぐらかそうとしていますねっ?
 しらを切っているのですねっ?

「おわかりでしょう、兄上っ。ディエンヌはぼくの妹ながら、とてもではないが、おすすめできません。ルーフェン家にご迷惑がかかったら、大変ですよ?? あの、やらかして周囲をかき回す、お騒がせ令嬢ですよ? つか、マルチェロとディエンヌなんて。ありえませーん。な、なんか、嫌ですぅ!」

 ムッと口をまげて。ぼくは肉を食う。
 怒ると、食欲が増幅するのです。
 どういう原理なのでしょう。
 怒りながら食べると、いつの間にか肉が消えるという怪現象に悩まされています。
 おかわり…すると。インナーが怒りますね。やめておきましょう。むむぅ。

「どうにか、ねぇ。もう婚約の儀は成立しているからなぁ。うーむ」
 ぼくがこれだけ言っても。兄上はのらりくらり、です。
 はっ、もしかして。

「まさか、兄上がマルチェロにディエンヌの婚約をすすめたのですか? ドラベチカ家とルーフェン家の絆を結ぶために?」
 たずねると、兄上は切れ長の色っぽい目を見開いて、ぼくを見やった。

「まさか。あの娘をマルチェロにすすめるなど…そのような悪魔の所業は、いかに次期魔王と目されている私にも、さすがに出来ぬ」
「…ですよねぇ」
 兄上に、悪魔の所業と言わしめるディエンヌ。どんだけぇ。

「真面目な話。サリュと婚約したときに、少し話をしたが。貴族同士の婚約というのは、家同士の結びつきを確約するという、契約に近い意味合いがある。今回は。いずれあなたの家の娘とうちの息子が結婚するから、あなたには敵対しないよ、という約束だ」

「マリーベルとシュナイツの婚約では、足りないのですか?」
「四男のシュナイツは、魔力も多いので、王家から出て家を興すことができる。シルビア義母上の生家であるベルフェレス公爵家は、後継に恵まれなかったので。シュナイツがベルフェレスになる可能性もあるのだ。あちらの婚約は、強大な魔力の血脈の存続、という意味合いが強いかな? まぁ、つまり。ドラベチカ家ではなくなるかもしれないので。サリュが言うように。足りないと言われれば、足りないな」

 魔力の強さが物を言うこの魔国では。より強大な魔力を子供に求める傾向があり。
 だからこそ、魔力のほぼないぼくなどは、魔王様の眼中にも入らない、みたいな? 感じなわけで。
 家同士の結束や、血脈の存続や。そういうのは。政治的な思惑も絡まる話だから。
 子供のぼくが、わからない上で口を出してはいけないことなのかもしれない。

 たとえば。ぼくの大好きなお友達が、なにかとやらかす妹と婚約だなんて。嫌だなぁ。なんて。
 心の表面的なことを、言い出したらいけないのかもぉ。
 でも、嫌だけどぉ。

「あのぉ、ちなみに。ぼくと兄上の婚約には、なにか意味合いがあるのでしょうか?」
「…サリュは私のものだから、誰にもあげない。という宣言だ。しかし大々的に発表できていないせいで、効果が薄いのが悩ましいところだな?」

 うーん。大した意味はなさそうですね?
 それはそうです。ぼくは、ツノなし魔力なしの落ちこぼれ魔族だし。やんごとない御家柄でもありませんからね。はい。わかりましたぁ。
 ぼくが大きくうなずきを返すと。
 兄上は、本当にわかっているのかなぁ…とつぶやいて。話に戻った。

「…ディエンヌのやらかしは、内外にも噂が広まっていて。あの娘を嫁にするのは無理…という貴族が少なからずいるのだ。もしかしたらディエンヌの縁談は、外国も視野に入れなければならないか? などと。父上も悩んでいたところだったから。手をあげてくれたルーフェン家には。感謝しきり、という…」

 さもありなん。
 まぁ、子供会でいろいろ騒動がありましたからねぇ。
 ドレスビリビリ期に続いて、取り巻き以外のお子様を魔法でケガさせたりは、しょっちゅうでしたし。
 シュナイツのぬいぐるみ殺人未遂事件や、ファイアドラゴン事件や、エトセトラ、エトセトラ。

 あぁ、全くかばえません。妹なのに、かばえませんっ。

「でも、それでは。マルチェロがディエンヌとの縁談を望んだ、ということなのですか?」
 ルーフェン家が手をあげた、というのは。マルチェロが了承したから、ということになる。
 なんでぇ? マルチェロぉ?

「それはマルチェロの意思だから。彼の気持ちは、お友達のサリュが聞かないとな?」
「教えてくれないのです。でも。ディエンヌと婚約しても、ぼくとお友達なのは変わりないから、と言ってくれて。だから、ぼくもそれ以上は聞けなくて」

「だったら。サリュは、マルチェロが困ったときには手を貸してあげればいいよ。それが、真のお友達というものだろう?」
 そうですね。兄上の助言に、ぼくはしっかりとうなずきます。
 妹のやらかしによってマルチェロが傷つかないよう、ぼくがそばで見ていてあげよう。

「わかりましたっ。ぼくがディエンヌから、マルチェロを守ります。だってぼくは、完全無欠の尻拭いですからっ」
 宣言し、ぼくは意気揚々と、っんもものゼリーを食べるのだった。
 食後のデザートです。
 っんももの果汁がツルンとしたゼリーに溶け込んでいて、果肉もたくさんで、んん、うんまぁーい。
 気がかりのなくなったあとのデザートは、なんと美味しいのでしょう?
 おかわり…はインナーが怒るけど。むぅ。

「それがいい。それに、これも前に言ったことだが。もしも人間性がどうしても合わないときには、婚約を解消してもいいのだ。近頃は人々の前で相手の悪事を暴露して、己の正当性をアピールする例が流行っているようだよ? 断罪と言うらしいが…」
「な、なんですか? それは。人々の前で婚約者に怒られるのですか? 怖いんですけど」

 ぼくは驚愕して、身をプルプル震わせた。
 もしも大勢の人の前で、赤い御ツノを出した兄上に怒られたりしたら。
 ぼく、漏らしてしまいそうです。
 でも兄上は、軽い感じで笑い飛ばした。

「はは、サリュには関わりのないことだ。清らかさんのサリュは、悪事を働くことがそもそもないだろう? ただ、正当な理由を提示して、婚約破棄する若者は増えているようだよ。つまりマルチェロの人生が確定したわけではないってことだ。難しく考えなくてもいいんだよ?」
 あぁっ! 婚約破棄ぃ!?
 その話は、タイムリー過ぎて。
 ラーディン兄上の言葉がリフレインして。
 ぼくの心臓が、バッキュンバッキュンします。
 婚約破棄、するんだ! するんだ。するんだぁ、だぁ、だぁぁ。

 いいえっ! ぼくは、兄上と婚約破棄なんか、いたしませーーん。

「大丈夫ですよ? ぼくは…兄上を、泣かせたりしませんからね?」
 キリリとした強い視線を向け、ぼくは兄上に告げた。見えないんですね? はい。わかっています。
 脈絡のないぼくの言葉に。兄上は首をかしげたが。

 いいのです。これは、ぼくの。心の宣言なのですから。
 もしも、大人になっても兄上がぼくを望んでくれたら。
 ぼくは兄上と手をつないで。け、け、結婚いたしますぅ。

 それまでには。きっと、やせます。

 脳裏に浮かぶ情景は、兄上と腕を組んでバージンロードを歩く、ぼく。
 今はまだ、想像しても兄上の腕にブランブランぶら下がる、まぁるいニワトリだけど。
 結婚会場で兄上が笑われたりしないように。
 スリムでセクシーな、スレンダーボンバーボディを目指して。

 必ず、オヤセになって、みせますからぁぁぁぁ…。

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