魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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27 つらい…ような記憶

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     ◆つらい…ような記憶

 今日は。マルチェロと町に買い物に行くことになりました。
 マルチェロが乗ってきた馬車に、ぼくとぼくの付き添いのエリンが乗り込み。レッツゴーです。

 実は、ぼく。十歳で初めて、魔王城の外に出ますっ。
 兄上はお忙しい方だから、外に行きたーい、連れてってー、などとごねるわけにもいきません。

 それに、あまり必要性を感じなかったのもあります。
 欲しいものや衣装などは、魔王城御用達の業者が持ってきてくれますし。
 インナーのイメージ映像から、街中の様子を全く知らないわけでもないので。
 興味津々、というわけでもないのです。

 インナーが見せる景色は、文明が進んでいて。高いビル、人が多く、交通も盛んで、ゴミゴミした印象です。
 たぶん現在の魔国は、文献を見る限りそこまで進んでいないと思いますが。
 機械も車も、電気もない世界ですからね?

 でもマルチェロは。ショッピングが大好きで。いつも、誘われてはいたのです。
 普段は、レオンハルト兄上のお屋敷で遊ぶことが多いから。
 たまにはマルチェロの好きなこともしてあげたいな、と思って。
 あと魔国の街並みが、インナーのものとどう違うのか。そこは少しだけ、好奇心があります。

「ようやく、レオンハルトが許してくれたよ。最初にサリーと町に行くのは自分がいい。とか言うのなら。さっさと連れて行ってあげればいいのにねぇ? デートもしてあげないなんて。レオは朴念仁だよ」

 馬車に揺られて町へと向かう道中。
 ぼくの隣に座るマルチェロが、そう言った。

「で、でぇと? 朴念仁、などと…兄上をそのように言うのは、マルチェロくらいですよ」
 外に遊びに行くのをデートと言うなんて。マルチェロはませていますねぇ?
 そういえば備考欄にも。
 デートを重ねると好感度アップって書いてありました。
 マルチェロはお外でショッピングが、本当に好きなのでしょうね?

「兄上のお仕事が忙しいのはわかっていますから。遊びに行きたいだなんて我が儘は言えません」
「じゃあ、私がいっぱい楽しませてあげるからね? どこに行きたい? サリーはなにか欲しいものはある?」
 エメラルド色の瞳をキラキラさせて、マルチェロは聞いてくるけど。
 ぼくは。今日は、マルチェロの御付き添いのようなつもりだったのだ。

「ぼくは手持ちがないので。今日はマルチェロが、町でどのようなことを楽しんでいるのか、御付き添いして見ていようかと思ったのです」
「そんなぁ。町に行ったら好きなものを買って、好きなものを食べて、思いっきりお金を使って楽しむものだよ? サリーはレオ兄上にお小遣いをもらっていないのかい?」
「とんでもない」
 ぼくは、マルチェロに聞かれて、首も手もブブブと横に振った。

「ぼくは、兄上のお屋敷に御厄介になっている居候です。衣食住を提供してもらえるだけでもありがたいのに。お小遣いなど、もらうわけにはまいりません」

 ぼくは、魔王の三男だけど。
 魔王城に住んではいるけれど。
 他の兄弟とは境遇が違います。

 魔王の三男だ、なんて。ふんぞり返る資格など。ぼくにはない。

 だから、贅沢なんか考えてはいけないのです。
 それでも、兄上はぼくを気遣って。衣装も食事も最上級のものを出してくれて。ありがたすぎるくらいなのです。

 子供会に出れば、お子様の視線の冷たさから。ぼくの境遇はみなさんに知られていることだと思います。
 下級悪魔の連れ子、魔王の血など一切受け継がない子が、魔王の三男を名乗っている。ということを。

「マルチェロはご存じだと思います。ぼくはディエンヌの実の兄妹。エレオノラ母上の連れ子にございます。でも、母上は。ぼくが醜いから。育てたくないって。そんな、醜くてぽっちゃりな、なんの役にも立たないぼくを。兄上は育ててくださいました。これ以上ご迷惑をおかけするわけにはまいりません」

 自分で言っていて、自分で傷ついてしまう。
 ぼくは。いけない子です。
 マルチェロは楽しくお買い物したかっただろうに、こんなことを言い出してしまって。
 でも、ぼくは。なんだか、あの日のことを思い出してしまって。
 遠い、遠い、あの日のことを…。

     ★★★★★

「あぁあ、なんで妊娠なんかしちゃったのかしらぁ。子供の世話とか。マジ、めんどくさい。でも、この重たい子を腹から出したら、なんだか気分がいいわぁ。今ならなんでもできそう」

 薄暗い部屋の中で、女性がぼくをのぞき込んでそう言った。
 あれは、今ならわかるけど。エレオノラ母上だった。

 母上は、なんの感情もない目で、ぼくをみつめたあと。どこかへ行ってしまった。
 家の中には、何人かの女性がいて。たぶん、貧しいサキュバスがひとつの部屋に何人かで共同で暮らしていたみたい。
 母上がいなくなったあと、その女性たちがぼくの世話をしてくれた。
 でも話しかけられることもなく、死なないように面倒を見てくれたというだけ。
 やがて、母上が帰ってきた。

「やったわぁ、私、魔王の子を懐妊したのよぉ? これで魔王城で一生贅沢に暮らせるわぁ」
「そう、良かったわねぇ。じゃあ、その子も持って行ってよ。子供の世話なんかしている暇ないんだから」
「え? 生きてるの? やだぁ、あんたたち律儀ねぇ?」
「同じ部屋で子供が死んだら、大事になっちゃうでしょ? 面倒ごとはご免なのよ」
「えぇえ、その子、醜いから育てたくないの。見ていて不快になるのよねぇ。でも。ま、いいわ。魔王の側妃だもの。たぶん、誰かが世話をしてくれるわよね?」

 そう言って。母上はぼくを乱暴に抱えると、魔王城へ飛んで行ったのだ。
 ちょっと肌寒い日で。御包おくるみ一枚のぼくは。
 寒いと思った。
 寒い、がどんなものか。経験した。

 そのあと、ちょっと寝て。
 気づいたら、暖かい部屋で母上が男の人と話していた。

「我の魔力が大きすぎて、今までサキュバスには会えなかったが。我と関係を持ったおまえは、特別なサキュバスだな? あぁ、今日も美しいぞ、エレオノラ。サキュバスを見たのは、おまえが初めてであったが。あまりの美しさに、我は魅入られてしまった」
「まぁ、魔王様ったら」

 この男性は、マオウ様と言うらしい。
 当時は、意味などなにもわからず。名前だと思っていた。
 マオウが魔王だと認識するのは、もう少しあとのこと。情報が、全然足りていなかった。
 この頃は、ただ。会話を脳に詰め込むだけだった。
 あとから、あぁ、あれはそういう意味だったのかと理解するのだ。

「それどころか、おまえは確かに我の子を宿やどしているではないか? これは、奇跡だ。快挙だ。これからは、我だけのサキュバスをでることができるようだな?」
「はい、魔王様。私はあなた様だけの、特別なサキュバスでございます」

 ぼくには見せたことのない、とても美しい、柔らかい笑顔を、母上は魔王様に見せていた。
 なんでか。胸がチクチクした。

「褒美を取らせよう。後宮で暮らすがよい。おまえが今抱いている子も、我の三男として養ってやる。エレオノラ、腹にいる我の子を、立派に生み育ててくれ?」
「魔王様の御心の広さに、エレオノラは感激いたしました。御恩情に感謝しますわ?」

 そうして、母上は。後宮の中にある屋敷に住むことになったのだ。
 ぼくは、どこかの部屋のベッドに寝かせられ。
 そのあと。母上は。ぼくの顔を見には来なかった。

 ときどき見知らぬ人が現れて、ミルクを飲ませたり、着替えをさせたりしたけど。
 母上は来なかった。
 部屋の中は、暖かかったけど。なんとなく、寒かった。

「サリエル様は、魔王様の三男として正式に手続きされたみたいなんだけど。エレオノラ様は、適当に面倒見てちょうだいなんて言うのよぉ? ちょっと無責任よね?」
「こんなに可愛い、丸々とした赤ちゃんなのにね? でもエレオノラ様は醜いって言うの。ちょっと変わった方みたいね?」
「サキュバスだから美醜にうるさいんじゃない? 美貌が、彼女のウリだもの」
「でも、赤ちゃんは丸いものでしょう? 丸いから可愛いんじゃない?」
「それよりも、私達にまでサリエル様に極力触るなって言うのよ。なんだか、怖いわぁ? あの人。サリエル様を…」
「しっ、バカなこと言ったら、屋敷に置いてもらえなくなるわよ?」

 世話をしながら、不穏な言葉を置いていく使用人。
 かわいい、まるい、みにくい、こわい。
 醜いは、母上が眉間にしわを寄せて、ぼくに言う言葉だから。たぶん、嫌な言葉。悪い、言葉。
 こわい、も。使用人が不安そうな顔つきで言うから。嫌な、言葉。
 かわいいとまるいは、にこにこしていたから、良い言葉。
 そうして、ぼくは。言葉と意味をすり合わせていき。
 立ち上がった。
 文字通り、足で、すっくと。

 だって。早く大きくならなくちゃ。こわい、になっちゃいそうだから。のほほんと寝ていられないよ。

 立って、コロン。立って、コロン。立って、歩いて、コロン。それを繰り返して。
 どれくらいか、日々がいっぱい過ぎたあとに。ぼくは、部屋の中を歩けるようになった。

 転ばないで歩けるようになってきたら、なんだか楽しくなってきたよ。
 調子に乗って、ふんふん歩いて。
 使用人が部屋の扉を開けたすきに、外に出た。
 そこは、長ぁーい道。今、思うと。屋敷の廊下なのだけど。
 とっても長い道を、よちよち歩いた。

「まぁ、サリエル様。あんよが上手ですわぁ」
 女性の世話係が笑顔で言うから、あんよが上手は良い言葉。
 ぼくは得意げに、よっちよっち歩くのだった。
 でも、そこに。
 大きなお腹の母上が現れて。きゃーっ、と叫んだ。

「な、なんで、こんなところに、この子がいるのぉ? 気持ち悪い。早くどこかに捨ててきてぇ」
「え、エレオノラ様…サリエル様は、あなたのお子様ですよ? 魔王の三男なのです。捨てるなんて…そのような」
「バカ言わないで。美しい私から、そんな醜いものが生まれるわけないでしょう? 私の目に、この子を見せないでって言ったでしょ? どうして女主人である私の言うことが聞けないの? こんな目も開かないデブ、いらないのよ。私には、お腹の中にいる魔王様の子だけでいいの。早く…屋敷の外に捨ててっ」

 あんよが上手、と言ってくれた使用人は。ぼくを抱っこして外に出ると、そっと地べたに置いた。
 涙ウルウルで、しばらくぼくを見ていたけど。

「早く入りなさい。あなたも、屋敷から追い出してもいいんだからねっ」
 母上にそう言われ。彼女は。しぶしぶ、屋敷の中に入っていった。

 こういう言葉ではなかったが。胸の中で。なんか、ヤバいと思った。本能で、生命の危機だと思いました。

 この頃は、言葉の意味が、ちょっとだけ。なんとなく、わかるくらい。
 ただ、言葉と景色や人の表情とかは、鮮明に覚えていた。
 いや、忘れられないのだ。
 なんでか、鮮明にぼくの中に、いつまでも残り続けているのだ。
 母上の冷たい眼差し、醜い、気持ち悪いという言葉。ぼくを見て、叫びを上げたこと。
 すべて、忘れられなくて。胸が…いや、心がチクチクしたのだ。

 あの女性ひとの前から、いなくなりたい。

 そう思ったとき、母上は。
 ぼくの母上ではなくなった。チクチクは、嫌いです。

 そして、ぼくは。旅に出た。歩き始めたばかりの、よちよちで。
 言うほど、なにも考えてはいなかったよ。
 ただ、願ったのは。ここにいたくないということだけ。
 母上の前にいたくない。この御屋敷を見たくない。見えなくなるまで、遠く、遠くに行きたい。

 足が動かなくなるまで、まっすぐに、ただただまっすぐに歩いた。
 何度も、何度も、転んだけど。野原が多かったから、痛くはなかった。

 でも。お腹、すいたな。

 丸いから、母上に醜いって言われる。
 世話係は気を利かせたのだろうけど。この頃、食事もお腹いっぱい食べられなかった。
 まぁるいのに、げっそりです。

 でもでも。止まったら、こわいになる。
 何回目かもわからないくらいに、転んで。転んだけど。
 まだ歩こうと思って。立ち上がろうと、思って。短い手足でウゴウゴしていたら。

「なぜ、私の庭にニワトリがいるのだ?」
 という声が聞こえて。ぼくは、持ち上げられたのだ。

 レオンハルト兄上に。

     ★★★★★

 あのとき、レオンハルト兄上がぼくみつけてくれなかったら。ぼくの命はなかったでしょう。
 だから、ぼくを拾い育ててくれた優しい兄上を。
 ぼくは、尊敬しているし。敬愛しているし。兄上の負担にもなりたくないのだ。

「サリー。君は、醜くなんかないよ。私の友人を、そのようなひどい言葉で傷つけないでおくれ?」
 ぼくは顔を上げて、マルチェロを見た。
 なんだか脳内に、過去の映像がバーッと流れたみたいになってた。
 そうだ。ぼくはマルチェロと、町にショッピングに行く途中でしたね?

「サリーは、確かにちょっと。丸いし」
 ん?
「丸いし」
 んん?
「丸いけど…」
 …はい。

「でも、頬肉たっぷりなところが、可愛らしいし。肉のついた手も、握るとぷりっぷりで、触り心地いいし。三角の口は小さくて可憐だし」
「無理して褒めないでください。なにやら、逆に悲しくなります」

 マルチェロが一生懸命、慰めようとしているのはわかっているのだけど。
 ま、丸いのは、事実ですしね。

 でも、マルチェロは。いつもほがらかに笑っているのに。
 今は、ちょっと怒っているのかなって思うくらいに、真剣に言ってくるのだ。

「無理じゃないよ。本気で褒めているし。私は本気で、サリーを可愛いと思っているんだ。それに君の魅力はね、容姿も性格もひっくるめて、愛らしいところなんだっ。みんなサリーを、サリーとして、そのままの君が大好きなんだよ?」
 隣に座っているマルチェロは、ぼくの手をギュっと、力強く握った。

「サリーのことをよく知りもしない、ただ親という肩書だけを持っている女に。サリーをけなされたくない。つか、そんな女の言うことを真に受けてはいけないよ? サリー」
 ぼくに笑みを向けるけど。口の端が引きつっていて。
 そして、なんでか。外で、ドシャーンと。いきなり、すっごい大雨が降ってきた。
 マルチェロの頭の後ろが、魔力でモヤモヤしているので。
 この大雨は、もしかしてマルチェロの魔力のせい、なのでしょうか?

「マルチェロ、すごい雨です」
「気にしないで。すぐにやむよ」
 そうですか。はい。マルチェロがそう言うのなら、そうなのでしょう。

「君は、御厄介とか居候とか言うけれど。レオンハルトがそんなことを聞いたら、悲しくなってしまうよ? レオ兄上は君を大事に大事に、家族のように、宝物のように、育ててきたというのに。サリーが、自分のことを醜くて、なんの役にも立たないなんて思っていると知ったら。バリバリドッカーンだよ?」

 ぼくは、マルチェロの言葉にハゥッとなった。
 バ、バリバリドッカーンは、いけません。

「サリーがどれだけ、あの人のいやしになっていると思う? サリーがいなければ。レオ兄上は史上最悪の暴君になった可能性があるんだよ? サリーはレオンハルトの良心で。それがなくなったら、魔国は滅亡だっ」
「いやいや、さすがにそれは大袈裟では?」
 ははは、と笑うけど。
 マルチェロもエリンも笑わなかった。

「…怖がらせるつもりも、ヤバい激烈を隠し持つレオ兄上を押し付けるつもりもないのだけど。つまり、なにが言いたいのかというと。サリーは、この世界になくてはならない人だってことだ。そして私の大事なお友達だってこと。サリーをおとしめる誰かの言葉ではなく、君を愛する、ぼくやレオンハルト兄上の言葉を、深く刻み込んでおくれよ」

 マルチェロの優しい言葉を聞いて。
 ぼくは。過去を思い出したことでシンと冷えてしまった心が、ほんわかと温かくなるのを感じた。

 そうだなぁ。ぼくは決して、母上の言葉を忘れることはできないけれど。
 心の奥底に沈めることはできる。
 そして、マルチェロの優しくて温かい言葉や、兄上がぼくに示してくれる愛情の数々を。
 心の一番上に置いておこう。

 そうしたら、ぼくの心はチクチクしないから。

「ありがとう、マルチェロ。ぼくのために怒ってくれて。マルチェロもぼくの、大切な、愛するお友達です」
 ぼくはマルチェロに、にっこりと笑いかけた。
 兄上にも自虐禁止と言われています。
 これからは楽しいことだけ考える、新しいぼくに生まれ変わるのです。ニュウ、ぼくです。

 とりあえず、このあとは。ぼくの大切なお友達とショッピングにレッツゴーなのですっ。

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